ボクとお酒と |
学生の頃、ボクらが「チープ酒」と呼んでいたウイスキーがある。どでかいビンに、さほどおいしくないウイスキーがたっぷりと入っていた。味も価格も入れ物もすべてが安っぽい。だから「チープ酒」と名付けた。 そんなチープ酒が、今日、立ち寄った酒屋の店頭に並べてあった。なんかすっごく懐かしくて、しばらくボトルを眺めていた。 でも、懐かしさに浸りながら、ふと、不気味な嘔吐感的なものが脳裏を横切るのを感じた。 ボクが生まれて初めて買ったお酒、それが「チープ酒」。 「チープ酒」を飲んでは吐いて、飲んでは吐いて。思えば、大学1年生の春は、そんな感じだったな。 やれやれ。 大学時代はある横着な運動部に入っていて、よく飲み会をしたものだ。先輩は広島の片田舎から出てきたボクを、それはそれは可愛がってくれた。 ビールを飲み干すたびに、先輩はボクをタイムマシンに乗せてくれ、5分前の世界に連れて行ってくれた。気がつくとさっき飲んだはずのビールがまた目の前にあって、仕方なくまた飲んで、それからまたタイムマシーン。そんな感じで先輩は、おいしいビールを何杯も何杯も飲ませてくれた。 そんな思いやりのこもったビールを、ボクは何度も何度も吐いた。でも吐いてもまた飲ませてくれた。 もともと横着なチームだったから、大学2年も終わる頃は、活動なんて一切しなくなっていた。飲み会もすっかりなくなった。 でもボクはある文化系のサークルに入っていたから、そこでまたじっくり飲んだ。学年が上がるにつれ、自分のペースで酒を味わうことができて嬉しかった。これが先輩の特権なんだって思った。 一人暮らしの家にも、近所で買い揃えたお酒がたくさんあって、友達を呼んでよく飲んだ。「このカッツを先に開けた方がタダな!」なんてお酒のレシートを前に目を血走らせ、一気飲みした。でも、その結果よく吐いた。 自分の部屋で人に吐かれるのはすごく嫌なものだった。せめて流せよって、いつも思った。 夏休みに軽井沢の酒屋に住み込みでアルバイトした。業務は酒の配達。ペンションやホテルや個人宅に、注文のお酒を届ける仕事。 ボクの届けるお酒を、お客さんが本当に嬉しそうに受け取ってくれることがすごく嬉しかった。待ち遠しかったんだろう。 仕事が終わった後、時々、店長さんが、お酒の講釈付きで世界各国のビールをプレゼントしてくれた。店長と飲んだお酒はすごくおいしかったな。 そんな感じでいつしか就職してしまったボクだが、職場には、ビール好きな先輩が何人もいて、1年目は、とんでもないくらいおごってくれた。意地でも払おうとするボクに、「それは、いつか出来る君の後輩に払ってあげな。」なんて突っぱねられた。 「かっこいいじゃないか。」って素直に思った。 「ごっちです!」なんて言いながら。 最初は可愛げのあったボクだが、次第にほとんど気にしなくなった。 仕事が終わってから、飲むのは楽しいし、ストレス解消にもなった。それまでは、ウイスキーとか日本酒とかワインばかりだったのだけど、就職してからよく生ビールを飲むようになった。 就職して、社会人にはいろんな飲み会があるんだってことを知った。歓送迎会とか、忘年会とか。かしこまったり、みんなでいそいそと動き回って、ついでまわったりする飲み会。かしこまってるくせに最後には、乱れる飲み会。仕事で初めて会う人と名刺交換しながら飲んだりする飲み会もあるし、レセプションとかの人脈を広げるための飲み会もある。 いろんな飲み会を経験するたびに、学生時代の飲み会って、結構楽しかったなと思ったりする。 まあ、とにかくよく飲んだもんだ。おいしかった。 「チープ酒」を久しぶりに見たせいか、酒に対して、感傷的になる。 話は戻るが「チープ酒」、あの酒は本当にまずかった。 だけど、あのお酒から始まり、なんだかんだ言って、ボクはお酒好きになったような気がする。 しつこいが、ボクが生まれて初めて買ったお酒、それが「チープ酒」。 あんなにおいしくないお酒だったのだけど、あのお酒がボクの原点なんだ。 ちなみに、あのお酒の本当の名称は「Custom」という。 きっと「伝統」とかそういう意味なのだろうけど。 ボクは、つい、「習慣」と訳してしまう。 なんだか、まずいくせに、うまいお酒だって思う。 |