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  乾 文雄さん 「合掌の意味」
                            2020年8月9日

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 みなさん、こんにちは。最初に三帰依文を皆さんと唱和したいと思います。

「人身(にんじん)受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く。この身今生(こんじょう)において度せずんば、さらにいずれの生(しょう)においてかこの身を度せん。大衆もろともに、至心に三宝に帰依し奉るべし。
自ら仏に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大道を体解して、無上意を発(おこ)さん。
自ら法に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、深く経蔵に入りて、智慧海のごとくならん。
自ら僧に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大衆を統理して、一切無碍ならん。
無上甚深微妙の法は、百千万劫にも遭遇(あいあ)うこと難し。我いま見聞し受持することを得たり。願わくは如来の真実義を解(げ)したてまつらん」

 滋賀県から参りました。湖南市という、琵琶湖の南にある小さな町ですが、そこにある正念寺の住職をしている乾と申します。昨年8月にお話をいただいたのですけど、一年前には新型コロナウイルスの流行でこんな状態になっているとは思ってもみませんでした。

 昔から「一寸先は闇」という言葉があります。人間の知恵はどれだけ頑張っても一寸先までしか照らせないという意味です。いろんなことが便利になり豊かになり、そして人間に知恵がついたように思われますけど、それでもちょっと先のことしかわからんということを教えられています。

 その証拠に、こんな息苦しい、心の安らぎから遠く離れた毎日を過ごさなければならないということは誰も考えていませんでした。そして今は、何が正解かわからない時代になっています。「こうしたらどうかな」、「こうした方がいいのではないか」と、みんながいろんな知恵を出しているのに、一向に心が安らぎません。

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 今、みなさんとともにいただいた「三帰依文」は、もとに「三帰依」というものがあります。仏法僧という三つの大事なものに帰依するという誓いです。帰依とは「道に迷ったらここに戻ったらいいよ」と、私はそういうふうにいただいています。道に迷ったら、何よりも本当に依りどころとなる三つのものがある。そこに帰ればいい。それが「三帰依」です。

 インドの古い言葉、パーリー語では、
ブッダン サラナン ガッチャーミ(私は仏陀に帰依します)
ダンマン サラナン ガッチャーミ(私は法に帰依します)
サンガン サラナン ガッチャーミ(私は僧伽に帰依します)
ですね。この「三帰依」から生まれたのが「三帰依文」です。

 作られたのは明治の時代だと伝えられます。大内青巒という、仏教学、主に禅を研究されていた方が東洋大学におられまして、「三帰依文」をお書きになったと、そういうふうに教えていただきました。ただし、できた当初はあまり広まらなかったようです。

 それなのに日本中に三帰依文が普及したのには、東京帝国大学の学生さんたちのお力があったそうです。当時の東京大学というのは、今も難しいですけどね、入るのが非常に難しかった。今の比じゃなかったそうです。聞いたところでは、当時の世界中の大学の難易度でいくと、ベスト8に入っていたらしいです。今は50番くらいだそうです。

 その「入るのが難しい」ということは、いろんな意味で難しいということです。それ相当の学力が求められた以外に、よっぽど恵まれていないと、大学では勉強させてもらえない、そんな時代でした。

 そんな時代に、許されて東京大学に集まった方々が、仏教青年会連盟という、いわゆるクラブ活動というかサークルを作り、「仏さんの話を聞こう」と言って、仏教学の先生方をお呼びしてお話を聞いていたそうです。お話の前に勤行をするわけですが、集まってくる学生さんは「うちは真言宗や」「日蓮宗や」「真宗や」とばらばらです。依りどころとする経典も違えば、作法も全部違うわけです。

 最初は当番に当たった人の宗派の勤行をしていたのですが、他の宗旨の者はわからんから黙ってなあかんわけですよ。そこで「最近、大内青巒さんがこんなものを作られたけど、どうですか」と言う人がいた。「三帰依文」にはですね、仏教にとって大事なことがぎゅっとまとめて詰まっている。「みんなでお経を勤める代わりにこれを読もうやないか」ということになって始まったと聞いております。

 なんでこんな話をしたかというと、この「三帰依文」が東京大学の学生さんによって受け入れられ、唱和され、そしてその方々が卒業すると日本中に散らばっていくのですが、そうやって広がっていったところに、私は非常に大きな意味があるなと、そういうふうに思うております。

 私の穿った見方も入りますけどもね、当時の選ばれし東京大学の学生さんというと、当然学力がある。知識もある。そして将来的にはいろんな地位や職に就くことになったでしょう。普段、会えないような人たちとつながりを深め、人間関係が非常に豊かになるかもしれない。といったふうに、いろんなことに恵まれていただろうと想像します。なのに、この人たちには共通点があった。それはみんな不安だったということです。

「これでええんやろか」という問いが生まれた。その問いが生まれた時に、学力や知識や地位や職や名声や財産や、そういったものが当てにならんと気づいたのです。「これではあかん」と気づいた人が、じゃあ何に頼るかです。人間、みんな何かに頼って生きています。みなさんもそうですよね。

 みなさん、生きていく上で何が一番大事ですか。「そら金やで」という人はそれでいいわけです。そういう宗教の信者なんですね。現金教というのです。「健康や」ということなら、健康教という宗教なわけです。「世の中、家族や」いうたら家族教です。私たち真宗門徒は念仏です。仏さんを念じて生きていく生活があるわけですよ。お金を念じるのでしたら、それがほんまの「念金生活」なんです。字は違いますけど。

