今週のみことば


11月26日

「なお、あなたがたは時を知っているのだから
特に、この事を励まねばならない
すなわちあなたがたの眠りからさめるべき時がすでにきている
なぜなら、今は、わたしたちの救いが
初め信じた時よりも、もっと近づいているからである
夜はふけ、日が近づいている
それだから、わたしたちは、闇のわざを捨てて
光の武具を着けようではないか
そして、宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみを捨てて
昼歩くように、つつましく歩こうではないか
あなたがたは主イエス・キリストを着なさい
肉の欲を満たすことに心を向けてはならない」
(ローマ人への手紙13章11-14節)

世の中はだんだんと人の愛も冷えていき
荒んだ状況になりつつありますが
今の時はどういう時で
わたしたちは何をしなくてはならないのか
どのように生きなくてはならないのかを
もし神に対する信仰が眠っているなら
その眠りからさめて
今こそしっかりと悟る時です

神に望みを置くわたしたちは
決して闇につく者ではなく
キリストにつく者として
その歩み方を学んで、実行していかなくてはなりません

信仰はすべて聞くところからはじまります
聖書のみことばをまず聞いて
そこから次にはどう生きればよいのかを教えられますが
みことばを聞いても何も教えられることがなく
そこにただ自分の価値観を当てはめていこうとするなら
その信仰は自分本位の信仰となり
聖書の教える信仰からは外れていってしまうでしょう

「だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って
心に植えつけられているみことばを
すなおに受け入れなさい
みことばには、あなたがたのたましいを救う力がある
そして、みことばを行う人になりなさい
おのれをあざむいて
ただ聞くだけの者となってはいけない」
(ヤコブの手紙1章21-23章)

人生において一番辛いことは”捨てること”です
自分の中に執着心が強いと物を捨てることができないように
お金や名誉、見栄に重きをおく世の中の価値観も
なかなか捨てきれないものです
しかし
聖書は常にそういう価値観を捨てて
神を第一とし
(自分を含む)人を喜ばせることよりも
神が喜ぶ道を選択することを教えています

人を喜ばせる道には
しばしば惑わしの落とし穴があり
よほど心をしっかりと保っていなければ
その穴に陥る危険は常にあります

では
神を喜ばせる道には人には喜びはないのかといえばそうではなくて
神を喜ばせる道は、みことばに従う道で
それは人の魂を活かす道なのですから
結果的には人の喜びにもつながっていくものです

「天国は、一粒のからし種のようなものである
ある人がそれをとって畑にまくと
それはどんな種よりも小さいが
成長すると、野菜の中で一番大きくなり
空の鳥がきて
その枝に宿るほどの木になる」
(マタイによる福音書13章31-32節)

一番小さなカラシ種が
やがて一番大きな木になるように
小さなわたしたちひとりひとりも
神によって畑にまかれ
育てていただく時には
大きな木へと成長することができるのです

「あなたがたも、主の来臨が近づいているから
耐え忍びなさい
心を強くしていなさい」
(ヤコブの手紙5章8節)

どんな時も
神にあって信仰を強く保っていきましょう
すべてのことは
神に近づく機会としてとらえ
世の中の価値観に右往左往することなく
神の導きに従っていくことが大切です

人は誰でも一生懸命人生を生きていて
人生に充実感を覚えたいと願っています
そのためにも何とか認められたいと思うものです
何かを一生懸命やっていれば
ある程度のところまで到達することはできるかもしれません
しかし
そこで「本当のもの」を見ているかどうか
「真実」を見る歩みをしているかどうか
それによって
以後の歩みは異なってきます

「だから、立っていると思う者は
倒れないように気をつけるがよい
あなたがたの会った試練で
世の常でないものはない
神は真実である
あなたがたを耐えられないような試練に
会わせることはないばかりか
試練と同時に、それに耐えられるように
のがれる道も備えてくださるのである」
(コリント人への第一の手紙10章12-13節)

自分の力で生きていると思う人は
自分の責任で自らを支えていかなくてはなりません
一方
神の力で生かされていると思う人は
神の守りのうちに
試練を乗り越えることができるのです

親がついていれば子どもは何も恐れず生きていけるように
神に対して絶対の信頼をもち続けることで
わたしたちには常に平安が与えられます

聖書のみことばを生きるための指針としてとらえ
みことばに耳を傾けて
心に留め
教えられ
そして従っていきましょう



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