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 松本 梶丸さん「信心は如来の眼(まなこ)」
                                     
 1995年6月27日

私は田舎(石川県松任市)の寺で暮らしています。皆さん方のような御門徒の方と毎日ふれあいながら、そうした方々に何よりも確かな念仏のあかしを教えられて、今日までまいりました。

親鸞聖人が誰よりも大事にされたのは、名もなき人々です。名もなきという言葉は語弊がありますが、肩書きとかにとらわれない名もなき民衆の上に、親鸞聖人は誰よりも確かな念仏に生きている人々の姿を拝んでいかれたのではなかろうかと感じています。

それは現代も同じではないでしょうか。念仏の教えを七百年の歴史を越えて生き生きと生活の中にいただき、多くの苦しみや悲しみを持ちながら、たくましく大地に根ざして歩んでおられるのは、やっぱり名もなき民衆なんですね。そうした人々のおかげで浄土真宗が今日まで伝統されてきたんだということを、私は身にしみて感じます。
だから、私は周囲におられる御門徒のおじいちゃん、おばあちゃんから教えられた世界、言葉を皆さん方にお伝えするしかありません。もし一言でもうなずいて下さる言葉があればうれしく思います。

『信心は如来の眼』というのは私の言葉ではありません。ある講義録の中に出ていた言葉をいただいたものです。もとの言葉は、
「信心は眼のごとし。故に智慧眼ともいう」
これは人間の眼のことではないなあ、と皆さんおわかりだと思います。

智慧とは如来様の智慧ですね。人間のチエなら知恵と書きます。皆さん方の頭の中に埋め込まれている知識を通した知恵です。善し悪しの分かる知恵です。わかっている、知っているという知恵です。 私達はふだん何を一番よりどころにして生きているかというと、如来の知恵をよりどころにして生きているわけでは決してありません。やはり何よりも確かなものは、善し悪しを知る人間の知恵ですね。これがなければ、世間を生きることもできないとも言えるかもしれません。けれども、人間の知恵がどれだけ優れていても、そこからそのものが知らされてくる、自分が見えてくる、ということはありません。

ある先生は信心のことを、
「この身に光があたる故に、この身を知らるるなり」
という言葉で表現されています。光とは仏の徳、はたらきのことです。

極楽寺様の御本尊は阿弥陀様です。皆さんのお内仏の御本尊も阿弥陀如来です。 

私はこの前あるお寺に行きました。そこでは子供会をやっているんです。住職が幼稚園から小学1~2年生ぐらい子どもに阿弥陀さんの絵を描かしたんですね。その絵が本堂にずらっと貼ってあるんです。大変おもしろかったですね。皆さんに阿弥陀さんの絵を描いて下さいといったら、どんな絵を描きますか。毎日おまいりをしていますから、阿弥陀さんの形は大体わかっていますね。おそらくそれと似かよった阿弥陀さんを描くと思います。ところが子どもの世界の広さはすごいですね。そんな類型的な、型のはまった阿弥陀さんは一つもありません。小錦のように太った阿弥陀さんもいれば、ひょろひょろっとした阿弥陀さんもいれば、自由奔放です。ところがどんな阿弥陀さんであっても、必ずどんな子どもも描きのがさなかったものが一つあるんです。何だと思いますか。仏様の後ろにある後光です。

阿弥陀さんの一番の特徴は後ろに光があることです。あの光を光明といいます。阿弥陀様の一番大事なはたらきをあらわします。はたらきというのわかりますか。

話があっちこっちに飛びますが、NHKで「春よ来い」という朝のドラマがありますね。この一つ前のドラマが「ピアノ」というドラマでした。どこかに真宗の香りを感じました。お念仏の大事な世界をふっとせりふの中に感じました。
「ピアノ」の最後の場面だと思います。ピアノという少女がミュージカルをするのに、うまくいかなくて悩んでいる場面です。そしたら、竹下景子扮する一番上のお姉さんが一番下の妹の向かってこんなことを言うんです。

人生にとって、人間にとって、悩むということはとても大切なんだ。しかし悩むというところに光に 出遇わなければ、悩むことが何の意味も持ってこない。この世の中で悩むということが一番人間にと って大切であるように、もう一つ大切なことは光に遇うことなんだ。ちょうどお仏壇の中の如来様の 光背(後光)のように、光のない人生は寂しい人生だ。

こういうことを言うんです。こういうことをNHKのドラマの中で言われて、私はびっくりしました。
光。これは本当に大事な言葉だと思います。親鸞聖人のお言葉の中で一番多い言葉は、光、あるいは光のついた言葉ではないかと思います。いっぱいあります。

