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  近松 誉さん 「真宗の仏事」
第1回 真宗の儀式と荘厳

                            2022年4月22日
 1 はじめに
 みなさんこんにちは。大阪からまいりました近松と申します。ありそうだけど近所にはいない。そんな珍しい名字です。滋賀県大津市の近松という地名があります。私の先祖が近松に住んでおりました。この先祖というのが本願寺八代目蓮如の六男蓮淳という人です。現在はそこに浄土真宗本願寺派の近松別院があります。

 『蓮如上人御一代記聞書』という書物がございますけれども、その中に近松殿という言葉が出てきます。当時の人たちは近松殿と呼んでいたようです。その蓮淳が私の十六代前の先祖です。江戸時代には僧侶は名字がなかったんですけど、明治になって名字を名のることになった。さてどうしようかとなって、先祖が近松と言われていたから近松にしようということになったらしいです。

 近松という名の有名な人物がいます。浄瑠璃作家の近松門左衛門です。こちらはペンネームなんですね。江戸時代の中頃、福井のお侍さんが浪人になって、滋賀県の近松に住んだそうです。浄瑠璃作家となった時に、本名の杉森を名のるのをはばかって、住んでた地名の近松にしたらしいです。近松門左衛門のほうが有名ですので、私は小学校の時から「近松門左衛門の子孫なの」と聞かれると、説明するのも面倒なので、「そうです」と言っていたこともあります。

 私が住職を勤めておりますお寺は儀式や声明をずっとやってるんですね。歌舞伎とか文楽とかの伝統芸能の人たちは、子供のときから英才教育を受けて舞台に出るというイメージじゃないですか。同じように、お坊さんも小さいときから衣を着けてお経を読んでいると思われているようですけど、私は違ってました。自分の家が大嫌いで、今もそんな好きじゃないです。なぜかというと、普通の家では土日の休みにはお父さんとお母さんがデパートとかに連れて行くと思うんですよ。知らないですけどね。ところが、お寺は土日になると忙しくて、子供のことはほったらかしなんですよ。土日に親がどこかに連れてってくれた記憶はほぼない。

 それに、地域によるかもしれませんけど、大阪はお坊さんの権威なんてほぼないんですね。大阪の人間は口の悪い人が多くて、「どうせ坊主なんて人が死んだら喜んでんやろ」と、そんなこと言われて育ってきました。自分の家のこと好きになるはずがない環境で育ってきたので、寺が嫌でしょうがない。

 私が学生のころはバブルの時代でして、若い者が調子に乗ってたんですね。私も調子に乗って、「お寺なんかやるか」と、ミッション系の大学に行きました。親も内心は「こいつ、どうなるんやろ」と思ってたでしょうね。

 なぜそんな話をするかと言いますと、私は52歳なんですけど、気がついたら父親と同じ仕事をしている。私の父親も本山で儀式の仕事をさせていただいて、式務という部署の部長をしておりました。私は父親に憧れたことなんてなかったんですけど、父親が死んで十一年、気がついたら同じことやってるんですね。

 私は父親と会話することがあまりなくてですね、ほんまに親子かというくらいでした。父親も「お前はわしとは関係ない」と冗談で言ってたぐらいなんです。そんな関係だったので、まさか父親のあとを追っかけることになるとは思わなかったですけど、今は父親と同じことをやっている。式務部で一緒に仕事をしている仲間に、「あんた、先代さんとおんなじことを言ってるで」と言われたことがあります。

 これは何かと言うと、「浄土の機縁熟すれば」と和讃にありますけど、私の意志ではないと思うんです。自分の意志で選んだような顔をしていても、さまざまなご縁が積もって今の立場になっているんだなと実感しています。

 私も息子がいてまして、大学生なんですけど、私に似てるのか、「お寺を継ぐの嫌だ」と言ってるんです。私がそのことで愚痴ったら、昔の私をよく知ってる人から「あんたも同じやった。なるようにしかならん。ほっときなはれ」と言われました。

 親の立場になって思うんですけど、お寺は門徒さんが支えてくれてますから、やっぱり息子にお寺を維持してほしいとは思うんです。しかし、こればっかりは「継ぎなさい」「はい、わかりました」というわけにはいきません。いろんなことをやってみて、そして結果的にどうなるかわからないですけど、私の場合はお寺を預からせていただく立場にならせてもらったということです。

 真宗の仏事は、僧侶が「やりましょう」と言ってすることもある。あるいは門徒さんが「今日は誰々のご命日だから」と言ってされるかもしれない。そうして勤めるんやけど、自分でしたような気になってても、実はさまざまな関わりの中で機縁が熟して、そうして自然に勤まったんだといただきたい。そういったことをお伝えできればなと考えています。

 2 荘厳ということ
 今日は「真宗の儀式と荘厳」という題でお話をさせていただきます。荘厳(しょうごん)という言葉は仏事と切っても切れない非常に重要な言葉です。真宗の仏事や考え方のすべてが凝縮していると言ってもいいかと思います。

