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大手拓次小辞典

(17)

     

  ボ−ドレ−ル       シャルルーピエール・ボードレール。1821〜1867

               フランスサンボリズムの代表的詩人。

               明治四十四年入手したボードレール「悪の華」は終生拓次の教師であり、配偶者であり

               ついには分かち得ない自分自身となって彼の手元から離れることはなかった。

                

               <明治四十三年、ボードレールの「悪の華」の原書を入手するにおよんで、彼のボード

               レールならびに象徴主義への傾倒は決定的なものとなる。同時に入手したフランスの

               「現代詩華」二巻とともに「悪の華」は彼の座右枕頭の書となり、その影響は生涯に及

               んだ。当時彼の試みたボードレール訳は、フランス語から直接の本邦初訳に擬せられも

               のも多いが、(中略)その参入の深さはこんにちから見てもおどろくべきものがある>

               (日本近代文学大事典 大手拓次の項(原 子朗)より)

               <拓次が幻惑され、魅きつけられたのは、単に「悪の華」一巻のもと幻想的、幻覚的、

               呪文的なことばの美しさというより、幻想や幻覚によって「事物が姿を変え」、自然も

               変型されて一種の超自然として、独自の現実としてそこに存在させられている。

               その幻想の強さ、迫力、その実在感に対してであった>

               (原 子朗 「定本大手拓次研究」)

               * 悪の華、卒業論文、私の象徴詩論の各項を参照

                     「悪の華」の詩人へ    大手拓次

                        () 

             ボオドレエルよ、

               わたしはEmile de Royのかいたおまへの畫をみてはあこがれてゐた。

               白茶色のかりとぢのLes fleurs du malをかたときもはなしたことはない。

               さうして酒のみが酒をのむやうに、

               また男がうつくしい女のからだをいだくやうに、      

               おまへの思慕をむさぼりくっている。

               はてはつれづれのあまりに、

               紙のにほひをかぎしめて思ひをやり、

               ひとつひとつ活字の星からでる光をあぢはふ。

               夜ねむるときLes fleurs du malと字引とはいつもわたしのふぃところに

               はひってゐる。

               (氈A。は略)

               <どちらかといえば俗受けをねらって編集された流布本「詩日記と手紙」に引かれる

               だけあって、この詩はわかりやすいが、出来ばえとしては情におぼれていて大したこ

               とはない。しかしボードレールへの彼の多年の傾倒ぶりをうかがわせるには充分であ

               る>

               (原 子朗 「定本大手拓次研究」)

               <初期の詩の落想のなかには、異端的なボオドレエル風なものが感じられはするけれ

               ども、全巻を通読するならば、ボオドレエル的な反逆異端の分子は決してその詩の主

               調をなすものではなく、むしろ反対の浪漫抒情のプラトニックな夢の飽くなき追求に

               あったとみるべきであろう。悩ましい性の憂鬱をエロチシズムの香気に包み、妖しい

               ばかりの夢幻の香華をたち騰らせている>

               (小森 盛・宮崎 稔共編 「大手拓次詩集」あとがき  創元選書)

               <「全集」第四巻所収の訳詩九十二編中、ボードレールは二十六篇で、いうまでもな

               く最も多い。その他としてはデーメル八篇、モークレール五篇、リリエンクローン四

               篇などとなっている。(略)もとより拓次は翻訳家や研究者でもなく、それを志した

               わけでもない。根っからの実作者、詩人であり、それゆえにフランスの詩に眩惑され

               た、というよりフランスの詩によって詩人としての自己を発見したのである。そして、

               フランス現代詩の源流たるボードレールにただちに参入して、いうならばボードレー

               ルを「他者」としてでなく、主観的にせよ自己自身として、みごとに拡大され理想化

               された自分として、対い合っているのである。彼のボードレ−ル耽溺にはそうしたナ

               ルシシックでフィクショナルな自己憧憬がある。それが彼の訳詩にはたらいているこ

               とを見のがしてはならない>

               (原 子朗 「定本大手拓次研究」)


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