今週のみことば


1月24日

「主はききんを地に招き
人のつえとするパンをことごとく砕かれた」
(詩篇105篇16節)


聖書の中にはしばしば
”人のつえとするパン”すなわち、人の頼りとするものを
神がわざと失わせる様子が記されています
それは単なる災いではなく
次のステップへつながる神の業であり
ちょうど人生の転換期ともいえる大切な時に起こってくるものでした

17節からはヨセフについての記述が続きます
彼の人生は災いの連続でしたが
その災いの中で神の見失うことなく
自分のなすべきことを黙々となしていったヨセフは
ひとつひとつの転換期において
災いの中にあっても幸いなポジションを与えられています

父親の元で何不自由なく暮らしていた彼は突然兄弟の裏切りにあい
イシマエル人に奴隷として売られてしまったわけですが
奴隷にされてしまった段階ですでに自分の人生は終りだと
本来なら自暴自棄になりそうなところを
神は彼を奴隷の中でも良い地位に置き、守ってくださいました

ところが
せっかく同じ奴隷でも優遇された立場であったのに
今度は、主人の妻によって陥れられ
ヨセフは更に囚人へと転落していきます
しかし、そこでも彼は神の恵みを得て
やはり良いポジションに置かれていました

今までも生活が激変し、それはもうどん底というべき状態になった時
わたしたちはすぐにどん底の中でも最悪を想定してしまいがちですが
神に希望を置いて祈っていく時
たとえ悪い状況であっても
常に神の守りの中にあることがわかります

ヨセフは囚人としての生活を送る中で
同じく牢獄に入れられた王の給仕役と料理役に会い
ある日、彼らの夢を解くこととなりました
ヨセフの夢の解きあかしはそのまま的中し
助けられた給仕役は喜んで
ヨセフのことを王に告げると約束して牢獄を出て行きますが
結局その約束は2年間も忘れられていました
しかし、やがて”その時”は訪れます
ある日、今度は王が夢を見て
その解きあかしが誰にもできなかったことから
ヨセフが呼び出されたのでした
そして彼はその解きあかしによって王の信任を得
囚人から一躍、エジプトの宰相に抜擢されたのでした

続く26節からは、今度はモーセについて記されています
モーセはヘブル人の息子として生まれ
本来殺される運命にありながら助けられ
それでも育てられないとついには川に流されると
今度はそれを王の娘が助けて自分の子として育てた
では、ずっと王宮でぬくぬくと過ごすのかといえばそうではなく
エジプト人とトラブルを起こしたことがきっかけで王から追われ
同胞とと共に生きる道を歩むことになります
そして、やがて時が来ると
彼は神によって
イスラエル人がカナンの地を目指してエジプトを出て行くための
指導者に選ばれたのでした

ヨセフ同様、モーセの人生にもさまざまな転換期があり
それらはすべて神のご計画のうちにあって
自分のなすべきことをなすために導かれ
モーセは、最後にカナンの地を目の前にしながらも
「ここで使命はおわり」との神の言葉を受け入れて
最後までそれを良しとしていきました

人間的に考えれば
もっとあんなことやこんなことがあったら良かったのにと
色々思うこともあるでしょう
それはちょうどわたしたちが自分の人生をふりかえる時
今こうして暮らしていけていることを感謝するよりも
つい上ばかりを見て
満足も、感謝もできないことと似ています

良い事も悪い事も
すべては神が、各々を歩むべき道に導き出すために用意されたもので
みな必要な、通るべき道
ああこれはもう最低だと思われる時こそ
それぞれの信仰が試されている時でもあります
そこで単に自分の欲や栄光を求めれば
不満ばかりの感謝のない人生になるでしょう

カナンの地への旅の途中で
イスラエルの民にはマナが与えられましたが
それが毎日続くと人々は飽きて文句を言うようになりました
マナは神から与えられた食べ物でありながら
神からのものに対する明らかな不満を表す彼らに
人間の身勝手な心情が表れています

よく、神につまづく人の言い訳として
「神がわたしを見放した」と言われることがありますが
実際には、自分が神に対して不満を起こし
一方的に離れて行くに過ぎません

自分が思い描いていたことと違った道を歩まされる時
そこがただ単に面白くない道として心が荒んでしまうか
あるいは
自分の目論見とは違うことをむしろチャンスとして生かしていくかで
先の人生は大きく異なっていきます

心が貧しくなると
今ある生活には感謝できないし、常に足らないと思うもの
だからこそ、その心の貧しさから開放されるために
信仰生活が必要なのです

信仰生活は、よく建築に例えられますが
まず基礎を築く段階が重要で
ゆがみがないように
日々の生活を通して自分の考え方の間違っているところや
こだわっているものを修正し、整えられ
堅固な基礎を造っていきます
心のゆがみも、少しずつ修正していけば
大きなゆがみにならずにすみますから
その地道な積み重ねが大切なのです

人生はバクチではありませんから
何か大きなものが当たることをもくろむのではなく
基本は地道に生きることにあります
華やかなものを求めればきりがなく
どこかで自分の心に線を引かなくては、結局自分が苦しくなってしまいます
いくら聖書を読み、勉強したとしても
まずこの基本がわかっていなければ
そして、その基本を実生活に活かそうとしないなら
せっかく読んだみことばも益になりません

「というのは、彼らと同じく
わたしたちにも福音が伝えられているのである
しかし、その聞いたみことばは、彼らには無益であった
それが、聞いた者たちに
信仰によって結びつけられなかったからである」
(ヘブル人への手紙4章2節)


どん底の時は転換期であり
そこで人がダメになってしまわないように
神は守ってくださいます
最低の時こそ神の栄光の現れる時
それを信じて
どんな時も希望をもって歩んでいきましょう



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