 荘厳とは仏像や本堂、あるいはお内仏を美しくお飾りすることなんですね。荘は「おごそか」「かざる」、厳は「おごそか」という意味です。荘厳の語源はサンスクリット語のヴューハ(vyūha)だとされています。ヴューハは「見事な配置」とか「美しく飾る」、あるいは「そのありさま」という意味なんです。では、何の優れた配置なのか、何のありさまなのか

(1)浄土真宗の根本聖典
 浄土真宗で大切にする経典は『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』の三つで、これを浄土三部経と言います。宗祖親鸞聖人は『教行信証』で『仏説無量寿経』を「真実の教」とおっしゃっています。『無量寿経』は『大経』とか『大無量寿経』とも言います。

 インドの言葉では「スカーパティー・ヴューハ・マハヤーナ・スートラ」というそうです。「スカーバティー」が極楽、「ヴューハ」が荘厳、「マハヤーナ」は大乗、「スートラ」は経典ですから、直訳すれば「極楽荘厳大乗経」となります。これが私たちの根本聖典である『無量寿経』の正式名称なんです。浄土の荘厳を説いたお経ですから、『大経』は極楽の荘厳が中心課題ということになります。浄土という極めて優れた場所の見事で素晴らしいありさま。

 私たちは普段「本堂の荘厳をせなあかん」というようなことを言っていますが、荘厳とは単なる飾りつけ、デコレーションという意味にとどまらない。荘厳は教えのはたらきを表すという深い意味があるわけです。

(2)「荘厳」の持つ意味
 安居(あんご)といって、毎年夏に本山と大谷大学を会場に二週間の講義が行われています。昭和61年の安居本講での佐々木教悟先生の講録に、荘厳について書かれています。

「荘厳という語について装飾物としての荘厳以外に、その飾る行為が問題とされて、功徳のごとき無形のものをあらわすものとして、さらにまた、精神的な心の内景をあらわすものとして、この語がしばしば用いられています。この場合の原語はヴューハであるが、それは語義の上からいえば、整理、配置の意味を有する荘厳である」

 荘厳とは単に装飾することではない。飾るという行為、つまり儀式ということだ。功徳、つまり仏からのプレゼントも表現されている。さらには、私たちが仏のはたらきを受けた心の内景を表す。心の内景とは私たちの心の動きだが、仏から頂戴した心の動きである。そうした意味が荘厳という言葉に含まれている。そのように佐々木教悟先生は教えてくださっているんです。

 このことを『大経』の中でどういうふうに説かれているのか調べてみました。

「(法蔵菩薩が)五劫を具足して、荘厳仏国の清浄の行を思惟し摂取す」

 難しいことが書いてありますね。法蔵菩薩とは阿弥陀仏となられる以前の修行者としての名のりです。荘厳仏国とは浄土のことです。摂取とは衆生を摂め取って救うという意味です。法蔵菩薩は清浄な行によって浄土を飾ろうとしたと説かれています。私たちのしていることは清浄の行じゃないんですよ。

(3)荘厳は還相回向
 二種回向といって、私たちが浄土に向かっていく往相回向というはたらきと、浄土から帰ってくる還相回向というはたらきがあります。どちらも阿弥陀仏の回向、つまりはたらきで、私たちの力じゃないんです。還相とは浄土、すなわち真実の世界から私へのはたらきだと、真宗ではいただいているんですね。親鸞聖人が『唯信抄文意』で真実とはどういうものか説明されています。

「「涅槃」をば、滅度という、無為という、安楽という、常楽という、実相という、法身という、法性という、真如という、一如という、仏性という(略)。法身は、いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず。ことばもたえたり」

 真実とは真如実相ということです。真如はいろんな言い方をされますけど、法身(ほっしん)もその一つです。真実のはたらきは色も形もないと、親鸞聖人はおっしゃっています。本来、色も形がない真実が還相という形で帰ってくるときに、仏のほうで工夫して、私たちにその姿を見せてくださいますよと説明されているんです。ですから、真宗の仏事とか儀式は、すべて無形である仏のはたらきを形にして私たちに見せるという意味があるんです。

 このことは非常にシンプルです。どうシンプルかというと、私たちががんばる必要ないということなんですね。私たちががんばろうとしたら、それは仏さんのお荘厳を私がすることになってしまいます。でも、私たちが何か善行を積んで、そうして仏になっていくんじゃないわけですよ。

 お内仏のお世話をするとか、お給仕すると言いますね。お給仕とはサービスです。だから、お内仏のお給仕は仏さんのお手伝いをすることなんであって、修行じゃないんですよ。僧侶も門徒さんも仏さんのお手伝いをさせていただいているということですね。それが荘厳ということのもう一つの意味かと思います。

 方便という言葉があります。方便は便利な方法と書きますね。方便として現れたといただくわけですから、そこに阿弥陀仏のはたらきが形となって立ち現れていると受け止めていきたいなと。荘厳は還相回向だということにはそういう意味があります。

 3 本尊ということ
(1)真宗大谷派では阿弥陀仏一仏
 荘厳の中心となるものは何かといいますと御本尊です。では、本尊は何か。東本願寺出版から出ている『真宗の仏事』を見ていただくと、

