今週のみことば
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8月19日
「預言者の仲間の妻の一人が
エリシャに助けを求めて叫んだ
『あなたの僕であるわたしの夫が
死んでしまいました
ご存じのようにあなたの僕は
主を畏れ敬う人でした
ところが債権者が来て
わたしの子ども二人を連れ去り
奴隷にしようとしています』
エリシャが
『何をしてあげられるだろうか
あなたの家に何があるのか言いなさい』
と、うながすと
彼女は
『油のつぼ一つのほか、
はしための家には何もありません』と答えた
彼は言った
『外に行って
近所の人々皆から器を借りて来なさい
空の器をできるだけたくさん借りて来なさい
家に帰ったら
戸を閉めて子どもたちと一緒に閉じこもり
その器のすべてに油を注ぎなさい
いっぱいになったものは脇に置くのです』
彼女はエリシャのもとから出て行くと
戸を閉めて子どもたちと一緒に閉じこもり
子どもたちが器を持ってくると
それに油を注いだ
器がどれもいっぱいになると、彼女は
『もっと器を持っておいで』
と子どもに言ったが
『器はもうない』と子どもが答えた
油は止まった
彼女が神の人のもとに行って
そのことを知らせると
彼は言った
『その油を売りに行き、負債を払いなさい
あなたと子どもたちは
その残りで生活していくことができる』」
(列王記下4章1-7節)
夫が死に、残った負債のために
子ども二人を奴隷にとられそうになった女性は
神が預言者エリシャを通して語る言葉に従うことで
奇跡を体験しました
ここでエリシャは女性に
『あなたの家に何があるのか言いなさい』
と語っていますが
これは彼女の信仰を問うているところです
エリシャの質問に女性は正直に答え
『外に行って
近所の人々皆から器を借りて来なさい』
との命令にもそのまま従いました
そんなものを借りて何になるのか?と
彼女はそこで自分の思いを出すこともなく
『その器のすべてに油を注ぎなさい』
と言われる通りを
子どもたちと一緒に実行するのでした
貧しい彼女には
油のつぼ以外に
持ち物はありませんでしたが
その油が増えることによって
彼女は負債を返し
生活もできるようになりました
聖書において「油」は
「聖霊」を示しており
聖霊を持っているということは
神が共にいてくださるということですから
それを信じる「信仰」があれば
どんな問題が起きても
そこで必ず神の助けを体験できるのです
さらに
エリシャは女性に
「空の器」を借りて来るよう命じました
この器には「油」を満たします
だからこそ自分の考えや思想が入らない
「空の器」であることが大切で
しかも
「たくさんの器」を借りるということから
その先に何が起こるかわからなくても
信仰を持って進むべきことが教えられます
この奇跡を見てもわかるように
神は信じる者を
決して見捨てる方ではありません
空の器をたくさん借りさせておいて
結局何も起こらない・・・
そんな空しいことには
決してされないのです
洗礼を聖霊を受けたクリスチャンは
清められた自分という器を
何で満たすのでしょうか
そこは常に「油=聖霊」で満たされ
信仰を持って進むことが求められていても
現実には
自分の心を押しつけてしまう人も
多いように思います
信仰生活においては
自分勝手な神を作らず
聖書の教える神で
心が満たされていきますように
自分の思いはあっても
それでも神の導きの方向へ進む努力をして
幸いな道を歩んでいきましょう
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