 話を戻します。この不安はどうやったら安心に変わるのかというところで、仏さんの教えを求めた。そして、多くの人が気づいていく。お金や健康は大事ですよ。「お金は大事やない」と、そんなことを言っているのではありません。全部大事。ただし、こういったものは私の生活、私自身を彩ることはできます。人生や生活に幅を与え、彩を与える。そうしたことはできます。けれども、ここに立って生きていったらいいという土台にはなりえなかったのですね。

 健康に立って生きていた時、健康が崩れたら生きている意味が見えなくなる。「友人がすべてや」と思っていたのに、友人に裏切られたらもう生きていく土台がなくなってしまう。「財産があるから」言うてても、おおきな災害に出あったら、全て吹き飛ぶ。

 今言っている土台、これを「立脚地」といいます。清澤満之先生の言葉にありますね。私はここに立って生きていけばいいということです。何があろうが、私はここに立って生きればいい。そして、たとえふらついて倒れても受け止めてもらえる。立ち上がることができる。たとえ踏み外そうが、道をそれようが、迷ったら帰ることができる。それを立脚地という。だいたい、足元が不安定では、しっかりと前に進むことも、しんどい時に踏ん張ることも、上に飛び上がることもできません。

 お金や健康や学力や地位とか、こういったものは立脚地にはなりえないと気づかれたのでしょうね。そこで、立脚地と成り得るものを求めて、仏さんの話を一生懸命聞いていくことが始まった。そういうことがこの「三帰依文」の歴史の中にあるのかなと、そんなことを思うわけです。

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 私は京都にあります大谷中学高等学校という学校に勤めております。ですから、普段は中学1年生から高校3年生までの、なんとも若くて元気でというお子さん方と一緒におります。宗教の授業を担当していまして週に一回授業をしています。

 宗教という授業は宗教を学ぶ時間ではありません。宗教を勉強するのではない。宗教に学ぶ時間です。これはご法座でもそうですけど、仏さんの教えを学ぶ場ではなく、仏さんの教えに学ぶ場なのです。

 では何を学ぶのかといったら、自分を学ぶ。自分というものはわかっているようでわかっていないのですね。一番の原因は何かというと、目は顔の前の方に付いていますね。この目はね、私の外を見るのには便利なんですよ。でも、自分の目で自分を見ることができる人はいない。鼻の高い人は鼻の先が少し見えるそうですけどね。

 これは恐ろしいことですよ。私はみなさんに向かって立っていますから、みなさんの表情がわかります。でも、みなさんは今、自分がどんな顔をして座っているか知らないでしょ。朝、鏡を見たと言われるかもしれませんけどね、時間というのは残酷なものです。時間が立つと顔は変わってきます。

 教室で「授業風景を写真に撮らせて」と言うとね、女子高生によく怒られます。「やめて、先生。急に写真撮らんといて」と言われる。そうして、カバンから鏡を出して、こうやって一生懸命整えて、やっと「ええで」と言わはるんですね。

 ちょっと待てと。「写真撮るで」と言ったら、必死になって自分を繕うけど、写真を撮る前の自分はそれでよかったのかという話です。気にならないんですね、普段は。「これでよし」と思って生きているのです。ただ、「写真撮ると後に残る」と言わはる。それはかなわんので鏡を使う。

 「善導独明仏正意」と『正信偈』の真ん中あたりに出てきます、あの善導という方が、「そやな、お経に書いてある教えは、たとえてみたら鏡のようなもんや」(「経教(けいきょう)はこれをたとうるに、鏡のごとし」)と応えられた。仏さんの教えに出会うことで、自分では気づかなかった自分に出会わせてもらえる。そういうことを善導さんはおっしゃった。

 ですから、仏法に学ぶことは、その意味において、自分のことはわかっているつもりでも、実はわかっていなかったという気づきをいただくことが大事な、大事なことなんです。


 話があっち行ったり、こっち行ったりしますが、岩手県に住んでいる太田宣承という友人がいます。私より一回りほど若い、まだ45歳くらいですけどね。彼は岩手県沢内村といって、内陸のほうにあるお寺に住んでいます。東北で大きな地震があった時に、地元の人たちと協力して、もう次の日から救援物資を運んだり、いろんな支援活動をしたりと、一生懸命やっているお坊さんです。現場に立って、自分にできることは何かと考えて、物を運ぶだけでなく、例えば、遺体修復士の方と一緒に被災地を訪れたりする、そんな人です。彼がですね、お話を聞くときの作法が三つあると教えてくれたんです。

 一つ目は「期待をしない」。
これから話をする自分にとって、都合のいいことを言っているのではないかと思われるかもしれませんが、これは非常に大事なことです。仏さんの話を聞く時は期待をしない。なぜか。期待をするということはですね、自分の都合で聞いていくということなんですよ。だから、自分の都合に合えば、「いい話やったな」となる。自分の期待とは違う話やったら、「来んほうがよかった」となる。どこまでも、どこまでも私の都合というものを根っこに置いて話を聞いている。そうではなく、そういった私の期待という都合を置いて、まっさらな気持ちで話を聞きなさいということです。

 二つ目、「力を入れない」。
私、落語が好きなんですけどね。桂枝雀という、亡くなられましたけど、落語家さんがおられました。枝雀さんがある落語の枕の部分でこんな話をされていたんです。
「こないだ別の落語の席に行ったら、一番前に座っているおじさんが腕組んで、こちらをにらんではったんですわ」。