「真宗の本尊は阿弥陀如来一仏です」

とありますね。真宗の本尊は阿弥陀如来だけであって、大日如来とか薬師さん、観音さんなどは真宗の本尊じゃなくて、阿弥陀如来だけなんです。

 実は、本尊が統一されているのは、大きな宗派では浄土真宗以外にはありません。浄土真宗のお寺やみなさんの家のお内仏は阿弥陀さんだけですよね。お不動さんとか観音さんの像がお内仏にあるということはないと思います。

 他の宗派に行くとそうじゃないんです。天台宗、真言宗、日蓮宗、臨済宗、曹洞宗などたくさんの宗派があります。それぞれの宗派ではさまざまな教えが説かれていますけど、本尊が何か、各宗派は定めていない。いろんなお寺に行かはることがあると思うんですけど、他宗のお寺は境内の中に何とか堂というお堂がいくつもあって、いろんな仏や菩薩、諸天が祀られています。また、親鸞聖人の師匠である法然上人が開かれた浄土宗も御本尊は阿弥陀如来なんですけど、立っている阿弥陀如来か座っている阿弥陀如来かが決まってないといわれています。

「真宗の絵像や木像の阿弥陀如来像は必ず立っておられます。今にも私たちに向かって歩み出そうとするそのお姿は、苦悩する衆生を救わんとする大悲、大願のはたらき、すくい取って捨てない「摂取不捨」のおこころを伝えています」(『真宗の仏事』)

とあります。これは非常に大事なことなんです。浄土宗の議会で立像と座像、どっちが正しいかと論争になったことがあるくらいなんですね。

 では、阿弥陀さんはなぜ立っているんでしょうか。お立ちになっている姿によって仏さまのはたらきが表されるんですね。仏さまが私たちに「俺がええこと言ってるから、みんな歩いてやってこい。自分の足で来なさい」と言ってるわけではない。そうじゃなくて、仏の側から衆生に歩み出してくださる。その動きがあの立ち姿になってるわけです。

 だから、浄土真宗の考え方からすると、仏の側が立ち上がって私たちのほうに向かってくださる。それは「そのままでいいんだ。煩悩を抱えたあなたを迎えに行きますよ」と言ってくださる。阿弥陀仏が立って衆生を迎えに行く姿なんです。

 京都の宇治に平等院というお寺があります。藤原頼通という関白が建てた寺です。そこに鳳凰堂がありまして、国宝の阿弥陀如来像が安置されています。池の向こうから阿弥陀如来を拝するのが正しい礼拝の仕方なんです。阿弥陀さんの姿を礼拝して、そして浄土のありさまや仏の姿を観ずる。これを観想念仏と言います。それだと「わあ、いいところやな」で終わるんですよ。どうやって行くとは示されない。

 鳳凰堂の阿弥陀さんは座像です。座っている阿弥陀如来は何かというと、今まさに悟りを開いた瞬間、満足された瞬間のお姿を表していると考えられます。ですから、どこにも動かない阿弥陀さんなので、私たちが仏の悟りに近づく具体的な方法が示されていないと思います。

 浄土真宗は観想念仏じゃなくて称名念仏です。阿弥陀仏の名のり、呼びかけを私たちが聞いて南無阿弥陀仏と称えるわけです。声に出して称えるだけではなく、私たちの全身で阿弥陀仏のはたらきを思うことが念仏なんです。だから、お立ちになってる姿じゃないと教えのはたらきにはならないんですね。このように、浄土真宗の御本尊は根拠が非常にはっきりしているということです。

(2)十字名号
「(真宗の本尊は)尊形としての阿弥陀如来像、そして名号としての南無阿弥陀仏です」(『真宗の仏事』)

と書かれています。尊形、尊い形とは真如実相をビジュアル化したものと思ってください。そして、南無阿弥陀仏を六字名号と言いますけど、名号は仏の名のりです。自分の名前で呼びかけておられるわけです。つまり、私たちに仏から南無阿弥陀仏と名のられる、あるいは呼びかけられるということです。

 親鸞聖人の曾孫の覚如上人が書かれた『改邪鈔』に、

「真宗の本尊は、尽十方無碍光如来なり」

とあります。帰命尽十方無碍光如来を十字名号と言います。尽十方とは十方を尽くすという意味です。四方八方という言い方ありますよね。四方は東西南北です。四方に東南や西北とかを入れて八方。さらに上と下を加えて十方です。ですから、十方とは全方向ということになります。

 無碍光の碍とはバリア、さえぎることですね。つまり、無碍光とはさえぎられることがない光という意味です。如来は仏のことですから、真宗の本尊は、さえぎられることのない光をあらゆる方向に放つ仏ということになります。

 御本尊の阿弥陀仏のお姿の後ろに放射線状の金色のものがありますね。後光と言います。後でお話ししますけど、すべての方向にさえぎられることのない光、すべてをみそなわしてくださる仏さんの智慧の光が出ていますよというのが御本尊の姿なんです。

