ムカシヤンマ Tanypteryx pryeri (Selys)



広島県呉市天応町深山の滝 1999年6月12日


 古い形質を持ち,世界に10種しかいない原始的な種である。もちろん日本には本種1種のみで,ヤンマと名が付くだけに大型のトンボである。一見すると左右の複眼が離れてサナエトンボ類のようにも見えるが,雌は完全な産卵管を持っている。また雄雌ともに細長い縁紋を持っているなど,種の識別は容易である。幼虫はほとんど水のない湿地に生息し,湿気の多い崖地に穴を持って生活するなど,生活史も特異である。不器用に飛翔し,路上にベタッととまるなど,飛翔能力や俊敏性も乏しいような気がする。
 山の斜面から水がしみ出しているような場所や湿地などに生息し,幼虫は苔むしたような場所に穴を掘って隠れている。筆者も一度,本種の羽化途中の個体を観察したことがあるが,場所は山地の側溝であった。よく見ると,地肌が見えるところでは水がしみ出ており,苔も生えているなど,やはり本種のすめる環境であった。世羅台地などの湿地でもときどき見かけ,坂町では多数の個体を観察したことがある。春の終わり頃,山道を移動していると,本種をよく見かける。意外と個体数は多いような印象を持っている。
 広島県では島嶼部の宮島から中国山地にかけて広く分布し,沿岸部でも呉市天応町や熊野町呉地,坂町など多産地は多い。幼虫の生息環境も特異であるが,すでに他県でよく調査されているため,湿地や崖地などを探してもおもしろみがない。それよりも,島嶼部における本種の生息地を調べてみたい。瀬戸内海島嶼部は乾燥した環境下にあり,本種にとってはすみにくい地域である。こうした地域に分布する場合,人工的な水気の多い場所に生息している可能性もあり,それがとても意外な場所である可能性も高い。本種の環境に対する適応力を調べてみるのも,意義があるのではないだろうか。