今週のみことば

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4月24日

「奴隷たち、キリストに従うように
恐れおののき、真心を込めて
肉による主人に従いなさい
人にへつらおうとして
うわべだけで仕えるのではなく
キリストの奴隷として
心から神の御心を行い
人にではなく神に仕えるように
喜んで仕えなさい
あなたがたも知っているとおり
奴隷であっても
自由な身分の者であっても
善いことを行えば
だれでも主から報いを受けるのです
主人たち
同じように奴隷を扱いなさい
彼らをおどすのはやめなさい
あなたがたも知っているとおり
彼らにもあなたがたにも
同じ主人が天におられ
人を分け隔てなさらないのです」
(エペソ人への手紙6章5‐9節)


5章の
「妻と夫」に対する教えに続いて
6章では
「子と親」そして「奴隷と主人」に対して
それぞれが置かれた立場でどのように考え
行動するべきかが教えられていますが
どの立場においても共通しているのは
”お互いがキリストの心(愛)をもって
自分が置かれた立場の務めを果たす”
という教えです

このように
社会には様々な上下関係があり
上に立つ人と
それに従う人があるわけですが
従う人は
人に対してするように
媚びへつらうのではなく
上に立つ人は
脅して無理に従わせるのでもなく
その心をお互い神に向けて
両者が共に
神に仕える気持ちを持つことが重要です

なぜなら
どちらの立場の人にとっても
天に同じ主人、つまり神がおられ
その神はどんな立場の人も
分け隔てをなさらない方ですから
わたしたちもみなその心に習って
行動すべきなのです

また
自分の立場をわきまえて
自分に与えられた務めを
忠実に果す人は
神から報い(恵み)を
受けることができます
もし、その置かれた立場が
自分の理想通りではないとしても
そこで卑屈になったりせず
分け隔てをなさらない神を信頼し
同じように降って来る恵みを
恵みとして感じることができますように
そのためには
自分の面子にこだわらないこと
面子にこだわっていると
信仰に立つことはできません

それでも
人の心は弱いので
目先の不安で心が揺らぎ
欲に負けて
神を見るより人を見て
右往左往しがちです
そのように
わたしたちを惑わす悪の業から逃れるために
必要なのが「神の武具」です

「最後に言う
主により頼み
その偉大な力によって強くなりなさい
悪魔の策略に対抗して立つことができるように
神の武具を身に着けなさい
わたしたちの戦いは
血肉を相手にするものではなく
支配と権威、暗闇の世界の支配者
天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです」
(10‐12節)


この世にあってわたしたちが戦う相手は
血肉(人間)ではなく
わたしたちの心を惑わし
不安におとしいれ
闇へと引きずり込もうとする悪の諸霊です
このようなもの(サタン)から来る不安は
人間の力では太刀打ちできません
だから
神により頼み
「神の武具」をもって戦わなくてはならないのです

この「神の武具」とは
真理の帯、正義の胸当て
平和の福音という靴
信仰の盾、救いの兜(かぶと)
霊の剣(神の言葉)
といった表現で記されていますが
どのような時にも
聖霊に助けられて祈り、願い求め
何が正しいことなのかを
しっかりと目を覚まして見極め
信仰に立った冷静な歩みをしていくことを
わたしたちは常に求められています(18節)

歴代誌下20章には
窮地に陥ったヨシャパテ王が神に祈り
その言葉に従って出て行くことで
敵が同士討ちをして滅び
自分たちは戦うことなく勝利した記述があります

「そのときあなたたちが戦う必要はない
堅く立って
主があなたたちを救うのを見よ
ユダとエルサレムの人々よ
恐れるな、おじけるな
明日敵に向かって出ていけ
主が共にいる」
(歴代誌下20章17節)


この戦いは人間によるものではなく
「神の戦い」だと記されています
彼らは神の言葉によって励まされ
想像を超えた神の力を見ることになりました
そして
この同じ神の言葉が
今、様々な困難を抱えるわたしたちを励まし
信仰を持って前へ進ませ
神の力を見ることができるように
導いてくださいます

また
ローマ人への手紙13章には
「神の武具」を
「光の武具」と表現し
「主イエス・キリストを身にまといなさい」
と記されています

どんな不安な時にも
主イエスを神として信頼し
共に歩んでくださることを忘れない信仰を武器として
各々置かれたところで
人生の戦いに勝利していきましょう


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