 『改邪鈔』には、

「「帰命尽十方無碍光如来」(浄土論)をもって、真宗の御本尊とあがめましましき」

ともあります。帰命は「帰依する」という意味です。尽十方の無碍光如来に帰依しますという名のりが私たちの本尊だということです。だったら阿弥陀如来とは何なのかということになるんですけど、阿弥陀という言葉を『真宗の仏事』は、

「阿弥陀如来の「阿弥陀」とはインドの言葉を音写したもので、アミターユス(無量寿)とアミターバ(無量光)の二つの意味をもっています」

と説明しています。「ア」は否定の言葉で、「できない」ということです。「ミター」は数えるとか量るという意味ですから、阿弥陀とは無量、量ることができないということになります。そして、アーユスが寿命(いのち)、アーバが光を意味しますから、阿弥陀とはすべての衆生を照らす量ることのできない光、量ることのできない寿命のはたらきという意味です。

 量ることができないというのはどういうことかというと、私たち衆生がああだこうだということが意味をなさない、私たちの思いを超えた光であり命が阿弥陀ということなんです。

 如来について、『真宗の仏事』には、

「「如」は真実という意味で、その真実をさとられたのがお釈迦さまですが、その真実を知らせようとする、そのはたらきを「如」からり「来」てくださっているということで「如来」といいます」

とあります。ですから、阿弥陀仏と尽十方無碍光如来は同じ意味になるんです。

 『正信偈』の最初に、

「普放無量無辺光 無碍無対光炎王 清浄歓喜智慧光 不断難思無称光 超日月光」(あまねく、無量・無辺光、無碍・無対・光炎王、清浄・歓喜・智慧光、不断・難思・無称光、超日月光を放って)

とありますね。これを十二光と言います。阿弥陀仏のはたらきを十二の光として解説してくださっているわけです。

 無量、量ることのできない光。無辺は果てしない。どこまでも行き渡る。無碍は障りがない。バリアフリーということですね。無対、比べるものがない光です。光炎王、炎の光であまねく照らしてくださる。清浄、清らかな光。私たちのように裏がない。穢れのない清浄な光です。歓喜、喜びに満ちあふれています。智慧にあふれた光です。不断、絶えることのない光。難思、私たちの思いやはからいを超えている。無称、思いはかることのできない光。超日月光は太陽や月を超えるような光です。

 そういった十二の光をあまねく放っていると説かれています。阿弥陀仏のはたらきを十二光という形でたとえられ、光のはたらきをいろんな言葉で表現されているわけです。こうして私にまで届いてくださった光が私たちの御本尊です。

 4 文字名号ということ
(1)親鸞聖人があおがれた御本尊
 御本尊の左右に名号が掛かっていて、それを脇掛と言っています。向かって右側に帰命尽十方無碍光如来の十字名号、左側には南無不可思議光如来の九字名号です。これは何かと言うと、『仏説無量寿経』を解説した天親菩薩の『浄土論』に帰命尽十方無碍光如来という言葉があります。そして、『浄土論』を注釈した曇鸞大師は『讃阿弥陀仏偈』に南無不可思議光如来と記されています。インドから中国へと伝わってきた伝統的な名号なんです。

 どうも親鸞聖人の時代の御本尊は人型のお姿ではなくて、十字名号が御本尊だったようです。名号が当初の御本尊だったら、南無阿弥陀仏も名号だから本尊じゃないのかということになります。六字名号の南無阿弥陀仏と十字名号、九字名号とはどう違うのかと言ったら、実は違わんのですね。帰命と南無は同じ意味です。古代インドのナモーとかナマスという言葉を漢字に当てはめたのが南無ですから。尊敬、信頼という意味で、帰命と訳されました。

 南無不可思議光とは、阿弥陀仏のはたらきを人間は思議することができない、思いはからうことが不可能だということです。だから、難思光ですね。人間が「光をもうちょっとこっちに当ててくれ」とか、「あの人には当てんといてくれ」と頼むような光じゃないということです。黄や青、赤といった私たちが先入観で思い込むような色彩は意味をなさない。だから、無碍光と不可思議光は同じ意味なんです。

(2)六字名号(南無阿弥陀仏)
 南無阿弥陀仏はインドの言葉を音写したもので、帰命尽十方無碍光如来と南無不可思議光如来とは同じ意味なんです。ですから、南無阿弥陀仏が本尊です。ところが、時代によって異なるんですけど、お内仏用の南無阿弥陀仏の六字名号は東本願寺では授与物として出してないんですね。ただし、西本願寺では出してます。

 なぜお内仏にお飾りする南無阿弥陀仏の軸を東本願寺では作ってないかというと、南無阿弥陀仏とは浄土真宗以外でも使っているからということがあります。浄土宗でも天台宗でも南無阿弥陀仏を大切にしているんです。だから、南無阿弥陀仏だけだと、「何宗ですか」ということになる。独自性がどうしても薄れてしまうからです。

