今週のみことば
8月13日
「ペリシテ人は、盾持ちを先に立て、ダビデに近づいてきた
彼は見渡し、ダビデを認め
ダビデが血色の良い、姿の美しい少年だったので、侮った
このペリシテ人はダビデに言った
『わたしは犬か。杖を持って向かって来るのか』
そして、自分の神々によってダビデを呪い、更にダビデにこう言った
『さあ来い。お前の肉を空の鳥や野の獣にくれてやろう』
だが、ダビデもこのペリシテ人に言った
『お前は剣や槍や投げ槍でわたしに向かって来るが
わたしはお前が挑戦したイスラエルの戦列の神
万軍の主の名によってお前に立ち向う
今日、主はお前をわたしの手に引き渡される
わたしは、お前を討ち、お前の首をはね
今日、ペリシテ軍のしかばねを空の鳥と地の獣に与えよう
全地はイスラエルに神がいますことを認めるだろう
主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないことを
ここに集まったすべての者は知るだろう
この戦いは主のものだ
主はお前たちを我々の手に渡される』」
(サムエル記上17章41-47節)
ダビデとゴリアテの一戦いが始まりました
まずゴリアテは、ダビデが少年であるため馬鹿にしてののしるのですが
ダビデは「万軍の主の名によってお前に立ち向う」と宣言します
ゴリアテのような立派な体格もなく、武装もせず
石投げの道具だけを持って立ち向かうダビデ
彼はここで
「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないことを」
人々に証明するのでした
この後ゴリアテはダビデの放った石を額に受けて倒れます
そしてゴリアテの剣を取って
ダビデはとどめを刺しました
ゴリアテが殺されたのを見たペリシテ軍は逃げ出しますが
イスラエルとユダの兵は追撃し
ペリシテの陣営を奪い取るのでした
ダビデとゴリアテの戦いは
明らかに体格も持っている武器も違うため
ゴリアテは最初からダビデを侮っていました
ところが
ダビデの持つ本当の武器は石投げの道具ではなく
万軍の神の名でしたから
ゴリアテの倒す力がそこに発揮されたのです
人間は、大きなものを相手にする時には
どうしても恐れをいだくものですが
相手がどんなに偉大であろうとも
恐れるべき存在は神しかありません
”万軍の神の名”とは
すなわち、わたしたちが信頼して足るべき存在です
そしてこの神は
人生のあらゆる戦いにおける戦い方を教えてくださる方であり
弱い者にも知恵と力を与えてくださいます
「わたしたちは肉において歩んでいますが
肉に従って戦うのではありません
わたしたちの戦いの武器は肉のものではなく
神に由来する力であって要塞も破壊するに足ります」
(コリント人への第二の手紙10章3-4節)
人生には思い通りにいかないことがたくさんありますし
色々と残念なことも起こるため
心弱る時があるとしても
それでもダメになるわけではないことを
信仰者は知るチャンスを持っています
ダビデとゴリアテの戦いを通して
どんなに人間的な力があるとしても
神を侮ってはならないことを教えられ
どんな時も
ただひたすらに神を頼りとする純粋な心を持つことができますように
神によって救われているクリスチャンは
常に”神が共にいてくださる”と示す生き方をすることが求められます
力を持つ人を前にして
言いづらいことや、やりづらいことがあったとしても
恐れず進む勇気を持ち
さまざまな問題に直面するたびに
目に見える神(自分の思い)と、目に見えない神(真の神)と
どちらを選ぶのかをはっきりさせていきましょう
問題が起こると
つい世の中のもの(お金や権力)に頼ろうとしがちではありますが
(もちろんそういうものを持っている人は有意義に利用すれば良いわけですが)
お金で解決できない問題を前にすると人間は非力であることを知り
一方、目に見えない神がどのような方であるかを
あらためて知っていくことが大切です
「万軍の主が定められれば、誰がそれをとどめえよう
その御手が伸ばされれば、誰が引き戻しえよう」
(イザヤ書14章27節)
すべてのことは全能の神の手にゆだねられています
その神を信じ、導きに従って
幸いな道を歩んでいくことができますように
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