ミナミアカシジミ (キタアカシジミ冠高原亜種) Japonica onoi mizobei Saigusa


   

広島県佐伯郡吉和村冠高原 1994年7月3日           広島県佐伯郡吉和村冠高原 1999年6月26日

       

 卵塊で生まれた卵                 終齢幼虫 (飼育)              蛹 (飼育)

 1990年に北海道のカシワ林に生息するアカシジミが,日本各地の雑木林に広く分布するアカシジミとは違う別種・キタアカシジミであると報告された。その後の調査の結果,キタアカシジミは北海道・東北北部のカシワ林に局地に分布することがわかった。そして1992年に神垣健司・横倉明らによって,広島県佐伯郡吉和村冠高原にキタアカシジミが生息していることが報告された。これは従来のキタアカシジミの産地から飛び離れた産地であり,形態の違いもあることから,九州大学の三枝教授によってキタアカシジミ冠高原亜種として記載された。しかし,その後の研究の結果,遺伝的な面での違いもあり,キタアカシジミとも違った種ではないかと考えられるようになった。現在では,キタアカシジミ冠高原亜種はミナミアカシジミと呼ばれることが多く,すでに別種として取り扱われることも多い。
 国外では朝鮮半島では未発見,ロシア沿海州では生息が確認されている。中国大陸では,古い標本にキタアカシジミらしい個体が見つかっているが詳細はわかっていない。なお,ロシア沿海州ではキタアカシジミは,北海道・東北産キタアカシジミよりミナミアカシジミに形態的に近く,生物地理学的に極めて興味深い。アカシジミ,キタアカシジミ,ミナミアカシジミが如何にして種分化し分布を広げていったかを検証することにより,チョウの進化の謎に迫ることができるのではないかと考えている。
 2000年4月のレッドデータブックの見直しでは,キタアカシジミ冠高原亜種として絶滅危惧T種に指定された。現在,その生息範囲の狭さや生息基盤の脆さなどから,最も絶滅が心配される日本産チョウである。

【形 態】
 アカシジミやキタアカシジミに比べて大型で,前翅長は20〜25o前後。キタアカシジミと同じように翅裏面の横脈紋と中央帯の両側を縁取る淡色細線は銀白色に輝かず,黄色味を帯びる。また前翅裏面の淡色細線が乱れた個体が多発する。キタアカシジミに比べると,成虫の翅の橙色味が強く,アカシジミと区別がつかない個体もいる。終齢幼虫では,キタアカシジミやミナミアカシジミの腹節気門部には褐色斑があり,アカシジミにはないことである程度区別できる。しかし,大陸産のアカシジミや日本産の一部のアカシジミ(岡山県新見市草間や対馬など)には褐色斑があることから,この褐色斑はアカシジミ属が持つ古い形質であると考えられる。
 ミナミアカシジミは♂交尾器のadeagusの2個のcarina penisのうち,根元に近いものが細い三角形の突起となり,先端が鋭く尖り,carina自体がずいぶんaedeagusの先端近くに位置をずらしていることから,キタアカシジミやアカシジミと区別ができ,現在のところこの点以外に確実な区別点はない。

【生 態】
 成虫は6月20日前後から発生し,7月中旬には姿を消す。冠高原のゼフィルス類のうち,最も発生が早い種である。成虫の活動は緩慢で,アカシジミのような目立った黄昏飛翔は観察されていない。産卵はカシワの一年枝に数卵まとめて産卵し,体毛やゴミなどをなすりつけて卵を隠すが,アカシジミに比べて作業が雑であるため,ほとんどむき出しになっている卵塊も多い,1997年頃から,野外では,卵塊で生まず1卵のみ生んでいるのが観察されており,産卵能力の低下が懸念される。産卵された卵はそのまま秋・冬を越し,翌春にカシワの芽吹きと共にふ化し,6月上旬にはカシワの葉裏で蛹になる。
 ここ数年は個体数が激減していたが,1999年の夏は比較的多くの個体が確認された。

【食餌植物】
 ブナ科のカシワのみを食するが,冠高原にあるホソバガシワ(ミズナラとカシワの雑種)でも卵が見つかっている。

【分 布】
 正式には広島県(一部山口県側も含む)冠高原のみに生息しているが,故伊藤弘コレクションから広島県山県郡戸河内町深入山産の♂を1頭見いだしている。しかし深入山の採集地が特定できず,今のところ未発表である。

【産地一覧】
 吉和村冠高原,戸河内町深入山(?)

【参考文献】
神垣健司・横倉明(1992)広島県のキタアカシジミ(T),蝶研フィールド7(7):6−9.
神垣健司・横倉明(1993)広島県のキタアカシジミ(U),蝶研フィールド8(8):6−13.
神垣健司(1994)アカシジミ亜属Yuhbaeに関する最近の知見―広島県のキタアカシジミ(V)―,西風通信6:2−10.
神垣健司(1997)ミナミアカシジミの衰亡と保護―広島県のキタアカシジミ(W)―,広島虫の会会報36:3−6.
神垣健司(2000)広島県冠高原産ゼフィルス類の近況,月刊むし348:44−48.
三枝豊平(1993)日本列島のアカシジミ属の分類と進化,月刊むし267:2−14.