今週のみことば
(スマートフォン用ページ)
*****************
4月2日
「あなたがたの中の戦いや争いは
いったい、どこから起こるのか
それはほかでもない
あなたがたの肢体の中で
相戦う欲情からではないか
あなたがたはむさぼるが得られない
そこで人殺しをする
熱望するが手に入れることができない
そこで争い戦う
あなたがたは求めないから得られないのだ
求めても与えられないのは
快楽のために使おうとして
悪い求め方をするからだ」
(ヤコブの手紙4章1-3節)
人と人との争いは
その人の内にある「欲望」によって
もたらされるものです
3章16節においても
「ねたみや利己心のあるところには
混乱やあらゆる悪い行いがある」
と記されているように
争いの元は人の心の中にあって
その欲望が満たされないことで
殺人にまで至ることもあるわけです
マタイによる福音書7章にあるように
神はわたしたちに必要なものを
求めに応じて与えてくださる方ですが
その求める動機が
ねたみや利己的なものである場合には
願い求めても与えられません
その欲望はこの世のものであって
神に反する悪い思いだからです
「神は、高ぶる者をしりぞけ
へりくだる者に恵みをたもう」(6節)
どんな人も
自分のことを大物だと思っても
しょせん人間はみな人間です
しかし
そんな同じ人間同士の間で
ねたむ心や自分を誇る心が起こり
様々な争いが生じるのです
また
自分自身に対しても
心の中で自らを誇れば
その信仰も揺らいでいきます
そのような欲望は世の思いですから
その人は「世の友」となり
すなわち「神の敵」となるからです
信仰歴が古くなると
年数を自慢する人があるのですが
謙虚さを忘れたら
その時点で神中心の生活ではないので
信仰があるとは言えない
実際に、教会の中にあっても
人の高慢な思いによって
争いが起こるケースは多々あります
「そういうわけだから
神に従いなさい
そして、悪魔に立ち向かいなさい
そうすれば、彼は
あなたがたから逃げ去るであろう
神に近づきなさい
そうすれば、神はあなたがたに
近づいてくださるであろう」(7‐8節)
サタンに翻弄されて
信仰を乱されないために
わたしたちは常に神の思いに近づくよう
聖書のみことばから学んでいきます
この世の戦いには
対外的な問題も、自己の内面の問題も
神の知恵がなければ
勝利することはできません
11節からは
”隣人を裁いてはならない”こと
13節からは
”誇り高ぶってはならないこと”
について記されており
どうすることが善であるかを知って
その善を行うように勧めています
わたしたちは自分で
色々と人生設計を考えますが
実際には明日の命も分からない身です
そのことを自覚した上で
『主のみこころであれば
わたしは生きながらえもし
あの事この事もしよう』(15節)
と思うべきなのですが
誇り高ぶっていると
何でも自分の思い通りにできるような気に
なってしまうのです
このように
わたしたちの心は
世に向くか、神に向くか
両者の間で揺れ動いています
ですから
そういう自分を省みて
神の側に近づくように意識し
どうすることが善であるかを教えられながら
神への信仰に基づく正しい心を
守って行くことが大切なのです
「肉の思いは死であるが
霊の思いは、いのちと平安とである」
(ローマ人への手紙8章6節)
「油断することなく
あなたの心を守れ
命の泉は
これから流れ出るからである」
(箴言4章23節)
<目次