今週のみことば
11月15日
「イエスは起き上がって風をしかり
海に向かって『静まれ、黙れ』と言われると
風はやんで、大なぎになった
イエスは彼らに言われた
『なぜ、そんなにこわがるのか。どうして信仰がないのか』」
(マルコによる福音書4章39‐40節)
”神の国”について
さまざまなたとえ話をもって語られたイエスは
その後、弟子達には密かにたとえ話の解き明かしをしました
なぜ他の者に対してはたとえ話だけ語られたのか
それは
『彼らは見るには見るが、認めず
聞くには聞くが、悟らず
悔い改めてゆるされることがない』
ためでした(同章12節)
33節においても
「イエスはこのように多くのたとえで
聞く人の力にしたがって、みことばを語られた」
とあるように
聞く人の力=信仰のあるなしを
イエスはすべてご存知でした
こうして
イエスから解き明かしを受けた弟子達ではありましたが
その直後に、みんなで舟に乗った時
嵐で舟が沈みそうになるとパニック状態になりました
そして、その時寝ていたイエスを起こして叫びます
『先生、わたしどもがおぼれ死んでもおかまいにならないのですか』
ところが
イエスが風に命じるとたちどころに嵐はやみました
『なぜ、そんなにこわがるのか。どうして信仰がないのか』
これが弟子達の本当の姿でした
どんなに丁寧に話を聞かされていても
聞いた話が次の問題に生かされていかない
そのため、たちまち嵐を怖れてパニックに陥ったのです
みことばを聞く力とは
その人の心、信仰によって異なります
そして、聞く力によっては話の取り方も異なり
取り方によっては、みことばも心の糧にならない場合もある
すなわち
ただ漠然と聞くのではなく
みことばが何を教えようとしているのか
その本質を聞こうとする姿勢が重要であり
それなくしては
本当の信仰は育っていきません
信仰の原点はカラシ種一粒ほどの小さなものであっても
それが神にあって大きく育っていき
やがて人々を神の国に導いていくわけです
その小さな信仰を持とうとする心、姿勢が
わたしたちには常に問われているのです
現状を見てはただ嘆くばかりの状態から抜け出すために
嵐の中にあっても
みことばを頼りとして、自ら奮い立つ
今日まで守り導かれてきたことを心に留めて
その証を糧として進んでいきましょう
その時には必ず神の働きがあり
嵐は静まっていきます
「この大祭司は
わたしたちの弱きを思いやることのできないようなかたではない
罪は犯されなかったが、すべてのことについて
わたしたちと同じように試練に会われたのである
だから、わたしたちは、あわれみを受け
また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために
はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか」
(ヘブル人への手紙4章15-16節)
人生に初めから嵐など来なければ良さそうなものですが
試練がなければ人は大切なことを教えられません
しかしまた、試練にある者を必ず神はあわれみ
ちょうど良い助けを与えてくださいます
それは
神であるイエスご自身が十字架にかかり
誰よりも大きな苦しみを経験しておられるので
弱い者を必ず思いやり
その道が闇から光へ向くように導いてくださるからです
だからこそわたしたちは遠慮なく神の前に出て
助けと恵みを求めて祈っていくのです
「さて、兄弟たちよ
わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧める
みな語ることを一つにし
お互いの間に分争がないようにし
同じ心、同じ思いになって、堅く結び合っていてほしい」
(コリント人への第一の手紙1章10節)
すべての人がみことばを中心にして歩んでいけば
みな同じ心、同じ思いとなって
相争うことはありません
しかし
残念ながら同じ聖書のみことばを読んでいても
みな同じ思いではなく、考え方も異なり
それがやがて多くの教派を生みだしてきました
なぜ同じ思い同じ考えでいられないのか
それは
神のみことばが中心と言いつつも
いつの間にか人を見て、人の言葉を中心としてしまうからです
このコリント人への第一の手紙1章には
信仰者同士の間に
「わたしはパウロにつく」「わたしはケパに」「わたしはキリストに」と
言い争いがあると記されています
しかしながら
みことばを中心にして生きるとは
すなわち神であるイエスを中心にして生きることであり
そこに人を崇める信仰があってはならないのです
人の弱さも愚かさもすべてご存知で
なお人に救いを与え、幸いに導こうとしてくださる方は誰なのか
誰の言葉をわたしたちは信じて進んでいけばいいのか
もうひとたび心に留めて
みことばに従っていきましょう
各々の置かれる環境は決して楽なものではないかもしれませんが
どんなところにあっても
心から真の神により頼むカラシ種ほどの信仰があれば
そこから道は開けていきます
みことばによって日々の力が与えられますように
それを聞く力を得る者となって
試練の中も神と共に平安のうちに歩んでいきましょう
<目次