光はどんなはたらきをしますか。暗いところを照らすのが光ですね。私達は真っ暗闇では、暗いことにも気がつきません。光に出遇うた時に始めて、ああ暗かったなあと気がつくんです。光に出遇わない間は、闇に気がつかないですね。これは大事なことだと思うんです。
何も神秘的な光ではない。光は何の象徴かというと、如来様の象徴です。

如来様というと、私達は本堂の御本尊とか、皆さん方のお内仏にある御本尊を想像しますね。皆さん方のお内仏の御本尊は御絵像が多いと思います。阿弥陀様の御絵像の裏を返しますと、必ず「方便法身の尊形」と書いてあります。阿弥陀様の尊いはたらきをかりに形としてあらわしたものだということです。ですから、実体的にああいう方がどこかにおいでになる、ということではないんです。どこまでも、如来のはたらきを形として表現したんです。

北陸のいくつかの地方では、如来様のことを「はたらき様」というんです。これは如来様よりもさらに具体的な形を取った言葉だと思うんです。如来様のはたらきに出遇うた人が、はたらき様と如来様を讃えたんです。はたらきとはここにはたらきかけて下さる。そのはたらきを離れて、如来様が実体的にどこかにおいでになるのではありません。

はたらきをはずすと如来様は偶像になってしまいます。そうなりますと、キツネ様とあまり変わらんことになります。だから、はたらきということがとても大事だと思います。如来様のはたらきを通して如来様に出遇うんです。はたらかなくて如来様に出遇うことはありません。

私の近くに住む、大変聞法されたおばあちゃんが、あんまり聞法しない隣のおばあちゃんに向かって質問をしたそうです。皆さんもこんな質問を受けたと思って聞いて下さい。
「ばあちゃんとこの阿弥陀さん、どこにかざってある」
こんな初歩的な質問です。どう答えますか。分かりきっていますね。このおばあちゃんだって、躊躇することなく答えたそうです。
「うらんとこの」
北陸では自分のことを「うら」と言います。
「うらんとこの阿弥陀さんはお仏壇の中にかざってある」
こう言ったそうです。これは正解でしょうか。質問をしたおばあちゃんは
「うらはそんなもんは阿弥陀さんと思うとらん」
と言いました。質問をされたおばあちゃんはびっくりして、逆に聞いた。
「じゃあ、あんたんとこの阿弥陀さんはどこにかざってあるのや」
皆さん方の阿弥陀さんも100%、お仏壇の中にかざってあるでしょう。まさか床の間や台所においてある如来様はありませんね。そしたら、このおばあちゃんはこう答えた。
「うらんとこの阿弥陀さんはうらの胸から出たり入ったりしとる」
少なくともそのおばあちゃんの返事には、生活の中で生きた如来様に出遇うておられるんじゃないかなと、私は感じました。

皆さん方の胸からも、朝から晩まで出たり入ったりしているものがありますね。何でしょうか。言うまでもなく煩悩です。これは本当にどうにもならんものです。形があれば取り出して、こんな面倒なものはかなづちでたたき割ってしまえばいいんですが。確かにあるけど、形のないものです。如来様と似ていますね。皆さんの毎日の生活からも、一日中出たり入ったりするでしょ。縁がなければ出てきません。

いつも言いますが、皆さんのお顔を見ると、仏さんみたいなお顔ばっかりです。いつ腹を立てたやら。豊かな顔なんです。お寺の本堂に座るだけでこんないい顔になるんですね。如来さんの功徳でしょう。なぜかというと、皆さんの心の中に煩悩はあっても、それがはたらいていないからです。お休みしとるからです。今の皆さんのお顔は、山で言うと休火山です。いつもお休みしてくれるといいんですが、そうはいかないんですね、煩悩というのは。
煩悩はわが身に確かにあるんだけれども、自己のうちなる他者と教えられる。私のうちにあるけれども、私の知恵やはからいでどうすることもできませんね。

そうすると、命そのものがいただきものだということがわかるじゃありませんか。私の命なんてものは絶対にないんです。
私の命なら私の思い通りになってくれるはずです。腹を立てないでおこうと思ったら、腹を立てずにおれるはずです。人の悪口を言わないでおこうと思えば、言わずにおけるはずです。しかしそうはいきませんね。どれだけ腹を立てないでおこう、悪口を言わないでおこう、と思っても、縁が来ればそういうはからいを越えて、内面から沸き起こってきます。人間の自力は間に合わんなあ、ということをお念仏というんでないでしょうか。