 それと、もう一つ理由があって、東本願寺の御影堂に南無阿弥陀仏は掛かっていないということがあります。なぜかというと、本願寺には、親鸞聖人の座像がある御影堂と、阿弥陀仏像が安置されている阿弥陀堂とがあります。どちらにも南無阿弥陀仏のお軸を掛けてないんです(阿弥陀堂には阿弥陀仏がいらっしゃいますので)。だから、本山で掛かってないお軸をご門徒さんに出さないというのが理由です。このことは大事なんです。なぜかというと、御本尊は本山からお迎えしましょうと、江戸時代から言われています。これは影向(ようごう)ということがあるんです。影向とは神仏が仮の姿をとって現れることです。

 親鸞聖人の教えが説かれる、聞法の道場である本願寺に御本尊が最初に現れるとされます。つまり、真宗門徒にとって最初に立ち現れる本尊は、本山の阿弥陀堂の御本尊なんです。阿弥陀堂にお参りすれば阿弥陀さんにお会いできます。ところが、遠くに住んでたら、本山にお参りすることが難しい。「じゃあ、あきらめてください」とは言えませんよね。

 仏さんのはたらきは、無碍光、あるいは無辺光ですから、本山に最初に現れた阿弥陀さんが、今度は全国の別院やお寺に現れます。これを影向と言うんです。お姿が向かっていくということです。だから、お手次のお寺さんの阿弥陀さんを拝むことは、その阿弥陀さんを通して本山の阿弥陀仏を拝むことになるわけですね。

 でも、仕事などの都合でお寺に毎日お参りに行けない。そうすると、仏さんが「仕事を休んで来なさい」と命令するんじゃなくて、それぞれの門徒の家に現れてくださる。これも影向なんですね。だから、「お内仏の御本尊は本山からお迎えしてください」ということは、「阿弥陀さんが来てくださるからお迎えしてください」ということなんです。

 仏壇屋さんでお内仏を求めますと、阿弥陀仏を描いた絵像がついてるんですね。でも、あれはサービス品です。御本尊じゃないんですよ。そうじゃなくて、本山や別院、寺院、そしてそれぞれの家のお内仏にはたらきとして来てくださる阿弥陀仏をお迎えしてくださいと勧めているわけです。

 南無阿弥陀仏の名号はお出ししない代わりに、帰命尽十方無碍光如来、南無不可思議光如来の名号を脇掛にしています。みなさんのお家の御本尊は『無量寿経』に説かれた阿弥陀仏のお姿です。『無量寿経』を解説した天親菩薩の『浄土論』という書物に帰命尽十方無碍光如来という言葉が出てきます。そして、『浄土論』の注釈をされた曇鸞大師は『讃阿弥陀仏偈』を書かれていますけど、そこに南無不可思議光如来と出てくる。

 お経を注釈したのが論で、論をさらに解説したのが釈です。ですから、この経論釈の形をお内仏でとらせていただいているという意味でも、御本尊と脇掛の形が成り立っていると考えていただきたいなと思います。天親、そして曇鸞というお方の名前、二文字目を合わせると親鸞となるんですね。ですから、親鸞聖人は天親、曇鸞のお二人に重きを置かれていることが感じ取れます。

 くり返しますと、真宗の本尊は、阿弥陀仏であり、尽十方の無碍光如来であり、不可思議光です。真如、すなわち真実そのものからやって来る。清浄なる仏の世界から私たちを照らしてくださる光。そのはたらきを体系的に表したのが本堂やお内仏の配置だということです。御本尊が荘厳の中心です。浄土真宗の教えそのものが本尊として現れてくださっていることになるかと思います。 

 5 絵像と木像
 御本尊のもとで行われている儀式はどういう成り立ちなのかに触れたいと思います。

 まず御本尊ですが、お寺の御本尊の多くは木像ですし、絵像の場合もあります。正式名称は、絵像が方便法身尊形、木像だと方便法身尊像と言います。方便法身尊号という言い方もあって、これは名号です。これらは同じものと捉えていただいてかまいません。

 本堂にある本尊がいつ木仏になったかは、浄土真宗の歴史では明らかになっておりません。親鸞聖人の時代には尊号が御本尊だったんですね。覚如上人が親鸞聖人の御廟所を本願寺と名のる前後くらいから、まず絵像を置いて、そして木像になったんじゃないかと推定されております。

 6 裏書について
 お寺の御本尊は木仏点検ということをします。お寺さんがこの木仏を御本尊にしたいですよと本山に申請されると、その木仏が浄土真宗の本尊としてふさわしいお姿を整えているかを点検をさせていただくんです。間違いないとなれば、点検が済んだという証明として、ご門首の法名が書かれた紙をお出ししています。木仏だけはそういう形をとります。

 なぜかというと、本願寺の本尊は浄土真宗のオリジナルではなくて、室町時代に浄土教一般の本尊として流通していた阿弥陀如来の立像(いわゆる安阿弥様)を、本願寺が本尊と定めたと考えられるからなんですね。これは本願寺が木仏を安置した事情にもよると思うんです。残念なことに、そのあたりの事情ははっきりとは伝わってないんです。

 ただし、絵像と木像でそのはたらきが変わるものじゃありません。なぜかというと、絵像も木像も同じ形だからです。どういうことかというと、絵像ではわからないですけど、木像を横から見れば、蓮の台座、蓮台から軸が出て、阿弥陀仏の後ろ側から四十八条の光明を放っている後光があります。この光明の中に仏体が現れている。この形は華光出仏を表しているんです。後光と蓮台がそろっていないと真宗の本尊ではないわけです。

