今週のみことば


4月25日

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「人は皆、上に立つ権威に従うべきです
神に由来しない権威はなく
今ある権威はすべて
神によって立てられたものだからです」
(ローマ人への手紙13章1節)

クリスチャンとして生きるわたしたちは
神に従う者であるのは当然ですが
この世で生きている間は
国の統治者や
決められた制度に従って生活しなければなりません

しかし
信仰を勘違いした人の中には
神以外に怖いものなしということで
制度を無視し
自分の主張を振りかざす行動に出る人もあり
それが原因で
”宗教はこわいものだ”との誤解も生じてくるわけです

クリスチャンは決して人間を恐れるわけではなくても
人の立てた制度に従わなくてはならない
その理由については
以下の個所にも記されています

「主のために、すべて人間の立てた制度に従いなさい
それが、統治者としての皇帝であろうと
あるいは、悪を行う者を処罰し
善を行う者をほめたたえるために
皇帝が派遣した総督であろうと、服従しなさい
善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることが
神の御心だからです
自由な人として生活しなさい
しかし、その自由を悪事をおおい隠す手立てとせず
神の僕として行動しなさい
すべての人を敬い、兄弟を愛し
神を畏れ、皇帝を敬いなさい」
(ペテロの第一の手紙2章13-17節)


折しも世界中で感染症が流行している現在
日本においても緊急事態宣言が発令され
不要不急の外出自粛要請が出ています
その中で、教会は
今は休業要請の対象外にはなっていますが
決められた感染予防対策をとることはもちろんのこと
今後新たに決められることにも従えるように
常に柔軟な姿勢でいることが重要です

「すべての人々に対して
自分の義務を果たしなさい
貢を納めるべき人には貢をおさめ
税を納めるべき人には税を納め
恐るべき人は恐れ
敬うべき人は敬いなさい」
(ローマ人への手紙13章7節)


信仰を勘違いする人は
しばしば非常識な行動をするのですが
わたしたちは信仰があるからこそ
常識的な行動を心がける必要があります
その行動の基準は「キリストの心」つまり「愛」です

「互いに愛し合うことのほかは
だれに対しても借りがあってはなりません
人を愛する者は
律法を全うしているのです
『姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな』
そのほかどんな掟があっても
『隣人を自分のように愛しなさい』
という言葉に要約されます
愛は隣人に悪を行いません
だから、愛は律法を全うするものです」(8-10節)


こんな時にはどういう行動をすることが正しいのだろうと
わたしたちは何かあるたびに悩みがちです
それでも
すべてのことを「愛」を基準に考えれば
自ずと道は定まって来るでしょう
自分の思いどおりに行動したいという欲求はあっても
隣人への愛を伴う配慮は
律法を全うするほどの行動なのです

「友のために自分の命を捨てること
これ以上に大きな愛はない」
(ヨハネによる福音書15章13節)

「イエスは、わたしたちのために
命を捨ててくださいました
その事によって
わたしたちは愛を知りました」
(ヨハネの第一の手紙3章16節)

「神は、その独り子をお与えになったほどに
世を愛された
独り子を信じる者が一人も滅びないで
永遠の命を得るためである」
(ヨハネによる福音書3章16節)

「はっきり言っておく
わたしの言葉を聞いて
わたしをお遣わしになった方を信じる者は
永遠の命を得
また、裁かれることなく
死から命へと移っている」
(ヨハネによる福音書5章24節)


”友のために自分の命を捨てる”
神ご自身が「独り子イエス」として
十字架にかかって死に
その大きな愛によって
万民に救いの道が開かれました
これを信じる者は
どんな状況にあっても活かされる
そして、こうして
救いにあずかったクリスチャンに求められているのは
キリストの心(愛)をもった考え方と行動をすること
”主イエスを身にまとう”生き方です

「日中を歩むように
品位をもって歩もうではありませんか
酒宴と酩酊、淫乱と好色
争いとねたみを捨て
主イエス・キリストを身にまといなさい
欲望を満足させようとして
肉に心を用いてはなりません」
(ローマ人への手紙13章13-14節)


「神の内にいつもいるという人は
イエスが歩まれたように
自らも歩まなければなりません」
(ヨハネの第一の手紙2章6節)



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