真宗大谷派 円光寺 本文へジャンプ

  戦争について
人々が平和に、摩擦なく共生していくための要件は、自民族中心主義をいかに弱めるかなのである。  斗鬼正一『目からウロコの文化人類学入門』

 

戦は自衛? なるほどな。しかし今日の戦は既にその域を通り抜けている。今日の戦は侵略だ。今日の戦は貪欲だ。いやいや今日の戦はほとんど興味に堕している。戦のための戦だ! さて戦が勝利となる。獅子の分け前を受けるものは、獅子とそれらの眷属ばかりだ。人民はあずからない。さて戦が負けとなる。彼らは討ち死にする。その華々しい戦役の様が、詩となって詠われる。だが人民は苛斂誅求。新しい主人の鞭の下に、営々刻苦しなければならない。   国枝史郎『神州纐纈城』(大正14年刊)

 

不思議なことに、ナショナリストがもっとも強固な侵略主義者となることが多い。自国の誇りは持つものの、他者が侵略されたときの痛みにはまったく鈍感になるのである。これははっきりいってナショナリストとはいえず、単なるエゴイストであるにすぎない。自分の利益になるならば、他人の家に勝手に押し入って強盗をしてもよいという自分勝手な論法とまったく同じである。そのような人は、自国にとっても危険きわまりなく、断固として批判し、否定しなければならない。  末木文美士『仏教VS.倫理』

 

道徳教育で立派な子供ができるのであれば世話はないが、まともに道徳教育をコドモが信じ込んだらどんな結果になるのかは、戦前の社会がよい見本を示している。今でもまた同じことをくり返したいオトナたちがゴマンといるようだが。  末木文美士『仏教VS.倫理』

 

ああ、やっぱりこの国は平和でいい。平和ボケ万歳だ。望むところだ、と突然、発作のように里佳は胸をつまらせた。平和はかくも美しい。ボケでもなんでもすばらしい。どうかこの美しさが、すばらしさが永久に続きますように。彼らがその下に敷いたビニールシートをしっかりと大地に留め、荒ぶる風に抗いつづけますように――。   森絵都『風に舞いあがるビニールシート』

 

この世には絶対の悪がある。それは罪のない人々を殺すことです。いかなる理由であれ、幼い子供を殺すことは許されない。そういう意味ではアメリカが日本各地で行った無差別爆撃は許されないし、沖縄島民への無差別攻撃も人道にもとるものでした。こういう無差別殺傷の最たるものが、原爆でした。そういう悪魔の爆弾を作り出した科学者と企業家の罪を、それを人間の上に落とした政治家と軍人の罪を、ぼくはもっといろいろ突っ込んで、研究するね。 加賀乙彦『雲の都』

 

どんな理想を掲げ、どんな正義の観念を持とうと、それが最終的に物の獲り合いであるなら、人間は絶対に救済されないということだ。だから、せめて、人間が物への執着を真に断ち切れるまで、殺すという手段だけは、人間は取ってはならないんだ。人間は殺してはいけない。戦争だろうが、革命だろうが、死刑だろうが、何だろうが、殺すという手段が人間にあるかぎり、人間は永遠に救われない。  辻邦生『椎の木のほとり』

 

戦争に俺、行こうかな
戦争に行ったらな
えらい人に
「みんなどうして戦争やるんや?」って
きいたるわ。
みんなきくの忘れとるみたいやから。
    原田大助『さびしいときは心のかぜです』

 

俺たちはむしろ、こういう決定をしている大将たちに怒っている。あの人たちは地上に降りてこないし、撃たれることもない。血だらけの死体や焼かれた死体、死んだ赤ちゃん、そういうもの全部見なくてもいいんだ。   A・コステロ特技下士官(ダグラス・ラミス『要石』)

 

ぼくが戦争をしに海外へ送られる頃には、イスラム教徒はみんなテロリストで、テロリストはみんなイスラム教徒で、唯一の解決法はできる限り多くのイラク人を殺すことだと思い込むようになっていた。 ジョシュア・キー『イラク 米軍脱走兵、真実の告発』

 

イラクへ来てまだ6週間しかたっていなかったが、戦場のアメリカ兵にとって、銃撃したり殺したりすることがなんでもない軽い仕事になっていることがよくわかった。 ジョシュア・キー『イラク 米軍脱走兵、真実の告発』