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 田代 俊孝さん「看取りの心と仏教」
 1999年3月4日

 今日は皆さん方とご一緒に、「看取りの心と仏教」というテーマで考えさせていただきたいと思います。副題に「自然法爾のいのち観」と出させていただいています。看取りの問題、あるいは生命倫理の問題が今日大変大きな課題になってきております。

 この間から脳死からの臓器移植が毎日のようにテレビで報道されておりますね。とうとう日本もああいったことが行われる時代に入ってきたのかなとつくづく思います。しかし一方では、私はいつもああいったことを見て思うことがあります。このあいだも誰かが指摘していましたが、「まだ脳死ではありません」とか、まだ「死んでいません」というような言い方をしています。と言うことはレシピエント、移植を受ける人の側にしか眼が向いていなくて、亡くなっていく人のことは、「早く死なんかな」というふうなニュアンスに取れるんです。

 日本テレビの夜中の番組に「ドキュメント99」というのがございます。一昨年(1997年)、「日本人の死生観」という番組を私も企画に参加させていただいて作ったんです。その時に子供に心臓疾患があり、日本では移植ができないからとアメリカへ行かれた若いお母さんと番組の中で対談する時間があったんです。そのお母さんが本当に正直に言ってくれました。「
金曜日の晩が待ち遠しかった」と。意味が分かりますか。アメリカでは週末に家族でドライブに出かけるんですね。それで交通事故で死ぬ人が多い。子供の脳死患者が出るのが金曜日が最も率として高いんですね。ですからお母さんは金曜日の晩が待ち遠しかったんです。

 そうすると、亡くなっていく人よりも臓器移植する方のことばっかりで、亡くなっていかれる人の尊厳性がだんだん薄らいでいくような気がするんです。人の臓器をもらってまで自分の自我的な生命延長欲を延ばしていく。私はそれがとても布施の行為とは思えないんです。仏教者の中には、臓器移植は布施だから「殊勝なことだ」と言われる人もあるんです。なんか問題を感じますね。

 それともう一つは、末期になってくると蘇生限界点というのがあるんです。これはいわゆるお医者さんがさじを投げる段階です。日本の場合ですとこれまでは心臓死ですから、心臓死になるまでは脳死になろうとなるまいと救命の努力をするわけです。そしてある時点まで行ったらもう生き返ることが無理だろう、蘇生が無理だろうということで、死を待つことになるんです。ところが死の時点が心臓死よりも手前の脳死の段階になりますと、蘇生限界点は早まってきてしまうわけです。今までは心臓死を最後の終着点にして、お医者さんは救命の努力をしてきたわけです。ですから脳低体温療法というような療法が日本のお医者さんによって開発されました。そういうふうに考えますと、いのちが違った方向に進んでいってしまいそうな気がするんです。

 そういう中で、倫理的な問題を審議する委員会を各大学医学部では倫理委員会として設けています。これはお医者さんだけで判断しないで、法律の専門家であるとか、哲学・宗教系の人であるとかが入って、きちんと文化面でも法律的な面からも判断するという委員会があるんです。私は名古屋大学の委員をしています。その会議に出ておりますと、本当にいろんなことが、それこそ市民には伝えられていないような事柄がいろんな形で出てまいります。まさにいのちがモノのようになっていく時代になってきておるわけです。

 今、世界の医療界でどういったことが問題になっているのかと言いますと、たとえば臓器移植が進んでまいりますと、圧倒的に臓器が足りないんです。そりゃそうでしょう、みんな移植してほしいんですからね。そこで人間は何を考えたかと言いますと、一つは子供の誘拐なんです。

 私は1993年から毎年三週間ずつブラジルの大学へ行っております。ブラジルには日系人が6,70万人もいますから、日本語の新聞が何紙か出ています。ここにパウリスタ新聞がございまして、1994年8月6日のものです。見出しにどう書いてあるかというと、
子供の行方不明が多発、半年で1500人、臓器売買が目的
とありますね。もう一つ1993年9月19日のサンパウロ新聞には
8万ドルで心臓を売る、乳児の密売組織摘発
と書いてあります。路上生活をしている子供たち、ストリートチルドレンを誘拐して中東のお金持ちの所へ売っていくということがなされているわけです。これは中米のホンジュラスなんかもそうです。臓器の牧場化と言いますか、南北格差の中からそうしたことが起きているわけです。

 外国ばかりじゃなくて、日本でもこういう記事があります。岩手日報1994年6月4日付ですが、
「チラシで腎移植ツアー募る、二千万から三千万で斡旋、厚生省が自粛を要請」
と書いてあります。フィリピンへの腎臓移植のツアーを旅行会社が企画したんです。どうしてもと思うとこうなってくるんですかね。臓器が足りないとこういったことから、このような問題があちこちで起きてくるということです。

 「いのちの未来・生命倫理」という私どもの研究会の記録集を法蔵館から出しているんですが、その第二巻目に福山大学の粟屋という先生がフィリピンとインドの臓器売買の状況をレポートしてくれています。その先生のお話によると、フィリピンやインドには臓器売買のブローカーがいるんです。インドのマドラスの郊外にビリバッカムという村があります。そこは通称腎臓村と言うんです。何でかと言うと、そこの人はみんな腎臓が片一方ないんです。売っているんです。腎臓を売ってミシン買うて生計を立て直したとか。なんかあっけらかんとしているんですね。そんなことが現に起きているんです。

 そうするといのちを一体どう考えたらいいのか。確かに自分の子供に心臓疾患がある、あるいは肝臓疾患がある、何とか救ってやりたい、という気持ちは分かるんですよ。しかしそれは一方では、他人のいのちを犠牲にしていくような医療です。

 他人のいのちを犠牲にしないならばどうしたらいいのか。そうなると人間は面白いことを考えます。私は1992年にアメリカの大学へ行っておりました。休暇の時にピッツバーグ大学、これはアメリカの東部にある大学ですけど、そこは臓器移植が進んでおります。名古屋大学出身の先生がたくさんいらっしゃって、友人の先生がおられるものですから訪ねて行きました。そうしたらその先生が、「遠いところをよく来てくれた。君に面白いものを見せてあげよう」と言うわけです。「何ですか」と尋ねると、ピッツバーグ大学の医学部で豚を飼っているんです。「どうしたんですか」と聞いたら、「この豚はタネもしかけもある豚や」と言うんです。「何ですか」と言うと、「君の血液型は何ですか」と聞くので、「僕AB型です」と答えたんです。そしたらその先生、「この豚もAB型やで」と言うんです。「こっちのはO型、こっちはA型や」と。