 この枕をなんべんも聞いていると、「こないだ」と言ってはりますけど、実はその時、眼の前にいるお客さんに向けて言っておられるんですね。だけど、面と向かって言うのはなんですから、「こないだこういうことがありましてね」と言うておられるんですが、実際に言いたい相手は眼の前に座っておられたみたいです。

「その人が腕をこう組んで、ギューッとにらんで、私の落語を聞いてくれはるんやけども、その顔にはこう書いてある。『どや、このわしを笑わせてみい』。でもそらもう無理ですやん」と枝雀さんはおっしゃる。「笑いたいと思って来ておられるんやったらよろしいで。『このわしを笑わせてみい』なんて、笑いたいのか笑いたくないのかわからん。そんな人を笑わすなんて絶対無理です」と。

 つまりは、水に漬物石つけても、いつまでたっても石に水は染み込みません。スポンジだったら、水はシューッと沁み込んでいきます。落語を聞く時は、心にシューッと入ってくれな、『あはは』と笑えない。こういうふうに枝雀さんはおっしゃるのです。

 ご法座も同じようなところがありまして、「このわしに響くような話をしてくれ」言われても、そんなもん入りません。そうではなくてね、隙間だらけで座る。隙間だらけやと、シュシュシュッと入って、「ああ、そういうことか」とうなずくことになる。隙間だらけでゆるゆるで座るということがすごく大事なんですね。

 三つ目。「持って帰ろうとしない」。これはほんとに耳が痛かったですね。何が言いたいかいうとね、「今、この場にいるこの私のために説かれている教え」である。それをこの私のために聞くのではなく、とりあえず持って帰って、例えば家にいる自分の思い通りにいかない家族に聞かせようとの思いで聞いたらあかんということです。

 5
 同じようなことが本願寺第8代の蓮如さんの時にありました。蓮如さんのご法座に、近くに住むおばあさんがお参りになられた。そしてご法座の後、おばあさんが蓮如さんにこう尋ねられた。

「お話を聞いたら、いつもええ話やったと思うて、お寺をあとにするんです。ところが、お寺の敷居をまたいだら、もう忘れとる。どうしたもんですか」。

 この話は蓮如さんの『御一代記聞書』にあるんですけど、私の近所の門徒さんが同じようなことを言われていました。お講が勤まって、おばあさんが「今日の話はうちの嫁のための話や。嫁に聞かさなあかん」と思って家に帰ったんです。嫁さんを呼んで、「ちょっとここへ座りなさい。今日な、お寺であんたのための話があったんや。今から話すから座りなさい」と言った。ようできたお嫁さんでね、家のことは一生懸命やるし、舅姑さんを大事にされているんです。けどね、おばあさんはなんか気にいらないのです。

 嫁さんが「そうですか。聞かせてください」と座られた。「あんな、今日お寺でな……、なんやったかいな。忘れた。ちょっと待って。えっとな。もう一回お寺に行って聞いてくるわ」と言って、お寺に戻って来られたんです。

 私に「ご縁さん、今日なんの話でしたっけ?」と聞かれるものですから、「どういうことですか?」と尋ねると、まあそういう話だったわけです。それで私が「ああ、そうかそうか。おばあさん、家まで持って帰ろうとしたから無理なんや。聞いた時に、ああそうやなあと思ったらそれでよろしいねんて。いつになるかわからないけど、何かのきっかけで思い出して、あれはこういうことやったんかと気づいたらそれでよろしいですやん」と話したのを覚えています。

 戻ります。おばあさんが蓮如さんに「ご法座の場では心に染み込むようなお話をありがたく思っても、一歩外に出たら忘れてしまいます。カゴで水を汲むようなものです」と言われた。カゴで水を汲んでも、すぐに漏れてしまって何も残りません。それに対して蓮如さんはどうおっしゃったか。「そのカゴを水につけおけ」と言われた。

 「あなたは、仏法のことは仏法のこと、世間のことは世間のことと分けて生きている。仏法を聞いて、これは役に立つと思ったら、それを世間へ持って帰ろうとするし、日常で何も困ってない時は仏法のことなど忘れて生きておる。そういう生き方をしておるから抜け落ちる。そうではなくて、水の中につけたカゴからは水が漏れるということがないように、仏法という水の中に私をザボンとつけて生きていきなさい」。こういう言い方をされています。つまり、生活と宗教が全く別物、バラバラになっているとおっしゃったわけです。

 生活があって、仏法がある。仏法があって、生活がある。浄土真宗における「行」というのは、念仏のことですが、そのまま生活のことでもあります。何も特別な修行をしなさいということではない。にもかかわらず、あなたは仏法と生活を分けているとおっしゃった。厳しいですね。

 そんなことがありますので、「期待をしない」「力を入れない」「持って帰ろうとしない」ということを頭に置いておいてください。

 6
 今日は合掌ということを考えてみたいと思います。みなさん、合掌の意味をお聞きになったことがあると思いますが、今日はお配りしているプリント(以下太字)を読みながら進めていきますのでごらんになってください。

① 私たちは法会の場において、ご本尊に向けて両手を合わせ、「合掌」することを大事な作法としています。しかし、この「合掌」は仏教のオリジナルの作法ではないようです。

 合掌はもともと仏教で始まった作法ではないのです。今から2500年ほど前に、今でいうインドにお釈迦様がお生まれになるのですが、当時から人に会うと、手を合わせて「ナマステー」という挨拶が交わされていました。今でもインドの人は「こんにちは」も「さようなら」も「おはよう」も「ナマステー」とおっしゃいます。

