いいかげんな話



<17.「便利な人」と「都合のいい人」>

先日の『ニューヨーク演奏旅行記』の中で
娘が曲によってソプラノになったりアルトになったり色々担当していたら
指揮者から「君は便利な人だね!そういう人には仕事があるよ」
と言われたエピソードを書いたが
ここでいうところの「便利な人」とは
”器用で役に立つ”という良い意味で使われている一方で
世の中にあって「便利な人」は
ともすれば人に利用されやすく
いつの間にか相手にだけ「都合のいい人」になってしまう面も持っている

いつ頃からかネット上で良く見るようになった
「ブラック企業」や「社畜」といった言葉は
まさに、会社にとって便利な人が都合よく使われている実態から生れたもの
それでも就職難の時代には
劣悪な労働事情でも文句も言えずやめることもできず
辛い状況に置かれている人々が大勢いるが
だからといって、個人の都合ばかり優先させていては会社は成り立たない
どこまでが「ブラック」で、何をもって「社畜」というのかは
各々の考え方によって分かれるだろうし
何よりも、そこには経営者側の心の問題(良心)が大きく関わってくるのは間違いないだろう

息子が社会人になってちょうど一年がたち
入社式以降研修に出ていた新入社員も各々の配属先に出勤してきて
いよいよ息子も「先輩社員」の仲間入りをした

この職場ではトップが朝一番に出社し
朝はまず管理職以下全員でそうじをしているらしいと以前書いたが
一年を通じてわかったことは
朝のそうじはあくまでも個人の善意によるもので
特に規則はなく、やりたい人がやりたいようにやっているとのこと
そんな中で息子は毎日トイレ掃除を担当してきた

教会に生まれ育った彼は
幼い時から遊びの延長で色んな場所の掃除をしてきたものだが
掃除をする場所で彼が最も得意とするところは
「一番汚れている場所」なのだという
汚ければ汚いほど、きれいになった時の達成感が心地良く、やる気も増す一方で
反対に、きれいな所なのに毎日掃除する・・というのは好きじゃない
合理主義の彼にとってそれは無駄だと思うようだ

また、入社した頃には業務開始の1時間前に出社していたけれど
その後は更に30分早く着くように出かけている
息子は驚くほどの早起き人間で
学生時代も5時から起きていたが、社会人になってからは毎朝4時起きになった

彼の早起きは小学校時代にさかのぼる
当時は早朝4時ごろ?の「テレビショッピング」を見るのにハマっていて
ついでにその続きに放映される「あんぱんまん」を見ていたようだが
(その時間わたしはまだ寝ていたのでくわしくはわからない)
朝は彼にとっていつも楽しい時間であり
朝を有意義に使うことは彼の習慣になっていく

とはいえ、せっかく早起きして「テレビショッピング」というのもねぇ・・と
親として昔は何か複雑な気がしていたものだが
「あれを見てると何でも使ってみたくなるよね」と
今でも目を輝かせて語る息子の言葉を聞くと
合理主義の彼には
あの便利な商品を紹介する番組は相当魅力的に映ったのだろうと思われる

こうして、多くの人が苦手な早起きを特技とする息子は
早くから出社して、得意な場所を掃除し
教習車も心行くまできれいにして(この仕事も大好き)
後は他にも色々持っている自分の仕事をこなす
息子はインストラクター職なので、教習業務が本職だけど
時々パソコン関連の事務作業もやっているのだ

うちの子どもたちは、早くからパソコンをさわっており
キーボード操作も速く、そこそこに技術も持っている
特に息子の場合、パソコンと共に生きているような人間なので
就職した場所が、かなりアナログな環境にある事に驚き
パソコンを使えばあんなこともこんなこともできるのになぁ・・と考えた末
ある日、自分で作成した教習コース図を机の隅においてみた
それまで長年使われていた図が古くて見づらいと思ったからだが
新入社員が「これを使って下さい」と直談判するなど
そんな差し出がましいことをするのも好きじゃないので
とりあえず誰かの目に止まって、もし気にいられることがあればそれでよし
という感じだったわけだ
基本的に息子は自分を売り込むことはしない
ただ、自分がやっている事を見て
人が良し悪しを判断してくれたらいいと思っている
自分が良いと思っている事を万人がそう思うわけではないし
ましてや自分自身が絶対正しいとも思っていないので
自分がやるだけやったら、あとはおまかせだ

すると、その図はすぐに上司の目にとまり
新たな改良を加えながらまもなく正式採用に至った
その後は次々リクエストがきて息子の仕事は一気に増えていく
「また宿題もらったよ〜」と、忙しいのに嬉しそうな息子の様子を見て
わたしは息子が幸いな職場におかれたことを実感した

そのうち息子のパソコン業務の事はみんなに知られる様になり
同僚からは「IT系に就職すればよかったのに」とも言われたが
その道には自分よりもできる人がいくらでもいて
活躍のチャンスはなかなかないだろうと答えたらしい

また、息子は昔から友人の相談にのる機会がよくあり
人の話を聞くことに慣れているせいか
どこへ行ってもいつの間にか愚痴を聞く立場になることが多い
特に相手が上の立場であるほど
息子自身は話を聞くだけで何もできるわけではないけれど
話をするだけですっきりして元気になる人は多く
一方、色んな立場の人の言い分や愚痴を聞く側にとっては
世の中にはさまざまな大人の事情があることを知るのは面白く
それは自然と世の中を広く知るチャンスにもなるのだった

「君は便利な人だね!そういう人には仕事があるよ」
と、娘が言われたように
息子はこの一年間、自分の得意とするものを生かして
多くの仕事を得てきた
”相手に良いように使われる仕事”と”自ら好んでする仕事”では
当然やる気も全然違ってくる
結局彼は、本職を含め自分の好きなことをして一年を過ごしたので
とても忙しいのに不思議なほどずっと健康状態も良かった
そして
例え小さな仕事でも、誰かの役に立つことは気持ちが良いものだ
その充実感は更に自分を生かし
次のステップへ進む原動力になっていく

わたしの見る限り
息子もまた娘と同様に、自分のいるところ(会社)が好きなのだ
そこに働く人々も自分と似た考えや気質の人が多く
人を利用してやろうというような嫌な人もいない
だからこそ息子は自ら積極的に「便利な人」をやっている

そんな恵まれた環境で
今日から新たな資格取得に向けてバイクの練習が始まった
憧れの自動二輪指導員としての資格が取れたら、更に仕事の幅は広がる
そうなれば、自分も会社も都合が良い
そういうお互いが幸せな「都合のいい人」ならなってもいいと思う


(2014.4.9)



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