 どういうことかと言いますと、臓器が足りないもんですから、豚から人間に腎臓移植することを考えたんです。ところが豚から人間に移植するのは異種間移植と言いまして、種類が違いますから拒絶反応があるんですね。それで何を考えたかと言いますと、豚に人の遺伝子を投与しましてね、人と同じ体質をもった、あるいは人と同じ血液型をもった豚を造ったわけなんです。

 僕はそれを見て、「こんなんヒトブタやないか」と言うたんですけれどね。かけあわせじゃないんです。合成なんです。そういうのをキメラと言います。それを見て何か変に思いましてね。落語にありますね、犬の目玉をもろうたら片足上げておしっこしたというのが。豚の腎臓をもらったら豚みたいになる。それは冗談ですけどね。

 ヒトブタが造られているのはアメリカだけの話かと思って日本へ帰ってまいりましたら、日本でもやっているんです。
「人の血液型をもつ豚誕生、人間への異種間臓器移植を目標、名古屋大学医学部が学会で発表」
 これも名古屋大学がやっているんです。

 そのうちなんかわけの分からんのが出てきますよ。顔は豚で体は人間なんてへんてこりんなのができたりして。そんなことをしていいのでしょうか。技術的には可能かもしれないけれど、無節操にそんなことが起きたら困ります。本当に怖い話ですね。臓器が足りないということから、そんなものが造られていくわけです。

 クローンもそうですね。皆さんも聞かれていると思いますが、羊や牛のクローンが造られています。まあ羊や牛は食肉用のものを造るんでしょうが、しかしそれを人間に応用しようとしています。アメリカでは研究を凍結しましたけどね。なぜ人のクローンを造るかというと、臓器のスペアを造るためなんです。同じ遺伝子のスペアなら自分のものと一緒ですからね。これなら拒絶反応がないわけです。

 まあ僕のクローンがいたら便利ですけどね。本人は家で寝ながら、「一号、お前は大学へ行って来い。二号は山陽教区で話をしてこい」。そうなったらいいでしょうけど、というのは冗談ですが。

 もうちょっと面白い話があります。これも新聞記事です。三歳の子供が二人おりまして、その前に生まれたての赤ん坊が寝っころがっている写真です。見出しに三つ子と書いてあります。種明かし分かりますか。凍結受精卵です。一卵性の四つ子を造るみたいに四分割した時に分けといて、二この受精卵をお母さんのおなかに戻し、二こを冷凍庫に入れて保存するんです。双子を出産し、その子たちが二歳ぐらいになった時、もう一人子供がほしいからと冷凍庫から受精卵を出してきて解凍し、お母さんのおなかに戻して出産する。すると年の違う三つ子が生まれるわけです。これは日本ではなくてロンドンの話です。

 百年後に僕の三つ子が生まれるということもありうるわけです。生命の神秘にそこまで人間が手を差しはさんでいるわけなんです。

 クイズを出しましょうか。子供のない日本人のご夫婦がいました。それは奥さんに原因がある。それでご主人の精子をアメリカに送りまして、中国系の女性から卵子の提供を受けて体外受精して、別の女性のおなかを借りて代理母で出産してもらって、そして日本に連れて帰ってきて実子として戸籍に入れたというんです。さあ、そこで問題です。生まれてくる赤ちゃんにお母さんは何人いるでしょうか。

 一生懸命指を折って勘定している人がいますね。正解は「赤ちゃんに三人の母」です。つまり中国系の女性の卵子の提供を受けています。ですから中国系の女性に似た子供さんが生まれます。それから代理母、実際におなかを痛めた人です。生みの母です。それから日本へ連れて帰って戸籍に入れたお母さん。育ての母になります。そうしますと一応三人の母です。これだっていのちがモノのように見なされているわけです。

 それではいのちをどう考えたらいいのかということです。最近、出生前診断というのが問題になっています。お母さんのおなかの中にいる間に生まれる前の診断をするんですね。男の子か女の子かを調べるくらいはまだいいんですが、たとえばダウン症になる要素をもっている子供は出産しないでおこうとか、そんなことが問題になっているんです。すぐさまダウン症の子をもっている親の会から反対声明が出ていますけれどね。

 そんなことをしたら優生主義と言いまして、優れた者だけ生まれさせ、劣悪な者は生まれてこなくてもいいということになる。お前は生まれてこなくてよかったんだ。こういうふうになるんです。かつてナチスドイツが障害を持った人たちを大量虐殺しました。価値なき生命の毀滅と言いまして、役に立つ立たないというモノサシだけで人間を測ったんです。

 まさに人権どころか卵権ですよ。人権も大事ですが卵権も大事です。そこにいのちに対する我々の考え方をきちっと持っていないと、世の中おかしくなります。よいか悪いか、役に立つか立たないか、という点だけでいのちを測ってしまうんです。人間が見えなくなってきている。これが実は末期医療でも、生殖医療でも大きな問題なんです。

 私どもは「死そして生を考える研究会(ビハーラ研究会)」という会をしていますが、その会と名古屋の東別院とが共同で「老いと病のための心の相談室」というボランティア事業をやっています。これは市民ボランティアに六ヶ月間勉強してもらいます。16講座で、簡単な医療介護、福祉介護、そして仏教、真宗の教え、そしてロジャースのカウンセリングの技法を勉強してもらいます。そしてその人たちに寝たきりの方の所や老人病院、老人ホームなどに行って、デスカウンセラーという名前を付けていますが、要するに話し相手に行ってもらうんです。

 毎月の事例カンファレンスの時に、ある一人のメンバーがこんな問題提起をしてくれました。
「私の訪問している先のおばあちゃんはいつも死にたい死にたいと言います。初めは周囲を驚かすためにそう言っているのかと思っていました。ところがよく話を聞いてみるとそうじゃない。「私はこんな体になってちっとも間に合わない。ちっとも役に立たない。早く死にたい」とおっしゃる。どう対応したらいいでしょうか」
という問題提起でした。

