ホソミイトトンボ Aciagrion migratum (Selys)


広島県豊田郡安浦町女子畑 2001年4月27日


 成虫の時期   ほぼ通年
 生息地   木立に囲まれた池や湿地
 分布   本州,四国,九州
 広島県の分布    県下で広く記録がある
 大きさ   32〜40o
 特徴   夏型は黄緑色,越冬個体は茶褐色
 越冬形態   成虫 
 産卵形態   雄雌が連結して,水面近くの植物組織内に 
  産卵する

 成虫で越冬する数少ないトンボの一種で,夏期型と越冬型の2タイプあることで有名である。夏期型は初夏に発生して体色が青く,越冬型は夏から秋にかけて羽化して,体色は当初は薄茶色であるが,越冬後の春になると青く変色する。そのため,初夏には越冬型の生き残りと羽化して間もない夏期型の,2タイプの個体が入り乱れることになり,同定には注意を要する。
 本種の生活史はよく解明されていないが,越冬型が春に産卵したものが夏期型になり,夏期型が産卵にしたものが越冬型になるという通常の年2化ではない。魚類のアマゴの例にとると,同時に孵化した個体群のうち,一部は渓流に留まって一生をアマゴのままで過ごし,残りは川を下ってサツキマスとなって再び川を遡上するといったような,2パターンの生活タイプをもつのではないだろうか。つまり越冬型が春に産卵したもののうち,一部は夏期型として初夏に羽化し,一部は越冬型として盛夏から秋にかけて羽化をする。また夏期型が産卵した個体も秋には羽化し,越冬型となる。つまり越冬型は,春に前年に羽化した越冬型が産卵した個体群と,夏に夏期型が産卵した個体群の2集団が混在することになる。それでは何故こうした2パターンをもつのかであるが,これは環境や気温等,自然界の激変に備え,種を安定して維持するための戦略であろう。
 なお,本種の同定であるが,他のイトトンボとは,体,特に胸部が細長く,胸部側面と腹端の青斑が目立つことと,頭部後部にある青斑が大きいことで,野外観察のみでも容易に区別することができる。
 平地,丘陵地の挺水植物が繁茂した池沼に生息するが,本種が好む具体的な水環境は特定できない。やはり比較的自然度が高い池沼であろう。広島県では島嶼部である宮島を含む全域に広く分布しているが,生息している池沼はそれほど多くない。広島県西部では芸北町などでも記録があるが,広島県東部では吉備高原より南に限って分布しているようで,基本的には沿岸部に多い種であろう。私自身も本種を観察したのは東広島市・安浦町・熊野町・呉市などの沿岸部のみで,中国山地で本種を確認した場合は報告する価値はある。なお,中国山地の分布が希薄な理由は,高標高で水温が低いために春季の幼虫の生育が遅く,その結果同一個体が産卵したから夏期型と越冬型の2パターンの成育過程を構成することができないためであると思われる。
 東広島市西条町郷曽にある溜め池は,本種を含む越冬トンボ3種が同一場所で観察できる。初冬には,林縁の日溜まりで日光浴をしているが,オツネントンボ・ホソミオツネントンボに比べて落ち着いていたことが妙に印象に残っている。また,豊田郡安浦町女子畑では,春に美しく色づいた本種を多数観察したことがある