今の皆さんの穏やかな、休火山のような顔も、家に帰って若い者に何かカチーンと言われてごらんなさい、たちまち火を噴く活火山です。煩悩とはそういうものです。 自分のうちにあるけれども、どうすることもできない。けれども、聴聞の場を通して如来様の教えをいただくと、煩悩の身を知らしてもらう、気づかしてもらう、照らしてもらう時をいただく。時です。なるほどそうかという時なんです。

高光大船と言う先生にこういう言葉があります。
「時のない話は人間の話、
 時のある話は仏さんの話」

私達は仏様のご縁にはからずもお会いしました。もし仏様の教えを聞くとか、ご縁に出遇うことがなければ、一生涯人間の話ばかり聞くことになるんです。人が4~5人集まっている所へ行ったら、ちょいと盗み聞きをしてごらんなさい。いい話をしているでしょうか。たいていはどうでもいい、ろくでもない話ばっかりしています。人の噂、悪口、旦那さんのグチ、奥さんのグチ同僚のグチなど、そんな話ばっかりです。人間の話は今というここに帰る時を持たないんです。時のない話ばっかりです。人間の話をしていて、ああ、そうやったなあ、人の事じゃなかったなあ、とここに帰ることがありますか。

時というのは今です。私達人間はいつを生きていますか。今ですね。たえず今に足をつけて生きています。
しかし、私達はなぜ仏法を聴聞するのでしょうか。具体的には、親鸞様や蓮如様のお言葉を聞かしてもらうんですが、なぜそうした言葉を聞かしてもらうことが大事かというと、人間は今に足をつけて生きていながら、仏様の言葉を聞くことがないと、死ぬまで一ぺんも今に足がついていないんです。ここに帰ることのない世界で潰えてしまうんです。こういう人生を親鸞聖人は、「むなしくすぐる」とおっしゃったのではないでしょうか。

蓮如上人の御文に「白骨の御文」がありますね。その最初の方に
「おおよそはかなきものは、この世の始中終まぼろしのごとくなる一期なり」
という言葉があります。蓮如上人は、なにもこの世の中がはかないもんだ、無常なもんだと、外から眺めて言っているんじゃないですね。ただ嘆いているんでなく、もっと現実的で厳しいまなざしなんです。

この背後には如来さんの眼があります。如来さんの眼とは、人間の眼はこっちから向こうを見る眼であるのに対して、如来さんの眼は向こうからこっちを照らし出して下さる眼なんです。

人間の眼は一方通行です。どれだけ見えても、人間の目から見える世界は、向こうの世界ばかりで、足もとは見えてこないんです。そこに、私達はどうしても足もとにありつづける身、ただいまの事実を知らされる。 

人間の知恵や眼は大切ですが、人間が人間らしい心を持つには、本当の出遇い、おまえもそうか、自分もそうだ、という世界です。「も」と親鸞聖人は言われます。 私達は、共に生きると言いますが、、大変難しいことですね。共に生きることは、人間の中にある願いかもしれませんが、なかなかともに生きるということはできません。私は子供とすら共に生きることができませんでした。
だから、共に生きることはとても大事な言葉なんですが、共に生きることのできない深い悲しみを通さないと、本当に共に生きるという言葉は生きてこないんでないかと思います。

個人的なことで恐縮なんですが、私には男の子が二人います。下の子は四歳の時に、二晩ぐらいで髪の毛が全部抜けました。髪の毛ばかりでなく、眉毛、まつげも全部抜けました。私はこの子のおかげで、仏法をいただきなおしていく人生が見つかったんです。
何とか直そうと思って、そういうことに良いというお医者さんを、全国にかけずりまわりました。今、二十二歳です。全然直りません。そのままです。

我が子ながら下の子はかわいい子だなあと、私は自慢していたんです。ところが、すべての毛が抜け落ちたんです。髪の毛が抜け、眉毛が落ち、最後にまつげが落ちたんです。

ここにたくさんの方がおられます。どなたも人間らしい表情をしておられます。なぜだかわかりますか?私はその時に始めて気がついたんです。人間らしい表情をしているのは、まつげのおかげなんです。まつげのことなんかほとんど思いもしませんね。さかまつげにでもなると、痛いなと、その存在に気づくだけです。ほとんど意識しません。

私の子供が、髪の毛が抜け、眉毛が落ちたとき、すごい顔になりましたが、まだよかったんです。まつげが抜け落ちたときに、我が子ながらですよ、かわいい子だったのが、なんと恐ろしい顔になったものかと思いました。まつげが抜けると、人間の表情が失われるんですね。まつげは重大な存在なんです。

頭の毛が一本もない、つるつるにはげている子供が道を歩いていたら、世間の人はどんな奇異な目で眺めることでしょうか。子供は二十二年間、そういうまなざしにさらされ続けて生きてきたんです。私は子供の倍以上生きていますが、苦しみの歴史において、子供の半分も生きていないなと思うんです。それほど惨憺たる苦しみの、地獄のような生活を、子供は過ごしたんです。