 こういうことは私も寺にいるとあるんですよ。私の寺は三重県の山の中なんです。法事を勤める前に、その家のおじいさんやおばあさんが御仏供米一升とお布施をもって寺に来てくれます。だいたい小一時間しゃべっていかれますね。文字通り駆け込み寺です。家の愚痴をみんな寺の庭に吐いていくみたいな感じなんです。坊守が相手をしています。いいんですよ。寺は塀の中ですからどこにも話は漏れないですから。皆さんもお寺に行っていろいろ話されたらいいですね。

 僕もそうした時に横から聞いていますと、
「奥さん、私こんなんになってね、もう足も立たんし腰も悪いし、早ようお迎えがこうへんかなと思てます」
と言うんですね。
「このごろ息子が邪魔者扱いをする。嫁はうっとうしい目で見る。最近では孫にまで馬鹿にされるんです。もう私の生きとる意味はどこにもない」
と。今、笑われた方は邪魔者扱いしている方では。そんなことはないですね。

 役に立つ立たないというモノサシを絶対視して、役に立つのはよくて、役に立たないのはダメだと。そしてそのおばあちゃんは、自分は役に立たないからダメや、生きる意味もないと、こう思ってしまっているわけです。また息子さんたちもこれまた役に立つとか立たないとかいうモノサシを絶対視しまして、おばあちゃんは役に立たんからダメや、邪魔者やと思うてしもうとるわけです。みんなそんな発想ですね。

 人間を役に立つ立たないというモノサシだけで測ってしまっているわけです。役に立つ子は「よい子」、役に立たない子は「悪い子」、真ん中の子は「普通の子」。「よい子」「悪い子」「普通の子」と決めています。そのモノサシを絶対視して、心の内では役に立たないから自分はダメだと生きる意味を見失い、劣等感を持つ。そして外に対してはそのモノサシを絶対視して差別する。役に立たない者は排除していく。合理化だ、リストラだと、このごろ大はやりです。まあ経済の世界では利潤を追求するということですから、それも仕方ないかもしれません。そういうことになっています。ところが人間までもそのモノサシで見てしまって、切り捨ててしまう。これは大変大きな問題です。役に立つとか立たないとか、こんなの誰が決めたんですかね。どんな見方しとるんですかね。

 仏さんの目から見たらいろんな見方があるんですよ。仕事ができるできないだけのモノサシとは違うんです。いろんな見方があります。たとえば子供たちを学校の通知簿で測ります。5がようけ並んでいるとええ子やと。1ばっかりは悪い子や、3やと普通の子やと決めています。ところが算数は1でも、ものすごく体育が得意な子とか、絵が得意な奴とかおるんですよ。また学校の成績が全然ダメやと。だけども世才にたけている。友達作りが上手や。そういう子供もおるんですね。それも能力なんです。だから卒業してから同窓会に行くと、勉強のできた人が言います。
「世の中、間違うてる。あいつは学校時代に全然できへんかったのに、会社作って社長やっとる。世の中間違うとる」
 こう言う人がいますね。何も間違うてないんです。世才にたけて友達作りが上手やというのも能力なんです。

 だから仏さんの目から見たらいろんな見方があるわけです。それをただ一つのモノサシだけで測って、人を裁いているわけでしょう。

 寝たきりのおばあちゃんだっていろんな価値があるんですよ。たとえば邪魔者扱いをしている息子に対して、
息子よ、よく見なさい。今、有頂天になっているあなたも、やがてはこのように老いて病んで死んでいく身ですよ。この厳粛なる事実をじっと見つめなさい
と言葉なくして教えてやっている。それだって大きなはたらきです。あるいは、おばあちゃんがいてくれるだけでいいと思っている人もあるかもしれない。

 だから何にも役に立たないと卑下することいらんのです。
堂々と寝たきりになっていたらいいんです。もっとえらそうにしていればいいんです。長いこと生きてきたし、社会のために貢献してきたんですからね。堂々と寝たきりになっていたらいいんです。何の卑下することもいらんのです。仏さんの眼から見たらそういう世界ですよ。

 いのちを一つのモノサシで測るととんでもないことになってくるんです。さっきの話のように、出生前診断をしてもらってダウン症の可能性があるから生まない。とんでもない話です。

 だからきちっといのちをいのちとして見据えていく、いのちの尊厳性をきちっと受けとめていく、そういう見方が必要であるわけです。そういう学びが仏教の学びだろうと私は思うんです。生命倫理、あるいはいのちに対する見方、看取りの場においていのちをどう考えたらいいのか。
役に立つ、立たないというモノサシだけで測ったらダメですよ、そんなモノサシは「そらごとたわごと」ですよと。そのことが見えてくるわけです。

 それからもう一つですが、看取り、特にこれは高齢者やガンの患者さんといった人に対する看取りの中でいろんなことが問われてまいります。日本人の死亡する中でガンで亡くなる人は四分の一以上なんです。こないだお母さん役の俳優さんが亡くなりましたね。あの人ガンやったのかと皆さん思われたでしょう。それほどガンの患者が多いんです。そういう場でいろんな人間模様があるんです。

 名古屋に「あつみの会」というのがあります。これは肉親をガンで失った方たちの文章サークルなんです。その会で会員にアンケートをしました。その中で、「告知をしましたか」という質問では、「はい」が17%でした。ところがこんなコメントがあります。
「夫の死後、妻に心配をかけないよう騙されていようという日記を読んでショックだった」

 日本の場合、告知をなかなかしない。ところが告知をしなくても、その患者は大体自分がガンであるなんてことは察知しとるんです。そうでしょう、皆さん。自分がガンセンターへ入院していて、自分がガンであることに疑いをもたない人は誰もおらんでしょう。ところが家の者がどう言うてるかというと、「お父ちゃん、ちょっとお酒がすぎたから肝臓の調子が悪い」、あるいは「胃かいようや。切ったらようなるから、そしたらどっか温泉でも行こうね」なんて話をしているわけでしょう。本人は本当のことを知っとるんですよ。家族も本当のことを知っている。だけども家族は本当のことを言わない。本人も知らんふりを演じている。長年連れ添ったご夫婦が騙しあいながら人生の一番大事な時期を迎えていかなければならない。これが現実です。かなりの方がそういう経験をしていらっしゃるんじゃないかと思います。だって26%以上の人がガンで亡くなるんですからね。

