今週のみことば


10月11日


「それだから、あなたがたは既にこれらのことを知っており
また、いま持っている真理に堅く立ってはいるが
わたしは、これらのことをいつも、あなたがたに思い起こさせたいのである
わたしがこの幕屋にいる間、あなたがたに思い起こさせて
奮い立たせることが適当と思う
それは、わたしたちの主イエス・キリストもわたしたちに示して下さっているように
わたしのこの幕屋を脱ぎ去る時が間近であることを知っているからである
わたしが世を去った後にも、これらのことを
あなたがたにいつも思い出させるように努めよう
わたしたちの主イエス・キリストの力と来臨とを、あなたがたに知らせた時
わたしたちは、巧みな作り話を用いることはしなかった
わたしたちが、そのご威光の目撃者なのだからである
イエスは父なる神からほまれと栄光とをお受けになったが
その時、おごそかな栄光の中から次のようなみ声がかかったのである
『これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である』
わたしたちもイエスと共に聖なる山にいて、天から出たこの声を聞いたのである
こうして、預言の言葉は、わたしたちにいっそう確実なものになった
あなたがたも、夜が明け、明星がのぼって、あなたがたの心の中を照らすまで
この予言の言葉を暗やみに輝くともしびとして、それに目をとめているがよい
聖書の預言はすべて、自分勝手に解釈すべきでないことを
まず第一に知るべきである
なぜなら、預言は決して人間の意思から出たものではなく
人々が聖霊に感じ、神によって語ったものだからである」
(ペテロの第二の手紙1章12-21節)

イエスから教わった真理については
すでにそれを知り、人生の土台として歩んでいるとしても
人々がそれをずっと忘れないでいるために、ペテロは手紙を書いています

この世に生きる間は、幕屋(肉体)を仮の住まいとしていますが
やがてペテロも幕屋を脱ぎ、この世を離れる時が来る
こうしてペテロがいなくなっても人々の心に信仰が保たれるように
彼は自分の体験を語りつづけるのでした

彼がイエスと共にいた時に見たこと聞いたことは
決して作り話ではありません
ペテロは自分を「そのご威光の目撃者」と記しているように
かつてイエスと一緒に登った山の上で
イエスの姿が変ぼうしたのを見、天から神の声がしたのを聞きました
マタイによる福音書17章には
変ぼうしたイエスの姿について
”顔は日のように輝き、その衣は光のように白くなった”と記されてており
天からの声はこのように語ったとあります
”これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。これに聞け”

この時の様子はペテロだけでなく
ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネも見ていました
このようにイエスの弟子たちは事実を目の当たりにしているので
彼らが伝える言葉は真実です
そして、彼らから真実を伝え聞く人々は
その言葉を人生の光として歩んで行くのです

ペテロがにとっては
変ぼう山での出来事を決して忘れず
イエスが神であると信じ、それを伝え続けることは
彼の重要な使命でした

わたしたちもまた神より助けられた体験を持ち
それを忘れないで伝え続ける使命があります
その伝える相手は、福音を知らない人のみならず
自分自身も含まれていて
人生の最後まで神への感謝を忘れることのないように
心して行くことが大切なのです

「さてヨシュアは年が進んで老いたが、主は彼に言われた
『あなたは年が進んで老いたが、取るべき地は、なお多く残っている』」
(ヨシュア記13章1節)

「もしあなたがたが主に仕えることを、こころよしとしないのならば
あなたがたの先祖が、川の向こうで仕えた神々でも
または、いまあなたがたの住む地のアモリびとの神々でも
あなたがたの仕える者を、きょう、選びなさい
ただし、わたしとわたしの家とは共に主に仕えます」
(ヨシュア記24章15節)


人生の最後に神を忘れたソロモン王のようになることのないように
ヨシュアのごとく、最後まで使命に忠実に生き
誰が神を忘れようとも
わたしとわたしの家とは神に仕えるのだとの強い信仰をもって
新しい週に踏み出していきましょう



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