今週のみことば
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9月26日
「神は真実な方です
だから、あなたがたに向けたわたしの言葉は
『然り』であると同時に
『否』であるというものではありません
わたしたち、つまりわたしとシルワノとテモテが
あなたがたの間で
宣べ伝えた神の子イエス・キリストは
『然り』と同時に『否』となったような方ではありません
この方においては『然り』だけが実現したのです
神の約束は
ことごとくこの方において『然り』となったからです
それで、わたしたちは神をたたえるため
この方を通して『アーメン』と唱えます」
(コリント人への第二の手紙1章18-20節)
今回は1章の後半です
ここでパウロはまず12節に、自分はこれまで
「人間の知恵によってではなく
神から受けた純真と誠実によって
神の恵みの下に行動してきました」
と語った上で
今後の伝道旅行の予定を記し
これはすべて神のご計画なのだから
これについて「然(しか)り」か「否」か
つまり、それが正しいか正しくないかなど
人間がとやかく思うべきではないと強調しています
ここはわたしたちの信仰感において
とても重要なことが記されているところです
神は真実な方であり
絶対に正しい方なのですから
その神が人に向ける言葉は
すべて「然り=その通りです」と受け止めること
そして
それが人の思いと異なっていても
神のなさることはすべて正しいと信じ
「神の思い通りになります様に」と
そこに神を讃える思いを込めて
「アーメン(ヘブル語で然りの意)」と唱えるのです
しかし
自分の願いが叶わなかったとき
ある人は「神さまが間違っている」と
不平を言うでしょう
救われて日が浅い時には
信仰の意味も分からないので
このように思うことは多々あるにしても
わたしたちの信仰は
いつまでも幼いままではなく
成長していかなくてはなりません
そのために必要なのが「聖霊」です
「わたしたちとあなたがたとを
キリストにかたく結びつけ
わたしたちに油を注いでくださったのは、神です
神はまた、わたしたちに証印を押して
保証としてわたしたちの心に
”霊”を与えてくださいました」(21-22節)
わたしたちは
自分の意志で信仰しているようですが
一人一人に宿っている「聖霊」によって
すべて神の導きの内に育てられています
人生は思うようにいかないことばかりだとしても
神の導く道に間違いはありません
だからそこを「否」と言って避けてはならない
それを教会では
「信仰に立つ」と表現します
コリント人への第一の手紙15章において
パウロは
彼が告げ知らせたキリストの福音は
クリスチャンの”生活のよりどころ”だと記していました
つまり
福音=神の言葉は
信じる者にとって日々の生活のよりどころであり
すべて正しいこととして受け止めるべきもの
また
コリント人への第一の手紙3章においては
誰が信仰を導いたとしても
育てるのは神であると記されているように
この信仰はすべて神が中心
何事も神によって進められるのです
世の中には様々な「異なる教え」があって
わたしたちを惑わそうとしてきますが
神は永遠に変わらない方であり
わたしたちはその恵みによって
いよいよ信仰を堅くされて
迷うことなく進んでいくことが大切です
「イエス・キリストは
きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です
いろいろ異なった教えに迷わされてはなりません」
(ヘブル人への手紙13章8節)
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