今週のみことば


5月14日


「主の箱は、七ヶ月の間ペリシテの地にあった
ペリシテ人は、祭司たちと占い師たちを呼んで尋ねた
『主の箱をどうしたものでしょう
どのようにしてあれを元の所に送り返したらよいのか、教えてください』
彼らは答えた
『イスラエルの神の箱を送り返すにあたっては
何も添えずに送ってはならない
必ず賠償の献げ物と共に返さなければならない
そうすれば、あなたたちはいやされ
神の手があなたたちを離れなかった理由も理解できよう』」
(サムエル記上6章1-3節)

イスラエルとの戦いに勝利して奪った神の箱により
ペリシテ人には大変な災難が起きたため
彼らはその箱をイスラエルに送り返すことにしました

それに際しては「賠償の献げ物」として
”五つの金のはれ物”と”五つの金のねずみ”を造り
それを神の箱と共に送ることで
イスラエルの神に栄光を帰せば
その災いを軽くされるだろうと考えたのです

この祭司たちの意見に対しては
反対する者もいたのでしょう
6節には
「なぜ、あなたたちは、エジプト人とファラオがその心を固くしたように、心を固くするのか
神が彼らを悩ませたので、彼らはイスラエル人を行かせざるをえなくなり
イスラエル人は去って行ったではないか」

と記されています

かつてモーセが、イスラエル人の出エジプトを交渉をするにあたって
神はさまざまな災いをエジプトの国に与えましたが
そのたびにエジプトの王は心が固くなり
イスラエル人が出ていくことを拒んだため
何度もひどい災いにあい
最後には自分の子どもまで失ってしまうのでした

ペリシテの祭司たちはその時の話を持ち出して
すみやかに神の箱をイスラエルに帰すべきと主張します
こうして神の箱は新しい牛車に「賠償の献げ物」と一緒に乗せられ
国境に向けて出発しました
その牛車は人が引っ張るのではなく、牛が進むままに任せていたので
ペリシテの領主たちは本当に牛がイスラエル領のベト・シェメシュまで行くのかどうか
見届けるためについていきました

もし牛がベト・シェメシュまで行くなら
ペリシテに災難を起こしたのはイスラエルの神であり
牛がその方向へ行かないなら
この災いは偶然だったと判断しようとしたのです

牛はべト・シェメシュに通じる道をまっすぐ進み
ベト・シェメシュの人ヨシュアの畑に着くとそこに止まりました
そこでレビ人たちによって箱は降ろされ
大きな石の上に置かれました
その後、ベト・シェメシュの人々が焼き尽くす献げ物をする様子を見届け
ペリシテの領主たちは帰って行きます

ベト・シェメシュの人々は神の箱が帰ってきたことを喜びますが
彼らが神の箱の中をのぞいたため
五万人のうち70人の民が神から打たれることとなりました
彼らは多いに恐れて
神の箱をキルヤト・エアリムに送るべく使者を出します
こうして神の箱はキルヤト・エアリムの人々によって担ぎ出され
アビナダブの家に運び込まれたのでした

イスラエル人の勝手な判断で戦場に運び出された神の箱ですが
神の箱そのものに力があるように思う偶像的な信仰を持つ人々にも
軽々しく神の箱を扱う人々にも
神の権威を示すべく災いがもたらされています
イスラエルの人々の中には長い間、神を正しく見る習慣がなくなっており
それが箱の扱いに表れていました
彼らは目に見える箱のことは関心があっても
本当に大切な神の心を思うことがなかったのです

わたしたちにとっても
例えば聖書を持っていれば事故にあわないわけではなく
一人一人が神に対してどういう心がけでいるのかが
色んな場面で問われます
もし神をまっすぐ正しく見ようとしないなら
どういう心がけで生きていくべきなのかはわかりません
信仰するということは
神がどのような方であるかを知ることが大切なのです

ところが
人間はみんな「自分の思い」を持って神を見るため
結果として心を固くしてしまいます
かつてエジプトの王が、そして今回のペリシテ人もそうであったように
神がどういう方であるかわからない人は
自分はできると勘違いし、神に抵抗するのです

災いが起きても、のど元を過ぎればまた忘れ
自分の面子にこだわり
神の業を受け入れることもできません
こうして人間は自分の思いで神に対する心を固くし
その結果、自ら災いを招くこととなるのです

人生には様々な失敗もあり
それも神にあっては幸いに変えられると言っても
自分の思いが強ければ反省もなく
神の言葉を受け入れることもできないでしょう
それでは同じ過ちを繰り返すことになってしまいます

クリスチャンであるならば
自分がかつてどのようなところから救われてきたのかを
折に触れて思い出すことが大切です
もし自分の人生に神がいないなら
自分はどうなっていたのでしょうか

本当に喜びのある人生を送るために
それぞれ置かれているところで神の働きを見出し
そのおごそかさの前にへりくだって
素直な信仰を育てていくことができますように



<目次