 またこういう設問にこういうコメントがあるんです。「看護する中で一番苦しかったことは」という設問です。
「これはなんといっても嘘をつきとおす辛さです。日ごとに弱っていく人を見ながら、いつも笑顔をしていなければならない。屋上で、洗面所で思いっきり泣いて、部屋へ戻るとそこには死を前にした人がいて、自分の不在を詰問する。病人の神経は鋭くなっています。いろいろ話しあっておきたかったが、病名を告げていないので、それも思うように任せなかった」
と書いてあります。なんか私たちの人生ってすっきりしないですね。

 長年苦楽を共にしてきた夫婦が信頼関係を失ったまま永遠の別れをしていかなければならない。それが今の現実ですよ。ところが告知した人のコメントの中にはこんなことが書いてあるんです。
「四十年余りの年月、これほど一体になったことはなかった。一日一日が尊い時間だった。二人だけの貴重な日々がおくられた。父とあんまり話すことがなかったが、告知後は二人でゆっくり話す機会ができ、今まで気づかなかった考え方や、私への思いを知ることができた。教えてくれてありがとうと言った。そして自分一人ではどうにもならないから力を貸してくれと言い、以前よりとてもおだやかになった」
あるいは、
「この人には隠すことができないと思い、医師から言ってもらった。仕方がない、頑張る、ガン保険に入っていてよかった、と言ったのをよく覚えています」

 ご自分がガンになられた方のコメントには、
「私、病気してよかったと思います。人生を今までとても粗末に生きてきたようです。今、人生を二度生きた感じがします。病気は不運だけど不幸せじゃない」
と、こうおっしゃっている人がいるんです。

 告知を受けて、そして死をきちっと認識して最後を迎えられる方と、騙しあいながら死を迎える方と、ものすごく違うような気がするんです。我々にとって何が一番大事かと言えば、いかに人生の充足感を得ていのちを終えていくかということでしょう。どこで充足感が得られるのかと言えば、いのちを問い、いのちを見つめていくことだろうと、僕は思うんです。そこから見えてくるものがあると思います。だって告知を受けた人が「四十年余りの年月、これほど一体になったことはなかった」とか、「二人だけの貴重な日々がおくられた」と言っているんですからね。

 今のアンケートの中にこんなのがあります。これは大事なことです。
「医師は精神的ケアをもっと学んでほしい」
「死を予感した病人は医師との会話を何より望む。時間のゆとりのない患者の心の支えになるゆとりの時間をとってほしい。病気を治すことも大切だが、死んでいく人をよりよく送ることも医療の役目だと思う」

 今まで生はプラス、死はマイナス、延命こそすべてだと思ってきたわけでしょう。それこそスパゲティ症候群、マカロニ症候群になります。分かりますか。救命維持装置につながれて管いっぱいつけられとるのがマカロニ症候群、スパゲティ症候群です。そんなのになっていのちを終えていく。

 本当の人生の充足感、満足感を得ていくにはどうしたらいいか。天親菩薩『浄土論』の中にこういう言葉があります。
「能令速満足(よく速やかに満足せしむ)」
 仏さまは私たちにそういった満足を与えてくれる。ではどういう満足かということなんです。このことを今日の話の中で皆さんにきちっと受けとめてほしいと思うんです。

 そういう満足感を得るために我々はまずどうすべきなのかと言えば、私は死をタブーにしないことだと思います。まず第一番目には死をきちっと見すえる。4や9という数字を嫌うでしょう。ホテルに泊まると抜けていますよ。あるいはお葬式から帰ってくると塩をまく。僕よく言うんですよ。
「なんで塩まかんならんのや。自分を一生懸命かわいがってくれたおじいちゃんおばちゃんが亡くなって、火葬場行って見送って帰ってきて、それを汚らわしい。自分を一生懸命育ててくれた父母が亡くなって見送って帰ってきて、塩まいて汚らわしい。そんなことをしてますと、あなたもまかれますよ」
と言うんです。そうすると、ぐっときているみたいですけど。そう思うたらまかん方がいいんです。

 そこまでして死をタブーにして、汚らわしいとしているわけです。ところが僕は逆だと思うんです。きちっと死を見つめるべきです。なんでガンの告知ができないのか。やっぱり死をタブーにしとるから告知できないんでしょう。そうじゃなくて死をちゃんと見つめるんですよ。自分の死を考えていく。死を見つめるといろんなことが見えてくるんですよ。人生観ひっくり返るんです。

 テレビの有名な俳優さんが亡くなった。ああおかわいそうに、ああお気の毒に、とうとうあの人もなくなったか、ハハハ。それですんでいくんでしょう、皆さん。他人事です。ところが自分の身近な人の死やったらどうですか。兄弟の死とか親の死とか。他人事ちゃいますよ。自分の死の疑似体験ですよ。

 死を見つめますと、生きとること自体が不思議に思えてくるんです。われわれ生きとって当たり前みたいな顔して生きてます。ところがよくよく考えてみたら、三つか四つの時にはしかがこじれて死んでいても不思議じゃなかったんです。二十ごろ車の運転を覚えて電柱にぶつかって死んでも不思議じゃなかったんです。戦争の時に弾が当たって死んどっても不思議じゃなかったんでしょう。その私が今ここに生きているですよ。息しとるんです。不思議やと思わんですか。

 死を見つめますと、あらゆるいのちの尊厳性が見えてくるんです。私どもの研究会の会員の清水重子さんという方が、ある時の研究発表の後に一冊の本をくれました。『マンマの記』というタイトルがついていました。清水さんが乳ガンの手術をなさった時の手記なんです。乳ガンのしこりの発見から不安な日々、入院、手術、退院、その後と、その折々の思いをその本の中に書いておられるんです。退院の件にこんなことが書いてあります。
病院の玄関を出たとたんにまぶしく輝く風景を見た。家が、道路が、街路樹が輝いている。美しいという言葉は当てはまらない
 なんでそのように見えてきたか。入院する時は何とも思わなかったんですよ。退院する時に木が輝いて見えた。アスファルトの割れ目から生えている雑草までがいとおしく思えるようになってきたとおっしゃっている。なぜか。それは自分が死ぬほどの目におうたからなんです。

