今週のみことば


8月15日


「さてエリコは、イスラエルの人々のゆえに、かたく閉ざして、出入りする者がなかった
主はヨシュアに言われた
『見よ、わたしはエリコと、その王および大勇士を、あなたの手にわたしている
あなたがた、いくさびとはみな、町を巡って、町の周囲を一度回らなければならない
六日の間そのようにしなければならない
七人の祭司たちは、おのおの雄羊の角のラッパを携えて、箱に先立たなくてはならない
そして七日目には七度町を巡り、祭司たちはラッパを吹き鳴らさなければならない
そして祭司たちが雄羊の角を長く吹き鳴らし、そのラッパの音が、あなたがたに聞こえる時
民はみな大声に呼ばわり、叫ばなければならない
そうすれば、町の周囲の石垣は、くずれ落ち、民はみんなただちに進んで、攻め上ることができる』」
(ヨシュア記6章1-5節)

当時エリコの町には難攻不落と言われる堅い石垣がめぐらされていましたが
それでもエリコの人々はイスラエルの神の業を聞き、恐れて門を閉ざしていました
そこで神はヨシュアに対して
このエリコをどのように攻めるかという方法を教えます
それは、武器を使う戦いではなく
ラッパを吹き鳴らす祭司たちと、神の契約の箱を抱えた祭司たちが並び
その前後には武装したものがついて
一日に一回、石垣の周りを六日間回った後
七日目には七回まわって、最後に大声をあげるというものでした
この奇妙な方法によって、堅固な石垣は崩れて
人々は神の力を見ることとなります

わたしたちの人生には多くの問題があり
それが特に難問ともなれば、どう対処すればよいのか知恵もなく
途方に暮れる時
教会においては、ただ「祈りましょう」と言われることが多いものです
その時の「祈る」とは何も行動しないのではなく
祈って自分の前にあるすべきことをしていくというものですが
その時には、何かもっとないのか?と
そんな心もとない状態のままただ進んでいくことに
心の迷いが生じることもあるかもしれません
それでも、人にできないことを神は成されます
この「人手によらない神の業」は、人の思いとは異なるので
人の側からすればイライラしたり、まどろっこしいとも思えるのですが
それに従っていく時に
人は結果的に苦労することなく益を得ることとなるのです

奴隷の立場から解放されてエジプトを出る時
イスラエルの民は非常に喜んでいましたが
紅海が分かれる奇跡の後、40日の旅を経て
目的地であるカナンの地の手前にたどりついたにもかかわらず
彼らは自らの愚かな判断で入ることができませんでした

神が大丈夫だから入るようにと導いたにもかかわらず
それを信じることができない人間の愚かさは
奇跡の喜びをすぐに忘れて文句を繰り返すところにあらわれています
彼らはどんなに神から助けられても
その喜びや感謝をすぐに忘れるのです
この出エジプトの様子は、人間の人生を表わしていて
家が与えられても、生活が良くなっても
人間の欲にはきりがなくて
いつも足らないことばかりを数えて不満を言い続ける
そんな愚かな生き方の見本なのでした

どんな人も生きている間には面白くないことが色々あって
それらは「心の傷」となって残っていきます
そして、ある程度の年齢に達した時、人はその傷跡を見てどう思うのでしょうか
ある人は傷跡を見て過去を恨み
ある人は傷があるからこそ優しくなる
そんな風に人はわかれていくものです

残念なことですが
教会に熱心に集っていても、神を信じていない人もあります
その人の心には自分の欲望が満たされることしかなく
神の前に謙遜になるとか、その導きに従うという気持ちがないのです
こういう人にとって、自分の思い通りに行かない過去の傷は恨みでしかなく
そこから自分が何かを教えられていくことはありません

人間には、長く生きているほど
触れられたくない傷もあって
それでも、そこに自分の未熟さを感じ、神の前に低くなっていく時には
その傷をふり返るたびに、成長があり、感謝があるでしょう

難攻不落のエリコの城壁が不思議な方法で崩れて行ったように
神のなさることは本当に不思議なことばかりで
人間には考えも及ばないようなことですから
信じることは難しいかもしれません
しかも、一日に一回城壁の周りをまわっても
少しずつ端から崩れていくといった前兆があるわけでもないとなれば
なかなか希望も持てないのではないでしょうか
それでも事は起こるのです
神をなめてはいけません

一日一回城壁の周りを回る行為は
わたしたちの信仰生活の積み重ねを表わしています
神に希望を置いて、一日一日、自分のすべきことをしながらコツコツ歩む
そこにどんな事が起きるのかは人はわからなくても
神に従うとすべてが益になるのは確かです
ただし、従うことには行動が伴わなくてはならず
「わたしは神さまに教えられました」といって何もしないのでは
それは何も教えられていないということです
堅固なエリコの城壁は
そんなわたしたちのいつまでも変わらない「頑固な思い」と同じで
神を信じてその導きに従う行動がなければ
城壁は崩れず
神の奇跡を見ることもできないのです

「主にとって不可能なことがありましょうか」
(創世記18章14節)

「ああ主なる神よ、あなたは大いなる力と、伸べた腕をもって天と地をお造りになったのです
あなたのできないことは、ひとつもありません」
(エレミヤ記32章17節)

「イエスは言われた『人にはできない事も、神にはできる』」
(ルカによる福音書18章27節)


自分の思いを第一にしようとしていると
何が正しいのかわからなくなっていきます
どうぞ全能の神の前にへりくだり
正しい道を歩んでいくことができますように



<目次