今週のみことば


10月26日


「あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい
繰り返して言うが、喜びなさい
あなたがたの寛容を、みんなの人に示しなさい
主は近い。何事も思い煩ってはならない
ただ、事ごとに、感謝をもって祈りと願いとをささげ
あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい
そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が
あなたがたの心と思いとを
キリスト・イエスにあって守るであろう」
(ピリピ人へ手の手紙4章4-7節)

”どんな状況にあっても感謝し喜んでいく”というのは
人間の努力だけではとても難しい事です
今は穏やかでいい人に見えても
何かあれば突然様変わりをするのが人の常ですから
その心と思いが正しくあるように(神に近づくように)守っていくには
神からくる平安が必要なのです

8節には
「すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと
すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なこと
また、徳や称賛に値すべきことがあれば、それを心に留めなさい」

とあるように
すべて神から来る大切な事がらをひとつひとつ心に留め
また、そのように生きている人を見習って
自ら実行していくように心がけることが大切です

そうすることで
わたしたちの人生がキリストを土台とした上に建築され
余裕のある時も、ない時も
どちらも平安に過ごせるようになっていくのです

ピリピの教会の人々はパウロを支援し
そのことについてパウロは感謝の言葉を述べていますが
彼はモノをもらったから嬉しいというのではなく
彼らの心の成長について喜んでいるわけです

というのも、パウロ自身は、それまで裕福な時代あり、貧しい時代ありと
さまざまなところを通されるうちに
どんな境遇にあっても対処できる秘けつをキリストから学んだのでした

「わたしは自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです
貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています
満腹していても、空腹であっても
物が有り余っていても不足していても
いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています
わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」(11-13節)


”どんな境遇にあっても対処できる秘けつ”
それは、どんな状況にあっても神に希望を置き、感謝し喜んでいくことです
とても喜べないような時にも
過去の感謝を思い出す時
”何とかなる”との平安が生れます

自分の力の無さを実感するほど神は働いて下さり
そのことについていよいよ感謝していけば
わたしたちは更に神に近づくことができるでしょう

ところが
自分には何か力があるように思っている間は
神のゆえにこうなったとの感謝よりも
すべてを自分の栄光に結び付けたくなるものです

確かに
神の助けがあるからと言ってわたしたちが何もしなくていいわけではなく
それぞれが置かれたところで必要な務め(できること)をしなくてはなりませんが
その時自分が頑張ったとしても
そこに神に働きがなければ今の自分の立場はもっと違っているのです
このような目に見えない神の助けを抜きにして
自分の力ですべてやってきたかのような思いあがりがあるうちは
本当の平安からはほど遠く
喜びも感謝もない日々となるでしょう

コリント人への第一の手紙16章22節には
「主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい」
かなり厳しい言葉が記されていますが
実際に
自分の力で生きていると思う人は
知らないうちにサタンにほんろうされ、支配され
神の知恵もないのでサタンと戦うすべもなく
自分の狭い考えの中で混乱し
人生に希望を見いだすことができなくなるのです

「自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えた」パウロのように
わたしたちも、自分の思いや誇りはさておいて
どんな状況の中から救われて今があるのかを思い出し
すべては自分の頑張りではなく神の恵みによるのだと
改めて感謝に感じていきましょう
そうすればどこに置かれても満足し、平安を得て過ごすことができます

「すると主は『わたしの恵みはあなたに十分である
力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました
だから、キリストの力がわたしの内に宿るように
むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう
それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰りの状態にあっても
キリストのために満足しています
なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」
(コリント人への第二の手紙12章9-10節)


洗礼と聖霊のバプテスマにあずかって救われていても
わたしたちは神の恵みに気づかない場合があります
普段から自分の行い(頑張り)に熱心で、それを誇る人は
余計に恵みに気づきません

過去を振り返ってみる時
自分がどれほど教会に熱心に通ったかではなく
神からどれほど恵まれたかをまず思い出しましょう
すべての栄光は神に帰すべきであり
自分の弱さゆえに神の働きも強まるのだということを認識し
今の自分をこれで良しと満足し
平安を得ていくことができますように

わたしたちがどうすれば神に近づくことができるか
それは感謝するところから始まります
自分の誉れを追いかけているうちは満足も感謝もありません

神のご計画の内に生かされているわたしたちは
無理のない信仰生活で、常に神に栄光を帰します
もし無理をすれば自分を誇るようになりますから
あくまでも自分の頑張りではなく
神の助けをえて生かされている事を認識しましょう

「もしわたしたちが、この世の生活で
キリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば
わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在となる」
(コリント人への第一の手紙15章19節)


クリスチャンはそのような空しいだけの者ではありませんから
どうぞ神にあって希望をもって
それぞれに与えられた道を進んでいきましょう



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