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大手拓次小辞典

(7)

 

 ことばの自立        <拓次は「自然主義」的次元における散文的、写実的現実を捨て、散文を捨てて、彼

                に本来的詩人として、また、これも「自然主義」が内蔵していた「象徴主義」的理念

                を研ぎ出し、これを拠りどころとして、武器として、最も先鋭にことばを自立させて

                行くのである。詩におけることばの自立、これこそが明治、大正期の詩人たちの中に

                あって彼を最も際立たせる、彼の詩の特徴といわなければならない。・・・・ことば

                を、事物をさし示す手段としてでなく、ものそのものとして、存在として、生動させ、

                匂わせ、響かせた詩人が、彼をおいて投じあったであろうか>

                (原 子朗 「定本大手拓次研究」)  

  サマン           フランスの象徴派詩人。

                拓次がボードレールと並んで愛読し、強い影響を受けた詩人。

                萩原朔太郎は拓次に宛てた書簡(大正五年十二月二十六日)の中で、

               『・・・。貴兄はボドレエルが好きだと言はれるが、小生の見るところでは兄の詩の香

                気はボドレエルよりむしろサマンに近いものがありはしないか・・・』と書き送って

                いる。

  サラリーマン生活      拓次は大正五年六月、ライオン歯磨本舗広告部に就職。広告文案を作る仕事を主に以

                後十八年間彼がその死を迎えるまで勤めた。

                <今も昔も詩で食えるはずはない。根っからの詩人は小説家になれるはずもない。一

                にも二にも生活のためであった。(中略)詩集を続々と出版したいという夢を語りな

                がらも、彼には会社をやめる勇気はなかった。いざ生活を考えると会社をやめるわけ

                にはいかない。が普通のサラリーマンと違うところは、二十年近くの無味乾燥な会社

                勤めをひたすら詩を書くことで耐え続けたという点だろう>

                (原 子朗 「定本大手拓次研究」)

  散文詩           <全集収録作品中、散文詩は四十七篇であるが全集の頁数にして約百四十頁分のボリ

                ュームにのぼる。ということは、かなり長い作品が多いということである。大正二年  

                一月号『近代風景』に発表した

                「ほのほのくらがりに此一隊はすぎゆく」の十二頁いっぱいの長さをはじめとして、

                五頁以上のものも少なくない。(中略)彼の口語詩の圧倒的な短詩的傾向からいうこ

                とから考えると、その息の長さにおいて意外の感を私たちはもつ。(中略)息の長さ

                は行文の長さという形式にとどまらない。濃密なイメージの豊かさ、その展開と転換

                の自由さ、そしてことばの重たさは、初期、つまり吉川惣一郎時代の、すでに述べた

                口語詩の特徴に通じるが、散文詩の場合そうした傾向は初期のものだけでなく、昭和

                期、つまり後期の作品についてもいえる>

  朱欒(ザンボア)      北原白秋主宰の雑誌。

                明治四十四年十一月創刊、大正二年五月終刊。全十九冊。

                寄稿者には、上田敏、蒲原有明、永井荷風、内田魯庵、与謝野晶子・寛、石井柏亭、    

                高村光太郎、木下杢太郎、吉井勇、三木露風など非常に多彩であり、当時まだ文壇的

                な位置を定めていなかった里見、志賀直哉、斎藤茂吉なども登場している。さらにこ

                の雑誌において室生犀星、萩原朔太郎、大手拓次、山村暮鳥らが北原白秋の推挙によ

                って詩人としての出発をとげた。

                拓次は明治四十五年(大正元年)十二月、吉川惣一郎の筆名で「藍色の蟇」「慰安」

                の二篇を発表、以後も寄稿をつづけた。

                * 「大手拓次年次別作品・掲載誌一覧」

  色彩語彙          拓次の全詩篇中、題名に色彩語彙が使われているのは百七十三篇百七十四回(一篇に

                は二つの語彙が使われている)である。

                これを見ると「青」系統と「白」系統だけで全体の七十パーセントにあたる百二十二

                回使われており、暖色系の「赤」「黄」系統はわずか二十五回である。

                色彩を表わす語彙として、漢字、かな書きを含め全部で六十四種類という多彩さでも

                ある。

                          <分類

              
(青系統) あをい 12回 青い 11回 10回 あをき 8回 あをざめた 4回
水色 3回 藍色 3回 青き 2回 あを 1回 あをくさ色 1回 青白い 1回
ほのあをき 1回 青青 1回 あをさ 1回 あをじろい 1回 空色 1回 そらいろ 1回
青色 1回 (白系統) 白い 29回 しろき 9回 しろい 8回
6回 白き 4回 白く 1回 ほのじろく 1回 白色 1回
(赤系統) 紅い    2回 くちなし色 2回 赤い 2回 肉色 1回 べに 1回
1回 紅き 1回 孔雀色 1回 桃色 1回 肌色 1回 1回
(黒系統) 黒い 6回 4回 くろい 1回 真黒な 1回 くろんぼ 1回
(黄系統) 黄色い 10回 黄色き 1回
(金・銀) 黄金 5回 銀色 4回 2回 金色 1回 白銀色 1回


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