② インドの古い考えでは、象徴的に「右」は清浄(=清く美しい)を表し、「左」は不浄(=汚れている)を表しました。何も右手がきれいで左手がそうではないという意味ではありません。もしもこの中に左利きの人がいても気を悪くしないでください。

③ また、古代インドの言葉を語源とする英語を見てみると、「右」を表す〝right〟には「正しい」と言う意味があります。そして「左」を表す〝left〟には「あまり価値がない」という意味も残っています。もう一度言いますが、左利きの人がいても気を悪くしないでください。大事なことは「右が良くて左が良くない」ということではありません。そうではなくて、「私たちには清く澄んだ、つまりいい所である清浄な面もあれば、少し汚れているような、もっというと、ずるくて情けなくなるような、恥ずかしくて人には見せられないような不浄の面の両方が、みんなに備わっている」ということなのです。

 たとえばですよ、私たちには「私を見るならこういうところを見てね」という、見てもらいたいと思えるだけのいい所があります。逆に、「ここはバレたらたまらん」という都合の悪いところも兼ね備えています。人には善と悪の両方があるわけです。

 わかりやすくいったら、アンパンマンとバイキンマンですね、どっちもが私たちの中にいるわけです。同居しているのです。ですから、右手がきれいで左手が汚いということではなく、自分の中にはいいところも悪いところも両方あるということです。
④ そして、普段の私たちは自分のいい所を全面に出し、駄目なところはできるだけ隠して人と接しているということがないでしょうか。家族であっても、恋人同士であっても、同僚やご近所であっても、大事な出会いになればなるほど、いい人を演じ、見られたくないような所はひたすらごまかして生きるということがないでしょうか。そして、自分を演じることに、また、人と関わることに疲れていたりしませんか。または逆に、縁さえ整えば、文句と愚痴が止まらない私に出会うことがありませんか。他人に対する嫌味や悪口、嫉妬や蔑みの言葉が次から次へと出てくる。そんな私がいたりしませんか。

 私は息子が三人と嫁が一人、まあ嫁は一人ですけどね、います。嫁と出会ったころはやっぱり自分のええとこしか見せませんでしたね。自分のダメなところは見せないように、見せないようにしていました。

 しかし、結婚して20年ほど経ちますけどね、だんだんとお互いにあかんとこも見せ合うようになってくるわけです。そんなええかっこうをいつまでもして、本当の自分をごまかしていては、生活を共にするということができません。「あんた、そんな一面あったの」と言われるようなことが続き、だんだんと気にすることもなく、あかんところも見せ合う関係になっていくんです。

 だけど、私たちはええところばっかり見せようとしているんですよ。ばれない内は。ご近所でもそうでしょ。どうしても自分のいいところを見せて関係を保つ。悪いところは見られたら困るから、自分の評価が下がるから、できるだけ隠して生きておるということがあるんですね。それは私たちみんなが抱えている問題ではないでしょうか。
⑤ 「合掌」は「私の中にあるいい所も駄目なところも全てを一つにして、素の私、そのままの私になって、目の前にいるあなたに出会っていきます」という意味なのです。だから、「合掌」と言われて素直に手が合わさらない人は、無意識のうちにその行為に込められた意味に気づいているのかもしれません。

 若かろうが歳を取っていようが、合掌するのにためらいを感じる方がおられるとしたら、その方はもう合掌に込められた意味を、気付かない内に感じ取っておられるのだと思うんですね。つまり、「そんな素直になれるかい」いうことです。格好をつけている自分が前に出てくると、手が合わさらない。でも、ごくごく親しい方が亡くなってお葬式行ったら、どんな人も必ず手を合わせておられます。お墓に参って「ありがとう」と言う時もそうですよ。私たちの思いとか都合とかが吹っ飛んだ時に手が合わさるのでしょうね。

⑥ 「ナマステー」という挨拶は今でも続く生きた挨拶です。わかりやすくその意味をたずねると、「ナマス」は「尊敬する」という意味で、「テー」は「あなたを、あなたに対して」という意味になります。ですから、「私はあなたを大事な存在として頭を下げて出会っていきます」という意味になります。そして「合掌」することで「私は見栄を張ることも、いいかっこうをすることも、自分をごまかすこともせず、大事なあなたに頭を下げて、きちんと出会っていく準備が整いました」とう意味になるのでしょう。

 「ナマ(ス)」を漢字で書いたら「南無」です。心から尊敬し、頭を下げるというのが南無の意味です。「テ-」は、目の前にいる「あなた」ということです。ですから「目の前にいるあなたに頭を下げて出会っていきます」というのが、「ナマステー」という言葉の意味なんですね。私もその一人ですが、頭を下げ出会うということがなかなかできないんです。

⑦ 「合掌」にはこのような意味があるからこそ、大事な作法として今に受け継がれているのです。そして、「合掌」で始まる法要や仏事は「いい人になる」ための時間でも、「亡き人に祈りを捧げる」場でもなく、「ありのままの本当の私に出会い、その私を受け止めていく」という大事な教えに出会う場なのです。

 今まさに私の手が合わさるということは、大事な、大事な伝統の中で、私たちの都合や思いを超えて成り立っているのですね。

 7
 では、手を合わせておる先におられる方はご存知ですよね。阿弥陀という方です。みなさん、阿弥陀さんはどういうポーズされていますか。同じ阿弥陀さんでも、いろんなポーズをしている仏像があります。私たち真宗門徒の本尊である阿弥陀さんは、少し前かがみに立った状態で右手を上に、左手を下にし、どっちも手のひらを前に向けて、親指と人差し指で丸を作ったような形をされています。摂取不捨印といいます。