 あるいは別の患者さんが言ってくれました。お勝手に立っているとゴキブリが出てくる。思わずスリッパを脱いで反射的にパーンとたたいた。で、大腸ガンの手術して家に帰ってきた。同じようにゴキブリが出てきた。反射的にスリッパを振り上げたんやけど下ろせなかった。そう言っているんです。今うなずいてくれた人は心当たりのある人やと思いますけどね。

 なぜスリッパが振り下ろせなかったか。つまりそれは自分が死ぬほどの目におうたからです。自分が死ぬほどの目におうたがゆえに、木一本、草一本、虫ケラのいのちさえも見えてきたんですよ。天にも地にもかけがえのない私一人のいのちの尊さに出遇うことが、同時に生きとし生けるものすべてのいのちの尊さに出遇っていくということなんです。主体的な自分のいのちの尊厳性に出遇うことが、あらゆるいのち、共生の世界を気づかせてくれるんだろうと思うんです。

 だから死をタブーにするんでなくてきちっと見すえていく。
いのちをモノ化しないためには死をきちっと見据えていくことです。また死を見つめますとこんな悠長なことはしておれんのです。我々ね、来年もあるし再来年もあるしと思ってますよ。しかし本当にいのちが見えてきたら、まさに蓮如上人が
「人間のはかなきことは、老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて」
と『白骨の御文』でおっしゃっておられるように、まずいのちの一大事に目覚めんといかんわけです。

 また死ということを見つめますと、そこから本当に面白いことに気づかされるんです。
人は必ず死ぬもんや、自分も死ぬもんやと分かるんです。自分は死なないと思っているから苦しまなければならんのです。みんな死ぬんです。私たちの頭の中では、自分は死なない、いつまでも若い、と思っている。ところが鏡を見てがっかりする。若いはずの僕がどうして白髪が生え、しわができとるんや、と。若いはずという思いと鏡に映っている老いのギャップが苦しみなんです。でも誕生の瞬間から着々と老いていく身ですから、老いて当たり前やったなと気がつけば、老いが引き受けられるんです。

 また我々の頭の中では、自分はいつまでも健康や、と思っているんです。
「健康なはずの私がどうして入院せんならん。隣の奥さん、孫抱いて楽しそうに暮らしているのに。私ばっかりこんな目におうて。仏さんはあまりにも不公平だ。私ばっかりこんな目に遭わして。先生何とか答えて下さいよ」
と言われる人がいます。答は無常です。健康が当たり前と違うんです。病んで当たり前なんです。僕の頭では健康が当たり前だと思っているんだけど、事実は病んで当たり前。よう考えてみたら、みんな何か病気を持っとるんですよ。

 僕は健康そうに見えるでしょう。ところが僕だって悪いところいっぱいあるんです。足の親指がすぐ腫れてきましてね、毎日薬を飲んでます。尿酸値が高うなる病気なんです。紙切れ一枚拾うとすぐぎっくり腰になるんです。足は悪いし腰は悪いし、おまけに頭は悪いし顔は悪いし口は悪いし、悪いところだらけですよ。

 生身の体ですから病んで当たり前なんです。そこに気がついて始めて引き受けていけるんです。死も同じなんです。人は死んでも自分は死なんと思っているでしょう、皆さん。ところが実は死すべき身だと。死んで当たり前やと。

 仏教の救いとは、いつまでも若くするとか、いつまでも病気にならないように健康にしとくとか、いつまでも死なんようにするとか、そう思ってませんか。いろんなお寺に行きますと、息災延命とかガン封じとか病気退治とか、そういうことばっかり書いてあるでしょう。そういうのが仏教の救いだと思ってらっしゃる方があるかもしれませんが、そんなもんとんでもないことです。はっきり言って、そういうのは仏教じゃないと僕は思うてます。

 仏教の救いはそういうものではないんです。苦しい事実そのものを引き受けていけるようにこちらが変えられていく救いです。ガンはガンのままです。ガンを仏さんの力で封じてくれるのとは違うんです。そんな宗教にひっかからないで下さいよ。真宗じゃなくなりますからね。
仏教はガンを治すんじゃないんです。ガンはガンのままで引き受けていけるような、そういう心の転換をさせてくれるものです。死なないようにしてくれるのが仏教じゃありません。死をそのまんま受けとめていけるように変えさせてくれるのが仏教なんです。

 先ほど言いましたように、本当の満足とは何なのか。いのちは長ければ長いほどいいと言って、ずっと延ばしていくことが本当の満足なんですか。生はプラス、死はマイナス、その価値観にとらわれて、いのちを延ばしていくことが満足なんですか。皆さんどうですか。四百歳も五百歳も生きたらえらいことですよ。ちょうどええところで死ねるからいいんです。
 考えてみたら、モノサシにとらわれている苦しみなんです。仏教を利用して長生きさせて下さい。仏教を利用して死なないようにして下さい。それはそのモノサシをがっちり持ったまま欲を延ばしていこうとする形でしょう。だからそんなもんどこまでいっても不満ですよ。皆さん、百五十歳まで生きたら満足しますか。「私は二百まで生きるつもりやったのに百五十で死ぬのは不本意や」。「もう一回臓器移植して二百五十歳まで生きるつもりにしてたのに、こんなはずではなかった」。そうなるわけでしょう。

 だって現に皆さん、昔は人生五十年だったでしょう。ところが今、人生八十年ですよ。六割延びたんです。その分満足しましたか。満足したという人があったらお会いしたいんですが、いないでしょう。頭の中でみんな思うとるんですよ。四十、五十と一生懸命働いて、六十歳で定年を迎え、七十歳になったら悠々自適の生活して、旅行して、八十歳なったら平均寿命で人並みや。自分は八十でなんか死なん、九十になったら十歳もうけもんや、もうちょっと頑張って百歳なったらタレントになれる。同朋大学は名古屋にあるんですが、名古屋には百歳になってタレントになった人が二人もいらっしゃるんです。

 長ければ長いほどいい。そこにとらわれている限り苦しまなならんですよ。つまりいのちを所有化している。我々は自分のいのちはどうにでもなると思うとるわけです。人間えらくなりすぎたものですから、自分のいのちは自分のものや、自分の力で長くも短くもできる、上手な死に方で上手に死ぬことができる。みんな賢くなったものですから、そう思って苦しまなければならんのです。