学校へ行く途中、少なくとも十人くらいの人たちが、振りむいてずっと眺めるそうです。子供は言いました。子供より大人の方がいやだと。なぜかというと、大人はわざわざ近寄ってきて、ボク、どうしてこんなになったんや、と聞くそうです。こう聞かれても答えようがないですね。

子供は悲惨な苦しみの中で生きてきました。ところが、親よりも子供の苦しみの方がずっとひどいのに、親である私は情けないながら、子供の苦しみを受けとめることも、一緒に歩むこともできずに倒れてしまいました。三年間、私は抜け殻のようになって病院で過ごしました。うつ病です。もう本誓寺の住職は駄目だろうと世間の人は言いました。そういう中で仏縁があったのか、こうしてまた元気を取り戻したんです。

親が子供の苦しみと共に歩めなかった。そんな情けない親が皆さんに説教をする資格はないんです。

そんな中で、子供は小学校だけはなんとか出ました。しかし中学校に入りますと、今の教育体制は受験路線ですし、思春期と重なって、学校へ行けなくなってしまったんです。中学二年くらいになるとほとんど登校しませんでした。おさだまりの非行少年、落ちこぼれという烙印を押されました。

現在の教育には苦しみを受けとめる余裕はありません。先生が悪いんじゃなくて、今の教育行政の中では受験だけでいっぱいでしょ。だから、子供の悩みや苦しみを聞きとめるゆとりがないんですね。子供の苦しみを聞く先生は一人もいませんでした。もちろん親も子供の本当の苦しみを受けとめることはできませんでした。
だから、子供は苦しみのやり場がないんですね。それで、私の寺の庫裡は壁という壁が穴だらけなんです。苦しみと悲しみの持っていき場がなくて、ゲンコツで壁に穴をあけるんですね。階段には手すりはありません。みんなへし折るわけです。苦しくてやりきれないんですね。

ういう地獄のような中を子供は生きてきました。そんな子供を持ちながら、親は何を考えていたでしょうか。中学二年の時、高校受験の進路を決めなければいけません。私はそんな子供を持ちながら、どこの学校に入れたものかと、まだのんきなことを考えていました。

そうしたら担任の先生は言いました。あなたの子供は進学なんてとんでもない。あなたの子供が松任市の教育委員会でなんと言われているか知っていますか。松任中学の三悪人と言われているんですよ。こう言われたんですね。
私は教育委員会とは恐ろしいところだと思いました。苦しくて苦しくてやり場がなくて生きている子供を悪人だと言うんですね。

そんな中で、まだ私は子供を進学させようと思っていたんです。子供は親の名誉なんです。沽券なんです。ところが、進学どころじゃないんです。義務教育ですから卒業はできますけれども。そういうわけで、子供は中学をほとんど満足に登校しないまま終わりました。

四才のときに髪の毛まつ毛まゆ毛がすべて抜けてしまった息子を通して、一番可愛い我が子の苦しみすら、それをくみ取って、共に歩んでいくことのできない人間の愚かさ、悲しみをいやというほど教えられました。

私の子供は今もその状態で生きています。しかし、とてもたくましくなりました。息子は中学を卒業しても行き場がないものですから、あるご門徒の造り酒屋に丁稚奉公に行ったんです。一升瓶にお酒をつめたり、調合したり、そういう仕事を五年間しました。我が子ながらよくやったなあと思います。

子供は汚れていないままに、世間に出されたわけです。世間はある意味で矛盾に満ちたところです。企業の世界ですから、自分が儲けるためなら、人を蹴落としてでも儲けたい。そういう世界です。相手のことなどかまっていられない。
そういう世界を見ると、いじめぬかれ、差別され続けた子供は、弱者を踏みにじって生きる世間に、また抵抗したんです。すると、企業主にとって抵抗する部下ほどいやなものはありません。絶えず反抗するものですから、目の上のタンコブになってきたんです。
そういう形でそこに居れなくなり、結局やめました。帰るところはありませんから、お寺に帰ってきました。

人間とは不思議なものですね。お寺にいるからといって、仏法に出遇えるわけではありません。そんな中でもだえ苦しむ子供に、私は仏法の一語すら示すことができませんでした。

ところがどういう御縁かしれませんが、就職をやめたある時、たまたま親鸞聖人の一語にふれたんです。子供がどう感じたかというと、生まれて始めて自分の苦しみや悲しみを、そのままで受けとめる人がいたと感じたんですね。生まれて始めて心が解放された。ああ、この人についていこう、と思ったんです。

