今週のみことば


9月1日
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「ペルシアの王キュロスはこう言う
『天にいます神、主は、地上のすべての国をわたしに賜った
この主がユダのエルサレムに御自分の神殿を建てることを
わたしに命じられた
あなたたちの中で主の民に属する者はだれでも
エルサレムにいますイスラエルの神、主の神殿を建てるために
ユダのエルサレムに上って行くがよい
神が共にいてくださるように
すべての残りの者には、どこに寄留している者にも
その所の人々は銀、金、家財、家畜、エルサレムの神殿への
随意の献げ物を持たせるようにせよ』」

(エズラ記1章2-4節)

ユダ王国がバビロン(バビロニア帝国)によって滅ぼされ
人々がバビロンへ連れて行かれた「バビロン捕囚」から70年がたちました
その頃、国を失ったイスラエルの民は
バビロンを征服したペルシア帝国の支配下に移っていましたが
ペルシアのキュロス王は
神によって心を動かされ
かつてエレミヤが預言した「エルサレムの再建」を命じます

この時キュロス王は
イスラエルの民がエルサレムに上って行くにあたり
”神が共にいてくださるように”と
神の助けを得て行くことを勧め
エルサレムに行かない人には、行く人のために
”真心からのささげ物をするように”命じました

また、キュロス王は
かつてネブカドネツァル王が奪った神殿の祭具類を
エルサレムの神殿再建に向かう民に渡し
こうしてバビロン捕囚にあったイスラエルの民が
エルサレムに帰還する準備が整えられていったのです

この歴史が動いた瞬間は
神によって預言され、神によって成就されました
イスラエルの民は神の助けを味わい
神によって心を動かされたキュロス王の命令で
真心からのささげ物も集められます
それは
彼らも神によってその心を動かされたからでした

バビロン捕囚にあう頃の民の心は神に向いておらず
神は何度もそれを正そうとされましたが
人々の心はかたくなで
神の言葉を無視し続けたので
ついには神の怒りが燃えてユダは滅ぼされてしまいました
その時には彼らは
神の助けを味わうことなくバビロンへ連れていかれます
これによって
イスラエルの民は、主が全能の神であることを教えられ
決して侮ってはいけない存在であると悟らされました
その上で
愛の神は、70年後にエルサレム再建の機会を与え
イスラエルの民は神への信仰により心を一つにして
エルサレム再建に向けて進んでいくのです

”神が共にいてくださるように”
キュロス王のこの言葉は
信仰者にとって大きな意味を持っています
それは
神がわたしたちの行く道を守ってくださるという意味であり
その恵みを受ける素晴らしさを体験することが
信仰をより確実なものにするからです

キュロス王はイスラエルの民が
それぞれ自分たちができることをして
みんなでエルサレム再建を目指すように勧めていますが
自分さえよければいい・・・
そういう考えの人は
この再建事業に関わることはできませんし
そこで神の助けを見ることもありません

わたしたちの信仰生活にあっても
神によってその心を動かされず
自分さえよければいい・・・という思いになると
そこにサタンが働いて
人の欲にほんろうされてしまいます

そうならないためにも
わたしたちは神によって感動させられ
神が共にいてくださる人生を味わって
感謝な日々を送っていきましょう



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