 自分のいのちは自分の力で生まれてきたんですか。この中で私は私の力で生まれてきましたという人がいたらお会いしたいですけど。どなたかいますか。いないですよね。父があり母があり祖父があり祖母がありと、綿々と続くご縁の連続によっていのちをいただいた。

 いのちが先にあったんでしょう。思いが後でしょう。そのくせ思いを先にしてしまって思いの中にいのちを入れてしまってるわけです。自分のいのちなら自分の思い通りに死んでいけるはずです。上手な死に方、美しく老いるとかね。でも寝たきりになったり、痴呆症になったりした人は何も好きこのんでなっているのと違いますよ。死だって思いを超えたものでしょう。

 上手に死のうなんて思っていたら、おちおち死ねないですよ、皆さん。上手な死に方というのが昔あったんです。頭北面西右脇にして花を散らし香をたきてという、臨終行儀というのがありまして、死ぬ時の作法が決まっとったんです。そういう死に方すると、蓮の花がぱっと咲いて、紫の雲がたなびいてくる。そうなると、あの人は仏さんが迎えに来たんやなあ、浄土往生できたんやなあと。そのために生前から一生懸命尊いことをして徳を積んでやっとったんです。そういうのを臨終来迎と言うんです。

 ところが親鸞聖人は考えたんです。死に方の作法と言うけれど、いつ死ぬか、どんな死に方するかわからんじゃないか。だから死の瞬間まで待つんじゃなくて、今この時だと。死の問題を死の瞬間までほっとくんじゃなく、死に方の良し悪しじゃなく、今の問題だと。それを現生正定聚とか平生業成と言うんです。平生の問題なんです。今のいのちを問うんです。どんな死に方するかわからんし、いつ死ぬかわからん。ましてや徳を積むなんていうけれども、それができるんですかと。罪悪深重、煩悩熾盛じゃないですかと。ましてや死後の世界を実体的に描いて仏さんがお迎えに来るなんて言うけれども、そんな死後の世界をイメージして、そこに行けるから幸せだというような消極的な救いなんですかと。だから平生なんだ、現生なんだ、今なんだ、と親鸞聖人はおっしゃったんです。

 今のいのちの問題を問いますと、
はっきり言って死んだ後はどうでもよくなるんです。考える必要のないことなんです。死後があるとかないとか考えだしたら寝られんですよ、皆さん。仕事も手につかんですよ。丹波哲郎が言ってますが、信じられますか。自分で行ったこともないくせに言ってますでしょう。あるとかないとかにとらわれて苦しんどるんでしょう。もともと死後というのは思いを超えたものです。人間のちっぽけな頭で分かるはずがないんです。分からんでもいいんです。死を思いの中に入れて、ああだ、こうだと言っているけれども、死は思いがけないことなんです。だって言うじゃないですか、思いもよらない死とか。思いを超えた死を思いの中に入れるから苦しまなければならんのです。

 上手に死なんでもいいじゃないですか。のたうち回って死んでもいいじゃないですか。痛い時は痛いと言い、苦しい時は苦しいと言い、どんな死に方をしてもよしと腹がすわったら一番楽でしょう。死ぬ時はきれいに死ななあかん思ったら苦痛ですよ。

 死も思いを超えたもの、誕生も思いを超えたもの。生まれてから今日までの生活はどうですか。自分のいのちと言うんなら思い通りになってきたはずです。どうですか。思い通りの人生でしたか。首を振っておられますけどね。

 私は四十六年の人生を振り返りまして、何一つ思い通りにならなかったですよ。毎日毎日が思いがけないことの連続です。私は滋賀県の山寺に生まれまして、京都の学校を出まして、名古屋の学校に勤め、気がついたら三重県の山ん中におるんです。こんなこと想像もしたことなかったですね。思いがけないこれまでの人生です。今日のこの出遇いだって思いがけない出遇いです。

 すると誕生も思いを超えたもの、死も思いを超えたもの、日々の営みも思いを超えたもの、今日の出遇いも思いを超えたもの。その思いを超えた大きなはたらきの中に我々は生かされ支えられているわけでしょう。その思いを超えたことを不可思議と言っているわけです。それはあら不思議、摩訶不思議という超能力的なことを言ってるんじゃないんです。思いを超えたということを言っているわけです。だからいのちは思いを超えたものなんです。思いを超えたものを思いの中に入れて分別するから、苦しまんならんのです。人間こざかしくなってきて、何でも考えたら解決するんやと思うとる。解決つかんことだってあるんですよ。解決つかんことはつかんでいいんです。思いを超えた大きなはたらきの中に生かされ支えられているわけです。

 『西遊記』の孫悟空がキント雲に乗って三界を経めぐり回っても、あの話のオチは仏さまの手の中だったということですよね。まさに大きな手という絶対無限の妙用に生かされ支えられているわけです。それを他力と言うんです。本願力と言うんです。大きなはたらきの中に生かされているんです。

 その大きな手の中にありながら、よいとか悪いとか、長いとか短いとか、プラスとかマイナスとか、こざかしいことばっかり言って力んどるんでしょう。長ければ長いほどいい、六十年より七十年がいい、七十年より八十年がいい。そんなもんどうでもいいじゃないですか。大きな手の中にもともといるんです。その中で自分一人で勝手なモノサシ作って頑張っとるんです。力んどるんです。

 もともと他力の大きなはたらきの中にあるんです。死を見つめた時にそういうことが見えてくるわけです。死を、いのちを見つめた時に、そういう自己を超えた大きなはたらき、大きな手の中にいるんだということが見えてくるんです。

 赤ちゃんを見とっても不思議ですね。なんで赤ちゃんは産まれてすぐに泣くのかなと。誰も教えんけど泣くんですよ。誰も教えとらんけど息をするんですよ。大きなはたらきですね。人間は賢くなりすぎたんです。そのため大きなはたらきに気づかない。

 自己を超えた大きなはたらき、その不可思議を阿弥陀、無限と言うんです。不思議のはたらきですから、不可思議光と言っているでしょう。その自己を超えたものを我々が忘れるから、人間が傲慢になってきたんです。それでヒトブタ造ったり、人間のクローン造ったりするんですね。