私はそれが仏法不思議だと思います。仏法とは頭でわかるものではないんですね。もしそうなら、小学校ぐらいしか出ていない子供に、親鸞聖人のお言葉が頭で了解できるはずがありません。
苦しみの果てに、身体全体で親鸞聖人の声を聞いたんでしょう。この人についていけばいいんだ。この人のお話を聞いていくんだ。そういう世界が見つかったとたん、姿勢が、方向がガラッと変わってくるんです。私は子供と仏法との出遇いの不思議をおがみました。

それから、子供は金沢の真宗学院へかよいはじめました。去年の四月です。学校へはほとんど行かなかった子供が、真宗学院には一度も休まずに一年間通いました。なぜ?学ぶことの喜びを知ったんですね。ここで人間というものを知らされる感動を受けたわけです。学校の教育にはいろんな学びはあっても、学ぶことの根元的な感動や喜びがなかったんでしょう。私はそういうところに不思議を感ずるんですね。
子供はそういう中で生き生きと生きるようになりました。といいましても、子供が立派な人間になったわけではありません。どうにもならん子供であることには変わりありません。

けれども、私が子供に及ばない世界が一つあるんです。それは弱い者、虐げられた者、悲しみをもった者、そういう人たちのそばに自然に立てるんです。私にはとてもできません。立派なことを口では言っても、絶対に立てないんです。子供はするっと立てるんです。それは差別され、いじめ抜かれてきた、子供の悲しみと苦しみの歴史があるんです。いかに差別され、いじめられることが、人間にとって悲しいことであり、苦痛であるかということを、子供は自分の身に刻んだんです。そのため、そういう側にすっと立てるんです。

私は子供によって、差別されるつらさを教えられたわけです。

人間は如来さんに出遇うことがないと、自分もそうだ、あなたもそうかと、本当に命を共有する場を、人間の知恵によってでは、絶対に見つけられないんです。

人間の持っている苦しみ悲しみは、他人とは比較できないものだと思います。この人が深く、この人が浅いということはありません。それぞれ人と比較できない苦しみや悲しみの歴史を抱えて、皆さんはここに座っておられると思います。そうしたものに出遇わなくて、どうして本堂に座っていますか。娑婆は結構で結構で、といった人生だったらならば、こんなところに座っているはずがありません。どこかで思い通りにいかない、予定が狂った、壁といいますか、悲しみといいますか、つらさに出会った御縁がこんなところに身を運ばせているんでしょう。

人間としては、苦しみや悲しみには出会いたくないです。しかし、苦しみや悲しみがなかったら、絶対に如来様に出遇う御縁は開かれません。今日ここに皆さんが集まっておられる不思議を私は思います。

人間世界というのは突きつめれば、損か得か、勝つか負けるか、そういう世界を生きているんでしょう。しかし、そういう世界に生きながらお寺へ来ることは、そんな娑婆世界の問題とは違うでしょう。お寺へ来て儲かるわけではありません。得になるわけではありません。お賽銭も出さなければならないし、会費も払わなければならん。娑婆からいえば、得なことは一つもありません。そんなところに皆さんがどうして座っているのか。私はこれを不思議と思うしかありません。

「ようこそ、源左」という言葉がありますが、お寺の阿弥陀さんが「ようここまで来たな」と、皆さんに語りかけているのではないかと思います。

山崎ヨンというおばあちゃんがいます。現在84才です。わが名も書けないおばあちゃんです。しかし、このおばあちゃんは生涯ぬぐうことのできない苦しみを今でもにない、生涯離すことのできないおばあちゃんです。
苦しみは比較できないと言いました。しかし、あえて言えば、こんな苦しい業苦といいますか、悲しみを背負ったおばあちゃんは、ちょっと世の中にはいないんじゃなかろうかと思います。私ならとうに死んでいたかもしれません。
おばあちゃんは言います。もし仏法に出遇って、仏さんの言葉に出遇って、親鸞様の一言に出遇って、こういう御縁がなかったならば、とっくの昔にこの子と二人で心中していただろう。

一人娘さんがいるんです。聾唖の娘さんです。二人で生きてきたんですね。その通りの人生なんです。このおばあちゃんの苦しみは、ただ聾唖の娘さんがいるだけの話じゃないんです。村八分にされ、惨憺たる人生です。しかし山崎さんを見ると、この世のどんな楽しみをもって生きている人よりも、こんなに豊かに、生き生きと、明るい顔で生きているんです。これも仏法不思議ですね。 