 7 後光について
 後光は後ろの光と書きますけど、江戸時代の古文書を見ると、御光と書いているものもありますので、どちらでもかまわないと思います。阿弥陀仏の姿よりも光のほうが実は大事なんです。十二光という形で御本尊のはたらきが表されているからです。今、すべてが仏さんに照らされていることを表しているわけです。

 ところが、光に照らされていても、私たちはどこから照らされているかわからない。本来は色も形もない。これを法身と言っています。法身とは真実そのものなんです。だけど、これだけなら、どこに何があるか、私たちの力ではわからない。そこで、法身が衆生のために方便として形をとって現れてくださった。仏さんの側でその姿を解き明かされた尊い形であり、尊いお像であり、尊い名のりなんですね。

 『真宗の仏事』にこのように書かれています。

「阿弥陀如来のお姿については、古来いくつかの典拠があげられています。一つには、『仏説観無量寿経』の「第七華座観」に説かれている「仏、阿難および韋提希に告げたまわく、「あきらかに聴き、あきらかに聴け。善くこれを思念せよ。仏、まさに汝がために、苦悩を除く法を分別し解説したまうべし。汝等、憶持して、広く大衆のために分別し解説すべし。」この語を説きたまう時、無量寿仏、空中に住立したもう」に依るものです」

 『観無量寿経』に、マガダ国の韋提希夫人の求めに応じて阿弥陀仏が現れたと説かれています。そのお姿を住立空中尊と言います。空中に住立して阿難と韋提希の前に現れ、光を放っているお姿が浄土真宗の御本尊だと、古来説かれています。
 もう一つの典拠は『無量寿経』なんです。華光出仏といって、蓮の花の上にお姿が現れています。

「もう一つは、『仏説無量寿経』の「一一の華の中より三十六百億の光を出だす。一一の光の中より三十六百億の仏を出だす。身色紫金にして、相好殊特なり。一一の諸仏また百千の光明を放ちて、普く十方のために微妙の法を説きたまう。かくのごときの諸仏、各各無量の衆生を、仏の正道に安立せしめたまう」という、華の中から出現される仏のお姿(華光出仏)をあらわしているといわれています」

 親鸞聖人は『無量寿経』を「真実の教」とおっしゃっているんです。そして、真実の教を解き明かすお経が『観経』と『阿弥陀経』だと位置づけられています。ですから、真実の教である『無量寿経』に御本尊が現れていないのはおかしいと、昔から言われているんですね。

 余談になりますけど、西本願寺では江戸時代の中期ごろに、どっちが正しいか大論争になってます。本山(西本願寺)の学者は住立空中尊しかないとしていたんですけど、在野、地方で勉強している方々が『大経』に出てくると主張して論争になったんです。最後は西本願寺のご門主が「『観経』や」と一言言って、それで収まったそうです。だけど、『観経』だけだとどうしても矛盾が出てくるんですね。『大経』に御本尊の姿が出てないとは言えないんじゃないかなと、個人的には思います。

 8 蓮台について
 蓮台も大事なんです。『真宗の仏事』を読んでみます。

「阿弥陀如来は蓮台に立たれていますが、この蓮台は阿弥陀如来がどういう世界に立っておられるかということを示しています。蓮は泥中にあっても、その泥に汚されず清浄な花を咲かせます。煩悩にまどわされ、苦悩に沈む私たちをどこまでも照らし続けてくださる阿弥陀如来のお姿をあらわしています」

 泥んこの状態とは私たちが今生きている苦悩の世界のことです。仏さんはきれいなところ、満足しているところに現れるんじゃないんです。苦悩する私たちがいるから、仏さまのほうから苦悩に満ちあふれているこの世界に姿を表してくださったということですね。それは蓮台がないとわかりません。

 木仏だとよくわかるんですけど、本尊の後ろに幹というか茎のような軸があります。蓮軸と言っています。その茎は阿弥陀さんが立っている蓮の花から伸びているんですね。だから、木仏は蓮の花から軸が出てきて光を放っているという形です。ですから、木仏は華光出仏だと思います。

 私はどちらかが正しいということではない、どちらもお経に説かれているといただいています。

 9 諸仏
 お荘厳に戻りますと、御本尊の向かって右側には親鸞聖人がいらっしゃいます。広島別院はその右に別院にゆかりの深い教如上人の絵像が掛かってます。一般のお寺でしたら、先代のご住職、坊守の法名が掛っているんです。そして、御本尊の左側には本願寺の八代目の蓮如上人がいらっしゃいます。そして、その左に聖徳太子と七高僧の掛け軸が掛けられています。

 これはどういうことかといいますと、親鸞聖人や蓮如上人、あるいはインド、中国、日本と浄土教を伝えてくださった七高僧、聖徳太子は、すべて阿弥陀仏を讃える諸仏として、この場を開く大きな役割を果たしてくださった諸仏として、ここに立ち現れていることを示しています。このことは、別院に集う皆さんたちも浄土教の歴史の一員だということをお示しくださっているんです。

