今週のみことば
3月31日
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「彼は裁判官に言った
『人のためではなく、主のために裁くのだから
自分が何をすべきか、よく考えなさい
裁きを下すとき
主があなたたちと共にいてくださるように
今、主への恐れがあなたたちにあるように
注意深く裁きなさい
わたしたちの神、主のもとには不正も偏見も収賄もない』
(歴代誌下19章6-7節)
ユダの王ヨシャファトは
イスラエルの王アハブと姻戚関係を結んだことで
一緒に戦いに出ることとなり
その結果アハブ王は死に
ヨシャファト王は神に助けられて
無事エルサレムに帰ってきました
そこへ先見者ハナニの子イエフがやってきて
神の言葉を告げます
アハブ王は偶像を信仰する王で
”主を憎む者”でしたが
ヨシャファトはそんなアハブを助け、友となったことで
神の怒りを招きました
しかし
ヨシャファト自身は偶像を取り除き
心から神を求める人であることも
神から認められているということでした
その言葉を聞いたヨシャファトは
エルサレムから出かけて行って
ユダの国民に向かって
真の神を信仰すべきことを教えて回ります
また
ユダの砦の町すべてに裁判官を立てて
彼らに対し
どういう心がけで裁くべきなのかを説いています
『人のためではなく、主のために裁くのだから
自分が何をすべきか、よく考えなさい』
わたしたちの神には
”不正も偏見も収賄(わいろ)もない”
だからこそ、すべての正しさの基準は神にある
そして
その神の心に習って行動することを
信仰者は常に求められているわけです
しかし
イスラエル人はしばしば神を忘れて偶像に走ります
そんな国民を神に立ち帰らせるために
ヨシャファト王は彼らを教育して回りました
これは
わたしたちにとっても重要なことで
自分の心が今どこに向いているのかを
自分自身に問いかけることは重要です
もしかすると
その心はいつの間にか偶像(お金や名誉)に向いていて
信仰にも「損得勘定」が働いているかもしれません
神の救いを求める心と
自分の利得を求める心は別物です
もし損得勘定で信仰するなら
それは「神に感謝する道」につながらないでしょう
ヨシャファト王は
エルサレムにおいても
レビ人、祭司、イスラエルの氏族の長を任命し
彼らに対してこう命じました
『主を畏れ敬い、忠実に、全き心をもって務めを果たせ』
この言葉の後に具体的な指示が続き
最後はこう締めくくられています
『勇気をもって行え
主が善を行う者と共にいてくださるように』
わたしたちがこの世に生きている間には
様々な問題が起こります
その時、神が共にいてくださるなら
そこには不思議な助けがあるのですが
人は神の力よりもお金の方が価値があるように思いがちで
そういうお金が偶像となって人の心に根深く残ります
そこで
偶像を取り除き、神に立ち帰る教育が必要となり
そのためにヨシャファト王が立ち上がったように
わたしたちも
”どんな時も神が共にいてくださるから大丈夫”と
自分自身に言い聞かせて
与えられた道へと勇気をもって踏み出していく
それが
神にあって”善を行う者”の歩み方
つまり
神が善しとしてくださる信仰者の生き方です
ちょうど年度の変わり目に当たり
新しい環境へと出ていく人も多い時期です
たとえ、この先には不安しかない・・・
そんな状況であっても
置かれたところで、戦いから逃げ出さず
神と共に踏み出しましょう
自分の力を過信する人は愚かな道を歩み
信仰に立つ人には神の助けがある
そのどちらを選ぶのかを
わたしたちはいつも問われており
後者を選ぶ人には
神に喜ばれる人としての結果があらわれてきますから
神の力を信じて
正しい道を歩むことができますように
<目次