 自己を超えたものをあおぐ心が南無ということです。南無とは頭が下がるという意味です。手を合わせて頭が下がる。頭を下げるんと違いますよ。頭を下げる人がいます。御利益ありますようにと言って頭を下げる。長生きできますようにとかね。隣の人が頭を下げとるから格好悪いから私も下げようかというのは、頭を下げる。私が言っているのは頭が下がるということです。頭が下がるというのは、自ずと頭が下がるんです。あおぐべきものに出遇った時に自ずと頭が下がる。だから阿弥陀に南無するんです。

「南無というは帰命なり、またこれ発願回向の義なり」
 善導大師のお言葉を蓮如上人が『御文』の中でおっしゃっています。考えてみたら、蓮如さんの頃もみんな南無阿弥陀仏を誤解しとったんやと思います。浄土宗とか比叡山や高野山の念仏ばかり普及しとったわけですからね。祈りの念仏ですから。それを蓮如さんは違うよとおっしゃったわけです。浄土真宗のお念仏は呪文じゃないよ、願いをかなえるための祈りではないよと、その時代の人に分かるようにお示しになったわけです。

 阿弥陀仏に南無する。無量寿如来に帰命する。不可思議光に南無する。同じ意味です。自己を超えたものに対して頭が下がることです。お念仏とは自己を超えたものを我々に気づかしめる言葉です。だから親鸞聖人は如来招喚の勅命だと、如来のよびごえだという言い方でおっしゃっています。自己を超えた世界があるんだ、思いを超えた大きなはたらきがあるんだ、そこに気づきましょうよと。そういう自己を超えた世界があるんだということを我々に気づかしめるはたらきがお念仏なんです。

 自己を超えたものに対するあおぐ心がある、つまり南無の心があるところに、人間としての謙虚さが出てくるわけです。畏敬の念が出てくるわけです。人間が一番えらいと思っているからヒトブタ造るんです。クローンを造るんです。

 だから私は今こそ自己を超えたものをあおぐという南無の心が生命倫理を考える基本じゃないかと思うんです。人間が傲慢になっているんですよ。人間は万物の霊長だ。人間が一番えらいんだ。これは西洋の発想です。ところが仏教は違います。自己を超えたものをあおぐんです。

 自己を超えたというのが自然(じねん)ということです。思いを超えた大きなはたらきが自然のはたらきなんです。自然の世界が一番安らげるんです。力まんでもいいんです。痛い時には痛いと言い、苦しい時には苦しいと言い、どんな死に方をしてもよし。あるがままなんです。すると楽ですね。

「自は、おのずからという。行者のはからいにあらず、しからしむということばなり。然というは、しからしむということば、行者のはからいにあらず。(中略)行者のよからんともあしからんともおもわぬを、自然とはもうすぞとききてそうろう」
 親鸞聖人の自然法爾章の言葉です。善し悪しの分別をして、それで苦しんどるんでしょう、皆さん。比較して優越感と劣等感にさいなまれている。あるがままでいいんですよ。

 そこでちょっと気をつけていただきたいんですが、「あるがまま」と言いますと、「ああ、そうですか。あるがままだったら自然体ですね。何をしてもいいんですね」と言う人がいるんです。何をしてもいいというのは、「あるがまま」ではなくて「わがまま」です。「わがまま」と「あるがまま」とは違います。「わがまま」は我の世界です。我が先に立っとるんです。「あるがまま」というのは無我の世界です。自己を超えて自らの我執が破れている世界ですから。「あるがまま」と「わがまま」とはえらい違いです。

 一つ二つ事例を申し上げたいと思います。中日新聞にともしび欄という宗教欄があり、私はそこに「生死を生きる」という連載を書いています。そこに一九九七年三月に書いた記事です。

京都の母校へ生と死の授業の集中講義に出かけた時、知り合いの先生から一冊の本をいただいた。『
生命をみつめる―進行癌の患者として―』と題する岡山大学教授阿部幸子さんの本であった。なつかしい名前であった。なぜなら彼女はかつて私の母校でも教鞭をとっていたからである。彼女がいつか私たちの「死そして生を考える研究会」のことを話題にしていたと、その友人の先生から聞いた。あの先生が今ガンに。驚きと共に、この本の中にはきっと深い思索があるはずだと大きな期待を抱いた。

彼女は一九三一年(昭和六年)名古屋市の生まれである。英文学が専門で京都大学の大学院を修了し、結婚してからもずっと他の大学で研究を続けていた。八九年、岡山大学に教授として赴任した直後に、大腸ガンであることが分かった。ガンとの出会いを彼女は次のように記している。

「癌とは私にとって一つの新しい体験である。しばらく平和だった私の人生に、激動の時が訪れたのだ。病気を持った己自身との対決は今まで自分でも気付いていなかった秘められた心の内面を自覚させることになるかも知れないし、人生や死について深く考える時間を恵むものかも知れぬ」

論理的な思考を好み、英国文化に親しんでいた彼女は、自分を客観的に見ることのできる人であった。告知を受ける前に自分で診断し、医師からの説明はその確認であった。何よりも彼女は医師からの正しい情報とデータを求めた。それが自分のあらゆる行動の基礎になるからだと言う。事実、彼女は三度目の入院の後に、まだ少しは生きられると考え、もう一冊専門書を書こうと思った、と記している。そして四百字二百枚を書き、東京の出版社から共著で出している。彼女はものを書くことは「一つの重要な精神的セラピー」だと言っていたが、それは同時に人間についての深い洞察になる。

彼女の「癌死を望む」という短文の中に、「文字通り生の中に死を見つめながら毎日を送っているわけだ。何故、生きながら死を見つめることが絶望に結びつかないのか。その答は単純明快だ。生の実相とは、死があってこそ生が豊かになるという前提によって支えられている。生は死の反対概念であって同時に反対概念ではない。少々矛盾した表現かも知れないが、常に死を念頭に置きつつ生きることは真実の生命を生きることになるのである」とも述べ、旅路の果に死が待っているのではなく、ここに控えている死が生命の一瞬一瞬を生きよ生きよと常に指示し、立体的生、ダイナミックで躍動的な生命を生きることになると言う。」