 なんでこんな格好しておられるのか。いろんな説ありますけどね、岐阜の三島多聞という先生にお聞きしたことですが、仏さんが大事なこと気づいて、「みんな、これ受け取ってや。はよう気づいてや」と言っておられるのだそうです。

 インドでも中国でも日本でも、大事なものをお届けする時は必ず布に包む。風呂敷の文化です。お中元やお歳暮を渡す時、包んだまま渡しませんよね。玄関で「ちょっと待っておくれ」と言って、風呂敷ほどいて、「つまらないものですが」と心にもないセリフとともに渡すわけですよね。

 阿弥陀さんはそのポーズをしておられるんです。つまり、大事なことに気づいて、それを大事に布で包んであるんです。そして蝶々結びの端と端をつまんで広げて、「はい、受け取ってや」と言って差し出しておられる。そして、「ここにあるから、受け取ってや」と前のめりになっておられる。

 それに対して、私たちも「おおきに。いただきます」と言って手を合わす。それで呼びかけと応答ができているんです。呼応の関係ですね。「どうぞ」と言っておられるのを、「間に合っています」と断ることもできるんですよ。手を合わすというのは、「ありがとうございます」と言って、受け取っているということなんですね。

 では、気づいてほしいと願っておられる大事なことって何かということです。三具足といって、みなさんのお宅のお内仏(仏壇)でも、お花とお香とろうそくをお供えしますでしょ。これも三島多聞先生に教えていただいたのですが、「お花とお香とお光、この三つが阿弥陀仏のはたらきを表している」とおっしゃいます。これは私たちの先輩方から受け継いで伝えられてきたことです。

 お花。色も形も背丈も大きさもすべて違うものが一つところで生活しているということ。これを清浄の世界といいます。背の高いのも低いのも、色の違うのもある。私たちは、見た目が違うとすぐに「お前はあっちいけ」といい、仲間だと思えたら「こっち来い」となるんです。だけど、見た目や考え方といった違いを超えて、一つところで生活できる世界、「清浄」な世界がある。それを花で表すのですね。

 お香。みんな、知らない内に気を出して生きています。だから、「あの人怒っているな」とか「この人なんかイライラしているな」とか「うれしそうやな」とか、しゃべらんでもわかることありますね。気を出しているからわかるんですね。

 香がたかれて煙が出る。あれは喜びを表しているのだそうです。だからみなさん、お焼香する時はね、辛気臭そうにしたらあきません。「どうにかこうにか今日も参らせてもらうことできた。問題は多いけれども生かさせてもらっている」と喜んで、お焼香をする必要があります。喜んで生きる。それを「歓喜」といいます。

 お光は「智慧」。「道に迷ったらこちらを目指しなさい」ということです。闇に包まれて、どっち行ったらいいかわからんという時に、光があれば「こっちを向いたらええんや」とわかる。

 それで『正信偈』には十二光といって、12の光、阿弥陀のはたらきが出てきます。その中に「清浄歓喜智慧光」とありますね。清浄と歓喜と智慧というのは阿弥陀仏のはたらきなんです。

 私たちは生きていく上で仏さんから問いかけられています。違いを超えて仲良うできていますか。文句や愚痴ばっかりで、喜んで生きることを忘れていませんか。あなたが頼りになると思っているものは本当に頼りになるんですか。そういう問いかけがそこにあるわけです。そして、「気づいてや」とずっと呼びかけていただいている。

 8
 ではその仏さんの大事な教え、仏教の大事なところはどういうものなのか。お釈迦さんがお生まれになったときの伝説をもとに話をさせていただきます。プリント(以下太字)をごらんください。一緒に読んでいきたいと思います。

① 今から2500年ほど前に、今でいうインドにあった釈迦族の王子としてゴータマ・シッダールタという名の男の子が生まれました。経典の伝えるところによると、その男の子は生まれるとすぐに七歩あるき、「天上天下唯我独尊」と叫ばれたといいます。

 これは伝説として伝わることです。みなさん、お聞きになってどうですかね。生まれてすぐ立って七歩歩いたということ、どう思われますか。他にもね、甘い雨が降ったそうです。甘露の雨。べとべとになりますなあ。それから、大地が震えた。しかも、お母さんの右脇から生まれた。これらを中学生、高校生と話をすると非常に楽しくてね、「そんなあほな」となるんですね。

 私、お寺に生まれたんですけどね、実は寺が嫌で飛び出したんです。お寺に生まれたことを全く喜べなかったんですよ。姉・姉・姉・私でね、異常な期待がありまして。高校を出たら、「寺はいやや。出る」言うたんです。姉が協力的で、遠方の大学に入りました。それからさらにまた逃げましてね、スペインというヨーロッパの国まで逃げたんです。一年くらいして、やっぱり帰ろうと思って日本に戻ってきました。といっても、家に戻らずにね、東京で外国の方に日本語を教える仕事をやっておりました。

 ところが、あることがきっかけで、仏さんの勉強をしたいなと思ったのが30歳過ぎです。京都にあります大谷大学に入りました。授業で、お釈迦さんが生まれた時の伝説についての話がありまして、私、青かったんですね。授業が終わって、先生に「質問があります。脇から生まれたとか、赤ん坊が光っていたとか、歩いてすぐ天上天下唯我独尊と叫んだとか、そんなうそのようなことを言っているから仏教はだめなんです」と、偉そうなことを言ったんです。今思うとぞっとします。よくそんなこと言えたなと思います。

