今週のみことば


8月11日


「真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが
囚人たちは耳をすまして聞きいっていた
ところが突然、大地震が起こって、獄の土台が揺れ動き
戸は全部たちまち開いて、みんなの者の鎖が解けてしまった
獄吏は目をさまし、獄の戸が開いてしまっているのを見て
囚人たちが逃げ出したものと思い、つるぎを抜いて自殺しかけた
そこでパウロは大声をあげて言った
『自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らずここにいる』
すると、獄吏は、あかりを手に入れた上、獄に駆け込んできて
おののきながらパウロとシラスの前にひれ伏した
それから、ふたりを外に連れ出して言った
『先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか』
ふたりが言った
『主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます』
彼は真夜中にもかかわらず、ふたりを引き取って、その打ち傷を洗ってやった
そして、その場で自分も家族も、ひとり残らずバプテスマを受け
さらに、ふたりを自分の家に案内して食事のもてなしをし
神を信じる者となったことを、全家族と共に心から喜んだ」
(使徒行伝16章25‐34節)


ある時、占いの霊につかれた女に出会ったパウロとシラスは
彼女の霊を追い出したことから
女の主人に捕らわれ、役人に引き渡されました
この主人は、女の占いによって多くの利益を得ていましたから
それがなくなったことでパウロたちを恨んだのです
広場に引き出されたパウロたちは
町をかきみだしていると責められ、むちで打たれて獄に入れられました

獄中で足かせをつけられた彼らが
神に祈り、賛美をささげていたところに大地震が起き
戸は開き、足かせも外れてしまうという奇跡が起こります
これを見て驚いた監視役の獄吏は自殺しかけますが
パウロに止められ
その後、救いにあずかっていくのでした

獄中で、足かせまでつけられている彼らは
自分ではどうしようもない状況であり
そこでただ祈りと賛美を続けていました
足かせとは
わたしたちにとっての大きな問題であり
自分の抱える課題でもあるでしょう
また、自分が捕らわれている間違った考え方かもしれません
しかし
そういった足かせは
自分で外そうにも外すことはできなくて
自分の考え方を変えたくても変わらず
間違っていると知っていてもやめられず
捕らわれている思いから解放されるのは難しいことですが
自分のすべきことをこなしつつ、祈っていく時に
人生の基はふるい動き
人のこだわりも揺るがして
やがて足かせは外れ、正しい道へと導かれるのです
これは、人の努力を超えた神の業です

獄中での奇跡を間近で見た獄吏は
ただならぬ出来事に驚きますが
まずは自分で勝手に囚人が全部逃げたと思いこみ
自殺しようとしました
人間の目ですぐに判断することにはしばしば間違いがあります
幸いなことに、この獄吏は
すぐその間違いを教えられ
救いの道へと導かれたのでした
死か生か、この差は非常に大きいものです

人生に
自分にとって都合の悪い足かせがあっても
無理に外そうとあせらなくても
時が来れば外されていきます
その神の業を見たり、理解したりするためには
神に立つ(神を崇める方向に進む)信仰が必要ですが
信仰をもたず
自分の損得でものごとを考えようとすると
神の働きを見ることができず、息詰まってしまうのです

では、信仰に立つにはどうすればいいのでしょうか
もちろん、まずは救い(バプテスマ)を受けることです
しかし、救いを受けることは簡単ですが
生涯信仰を保っていくのは難しい
それは、世の中にある様々な考え方によって惑わされてしまうからです

しかし
すべてのこと、まず感謝から始めれば
信仰生活はスムーズになります

「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい
あなたがたが召されて一体となったのは、このためである
いつも感謝していなさい
キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい
そして、知恵をつくして互いに教えまた訓戒し
詩とさんびと霊の歌とによって
感謝して心から神をほめたたえなさい」
(コロサイ人への手紙3章15‐16節)


わたしたちは自分の力でサタンに勝つことはできず
自分で自分の心を自由にすることもできません
それでも、神を信じることで喜びは増し
的を得た導きによって正しい方向へと歩むとき
さまざまな神の業(奇跡)を見ることができ
その感謝を忘れないまま
次のステップに進むのです

色んな問題に向かって行く時には
まずそれまでの感謝を思い出し
それを信仰の原動力として、開かれた道を進みます

これから先にどんなことが待っているのかはわかりませんが
それが幸いにつながる道であることは間違いありません
自分の望んだ道でないからといって
祈りがきかれなかったと失望しないことです
自分の思いが成ることが重要なのではなく
神の御旨が成ることこそが先の幸いにつながるのだと知れば
自分の面子や損得で動くのは間違いだとわかってきます

すべての結果は途中経過にすぎません
人生はまだまだ続きます
どんな時にもまず感謝を思い出して
そこから進んでいきましょう



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