今年最後の御用ということで
仕事中に「何の話をしようか」と色々と
思案していましたが
一年のしめくくりとして
パウロについて触れようと思います
題をつけるなら
「パウロの功罪」でしょうか
もっとも、ここで言うとは
パウロ本人の罪ではなく
彼を都合よく解釈してきた
後世の人々の罪のことです

以前にも少しお話ししましたが
パウロはローマ帝国の属州キリキア州タルソス
という町に生まれたユダヤ人です
タルソスは当時から
学術や哲学の中心地として知られ
そこで育ったパウロも
高度な知的教育を受けました

彼は弁論術と呼ばれる
相手を説得するための論理的思考や
共感力を身につけ
さらに高名なユダヤ教指導者のもとで
律法を学んだパリサイ派として活躍します
当初はイエス様の教えや弟子たちを否定し
迫害しており
その結果
弟子ステパノの殉教にも関与しました

このように名実ともに
立派なユダヤ教徒であったパウロですが
ある日、天からイエス様の声を聞き
視力を失います
後にイエス様につかわされたアナニヤの祈りによって
視力を回復しますが
この一連の出来事を通して
パウロはイエス様の教えを悟り
迫害者から宣教者へと変えられていきました

パウロはこの時
自らの使命を
「異邦人への伝道」であると理解します
というのも
イエス様がアナニヤを遣わす際に
「彼は異邦人らに
私の名を伝えるために選んだ器である
(使徒行伝9:15)」

と語っていたからです
また、モーセ五書に通じていたパウロは
神の祝福がアブラハムを通して
全民族に広がるという記述
(創世記12章、ガラテヤ3:8)を知っていました
こうした背景から
パウロは異邦人への伝道を
至上命題として行動していきます

ここまではパウロの生涯の導入ですが
ここからが
「パウロの功罪」の本題です
まずは、つまり功績から

パウロの功績は大きく二つあります
第一に
異邦人に対する救いの扉を開いたこと
第二に
当時ユダヤ教イエス派であった
初期キリスト教の教義を体系的に整理し
ユダヤ教から独立した神学を持つ宗教として
確立させたことです

特に
「キリスト教としての教義を体系化した」
という点は極めて大きな功績です
イエス様がなぜキリストであるのかというキリスト論
なぜキリストが地上に来られたのか
人間の原罪と
キリストの血による贖(あがな)いをめぐる救済論
――こうした内容を
パウロは数々の書簡を通してまとめ上げました
これらの書簡は
新約聖書のパウロ書簡として収められていますが
もとはパウロが
各地の教会に宛てて送った手紙です
パウロが教義を明確に整理したことで
イエス様の教えはユダヤ教の新解釈ではなく
メシア預言の成就であり
その先に開かれた新しい救いであると理解され
キリスト教として受け入れられていきました

しかし、ここからがの部分です

パウロは弁論術に優れ
イエス様の教えとユダヤ教の知識を
論理的に整理しましたが
同時に「異邦人に伝わりやすい形」を
強く意識していました
その象徴が「割礼」です

パウロは
割礼を救いの条件と考える初期キリスト教徒に対し
割礼は不要であると論じます
アブラハムは割礼を受ける前に
信仰によって義と認められたのだから
割礼は救いと関係がないと説いたのです

また
律法に縛(しば)られがちな初期教会に対し
「行いによって救われるのではない
信仰によって救われるのだ」
と繰り返し強調しました
ただしパウロは
「信仰さえあれば救われる」とは言っていません
あくまで律法主義に囚(とら)われた人々に
向けて語った言葉です