 その時の先生がすごかった。「ああ、そうなんですか」と言い、続けて「あなた、もう引っかかっているじゃないですか」と言われたので、「えっ?」と言ったら、「ここにある伝説が事実かどうかは実はたいしたことではないのです。大事なことを伝えるために、わざとこういうことが書いてあるわけです。後々の人が『え、ほんまかいな』と引っかかるでしょ。『それ、どういうこと?』となるでしょ。現に今あなた、まんまと引っかかっているではないですか」と言われました。

 そして、「ゴータマ・シッダールタという子供が生まれた。そのことを広く永く伝えたいという知恵がこの物語にあるんです。すべての言い伝えには意味がありますから、一緒に学んでいきましょう」と、こういうふうにおっしゃった。私は本当か嘘かばっかり気にしていたんですけど、そこにある大事な意味に目を向けなさいということを教えられました。

 当然、生まれたての赤ん坊が「天上天下唯我独尊」という言葉を口にしたりすることはないわけです。でも、ここに仏教の基本的な願いといいますか、教えの核心があるといただいております。

② 「天上天下」は、「この世において」ということです。また、「唯我」というのは、「誰とも代わることのできない唯一の存在である私」という意味です。そして「独尊」は「私一人が尊い」という意味でも「私が一番尊い」という意味でもありません。「私は生まれながらにして、何も付け足すことなく尊い存在なのです」ということです。その尊い存在として、私たちみんながこの世に存在しているのです。仏教の最も大事な教えの一つです。

 地球ができておよそ46億年経っているそうです。人類が誕生してまだ20万年ということです。最近ですね。その人類の歴史の中でね、みなさんは今の私として以外は、今まで一回も生まれてきたことはありません。亡くなってから、いつかまた生まれてくるかというと、もう私は生まれてきません。だから、この地球が100億年続こうとも、もう私は誕生しないんです。一回こっきりです。そう意味が「唯我」にあります。それほど尊い縁に恵まれて今の私がいるということです。

 そして「独尊」。よく間違えられますけど、唯我独尊は「世の中でわしが一番偉いんじゃ」という意味で使われることがあります。この「独」はね、「そのままで」という意味があるんです。つまり、何もつけ足さないということです。「あの人は偉い人や」とか「すごい人や」と言う時に、私たちは「何々ができる」とか「何々を持っている」とか、その人につけ足されたもので判断するんです。ところが、仏教で尊いということは、何かつけ足して尊いんじゃない、そのままで尊いということです。
 だから、ゴータマ・シッダールタという男の子が言った「天上天下唯我独尊」とは、「この世において他の誰とも変わることのできない唯一の存在である私は、何もつけ足すことなく、生まれながらにして尊い存在です」となります。そして、それは私だけではなく、みんなそうなのですとおっしゃった。

 だから、尊くない人は一人もいない。バカにされていい人も一人もいない。バカにしていい人もいない。みんな尊いというところから始まるんです。けれども私たちは、人間の知恵が邪魔していますから、自分の都合で尊いとか尊くないかを決めていく。そういうことがあるんですね。

③ また、七歩あるいたというのは、私たちが生きているうえで陥る迷いの世界である「六道」を、一歩超えたということを意味します。六道とはおよそ、次のような世界、迷っている私たちの在り方、姿のことです。
 七歩歩いたというのは、六道を超えたということです。六道というのは迷いの世界。私が死んでから行く世界というふうな、そういう考え方もありますけれども、生きている間に陥る、迷っている在り方のことです。

 1つ目、地獄。
・耐え難い苦しみの世界
・私が私であることに希望が持てない世界
・理解してくれる人も寄り添う人もいない世界
・お先真っ暗
・人間関係は崩壊している

 学校の授業で、「地獄と聞いて思い浮かべるものを一つずつ言っていこう」と質問すると、「針の山」「閻魔さん」「舌抜かれる」「鬼」「血の池地獄」と、どんどん出てきます。「受験地獄」「借金地獄」と言う子もおります。

 鬼とか閻魔さん、または血の池であるといった地獄に対する、私たちが持っているイメージの土台となっているものを残されたのは源信という方です。『正信偈』に「源信広開一代経」とある、あの源信さんです。平安時代のお坊さんで、『往生要集』という本をお書きになっています。そこでは地獄を明らかにされています。地獄を明らかにしたということは、私の抱えている問題が明らかになるということです。

 その書の中で源信さんがおっしゃった地獄の定義は、「我いま帰する所なく 孤独にして同伴なし」、つまり「地獄は帰るところもなければ同伴者もいない」ということです。安心できる居場所と本当の理解者がいないということです。みなさん、今日帰るところありますか。ありますね。よかったですね。

 あほみたいな話に聞こえるかもしれませんけど、「お寺行ってくるわ」と言って帰るところなかったら、誰がお寺に来ます? 旅行が楽しいのは、家に帰ってきて「家が一番ええわ」とホッとすることでしょ。ほな、行かんでもええのにと思いますけども、そういうことなんです。

 帰るところがあるということほど生きていく上で安心できることはない。つまり、安心できる居場所があるということです。みなさんの家はどうですかね。安心できる居場所になっていますか。自分だけじゃなく、家族みんなにとって安心できる居場所になっていますかね。

 私の同僚で、「うちで安心できる居場所はトイレだけだ」と言っている人がいますけどね。そうなってくると、「家に帰りたくない」と言って、いつまでも残業したりするのです。帰るところが安心していられる場所になってない。それを地獄というのです。