 阿部さんがおっしゃっているように、死を見つめながら毎日を送っている。だけども生きながら死を見つめることが絶望に結びつかない。これは生があって死がある、生の果てに死があるというんじゃないんです。「生は死の反対概念であって、同時に反対概念ではない」と。「常に死を念頭に置きつつ生きることは真実の生命を生きることになる」。仏教では生死と言います。生と死はうらおもてなんです。死を認識した時に生の意味が見えてくる。あるいは死を見つめた時に生きていることの意味が見えてくるわけですね。

「そんな彼女も、ガンになる前は死が怖かった、自分だけは例外であるといった気持ちがあったと、正直に述べている。しかし「癌を生きる日々を通じて死はだんだん親しみ深いものに変えられてゆく。〝もう時間が来たよ〟と、死に手を取られても、〝君はずっと私の友達だったね〟と微笑が返せそうである」と。そして「死を見つめて生きる延命の日々を与えられたために、私には生の本当の意味が分ったように思われるのだ。総ての難問に自ずと解決が与えられたような心境の日々」になれたと。

最後の思索、「死を前にして思うこと」の中で彼女は、「癌になる前は自分の力で生きているのだと自信過剰な私であった。人生への困難に直面しても、脱出路を見出すことも出来たし、様々な情況に柔軟に反応する能力もあると思っていた。癌に直面した私は、それまでただひたすら己の信じる道を歩き続けて来たのだが、立ち停まらざるを得なかった。先ず第一に心に浮かんだ疑問は、これまでの人生を本当に自分だけの力で生きてきたかどうかということであった。〝他力によって生かされて来たのだ〟と。何故今までこんな単純な真理に目を閉じていたのだろうか。気が付くのが遅過ぎたと思うと同時に気付かぬまま死ぬより良かった。やっとの思いで、終バスに乗車出来たのである。このささやかな一生の旅路をここまで歩いて来ることが出来たのは、数限りない多くの人々に助けられて来たからである。亡き父の愛、恩師の助け、友人達の支え。」

 阿部先生は知的な方でした。だから何でも自分で解決できると思って生きてきた。ところがガンになって身を横たえた時に、考えざるを得なかった。「これまでの人生を本当に自分だけの力で生きてきたか。〝他力によって生かされて来たのだ〟。何故こんな単純な真理に目を閉じていたのか」。大きなはたらきの中に生かされ支えられていたことにやっと気づかされたわけです。ガンになってからなんです。「気付くのが遅過ぎたと思うと同時に気付かぬまま死ぬより良かった。やっとの思いで、終バスに乗車出来たのである」。

 阿部先生はガンになったことによって、自力無効を信知して、いずれの行もおよびがたき身、自分の力ではどうにもならなかったことに気づかされた。その身を通した出遇いが、大きなはたらきの中に生かされ支えられていたんだという出遇いをもたらしたわけなんです。本願の終バスに乗車できたのです。大きな手の中にあることに気がついた時に、これでよかったと言いうる人生になったわけです。

 先に申しましたように、仏さんは私たちに満足を与えてくれる。どういう満足か。それはモノサシを離れることによって、これでよかったという満足なんです。よいとか悪いとか、上とか下とかいう話ではありません。そのモノサシを取っ払った時に、四十歳は四十歳のままで、ガンはガンのままで、痛風は痛風のままで。私、痛風ですけどね。そのまんまでという救いなんです。つまり、そのまんまで事実そのものを引き受けていけるような勇気を与えてくれる。

 死にゆく人はそういう学びをされるんですけれど、看取りの場とは周囲の人もそのいのちを共有することによって、苦悩を共有することによって、そういう学びができるんです。共有できる所にお互いが支え合っていけるわけです。

 私どもの会のある会員の方がお話し下さったんです。妹さんが乳ガンになられた。お見舞いに来る人が、
「頑張れ頑張れ、子供さんが小さいから頑張れ」
と言うんです。ところが当のガンの患者さんは、
「頑張れって私どう頑張るのよ。そりゃいいわね、あなたは健康だから。もう来ないでほしい」

 いいつもりで頑張れと言っているのでしょうが、本人にとってみれば、どう頑張るのか。相手が健康を誇っているように聞こえるんですね。頑張れという言葉の中には、健康が良くて病いはダメだと、生はプラス、死はマイナスという価値観があるわけでしょう。それに基づいて頑張れと言っているんです。

 ところが生もあれば死もあるんです。何もそこに優劣はないんです。プラスマイナスはないんです。みんな死ぬんですから。その価値観を取っ払った時に同じ地平に立って、同じところで支え合っていけるわけなんです。

 私どもの「老いと病のための心の相談室」の一番いいカウンセラーは、自分がガンを経験された方なんです。あるいは肉親を失った人に対して一番いいカウンセラーは誰か。同じ経験をされた人なんです。だから自己を超えたものに出遇うことによって、そういう苦悩を共有するという出遇いが出てくるんです。

 死をタブーにするべきじゃないんです。死を見つめますと、いろんなことを教えられます。常々私自身が思うことがあります。死を前にした人は非常に純粋です。本当にやさしいですね。健康ですと、社会的地位がどうやこうやとか、財産があるとかないとか、あいつえらそうにしとるとか、そう思うでしょう。ところが死という言葉の前にはそれは全部消えていくんです。いくらお金持っていても、死ぬ時はみんな一緒です。裸ですよ。いくら社会的地位が高い人であっても、死ぬ時はみんな死んでいくんです。死という言葉の前には全部それらは消えていきます。

 「
死という絶対平等の身に立てば
  誰でも許せるような気がします
  道を行き交う人にも
  何かあたたかい思いを感じます


 こういう詩を残してくれた人があります。
 看取りという場、それはまさに私たちがいのちに出遇っていく場、いのちを教えられる場、あるいはそういう苦悩を共有していく場です。そこから人生を、私たちにとって深いものを教えられる場です。まさに悲しみからの仏教入門です。死を通して仏法の世界、自己を超えたものに出遇っていける。出遇うことが苦悩を超える道であると思います。
 いただきました時間がちょうどまいりました。これで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

(1999年(平成11)3月4日に兵庫県揖保郡新宮町で行われました山陽教区女性同朋大会でのお話をまとめたものです)