今週のみことば
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3月2日
「主を畏れることは知恵の初め
無知な者は知恵をも諭しをも侮る」
(箴言1章7節))
「主を畏れることは知恵の初め
聖なる方を知ることは分別の初め」
(箴言9章10節)
「すべてに耳を傾けて得た結論
『神を畏れ、その戒めを守れ』
これこそ、人間のすべて」
(伝道の書12章13節)
人はある程度の知識や経験を持つと
”自分は知っている”と思いがちです
しかし
確かに物事の表面は知っていても
その深いところの意味を知らなければ
いつの間にか
やってはいけないことをやってしまい
その知識も役に立たないかもしれません
人間がどんなに”自分は正しい”と思っても
それは神から見るとどうなのでしょうか
マルコによる福音書10章では
イエスの元に、ある人がやってきて
『善い先生、永遠の命を受け継ぐには
何をすればよいでしょうか』
と、たずねています
ここでイエスは彼に対して
『神以外に善い者は誰もいない』
と告げた後
父母を敬え、殺すな、盗むな等
モーセの掟のことを語ります
すると彼は
『そういうことはみな
子どもの時から守ってきました』
と、言うのです
「イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた
『あなたに欠けているものが一つある
行って持っている物を売り払い
貧しい人々に施しなさい
そうすれば、天に富を積むことになる
それから、わたしに従いなさい』
その人はこの言葉に気を落とし
悲しみながら立ち去った
たくさんの財産を持っていたからである」
(マルコによる福音書10章21-22節)
自分はモーセの掟を守って
正しく生きていると
自負していた彼ですが
イエスの言葉によって
弱いところを突かれてしまいます
たくさんの財産を持っている彼にとって
頼りとするのは神よりもお金でした
ここで重要なのは
全財産を差し出すことではなく
正しい信仰者だと思っている自分が
実は
世のもの(お金)に
よりすがっている現実に気づくこと
つまり
神への信仰を
重視して生きているわけではなく
モーセの掟を守っている自分を
正しい信仰者だと
勘違いしているにすぎないのだと
認めることなのです
人間は誰も完全ではいられませんから
長い信仰生活のうちには
とても大切な信仰の根本を
忘れることがあります
『あなたに欠けているものが一つある』
それは
”今日まで恵んでくださった神への感謝”
かもしれません
どんなに信仰熱心な人でも
人の心は変わっていきます
それでもなお
小さな信仰を持ち続けていれば
やがてそれが
人生を大きく左右する働きをするでしょう
「主を畏れることは知恵の初め」
このみことばを人生の土台として心に留めて
新しい週に踏み出していきましょう
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