今回も雅號の由来の続編を書きます。
ペンネームを多く使ったといえば、たとえば森鴎外(本名林太郎)。「観潮樓主人」「相澤謙吉」「千八」
「おうぐあい」「歸休庵」「腰辯當」「鐘禮舎」「森隠流」など実に多くの名前を使い分けていた。
また、文筆活動わずか五年程の北村透谷(門太郎)でも、「眼叟子」「すきや」「脱蝉子」「電影窟主人」
「ほととぎす」などを使っていた。
◎ 田山花袋君
十八九の頃、何か好い號が無いかといろいろの本をさがすと、ある俳諧の本に花袋といふ字があった。
花袋とは何の意味だかしらぬが字面が面白い、花を入れた袋だらう位に思って、つかって居ると、ある日
友人が来て、君の號は可笑しい、花袋とは一体何だと思ってるといふ。で、花袋とは若い女の匂ひ袋だと
いふことが解った。成程匂ひ袋は余り感心しない。何か別に取換へやうと思って居たが、姓と號とがしっ
くり合って字面も好いし、書きよくもある。それに其時もう都の花に小説を書いて其號で出して置いたの
で、變へるのが何だか惜しいやうな気がした。それから花袋は熟字を成さん、花嚢に改めたら好からうと
云って呉れた老人もあった。けれど嚢の字がくずすに難しいので、全然今の號で通してきた。
成程名詮自稱!それで少女小説、アクガレ小説ニキビ小説を書いたんだなどとの冷評は御免蒙る。
◎ 佐藤紅緑君
紅緑といふ號は、何の理由あるにあらず。これは故子規先生に就て、始めて俳句を學びし時、先生が
僕の本名洽六と語呂同じければ、紅緑がよかるべしと、號を給はりしなり。花紅柳緑などと、決して
浮いた考へには無之候。但し、先生は常にコウリョクと言ひ居れり。僕も其のつもりなりしも、近頃は
コウロクと呼ぶ人多し。不本意の事なり。
◎ 小山内薫君
小生には雅號無之候。以前は「なでしこ」などと云ふ女らしき雅號を用ひたる事もあれど、現今は全く
用ひず候。又、以前は匿名に隠れて、批評の筆を執り候事も御座候なれど、現今は如何なるものにも
本姓本名を記さざるもの無之候。
◎ 尾上柴舟君
小生のには、何の意味もこれなく、ただ、高等學校在學の時、一寸本名では都合あしきことも出来いたし
候故、かりに用ひしが、そのままになりしにて候。音にても訓にても讀む人の好みにまかせ申し候ひき。
しかし、今は音の方、よきやうに思はれ候につき、自分にも、左様となへをり候。御一笑。
◎ 窪田空穂君
何といふ程の事も候はず、人真似に、雑誌に和歌の原稿を出し始めし頃、本名を書くも變に思ひて、かりそ
めに附けしものに候。唯、字が氣に入ったと申すばかり、實は意味もよく存ぜず、後になりて、辭書を引く
など致し候、其儘にて、唯今まで参り候。
◎ 河井醉茗君
私の雅號は、少年の時、好んで番茶をなまのまま、バリバリと食べた頃につけたのです。今は意味も、字義も
無くなりまして、只聲だけが残って居るのです。