大好きな塩沢兼人氏は、 2000年5月10日、自宅の階段から転落、脳挫傷の為、46歳にて他界されました。

ご家族・関係者の理解もあり、一般のファンもお通夜、告別式に参列する事ができました。
これは、行けなかった方に少しでも状況が伝わればと思い、掲示板でお知らせしたものの転載です。
しかし、あくまでも私の主観であり、更に言えば、冷静と呼べる精神状態ではなかった私が、
感じ、覚えている事を書きつらねてただけですので、 思い違い等もあるかもしれません。
これのみで、全てを判断する事はお避けくださいますようお願い致します。



5月14日、お通夜 (宝仙寺にて 午後7時〜)

羽田に向かう飛行機の中で、掲示板に書き込んで頂いたコメントを読み返しました。
泣かずに行こうと決意していたのですが、 どなたかの書かれていた

>そんなバカな。ちきしょう!ちきしょう!

という文章で、ほんとにそうだ、と思うと 我慢も限界になり、涙が溢れてしまいました。
私はどこへ行くにも、必ず一回は道に迷います。 自分の住む町内でも迷うくらい、お墨付きの方向音痴で、 東京の街中や、駅で迷うなという方が無理なんです。 だから、すごく時間に余裕を持って出掛けました。 それが、何の根拠もないのだけど、 なんとなくこっちかなーっていう気がして、向かってみると なぜか正解で、一度も迷う事なく目的地に着いた事に自分でもびっくりしました。 後で友人が「塩沢さんが導いてくれたんだね。」って言ってくれました。 そう言われるとなんだか本当にそんな気がしてきてとっても嬉しかった。

お通夜の始まる時間が近くなった時、 どこからか塩沢氏のお声が聞こえてきました。 いろんな出演作品から抜粋して流されているものだとわかったけれど、 なんだかお声を聞いていると、ドアの影から「どうも。」なんて出てらっしゃるんじゃないかと 思って、辛くて、辛くて、涙がとまりませんでした。 だけど、後から、それを氏と本当に仲のよかった方が作られたと聞いて、 私なんかより辛いであろう方達が一生懸命頑張ってらっしゃるのだと思うと めそめそしてはいけないって思いなおしました。
記帳をすませると、お通夜が始まりました。「塩澤敏一氏の・・ 」という声を聞きながら、誰のお通夜に来ているんだろうってぼうっとしていました。そこまで行ってもまだ信じられませんでしたから。

ファンクラブに入っていたとはいえ、 ただのファンですから、会場の外にでも、ファン用の焼香台が儲けられるものと思っていました。 並んでいるうちに、遺影の前まで行かせていただける事に気づいて、 本当にびっくりしてどうしていいかわからなくなって、 涙で何も見えなくなりました。 かろうじてわかったのは、「白鳥警部のセル画が置いてあった」という事くらいでした。
ご遺族の方々は、私達ファン一人一人に、丁寧にお辞儀をしてくださいました。
一度でも立ち止まってしまったら帰れなくなると思い、すぐに帰るつもりだったのに、
「帰るな」というようなすごい雷雨に足止めされて、ただエンドレスで流れる氏のお声を聞いていました。

クラヴィス「アンジェリーク(ゲーム/CD)」
ゴドー・シンゴ「火の鳥2772コスモゾーン(アニメ)」
相沢耕平「軽井沢シンドローム(アニメ)」
マ・クベ「機動戦士ガンダム(アニメ)」
ビリー・ザ・ショット「銀河烈風バクシンガー(アニメ)」
カイン(ドーベルマン)「ボクサーは犬になる(CD)」
ベリー・オズ「新・ビックリマン(アニメ)」
テオドール・ヴェルナー「オルガニスト(NHKラジオドラマ)」
究極超人あ〜るのCDから、「はっぴぃ・ぱらだいす」「ぼくはアンドロイド」
超獣機神ダンクーガのCD、『SONG FOR DANCOUGAR』から、
「Alone〜孤独の戦士〜」「薔薇とビーム銃」「そこに君がいた」

もっともっとたくさん、 スピーカーからは次々と、塩沢さんの笑い声や歌い声や語りが・・・・こんな時でなかったらどんなに嬉しいかと思いました。

タイミングを外すと、雨が止んでも帰れなくなってしまい、 ずーっと最後までいたら、会場を閉めるからと、もう一度お焼香させて頂けました。 その時やっと、ご遺影を見る事ができました。 いつものように、ニッコリ微笑んでおられました・・・・・・。

参列・ご焼香をお許しくださった、奥様はじめご遺族に心から感謝します。

この日、ここを訪れてくださった皆さんがBBSに書き込んでくださった塩沢氏へのコメントを印刷したものを、お花と一緒に置いて帰りました。


5月15日 お通夜 (宝仙寺にて 午前9時45分〜)

お通夜にあまりに沢山の方が参列されて、時間が足りなかったからでしょうか。
告別式は予定より15分繰り上げて始まりました。 (それでも、まだ時間が足りませんでしたね。) 本当に沢山の方がいらっしゃっていました。 供花が、数えきれないくらいのお花が寄せられていました。 声優さんの名前を見て、「そうかあの作品で共演されていたね。」 作家さんの名前を見て、「そう、あの作品に出演されてたもの。」 そう思うと、続きを演じてほかった作品や、大好きだったキャラクターを思い出してしまって お花の名前も半分くらいしか見られませんでした。
昨日から、全てご本名で式が進行していましたが、 柴田秀勝さんが弔辞で、「兼人と呼ばせてもらう。」と仰って、
「兼人よ・・・」
と、呼び掛けられたので、 もう泣くまいと思っていた私でしたが、またタオルを取り出すはめになってしまい、 その後の「ばかやろう。」「早すぎる。」「ひょっこり顔をだしそうな気が・・」
それまで言いたくても、言えなかった全てを言っていただけて、号泣してしまいました。
ご焼香に行くと、お好きだった日本酒「老松」と お好みのタバコ「ロング・ピース」が置いてありました・・・ 美味しそうにお酒を飲んだり、タバコを吸ってらっしゃるお姿が脳裏に浮かんで・・・・ どうして、塩沢さん、どうして・・・。

喪主の挨拶で、青二プログタションの社長に続いて奥様の涙声を聞いてどうしようもなくなってしまい、ご出棺と車を、私はどうしても見る事が出来ませんでした。
「いままで、ありがとう!」と叫ぶ人々の声を聞きながら 下を向いて手を合わせていたのですが、 車が去った後に、男性ファンが目を赤くして涙をぬぐってらっしゃるのが、また胸に痛かったです。
とうとう行ってしまった・・・
塩沢さんがいない会場に流れる声を聞いていると、淋しくて、淋しくて、 友達に声をかける事も、立っていることも出来なくなってしゃがみ込んで泣きました。

葬儀が終わってから、著名な作家さん、漫画家さんにもお会いして、お話する事が出来ました。 皆さん、私達ファンと同じように、いえそれ以上に悲しまれているのに、 ご挨拶をすると、優しいお言葉がかえってきて、 私のような一主婦には遠い人、と思っていた方々をとても近くに感じながら、 氏は本当に本当に愛されているのだなって実感しました。
考えると、塩沢氏には数えきれない程の「尊敬できる人」「大好きな人」 と出会わせてもらったなと思いました。 改めてそれに気づき、胸が熱くなりました。

塩沢さん、本当にありがとう。

これからも一生ファン、続けますから。



塩沢さんのご遺骨は、奥様や親しい方達がバリ島に散骨に行かれたそうです。
青い空と、どこまでもきらめく海で泳いでいらっしゃるのかな・・・・

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