そういう苦労の中から、仏法に頼らざるをえなかったんです。それで若いときから仏様の教えを聞くという「時」をいただいた。損だ、得だ。勝った、負けた。あの人が、この人が。我々の人生はうっかりすると娑婆のことだけで、「時」がなく流れすぎていく。
それを蓮如上人は「この世のはかなきものは始中終まぼろしのごとくなる一期なり」と言われた。はかない幻のような人生として終わっていくと言われたんじゃない。仏さんの言葉をいただくありがたい者になるんじゃない。間違いのないこの身を知らされる「時」をもつということです。

「時」はいつも今です。そういう「時」を後生の一大事というんです。その「時」において開かれる未来が後生なんです。そういう「時」がいただけなかったら、ただ人生はむなしく流れていくんです。流転していくだけです。 

仏法に出遇った人の言葉はすごいと思います。なにも偉い大学者が仏法を知っているわけではありません。蓮如上人は、知りそうもない人が仏法をいただいていると言われますが、その通りです。全く知りそうもない田舎の人が、ちゃんと間違いのない真実をいただいて、ありのままに南無と帰命しながら生きています。

山崎ヨンさんは、そんなものすごい不幸になったものですから、新興宗教の人が誘いに来るわけです。その人はどう言われたか。
「ばあちゃん、暗い悲しみ、不幸、不安ないか」
と言ったそうです。するとおばあちゃんは、
「悲しみと不安いっぱいの人生でのう」
こう言ったそうです。その通りです。そうしたらその人は、
「そうかい、ばあちゃん、不安や悲しみあるか。私らその不安や悲しみ取ってあげる会をしとるから、私達の会に来なさい」
と言ったそうです。するとおばあちゃんは、
「そうか、本当に不安と悲しみの娑婆やねえ。そやけど、このウラ(私)から悲しみや不安を取ったら、なにをよりどころにして生きていったらいいかねえ」
こう言ったそうです。すごいじゃありませんか。

私達は悲しみや苦しみがなくなることが仏法の御利益だと思っているんです。しかし、おばあちゃんはそうではないんです。この悲しみや苦しみや不安がなかったら、なにをよりどころにして生きていったらいいか。この悲しみがあればこそ、この苦しみがあればこそ、如来さんに出遇わしてもろうたんじゃな。こう言ったそうです。そしたら新興宗教の人はどう言ったかというと、
「ばあちゃんのこべ(頭)から光り出とる」
と言って帰っていったそうです。

信心をいただくことは、何かありがたいものをもらうとか、自分を改良するとか、何かなくなったらつけ加えるということではないんです。どうにもならん、どうしようもない。人間のはからいや、自力ではどうにもならんということです。

人生の苦しみとまともに向き合って、そこから仏法をいただいた人は確かなんです。仏法は学問や教養ではないんです。苦しみのまっただ中で何が聞こえてきたか。そこに仏法の生きたはたらきがあるんです。

三十七才の時に、脊椎空洞症という十万人に一人といわれる難病にかかった小林武次という人がいます。脊椎の中が空洞化していく治らない病気です。身体のあらゆる機能がいうことをきかなくなる。それも真綿で締め付けられるように進行するんです。そして最後は寝たきり、身うごきのできないままで十年間生き、七十四才でなくなられました。

そのおじいちゃんははるかに離れたところに住んでいるんですが、私はしんどくなると会いに行きます。おじいちゃんは首から下はほとんど機能がありません。首から上の感覚機能だけはあるんです。だからそんな状態になっても、聞くという世界を持つことはできます。話すことはできるんです。で、私はしんどくなると、そのおじいちゃんに会いに行くんです。そのおじいちゃんの顔を見ているだけで、何を忘れていたかに気づかされます。

あんな状態になれば、どんなに人を怨み、のろい、愚痴を言ってもいいはずです。しかし、もうキラキラと輝くようなんです。そのおじいちゃんを苦しみの中で輝かすのは、仏法です。

小林さんはこんなことを言うんです。
「あてとつもりははずれるもんじゃ」

皆さんも何かをあてにして、あてとつもりで生きているんです。あてがかなった時、ああ御利益があった、よかった、と言うんです。

しかしみなさん、あてにしたとおりに皆さんの人生はきましたか。思い通りの人生でしたか。思い通りの人生なら絶対お寺になんか座っていませんよ。思いもつかなかったじゃありませんか。それが南無阿弥陀仏という証拠です。

命は私の思いやはからいを超えています。因縁他力のままに絶対他力の手のひらの中にあります。南無阿弥陀仏の命であることを、今ここに座っている皆さん方が証明しているんです。
娑婆が予定通り、あて通りに進んでいたら、こんなところに来ていません。あてがはずれたんでしょう。