 同伴者。いろいろと問題は尽きないけれども、一緒にやっていこうと言ってくれる人がいる。もっというと、私のことを本当に理解してくれる人ということです。

 学校に勤めていると、いじめは非常に大きな問題です。いじめは単純なんです。何かというと、隣の子を地獄に堕とすことです。その子の居場所を奪うことです。何々ちゃんと一緒にいたら楽しいと思っていた、その関係を切りまくることです。完全に孤独にさせる、孤立させる。

 ということは、私たちは隣にいる人を簡単に地獄に堕とすことができる存在なんです。「あっちに行け」と言ったらいい。それで相手は地獄に堕ちます。今までここにいてもいいと思っていた。わかってくれていると思っていた。それなのに「こっちに来んといて」と言われる。言われた人の前に広がる世界を地獄といいます。

 宮城顗という先生の本にあったのですが、地獄の獄という字の左にあるけもの編は犬を表し、右にも犬がありますから、犬と犬が終わりのない言い争いをしている。そういう世界を地獄という。だからね、夫婦ゲンカはほどほどにせなあかんのですよ。子供が「ただいま」と帰ってきたら、「あんたはいつもほんまに……」「そんなこと言うてるお前も……」と、こうなっていたらね、子供にはそこがもう地獄なんですよ。親は気づかない。当たり前のようにケンカしている。つまり、子供に地獄を見せているわけです。子供はそっと自分の部屋に行って、「ご飯やで」言われても、部屋から出てこない。だって地獄ですもん。オトンとオカンが睨みあっているから。

 自分のことだけ考えていたら、「なにが悪いの。夫婦なんだからケンカぐらいするわ」ということですけど。学校に勤めていると、家に帰りたくないという子供が増えてきたのを感じます。親だけの問題じゃないんですね。

 また、私が私であることに希望が持てないということは、違う私を演じて生きるしかない世界です。自分であることに安心できないということです。

 隣にいる人を簡単に地獄に堕とすことができる。もっというと、私もまた簡単に地獄に堕ちる。そんな私たちだからこそ、仏教があるんです。迷いの世界に堕ちても、「帰っといでや」という、その帰るところがあるという教えが仏教です。

 次が餓鬼です。餓鬼をわかりやすくいうと、いくら食べてもお腹がいっぱいにならないということです。どれだけ与えられても決して満たされない在り方のことです。
・常に飢えと渇きに苦しむ世界
・欲望が尽きず、決して満足が得られない世界
・自分のことで精いっぱいのあり方
・人間関係は利害関係でしかない

 たとえ天からお金が降って来ても、満たされない人は満たされないという例えがお経に出てきますが、欲しい物をどれだけ手に入れても、「もっと、もっと」となるだけで、「これでよし。もう十分だ」と言えない生き方のことです。

 また、餓鬼道に堕ちこむと、周りにいる人を役に立つか立たないか、損か得かだけで見ていく人間関係が生じてきます。元帯広大谷大学の学長をされていた中川皓三郎先生が「人間関係は本来、信頼関係だ。それが利害関係となって、人間は行き詰る」とおっしゃいました。考えが違おうが、気に入らないところがあろうが、お互いを信頼して成り立つ、それが人間関係です。ところが、いつの間にか人間関係イコール利害関係、あいつは役に立つ、あいつは役に立たないというふうになってきた。こうなったらもめますよ。ほんとに満たされたと思っても長持ちしない。

 三番目が畜生。
・真の自立ができないあり方
・自分の選択・判断・行動に責任が持てない
・本能だけで生きている
・人間関係は依存でしかない

 畜生というのは、「何食べたい?」、「なんでもええ」。「今度の休みどこ行く?」、「どこでもええ。」ということです。主体的に物事を考え生きるということができなくなっていく在り方です。

 高校3年生に「進路どうするの」と尋ねると、「先生、どうしよう。先生が決めて」と言われたことがあります。「いや、あんたの進路を僕が決められません」と言うと、「でも、どこでもええ。決めて。そこ行く」と言われました。

 これはまさに畜生です。残念ながら、ここ日本では自分で自分のことを決め、責任を持って選択し、結果を引き受けていく子供が育ちにくくなっているのかもしれません。海外から来て教育に携わっている大人によく言われます。これは私たち大人が知っておかなければ駄目だなと思うのです。

 昔、ルソーという哲学者がね、「あなたの子供をどうしようもない子供にしたかったら簡単である。その子が望むものをすべて与えなさい。少し経ったら、見事にどうしようもない人間が完成します」てなことを言ってます。子どもが望むものをなんでも与えていたら畜生になっていく。大人もそうですね。でも、欲しものは欲しい。

 地獄・餓鬼・畜生の三つを三悪道、または三悪趣、三途と言います。地獄も餓鬼も畜生も、死んでからの世界じゃなくて、この世において生きながら陥っていくあり方のことです。

 高校生に「地獄・餓鬼・畜生の中で、自分にとって一番身近な世界はどれ」と聞くんです。さて、今どきの高校生、この三つのうち、どれを一番身近に感じている子どもが多いと思われますか。畜生です。10人いたら、7対2対1で畜生が一番多い。餓鬼が2、地獄は1です。地獄が少ないのはほっとするんですけどね。ただ、人前では言えないだけかもしれません。