 本堂の内陣と外陣には段差がありますね。この段差は僧侶と門徒を差別している壁ではありません。そうではなくて、段差から先の内陣は仏のはたらきの世界。だから、私たちが仰ぐ高さになっています。もしも二階席があって、そこから仏さんを見下ろす形だったらいけないわけです。私の存在を受け止めてくださる世界を仰ぐことが大事なんですね。だから、本堂の内陣は仏の世界の荘厳なわけです。

 内陣にお坊さんが座りますけど、そこにTシャツにジーパンでは座らないでしょう。もしそんな人がいたらだめですよ。ちゃんと衣と袈裟の装束に身を包まれてお座りになります。つまり、その装束もまた荘厳なんです。だから、浄土真宗では僧分とか僧侶分といいます。「僧侶」ではないんですね。分限を尽くして内陣に座っているんですね。たとえると、お芝居の俳優みたいなものです。僧侶個人がえらいわけじゃなくて、姿を整えて役割を果たしているわけです。だから、僧侶はきちっとした装束を着けて内陣に座るわけです。それが約束事なんです。それも荘厳と言っています。

 だから、装束を脱いで平服に戻ったら、衆生としてまったく平等です。みんな御同朋御同行なんです。寺に生まれたからとか関係ないんですね。僧分という御役をいただいて、たまたま座っているだけです。あえて言いますと、本願寺の門首さんだろうが新門さんだろうが一緒です。御役が尊いわけで、その人そのものが尊いわけじゃない。そういうことをきちっとわきまえないと駄目です。衣を脱いでもいばっているようでは僧侶ではないと思います。

 10 得度式と帰敬式
 僧侶になるには得度式を受けます。ご門徒さんは帰敬式ですね。実は、得度式と帰敬式は同じことやってるんですよ。帰敬式では最初に三帰依文、「自ら仏に帰依したてまつる……」と称えますね。得度式でも同じですけど、ただ「帰依仏帰依法帰依僧」と漢文で言うんですよ。仏法僧の三宝に帰依し、仏祖である釈尊を敬うと誓うということでは、得度式と帰敬式はほぼ同じことです。そして、法名をいただく。これも一緒ですね。

 ご門徒さんは帰敬式を受けると肩衣をいただきます。僧侶は墨袈裟をいただきます。袈裟はインドの言葉でカシャーヤといい、濁ったとか汚れたという意味です。汚い布の切れっ端をつなぎあわせたのが本来の袈裟なんです。直接、袈裟を人の肌に触れるのは尊い袈裟に対して失礼にあたるから、僧侶は衣を着るわけです。

 得度式と帰敬式とは袈裟をもらうかどうかだけが唯一の違いです。聴聞を大切にすることと、仏さんの手伝いをして仏法を説く責任を表明してるという違いなんですね。袈裟によって、僧侶は教えを広め、儀式を執行していく責任を負います。その表明が袈裟をつけることなんですね。ですから、僧侶が法話をしていい唯一の根拠は、その人間の能力じゃなくて袈裟です。私もその役をいただいて話しているだけで、袈裟を脱いでしまうとただの人です。ただの人以下かもしれませんけど。ですから、袈裟は重い役割を持っていると感じていただきたいと思うわけです。

 得度の度は、サンズイをつけたら渡るという字になります。つまり、度とは信心を獲得して浄土、彼岸に渡るということなんです。といっても、信心をいただいて浄土に往生したと言っているお坊さんなんて、浄土真宗には一人もいないです。三宝に帰依して仏の教えに従って生きようと思っても、その気持ちを二十四時間、三六五日持ち続ける衆生はいない。なんでかというと、私たちは煩悩を持っているからです。仏の教えに背いている私がいるんですね。僧侶であろうと門徒であろうと関係なく、人間である以上、限りなく不可能に近い。

 11 儀式
 では、なぜ儀式が大切かというと、三宝に帰依し、仏を敬う、これを誓う場を作るのが儀式なんです。場をいただくんです。私たちが教えを生きるとはどういうことかを問うご縁をいただくことが儀式の大切な役割なんですね。そして、私たちが浄土の荘厳を知るために浄土真宗の儀式は存在するわけです。

 どうも私たちは儀式をいただけなくなっています。嫌なことをせなあかん時、「これも儀式やから」と言うじゃないですか。儀式を面倒くさいものだと思ってるわけです。儀式をする意味がわからない。時間がかかる。足が痛い。最近はイスですけど。眠たい。私たちにとっての儀式とはそんなものになってるんですね。

 でも、一方で人間は儀式を求めている側面もあるんです。四月には入学式とか始業式がありますね。法律上は四月一日から新しい学年になるんですけど。四月八日ごろに入学式とか始業式があるじゃないですか。クラスごとに整列して、校長先生の挨拶があって、校歌を歌ってというふうに。この式が終われば、この学校に入ったんだなとか、新しい学期が始まったと感じるじゃないですか。