「あてとつもりは外れるもんじゃ。あてたふんどし外れるもんじゃ。あてが外れてナンマイダブ」

これがお念仏の出遇いなんです。何もおじいちゃんは戯れ言を言っているんじゃない。本当はあてが外れたんです。こんなになるつもりはなかったんです。もちろん苦しみの歴史はありましたよ。 しかし、そういう苦しみの時に、あてにするから苦しみがあるんです。なぜなら、あて通りに人生はいかない。あてが外れたところに南無阿弥陀仏の命は流れ続けているんですね。人間のあてなど全く問題にしないところで、命はいつも流れ続けています。その命のふるさとに帰れ、というのは念仏申せと言う呼びかけでしょう。

「時のない話は人間の話、時のある話は仏さんの話」という高光大船の言葉を大切にして下さい。

具体的に仏さんの言葉はどこにあるかというと、親鸞様の仰せ、蓮如さんの言葉です。仏様の言葉は真実の言葉です。必ず光明と名号(南無阿弥陀仏のこと)という徳を持っています。徳というのははたらきです。如来様は色も形もありません。しかし、如来様が言葉にまでなって具体化する。如来が言葉になった時に、その言葉は如来様の徳を代表する二つのはたらきである光明と名号を必ずそなえます。
 
光明と名号と二つあるのではありません。光明が名号となり、名号が光明となる。私達は忘れ続け、見えない。それで、悪いことは人のせいにしている。しかしながら、光明と名号はあり続けていて、ただ今のわが身を気づかしてくれる。呼びかけてくれる。照らして下さる。そこに如来様の生きたはたらきがあります。

「光明名号顕因縁」と『正信偈』にありますね。光明名号という二つのはたらきを通して、私達の命が南無阿弥陀仏の命だ、自力無効の他力の手のひらの中にある、おまかせするよりほかない命だ。そういうことを知らして下さる。

そういうはたらきにいつ出遇うか。出遇うことがなければ、人間はひとごとよそごと我が身抜きです。自分を弁護し、責任をなすりつけ、悪口を言い、不平を言い、文句を言い、愚痴を言い、そういうことだけでかけがえのない人生が終わってしまう。それを「時のない人生」といいます。

如来様は、親鸞様、蓮如様、よき人の仰せを通して、今を忘れ続けて生きている私達の時のない人生に、今という時を開いて下さる。今という時をいただく人生と、全く今を知らない人生との人間の生き様には、私は天地ほどの大きな違いがあるのではないかと思います。

「こころの時代」というテレビ番組があります。それにノートルダム女学院というキリスト教系の学校の理事長をしておられる渡辺和子さんという修道女の方が出られました。その人がこういうことを言われたんです。

「人間は二つに大きく分けられる。それは気づかされる人生と、気づかされることのない人生との二つ である。気づかされる人生を生きることと、全く気づくことのない無自覚なままで終わる人生とは、 人間の生き方、深さ、豊かさにおいて、天地ほどの違いが出てくる。」

こういうことをおっしゃっておいでになりました。キリスト教でも親鸞聖人と同じことをおっしゃるんだなあと思いました。

(休憩)

もう少し聞いていただきたいと思います。
「信心は眼のごとし。ゆえに智慧眼ともいう。肉眼を具すとも、光照の縁にあいて信を得ずば、無眼の人なるべし。」
この言葉の中に、真宗の本質的なことが言い当てられているように思います。人間の目は肉眼といいます。私達はなんでもよく見える二つの目を持って生まれてきました。この眼は今まで数しれないものを見てきたと思います。しかし、この眼は本当に人間の大事なものを見てきたでしょうか。どうでもいいものばかり見てきた眼かもしれません。

親鸞聖人が仏様の智慧に出遇った時に、ご自身のことを無眼人無耳人という言葉でおっしゃっています。まなこなき人、耳なき人。
私達のことをおっしゃっておられるんでなく、ご自身が仏法に出遇って、仏様の智慧に照らされた時に、今までこの目はなんでも見えると思っていた。人間の眼が一番確かだと思っていた。この耳はなんでも聞いてきた。こう思っていたが、この眼は何一つ大事なものを見ていない、この耳は何一つ大事なものを聞いていない、と目覚められたのでしょう。そういう目覚めの言葉が、無眼人無耳人という言葉だと思うんです。

人の肉眼はよく見えますが、人間の眼は外観の眼です。曽我量深という先生がこういうことをおっしゃっています。
「仏教は日本に何を与えたか。こういうことになりますと、私は一言でもってこれに答ることができます。それは何であるかというと、我々は仏教によって内観のまなこを開かしてもろうた。仏教は日本人に内観のまなこを与えたというだけをもって、もう仏教と日本の関係を明らかにしている」
仏教と日本との関係を一言で言えば、日本人に内観のまなこを開いた。これが仏教の与えた一番大きな世界です。