ところが16世紀
宗教改革の中でマルティン・ルターは
カトリックの「見せる信仰」への反発として
パウロの「信仰による義」を強調し
「行いでは救われない
ただ純粋な信仰のみが救いをもたらす」と
解釈を飛躍させました
この「信仰のみ」が
プロテスタントの合言葉となり
宗教改革が進んでいきます
その結果
現代の多くの教会では
まず教義を学び信仰を育て
一定の信仰レベルに達した証として洗礼を受ける
という流れが生まれました
洗礼は救いの条件ではなく
信仰者としてのしるしであるという解釈です
このため
幼児洗礼を行わない教会もあります
幼児には教義理解がなく
信仰がない者は洗礼を受けられない
という論理によるものです

しかしヨハネ伝3章5節にあるように
イエス様はニコデモに対し
救いの条件を
「水と霊(洗礼と聖霊のバプテスマ)」である
と明確に示されました
またイエス様は
「ただ信じなさい」と語られただけで
教義の理解を求めたわけではありません
本来のキリスト教は
純粋にイエス様を信じる信仰であったはずなのに
後世ではいつの間にか
学び理解する宗教へと
変質していったのです

では、なぜそうなってしまったのか
それはニカイア公会議以降
ギリシャ哲学を取り入れた東方教会が
パウロ書簡を重視したことにあります
パウロの論理的な弁論は
ギリシャ哲学と相性が良く
当時は聖書を理性的に読むことが
重んじられていました
つまり、聖書の記述を
人間の常識や合理性の枠内で理解しようとしたのです
こうしてパウロ書簡は
現代に続く神学の基礎となりましたが
結果として
イエス様の教えそのものよりも
パウロの論理が
キリスト教の中心に置かれるようになってしまいました

もちろん
これはパウロが悪いわけではありません
パウロはあくまでイエス様の教えを
人々に伝わりやすく整理しただけです
それを後世の人々が
自らの都合で読み替え
いつの間にかイエス様の教えより
パウロの説明が優先されるように
なってしまったのです

イエス様は最初から一貫して
「信じなさい」と語られました
「あなたの信仰があなたを救った」
とは言われましたが
「あなたの教義理解があなたを救った」
とは言っていません
イエス様が求められたのは
ただ従順であること
イエス様が「しなさい」と言われたことに
「はい」と応じて歩むことです
「どんな意味があるのだろう」と詮索(せんさく)するのは
人間の理性の働きでしかなく
イエス様が求めておられるのは
小難しい議論ではなく
純粋な信仰です

イエス様の求められた信仰とは
愛の循環です

私たちが日々の生活の中で
イエス様の助けを感じ取り
その助けに感謝を返していく
愛とは
「相手を満たそうとする心の動き」ですから
イエス様は
私たちを満たすために愛を注いでくださる
その愛に感謝し
私たちもイエス様に愛を向ける
このイエス様と私たちの間で
愛が巡り続けることこそ
キリスト教における信仰の本質なのです

パウロは偉大な器でした
しかし、私たちが目を向けるべき中心は
パウロの論理ではありません。
イエス様の教えです
パウロの論理を学ぶことは大切ですが、
イエス様の「信じなさい」という招きに
応えることは、もっと大切です

ですから
洗礼と聖霊によるバプテスマを受け
新たに生まれ変わり
そして洗足により信仰の靴を履いて
信仰生活の第一歩を歩み始める
これらは全てイエス様が
「やりなさい」とおっしゃった事であり
そこに理性的な理由を問わず
そのまま実行する
訳です

ただ現代は難しい時代でもあります
現代社会と言うのは
人の理性が全面に現れる一方で
水面下の非理性が大きくふくらんでいる
つまり社会の表面では
人の理性的な働き
つまり合理的・効率的なものが優先され
人の感情や曖昧(あいまい)さと言った
余白が否定される
その一方で個々の人の中では
合理だけでは割り切れない
不安や孤独が広がっている
だからこそ教会も
社会にある表面では
パウロの様に論理を見せなければならない
しかしその一方で
イエス様の求める従順な信仰を説き
重荷を降ろす場所として
広く受け入れられなければならない

そんな表裏が一体となった
バランスと言う物を追求していく必要が
あるのだと考えつつ
一年のしめくくりとしたいと思います