 卒業式もそうですね。三月三一日で卒業なんだけど、三月の半ばごろに卒業式があると、「ああ、この学校とお別れだな」と思うでしょう。儀式が終わると、そんな気持ちになるわけですよ。

 人間は何かの節目に儀式がないと、何か曖昧になって心が改まっていかないんです。そのために儀式は昔から整えられてきたという意味合いがあると思います。

 浄土真宗における儀式は場を開くことだということを具体的に言いますと、真宗における儀式は荘厳なんですけど、すべてがきちんと整った荘厳によって儀式になります。教えが説かれる場を会座と言います。浄土真宗の儀式は会座を表現することです。たとえば、ご法事でお経が勤まるのは、釈迦牟尼仏の説教が説かれている場が再現されることなんです。浄土が荘厳されている中で、仏さんの教えが説かれ、その教えを聴く人がいてこそ、儀式が成立するわけです。つまり、お説教と聴聞が生まれる場が真宗の儀式です。だから、真宗における儀式は、お経が紐解かれる姿、そして聴聞する人の姿、それがすべて整った世界を表しています。

 先ほど、内陣が荘厳だと話しましたけど、実は外陣も荘厳となっているんです。本来の儀式は単なるお飾りだけでは成立しません。僧侶がお経をあげるだけでも成立しません。そこに、親鸞聖人のお説教の場にお招きいただいた私たちが集まって、初めて荘厳になるわけです。本堂で、あるいはお内仏の前で、苦悩を抱え、煩悩に苦しみながら仏の前でぬかずく人がいる。そこに救いが現れる。それを儀式で表現しているんです。

 普段のお勤めは、親鸞聖人がお経のエッセンスをわかりやすく書かれた正信偈・念仏・和讃を聴きましょうというので、私たちはお勤めをするんですよ。ですから、私たちは親鸞聖人の門徒だということを日々確かめる場が朝夕の勤行です。そして、葬儀や法事とかの場は、生老病死を尽くされた方たちが諸仏となってこの場を開いてくださった、そのおかげでお経を紐解くご縁をいただいた恩に報いるという意味があります。そういうふうにして仏事が成立することになると思います。

 12 機縁
 最初に、私はお寺が嫌でしょうがなかったと申しました。ところが、今はこんな話を一所懸命しているわけです。それはやはり機縁が熟したということだと思います。機とは機会、チャンスという意味ですね。たとえば、私が蓮如上人の末裔の家に生まれたというのは縁の一つです。でも、そこに生まれただけじゃないんですね。たまたまの縁が無数に重なっているわけです。

 たとえば、ご門徒さんたちがお寺に来られていたということがあります。学生のころ、友だちから電話がかかってきて遊びに行くわけです。夜中に車で帰ってきて、その音が近所に聞こえるんですね。そしたら翌日、近所の門徒さんから「ぼん、昨日は遊びに行っとったな」と言われて、「ごめんごめん。うるさかったね」と謝ったら、「私のお葬式は院主さんやのうて、あんたにやってもらうことになるから、まあ頼むわ」と言わはるんです。そうした方たちのお葬式をだんだんとするようになりました。亡くなったと聞いて浮かんでくるのは、私がやんちゃしてたころに声をかけてくださった姿なんですね。

 だから、私にとってその方々も諸仏なんです。多くの方からたくさんの機縁をいただいた、その方たちなしには今の私はいないなと思うわけです。だから、私に優れた才能があったから仏法に出遇ったと全然思わないですね。そうじゃなくて、機縁の問題だったと思うわけです。

 そうした機縁、つまり仏さまのはたらきを形として示されているのが荘厳です。すべてはそのように整っていたわけです。私を導いてくださった姿が今、目の前に広がっている、それが荘厳ということだと思います。

 父の生前はもう喧嘩ばっかりですわ。一方的に叱られるだけでしたけど。父が死んで十年たって思うんですね。やっと父を仏さんやと思えるようになったなあと。十年くらいたたないとわからないんですね。

 これは私たち親子だけのことじゃないと思います。すべての人にある問題です。親子はたまたまの属性です。いろんなご縁、たとえば結婚相手とか親戚、いろんな人との出会いがさらに新しい縁を生むわけです。人生の歩みは私一人で作り上げたものじゃなくて、たくさんの出会いと別れの中でできあがった。すべてのことが私を形作っているということですね。

 本堂、あるいはお内仏の前で、なるほどなとうなずいた時に、お荘厳を意識する。これが浄土真宗の荘厳の意味であろうし、お釈迦さんとお弟子さん、親鸞聖人とお弟子との出遇いの場の再現になっていると感じ取っていけるかどうかです。僧分である私たちがそのことを意識して、その自覚に立って儀式を執行する責任を持たないといけません。そして、ご門徒の方も浄土の歴史に連なる衆生としてその場に荘厳として座っていただいているんだということです。

 今日は「真宗の儀式と荘厳」という題でお話ししました。儀式、荘厳の持つ意味をお伝えできたらと思いましたけど、なかなか言い尽くせませんでした。
(2022年4月22日の広島別院でのお話をまとめました)

第2回「本堂とお内仏の荘厳」