今週のみことば


12月23日

「これらのことの後
神はアブラハムを試みて彼に言われた『アブラハムよ』
彼は言った『ここにおります』
神は言われた
『あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き
わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい』」
(創世記22章1-2節)


ここでは
神はアブラハムを”試みるため”に呼ばれたとあります
人間的に考えれば
神に呼ばれる時は”祝すため”であって欲しいと思いますが
人にとって都合の悪い試みも
必要とあらばこうして神から与えられるわけです

ひとり子イサクをささげよと言われ
素直にその言葉に従おうとするアブラハムの心は神に良しとされ
結局イサクはそのまま生かされることとなりました
都合のいいことだけでなく
試みの時にも従う
そのアブラハムの信仰はわたしたちの模範です

「これらのことを考えて、わたしたちがまた絶えず神に感謝しているのは
あなたがたがわたしたちの説いた神の言葉を聞いた時に
それを人間の言葉としてではなく神の言葉として
(事実そのとおりであるが)
受け入れてくれたことである
そして、この神の言葉は
信じるあなたがたのうちに働いているのである」
(テサロニケ人への第一の手紙2章13節)

かつてアダムとエバは
神の前に裸であることを恥と思っていませんでした
ところが
今人間はみな裸になることを恐れ
欲の中に自分を見失い
世の中の間違った価値観に踊らされて
神の言葉を素直に受け入れることが難しくなっています

試みのときも
神が共にいませば恐れなし
神から与えられる必要な教えがきちんと受け取れるように
自分の思いはさておき
一歩下がるべきところは下がることができますように

下がらなくてはならないところで意地をはり
下がらなくてもいいところで自ら退くのでは
物事は上手くいきません

見せかけの熱心で信仰を計ることはできず
その心はいつも神の前には素通しであることを
わたしたちは忘れてはならないのです

これだけ祈れば願いはきかれるだろう・・など
いつまでも見返りを求める信仰にとどまるのではなく
あるいは
自分の強がりで進むのでもなく
常に心を柔軟にして
神より与えられる道をしっかりと見定めていきましょう

「イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に
『子よ、あなたの罪は許された』と言われた」
(マルコによる福音書2章5節)


何とかして病人をイエスの前に連れて行きたいとの熱意は
病人を屋根からつり下ろすという行動を起こさせ
その信仰によって病人は癒されました

心から純粋に神を求める信仰こそ
神に喜ばれる信仰です
それは、難しい勉強によって得られるものでもなく
いかに神の言葉を受け入れようとするかどうかによって変わります
信仰生活の年数や聖書の知識を誇ることなく
常に神の前にその心を素直にさらけだして進んでいきましょう

クリスマスのこの時期
ひとりひとりが自分の信仰を省み
信仰の模範を聖書から学んで
心新たに踏み出したいものです



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