善の行方



<18.新しい時代>

息子は近いうち母校の高校に行き
当時の担任の先生に会って
就職の報告をしようと考えている
高校を卒業してから5年がたち
公立ならばすでに先生も転勤してしまっている頃だが
その点私立の場合は、先生の定年退職まで同じ学校で会えるのがいい
2年前の大学院進学が決まった時も
ちょうど就職が決まった友人と一緒に出かけたが
このたびはその友人が仕事の都合で時間が合わず
息子ひとりで出かけるつもりのようだ

高校の卒業式の後
クラスに戻って先生から送られた言葉は
今でも心に残る印象深いものであった

「これから大学に進学し、やがて社会人になっていく君たちにとって
 今の時点で自分がなりたいと思っているような華やかな職業は
 社会の中のごくごく一部に過ぎない
 この社会は、実はほとんど”縁の下の力持ち的な仕事”で支えられていて
 多くの人がそういう仕事についている
 君たちもこれから将来どのような職業につくのかは今はまだわからないが
 どのような仕事でもその仕事に誇りを持って欲しいと思う」

すでに社会を知っている親と違って
まだ18歳の息子には、この意味はまだ何となくわかるという程度だったが
5年余りの間にさまざまな知識を仕入れ、経験を積むうちに
今ははっきり先生の真意をくみ取ることができるところにまで成長し
今回はそれを伝えに行くのだろう

若い人たちは
世の中にどんな仕事があるのかほとんど知らず
ほんの一部の華やかな職業だけを理想として思い描いている
その元は、多くは親が教え、あるいは世間が教えて目指させるわけで
こうして世間の「勝組思想」は伝承されていくが
華やかなものの中にだけ幸せがあるとの短絡的な考えが
これからはもう通用しない時代が来るのではないか
わたしはそんな気がしている
というのも
ここ数年の間に起こった世界的な不況や相次ぐ災害、事件事故等によって
人々の不安感が大きくなっており
国を、社会を、そして人の心を動かしてきた「偉い人」が
実は「賢い人」とは限らないのだという現実に
人々は気づき始めていると思うのだ

少し目先を変えるだけで商品が売れる時代は去り
「若者の○○離れ」と叩けば何かが売れるわけでもないのは
テレビや新聞で人心をあおる報道がされても
インターネットが普及したために
人々がそれを簡単には信じなくなったこと
そして何よりも不況と就職難という現実の中で
みんなが冷静になったことも大きな要因であろう

日本がいつまでも豊かな国であり続けると信じた中高年世代ほど
想像を超えた現状にどう対処すればいいのか戸惑っており
だからといって今までと違う方法も思いつかず
古い時代の考え方も簡単には変えられないでいるように見える
今やたらと出てくる「ゆとり教育世代」への批判は
そのいらいらの矛先が若者に向けられたもののようにも思えるが
(マスコミがそのように仕向けているとの見方もあるらしいが)
これからの高齢化社会を少ない人数で支えてくれる彼らには
批判よりも励ましをおくりたいと
少なくともわたし自身はそう思っている
教育の場は決して学校だけではない
もし彼らに欠けた所が多いなら
育てた親の世代も欠けているということ
ならば共に責任を負って自らを正していくのが筋であろうと思うのだ

昔から人は肩書をもった「偉い人」を信用してきたが
今の時代に必要なのは
権威の上にあぐらをかいた「偉い人」よりも「賢い人」の知恵だろう
「本物」を求め、人々の見る目が厳しくなった今
節約のために節約グッズを買わせる類の商法のように
ただ目先のものをおいかけるやり方は
時代遅れになっていく

インターネットは
ウソやデマ、誹謗中傷が簡単に横行すると恐れられる反面
きれいごとではない本音や
さまざまな視点から物事を分析した結果を知ることができるので
ネット世代の若者ほど、
ひとつの考え方に固執しない柔らかさをもっているのではないかと思う

人はどこかに追い込まれるまでは
自分の信じた正しさから離れられないのだとすれば
すでに追い込まれつつある今こそ
正しさの基準が変わっていく「その時」かもしれない

昔から、変わることを好まない一部の年寄りによって
若者批判は続いてきたが
わたしの願いは
大人が何を間違ってきたのかをはっきりさせることにより
次世代が作る未来へ道をつけることだ
ひとつの時代が終わり
新しい時代が形作られるまでには
10年20年という単位の年数がかかる
その時の主役はもうわたしたちの世代(50代以上)ではない

世の中では多くの人が「子どもたちに残す未来」の心配をしている
しかし、未来の主役である子どもたち自身が
もっと自由に発想し
人間性や感性を磨いていくことができるように
まずは大人自身が
今までしばられてきた思想や価値観から自由になることが大切だと思う


(2012.9.2)



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