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  死別について 2

 私たちは亡くなられた方に何かしてあげたいと思います。しかし何ができるかというと何もありません。亡くなられた方に私たちは何もできません。ただ一つできることは忘れないということです。

 西田幾多郎という哲学者が、6歳の娘さんを亡くされた時にこういうことを書いています。
「人は死んだ者はいかにいっても還らぬから、諦めよ、忘れよという、しかしこれが親に取っては堪え難き苦痛である。時は凡ての傷を癒やすというのは自然の恵であって、一方より見れば大切なことかも知らぬが、一方より見れば人間の不人情である。何とかして忘れたくない、何か記念を残してやりたい、せめて我一生だ けは思い出してやりたいというのが親の誠である。(略)折にふれ物に感じて思い出すのが、せめてもの慰藉である、死者に対しての心づくしである。この悲は苦痛といえば誠に苦痛であろう、しかし親はこの苦痛の去ることを欲せぬのである」

 幼稚園に通っていた娘さんを脳卒中で突然亡くなされたお母さんが「娘が悲しむような悲しみ方はしたくない」とおっしゃいました。これは西田幾多郎と同じことを言っておられるんだろうと思います。

 娘を亡くしてつらくてたまらない、なんとか楽になりたい。こうお母さんは言われました。楽になって救われようと思うのならば、お子さんのことを考えないようにして忘れてしまえばいいわけです。そうしたら悲しまないですみます。
 しかし、このお母さんは娘さんのことを忘れることはできません。忘れたくはありません。だから悲しまずにはおれないわけです。「苦痛のなくなるのを望まない」わけです。悲しまずにはおれないけれども、「娘が悲しむような悲しみ方はしたくない」と言われます。それはどういう悲しみ方なのでしょうか。
 この言葉を逆に言えば、「娘が喜ぶような悲しみ方」ということになるんじゃないかと思います。それでは「娘が喜ぶような悲しみ方」とはどういう悲しみ方なのでしょうか。それは亡くなられた方の死後の世界を私が生きることだと思います。

 普通、死後の世界というと、私が死んでから行く世界、すなわちあの世のことです。しかし、佐倉哲という人のホームページに、死後の世界とはそうではなく、私が死んだ後のこの世界のことなんだ、と書かれているのを読み、なるほど、こういう考え方があるのかと驚きました。私が死んだらこの世界も消滅するというわけではありません。私が死んだ後もそれまでと同じように世界は続いています。それが私の死後の世界なんだと、佐倉さんは言われています。

 このことを生きている私のほうから見ますと、私たちは亡くなられた方の死後の世界を生きているということになります。たとえば四十九日ですと、私たちはその方の死後の世界を四十九日間生きたということです。

 それでは、亡くなられた方の死後の世界を私たちが生きるとはどういうことでしょうか。それは亡くなられた方を忘れないということだと思います。忘れてしまっては死後の世界を生きることにはなりません。

 では、何を忘れないのか。それは亡くなられた方の言葉を忘れないということです。言葉といいましても、しゃべったり文字に書いたりした言葉だけでなく、身ぶりやしぐさ、表情、あるいは後ろ姿などを含めた、広い意味での言葉ということです。それを忘れない。いつまでも思いだしていく。そして、その言葉にこめられた亡くなられた方の思い、願いは一体何だろうかと考えていくこと、それが死後の世界を生きることです。
 そういう意味で、沈黙、語らなかったということも言葉だと思います。何を考えていたんだろうか。何を私に伝えようとしていたんだろうか。そういうふうに亡くなった人の言葉を求めていくことが大切なわけです。

 たとえば、仏教徒とはお釈迦様の死後の世界を生きる者のことです。お釈迦様は約二千五百年前に亡くなられました。言うまでもありませんが、直接に会い、話を聞いたという人もとうの昔に亡くなっています。しかし、お釈迦様の言葉を忘れずに大切にされた多くの人たちによってお釈迦様の言葉が伝えられ、今日の私たちにまで届いています。そのおかげで私たちもお釈迦様の言葉を聞くことができ、お釈迦様の死後の世界を生きることができるわけです。

 私たちは家族や有名な人の死後の世界だけを生きているわけではありません。亡くなられた方の言葉に出遇うことによって、全く知らない人の死後の世界をも生きることができるようになります。

 小学生の娘さんを突然の事故で亡くされたお母さんが作られているホームページがありまして、そこには娘さんのいろんな思い出話が書かれています。たとえばこんな話です。
 娘さんとファミリーレストランへ行った時、ウエイトレスが注文を間違ってしまったんだそうです。それでお母さんが怒ったら、娘さんが「お母さん、ウエイトレスさんを怒らないで。お母さんだって、私だって間違うことがあるでしょ」と言ったそうです。
 それだけの話です。親子の他愛のない会話です。娘さんが生きておられたら、おそらく忘れてしまうような小さな出来事です。しかし、娘さんが亡くなられ、お母さんが娘さんのことをくり返しくり返し思い出す中で、いろんな言葉が浮かびあがり、娘さんがお母さんにどういう願いを持っていたのかを考えられたわけです。
 そしてそのホームページを読む私は、そのお母さんがどこの誰か、娘さんがいつ亡くなられたか全く知りませんが、お母さんを通してその娘さんの言葉を知り、その時から娘さんの死後の世界を生きることになったわけです。

 ディーン・R・クーンツという小説家が次のようなことを書いています。
「ぼくにもわかってきたことというのは、生者に対するのとまったく同じ心づかいと敬意をもって死者を扱えということです。死んだからといって気にかけなくなり、埋めて忘れ去ってしまうわけにはいきません。生きていたころに教わった教訓はぼくらとともに残っている。故人がぼくらに対して、あるいはぼくらのためにやったいろいろなことは、ぼくらの心に中にあって相変わらずぼくらを形成し変化させている。故人がぼくらにどれだけ影響を与えたかを考えれば、ぼくらも自分が死んでからずっと後まで生きる者に対して何らかの影響を残すことになる。だからある意味で、死者は本当には死なない。ずっとずっと生きつづけている」

 私たちは多くの人の願いの中で生きています。そのことに気づかず、自分は一人で生きているんだと思っています。しかし、亡くなられた方を忘れることなく、どういう願いを持って生きてこられたのか、どういう願いを私にかけておられるのか、それを考えていくということが死後の世界を生きることになるように思います。そして、私はこの人の死後の世界を生きているんだということを自覚した時に、亡くなられた方は私の上に生きてはたらいておられると言えるのではないでしょうか。