今週のみことば
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5月27日


「そのとき
主の言葉がソロモンに臨んだ
『あなたが建てている神殿について
もしあなたがわたしの掟に従って歩み
わたしの法を実行し
わたしのどの戒めにも従って歩むなら
わたしは父ダビデに告げた約束を
あなたに対して果たそう
わたしはイスラエルの人々の中に住み
わが民イスラエルを見捨てることはない』
こうしてソロモンは
神殿の建築を完了した」
(列王記上6章11-14節)

この6章には
ソロモンの建てた神殿が
どのようなものであったか
その大きさや用いられた材料などが
記されています
それはとても立派な建物で
建築中には
神の言葉がソロモンに臨みました

3章において
神に対して
民を導く知恵を求めたソロモンは
神を愛し
自分の栄光よりも
神の栄光を求める人であることを
認められました
そのソロモンが
今後も信仰を保ち正しく歩むなら
神は必ずイスラエルを見捨てないと
その祝福の約束をされたのです

この神殿はソロモンが建てたものですが
すべては神に導かれ
神によって建築が完了しました
これはわたしたちの人生と同じです

わたしたちの人生は
自分の思い通りに進むものではなく
神の導きによってここまで歩まされてきました
その間には不本意な事もあって
”あの時こうだったら
わたしの人生は変わっていただろう”と
過去を悔やむこともあるかもしれません
それでも
こうした失敗や失望の中にも
そこから先につながる導きがあって
それぞれが今生かされているわけです
この生かされているという実感をもつ時には
神に導かれたことは幸いだったと
すべてはそれで良かったのだと
感謝することもできるでしょう

「わたしたち、つまり
わたしとシルワノとテモテが
あなたがたの間で宣べ伝えた
神の子イエス・キリストは
『然(しか)り』と同時に
『否(いな)』となったような方ではありません
この方においては『然り』だけが実現したのです
神の約束は、ことごとくこの方において
『然り』となったからです
それで、わたしたちは神をたたえるため
この方を通して『アーメン』と唱えます」
(コリント人への第二の手紙1章19-20節)


神のなさることは
ある時は正しく、
ある時は間違うというようなことはなく
すべては正しいこと=『然り』ですから
クリスチャンは神に対して
『アーメン(然りの意)』と唱え
神の正しさを常にたたえるのです

ソロモンの神殿建築中には
”わたしはイスラエルの人々の中に住み
わが民イスラエルを見捨てることはない”

と、神が直接語り
神へのゆるぎない信頼(信仰)によって
ダビデやソロモンが
祝福の約束をされたように
今の時代にも
わたしたちには聖霊が与えられ
神ご自身がわたしたちのうちに住み
わたしたちを見捨てないと
約束してくださいます

ソロモンの歩みは
3章に記されているように
神を愛し
ダビデと同じく神を第一にしたものでした
この「神を愛する」とは
「神の言葉に忠実に歩む」という事であり
神が導かれるままに進んでいくという事です

人生には良い時もあれば悪い時もあって
華やかなものを求めれば失望もするでしょう
それでも
花が落ちてもその木が枯れるわけではなく
根が生きていれば
来年再び花を咲かせるように
わたしたちの根(信仰)がしっかりしていれば
その信仰がわたしたちを救い
再び前を向いて歩み出させます

「信仰によって
あなたがたの心の内にキリストを住まわせ
あなたがたを愛に根ざし
愛にしっかりと立つ者としてくださるように
また、あなたがたが
すべての聖なる者たちと共に
キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さが
どれほどであるかを理解し
人の知識をはるかに超える
この愛を知るようになり
そしてついには
神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり
それによって満たされるように」
(エペソ人への手紙3章17-19節)


神がどのような方で
キリストの愛が
どのようなものであるかを知るために
わたしたちには信仰が必要です
そして、どんな時にも信仰をもって進む時
そこには必ず
神の生きた証を見ることができるので
その積み重ねによって
わたしたちはいつも
神の愛に支えられていることを
そのたびに実感するでしょう

悩むことや迷うことが多い人生にあっても
信仰によって神の助けと祝福をいただき
その愛の中で生かされることを感謝して
神の証を語る者と
なっていくことができますように

「そのときには
キリストの祝福をあふれるほど持って
あなたがたのところに
行くことになると思っています」
(ローマ人への手紙15章29節)



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