今週のみことば


1月23日

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「キリストは弱さのゆえに十字架につけられましたが
神の力によって生きておられるのです
わたしたちもキリストに結ばれた者として弱い者ですが
しかし、あなたがたに対しては
神の力によってキリストと共に生きています」
(コリント人への第二の手紙13章3節)

パウロはコリントの人々から
”キリストがパウロによって語っておられる証拠”を要求され
自分が信用されていないことを嘆き
3度目のコリント訪問を前に
自分が行くまでには
以前指摘した過ちを悔い改めるよう
強い口調で述べています

そして
「キリストはあなたがたに対しては弱い方でなく
あなたがたの間で強い方です」(3節)

と語っているのですが
「キリストは弱さのゆえに十字架につけられましたが」
と続くので
神であるキリストに弱さがあるのだろうかと
一見ここは疑問に思うところです

全能の神であるキリストには本来「弱さ」はありません
しかし、キリストとして
万民を救うためにこの世に来られた神は
人間と同じ弱い肉体をもって生まれました
わたしたちは皆そうですが
人間は叩けば痛いし、苦痛を与えられれば辛いし
切られたら血が出て放置すれば死んでしまう・・
そんな弱さから
肉体を持っている限り離れることはできません

神であるキリストは
血を流すためにこの弱い肉体をもって生まれ
万民の罪を背負って十字架にかかり
その血による救い(洗礼)が
すべての人に与えられることになりました
このことはあらかじめ預言されており
この預言が成就するためには
死ぬべき弱い肉体が必要だったのです

「御子は肉によればダビデの子孫から生まれ
聖なる霊によれば
死者の中からの復活によって
力ある神の子と定められたのです
この方が、わたしたちの主イエス・キリストです」
(ローマ人への手紙1章3‐4節)


マタイによる福音書1章には
「イエス・キリストの系図」があり
肉においてのイエスは
ダビデの子孫であるヨセフの子として生まれています
そして
十字架上で死に
その肉体の役目が果たされた後には
神の力でよみがえり
信じる者を救い
聖霊を与えて
キリストにある者(クリスチャン)とし
弱い人間が
神の力によって弱さを乗り越えていくように
支え導いてくださるのでした

「神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり
あなたがたは、肉ではなく
霊の支配下にいます
キリストの霊を持たない者は
キリストに属していません」
(ローマ人への手紙8章9節)


救いを受けてクリスチャンになっても
この弱い肉体を持っている限り
わたしたちは各々の持つ「弱さ」と
常に向き合って生きていかなければなりません

物事がうまくいかないと心が病み
死んだような状態にまでなることもあるかもしれませんが
「もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が
あなたがたの内に宿っているなら
キリストを死者の中から復活させた方は
あなたがたの死ぬはずの体をも
生かしてくださるでしょう」(11節)

すなわち
どんな状況にあっても
わたしたちは神の復活の力によって生かされ
強められるのです

コリント人への第二の手紙に戻ります
クリスチャンとして
せっかく恵まれた状態に置かれながら
以前、彼らの中には
「不潔な行い」や「ふしだらな行い」が横行し
それらがちゃんと悔い改められているのだろうかと
パウロはとても不安に思っています

「信仰を持って生きているかどうか
自分を反省し
自分を吟味しなさい」
(コリント人への第二の手紙13章5節)


聖霊を持っているはずの人々の行いが悪いのなら
そのままでいいはずがありません
パウロは何としても彼らを正そうとしています
それは真理(神)のためにすることなので
手紙にはおのずと厳しい言葉も並びます
ただし
この使徒としての権威は
彼らの信仰を壊すためではなく
「造り上げる」ためのものであり
彼らが神に立って
様々な弱さを神の力で乗り越え
やがて「完全な者」になることを願いながら
コリント人への第二の手紙は終わっています

「終わりに、兄弟たち、喜びなさい
完全な者になりなさい
励まし合いなさい
思いを一つにしなさい
平和を保ちなさい
そうすれば、平和の神が
あなたがたと共にいてくださいます」(11節)



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