今週のみことば


10月15日


「求めよ、そうすれば、与えられるであろう
捜せ、そうすれば見いだすであろう
門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう
すべて求める者は得、捜す者は見いだし
門をたたく者はあけてもらえるからである」
(ルカによる福音書11章9-10節)

ここでは、例え話として
もし夜中に友人宅へパンを借りに行っても
友達だからという理由だけではとりあってもらえないであろうが
しつこく頼めば願いを聞いてくれるであろうことが語られています

そのように
人間であっても一生懸命求める人の願いは聞いてくれるのですから
まして神がその切なる求めを無視されるようなことはなく
だからこそどんな状況にあってもわたしたちは常に祈り求めていく必要があるのです

また、18章にも同じような例え話が記されています

「また、イエスは失望せずに常に祈るべきことを
人々にたとえで教えられた
ある町に、神を恐れず、人を人とも思わぬ裁判官がいた
ところが、その同じ町にひとりのやもめがいて、彼のもとにたびたびきて
『どうぞ、わたしを訴える者をさばいて、わたしを守ってください』と願い続けた
彼はしばらくの間きき入れないでいたが、そののち、心のうちで考えた
『わたしは神をも恐れず、人を人とも思わないが
このやもめがわたしに面倒をかけるから、彼女のためになる裁判をしてやろう
そうしたら、絶えずやってきてわたしをなやますことがなくなるだろう』
そこで主は言われた
この不義な裁判官の言っていることを聞いたか
まして神は、日夜叫び求める選民のために
正しい裁きをしてくださらずに長い間そのままにしておかれることがあろうか」
(ルカによる福音書18章1-7節)


悩みの時には神に呼ばわり
神の門をたたいて、祈り求めましょう
しかし、神ではなく違う門をたたけば違うものが出てきます
寄りすがるべき対象を間違えないように
まっすぐに神を求めていくことを第一として
右にも左にも曲がらず、迷いのない道を歩んでいきたいものです

また、神に祈り求める際には
単に欲しいモノが与えられることのみならず
神の知恵を求めるのが幸いです
どんなに良い物が与えられても
知恵がなければ宝の持ち腐れになるからです

「あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば
その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい
そうすれば、与えられるであろう
ただ、疑わないで、信仰をもって願い求めなさい」
(ヤコブの手紙1章5-6節)

「だから、兄弟たちよ、主の来臨の時まで耐え忍びなさい
見よ、農夫は、地の尊い実りを
前の雨と後の雨とがあるまで、耐え忍んで待っている」
(ヤコブの手紙5章7節)


抱えている問題が大きく、いつまでも解決しないと
自分が見放されているように感じるかもしれません
また、思った道とは違う道を歩まされる時も同様でしょう

しかし
すべての時は神によって握られており
人の道も神が定めるもの
それを信じて受け入れる信仰を持ち
時が至るまで耐え忍んでいくことができますように

「ある人々が遅いと思っているように
主は約束の実行を遅くしているおられるのではない
ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての人が悔改めに至ることを望み
あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである」
(ペテロへの第二の手紙3章9節)


「主は言われる
わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている
それは災いを与えようというのではなく
あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである
その時、あなたがたはわたしに呼ばわり、来て、わたしに祈る
わたしはあなたがたの祈りを聞く
あなたがたはわたしを尋ね求めて、わたしに会う
もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば
わたしはあなたがたに会うと主は言われる」
(エレミヤ書29章11-13節)


「わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである
すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら
神はそれを聞き入れて下さるということである」
(ヨハネの第一の手紙5章14節)


神はわたしたちにそれぞれふさわしい道を用意してくださり
そこを歩むようにと導いてくださいますから
わたしたち自身も
神をたずね、求めて、見いだして
御旨の道を歩んでいくことができますように
心の扉を開いて
神の言葉を素直に受け入れる体勢を整えて
神と共に歩む日々を目指していきましょう

「見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている
だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら
わたしはその中にはいって彼と食を共にし
彼もまたわたしと食を共にするであろう」
(ヨハネの黙示録3章20節)




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