 そして修羅。
・けんかばかりしている世界
・腹立ちや憎しみが消えない
・戦いを好み戦い続けるあり方

 もう腹が立って腹が立ってという、そして大きな声で文句を言ったり、手を挙げたり。そこに生きがいを求めてしまっているかのように、腹の虫がおさまらんわけです。それが修羅に落ちているということです。

 どこの在所にも必ずおられますよね。なにを言っても文句ばっかり言う人。なにを言って反対する人。この近くにはおられませんか。「うん、うん」とうなずいている人は、「そういう人がいるなあ」と思うと同時に、「私は違うけどね」という意味ですけどね。

 次の人(にん)とは私たちのことです。
・楽もあるが苦しみと悩みがなくならない世界
・四苦八苦の世界
・生き方に迷うあり方

 人間というのは悩ましいんですよ。人は悩むものだと教えてもらった時、私はほっとしたのを覚えています。「あっ、私は人間らしい人間なんや」と思ったんです。そのことを教えていただいた先生に相談した時に、「乾よ、人はな、ジャンプする時、一度深く沈み込むんや」と、こうおっしゃったんです。「このままでは高く飛べへんのや。だから、お前がしんどいとか、どうしようかと悩んでいるのは、今の自分を変えようとして準備しとるんや。だから、安心して落ち込みなさい」と言わはったんですよ。

 この言葉、最初は「そなアホな」と思うたんです。ようわからんかった。安心することと落ち込むことが並んでいることが、私にはどうしても理解できなかった。でも、その先生は「大丈夫や。あなたが六道に堕ちようと、必ず救い出される道があるんやから。今その時にしか見えないことを見なさい」とおっしゃった。先ほどの中川先生です。

 最後に天。
・何でも思い通りになるが、生きる張り合いがない世界
・人間の思いが満たされた世界でありながら、退屈と虚しさと所在なさに見舞われる

 今の子たちは天に共感する子もいます。一家に一台は車があり、自分の部屋を与えられ、各部屋にテレビがあり、エアコンがある。そんな社会、世界的に見て珍しいですよ。そういう恵まれた国に生まれて、豊かで便利で快適な生活をしていながら、「つまらん。つまらん」と言って生きている。それが天人。

 六道という悩みの世界、迷いの世界は、私たちとは関係のない世界でしょうか。そうではなくて、この私が本当にちょっとしたことがきっかけで落ち込んでいく世界のことですね。でも、そのことに気づかない。不都合が生じても「自分は間違っていない」と思い、誰かのせいにして生きていますから。その在り方に気づかせてもらう場として、お寺というのがあるのでしょうね。

 9
 最後に、一人の高校生が、人間関係で大事なことを教えられたと、授業で話してくれたことをまとめたものを読みます。

 ある女子高生が宗教の授業の感話で、みんなの前に出て話してくれたことである。
 彼女は地元の中学でいじめに会い、ほぼ全休のまま卒業した。周囲の環境と自分を変えるため受験勉強に励み、私立の高校に進んだ。高校ではいじめはなくなったものの、1年2年と、ほとんど友人と呼べる仲間もできず、楽しいと思える日はなかった。でも、意地でも休まなかった。あれほど変わりたいと思って親に無理を言って進学したから。でも、環境は変わっても自分は変わっていない。高3になる時、「私はこのままでいいのか」という思いを強く抱いた。「自分はどうしたいのか、何ができるのか」をよく考えた。そして、周りにいる同い年の仲間をよく観察し始めた。そして気付いた。浮いている、阻害されていると思い込んでいたが、実は声をかけてくれる仲間は多くいた。でも、耳をふさいでいたのは自分であったことに。私のことを誰も理解してくれない。そう思っていた。違った。私の方こそ、みんなを理解しようとしていなかった。私の話なんか誰も聞いてくれないと思い込んでいた。しかし、聞いていないのは私の方だった。

 その日から、近くで話す仲間の話を聞くようにした。会話に入らなくともそばで相槌を打ったり、少し笑ったりしていると話しかけてくれることが増えた。直接話しかけられると下を向いてしまうことがあったが、これじゃ元のまんまだと顔を上げた。言葉は出なかった。でも話を聞くようにした。すると「で、〇〇ちゃんはどうなの?」と聞かれることが増えた。少しずつ、少しずつ自分のことを話すことができるようになった。朝、教室に入る時「おはよう」と言えるようになった。「おはよう」とかえってきた。うれしかった。もうすぐ高校を卒業する。その前に大事なことに気づくことができた。

 どうしても人間関係が作れないと思っていた。それは私のせいじゃない、みんなのせいだと思っていた。でも違った。関係を築くのに大事なのは、人の話を聞くこと。そして、自分はどうなんだと考えること。その上で、相手を信頼して自分の考えや思うことを伝えていくこと。自分の意見を出すと、それに対してまた話してくれる友人がいた。それを聞いて、自分はどう思うかをまた考える。そして心を開く。その繰り返し。そうすることで、やっと、自分の事も相手のことも見えてくる。自分を開かずに相手に開かせようと思っても絶対無理。そんなことにやっと気づいた。でも卒業に間に合った。みんなありがとう。

 大事なことを彼女に教えてもらいました。私たちが教えに出会って生きていくということは、「きちんと聞き、聞いたことを元に自己を問い、問い得た自分を開いていく」という歩みです。その「聞・問・開」という循環の中で歩んでいくことが何よりも大切な生き方なのでしょう。

 長々と話をしました。お盆のご法座に出会わせていただくことができました。どうもご無礼をいたしました。
(2020年8月9日に行われました盆法会でのお話をまとめたものです)