振りかえる人


父が亡くなったとき
母がやたらと
「漬物がいけなかったのだろうか」
と考え込んでいたのを覚えている

父はお酒が大好きな人で
よく漬物をつまみに晩酌をしていた
母は白菜をたくさん樽に漬け込み
それをどんぶりに盛って父の前に出した
父はそれを食べながら
機嫌よく飲んでいた

まだ寿命というには若すぎる年齢だったから
母はどうして父が不治の病なんかになったのかと
日夜原因を追求し
それででてきたのが
”漬物”というわけだが
まあ漬物で高血圧になるとは聞いても
白血病になるとは聞いたこともないし
わたしなど考えも及ばない
それでも母は当分
”漬物”を犯人にしていた

世の中には
原因のわからないことがたくさんある
追求しても明確な答えがない場合
それは”運命”というものだろう
それでとにかく仕方なかったのだと諦める

だが
振りかえる性格の人は
どこまでも原因を探る
母は他にもいくつか犯人を挙げた

まだ新婚当時
そのころは今のような液体の台所洗剤はなくて
(今から40数年前のこと)
粉の洗剤が出回っていたらしい
母はそれをいつも使用していたので
あれがいけなかったのではないかと考える

当時は誰もがその洗剤を使ったことだろう
しかもそれは父の亡くなる20年も前の話
これはどう考えても時効だ

家を新築した時に
2階に応接間を作ってソファーを置いた
もしこれを1階に作っていたら
いつもソファーにすわってもっとくつろげたのではないか
そうしたら病気にはならなかったかも知れない
そう悔やんでもみた

でもこれもかなりおかしい

振りかえる人は
こうしてノイローゼに陥ってゆく

今でこそ笑い話のようになったことだが
当時は深刻な問題だった
しかし
どんなに考えたところで死んだ人は帰ってこない
取り返しのつくことならいくらでも考えたら良いが
どうしようもないことはどうしようもない

過去を振り返るのは
本当の失敗を現在に生かすことくらいにして
目は常に前を向いていたほうがいい

わたしは過去にはこだわらないことにしている
どんなことがあったとしても
今がよければすべて良し
今もし悪ければ
これから先は良くなるだろう

これは生まれ持った性格というよりも
たぶん後から体得したように思う
そうでなくては生きていけないし
そうやって今も生きている





<目次