榎本 栄一さん

               『煩悩林』難波別院
 
表紙

   私の中

私の中 覗いたら
お恥ずかしいが
たれよりも
自分が一番かわいいというおもい
コソコソうごいている


  

私に苦悩があるのは
私にいのちの火が
まだ少し燃えているから


   旅路

業を 背負い
ここまできたが
これからは 業に背負われ
最後の旅をつづけます


   持病

持病あるは ありがたし
持病あるゆえ
無理しようにも
できないのが ありがたし


   盲亀

浮木にすがりながら
ここどこだろうとかんがえる
ここ大きなおんはからいの
海らしい


  

私の奥底には
色もかたちもない
泉があって
私が邪魔しなければ
尽きずに 涌くようです


   難聴

この耳はながねん
人の云うことを
おろそかに聞いた耳です


   諸国巡礼

この二本の足が
まだうごいて
テクテクあるいて
たどりついたここが
モッタイナイという国の入口


  

この手で
日日を
かきわけているようなれど
気がつけば
仏の 手のまにまに


   くだりざか

くだり坂には
またくだり坂の
風光がある


   まま

どうにもならぬままが
私のこんにちあるく
道でございました


   不捨

この不完全な私が
順縁 逆縁
あらゆる人びとから
お育てをいただく
ここは仏捨てたまわざる世界


   泥んこ

私の泥んこの底が
浄土の入口になっていた


   広い海
店で 客のいうこと
聞こえにくいが
この店に
まだきてくださる
客もあり


   底辺

たかぶりの血
あまり頭にのぼらず
ここ 底辺にいるおかげ


  

私は地獄をすみかとし
浄土をすみかとする
ぶさいくな両棲動物です


   旅びと

よくよく見れば
この旅びとがあるくのは
きのう通った道でない


   てんぐ

おまえ 七十年も歳月を
浪費して
何を悟ったか
ハイ 天狗の鼻が
折れました


  

この泥沼には
まだ華ひらかぬ
はすの根が
しずかに息している


   くらげ浄土

私の浄土は
この果てしれぬ海より
ほかになく
私は日夜 ここをただよう


   宿業往生

身軽にとぶ いっぴきの蚊が
血を吸いたくなり
眼がくらんで
人間の手に
たたかれて死にました


   死後

重い墓石の下へはゆかぬ
縁ある人びとの
こころの中が
私のすみか


   私は脱皮動物

頭をうち
つまずくので
自分の殻が破れる
おろかなるゆえ
これをくりかえしあゆむ


   小判

猫に小判というが
あわれ人間は
その小判に目がくらむ


   くずかご

くずかごさまは
なんでも受け入れてくださる
かみくずをも
ふと犯せし 私のアヤマチをも
だまって摂取したもう


   大悲の風

大悲の風
わかりにくいが
私のあさましさに合掌したら
どこからともなく
ふいてくる


   冬葱柔軟

冬の葱は
きびしい寒気の中で
かたくならずに
柔らかくなる