内観とは内にまなこを開くことです。我々の目はどれだけ頑張っても、私の内を照らすというはたらきはないんです。そういうはたらきが私達の目にあれば、極端なことを言えば、仏法を聞く必要はないんです。人間の目で心を見ていけばいいんです。しかし、そのはたらきはありません。

親鸞聖人のお言葉、蓮如上人の仰せが、そのまま如来のまなこです。内観のまなこ、智慧のまなこというはたらきを持ちます。 このまなこをいただかないで、人間の目だけで見ていると、人ごとよそごととしてしか物事をとらえることができない。あいつがこいつがというまなざしの上にしか見ることができないんです。

ユダヤの格言に
「人は転ぶと石のせいにする。石がないと坂のせいにする。坂がないとはいていた靴のせいにする」

日本でも同じですね。どこまでも自分のことだったなあと受けとめることができないんです。その心が自分を苦しめ、相手を苦しめるんです。

私の家の前にお寺があります。私の家と向かいのお寺との間の道で工事がありました。そこに鉄板を敷き詰めたんです。そうしましたら、向かいのお寺のお年寄りの奥さんが、その鉄板にけつまづいて転んでしまいました。その奥さんは怒ったんです。この道にことわり書きもなしにこんな鉄板を敷き詰めるとは何事や。市に抗議せんならん。大変腹を立てたんです。そうしましたら、おばあちゃんの旦那さん、老住職がこう言ったんです。
「なあお前、昨日、前の寺でお葬式があった。たくさんの人がお参りした。そやけど、お前みたいに鉄板にけつまづいて怪我をした者が一人でもあったか」

何を言わんとしたかわかるでしょう。奥さんに目を覚ましてくれと言ったんですね。おばあさんが道路工事の鉄板につまずいて転んだのが鉄板のせいなら、ここに通った人は全員が転ばなければならないわけです。老住職が、お前だけが転んだということは、鉄板が悪いのではない、お前の不注意じゃないか、と暗に奥さんにうながしたわけです。

そしたら奥さんはどう言ったかというと、
「ああ、そうやったねえ。あんたが言うとおり、私だけが転んだということは、私の不注意やったねえ」
とは言わなかったんです。

お念仏をいただくというのは、なんか難しいことではなくて、わが身の間違いない事実を知らされるということです。問題はこちらにあったなあ。そこに気がつくだけの世界です。こんな簡単なことですが、照らされないと気がつかない。如来様に出遇わないとなかなか気がつかんものですね。 思いをこめて旦那さんが目を覚ませよと言ったんですが、その奥さんはどう言ったか。
「そんでもう」
どういうことですか。そんでも私は悪くない。おもしろいですね。

その時、親鸞聖人もこの道を通られたのやなあ、と私は思ったんです。『歎異鈔』の中に、「よくよく煩悩の興盛にそうろうこそ」という言葉があります。親鸞聖人もそんな素直な人間ではなかったんでしょう。親鸞聖人が素直な人間だったならば、私達は親鸞聖人にとてもついていけません。
この言葉は誰かのことをおっしゃっているのでなく、仏法の眼に照らされた自分自身のありようが、煩悩が激しくて素直でないことを、しみじみと嘆かれたんでないでしょうか。

私は隣のおばあさんの言葉を聞いたときに、ああ、親鸞聖人もここを通られたんだなあと思い、とても親鸞聖人がなつかしく思われました。どこどこまでも自分が悪かったと認めることのできない者がここにいるんですね。

近くにすむおばあちゃんがこういうことを言うんです。
「仏様の教えに出遇うと、素直でない身勝手な自分が見えてくるんですね。人間は教えられないと、自分が悪かったということに目が覚めないもんですね」

普通だと逆なんです。私達は仏様に出遇うと、強情で頑固な者が、素直で頑固でない人間になっていくように思います。しかし、そうじゃないんですね。仏様に出遇わしてもらえばもらえるほど、ごめんねの返事一つできない、強情で頑固なものが見えてくるんじゃありませんか。私はこういうおばあちゃんの言葉こそ、如来様に出遇うた世界だなあと思うんです。

人間というものは強情で、悪かったという返事一つ容易にできません。身近な者ほどできません。夫は妻に、妻は夫に、親は子に、子は親に、なかなか悪かったと言えないでしょう。わかっていても、ここまで出るけれども、どうしても出ないというのは、煩悩がそれほど深いわけです。

私の家では犬を飼っています。文太という名前です。私は犬がいることで大変助かっているんです。家の中がなごやかになるんです。何もこの犬が、この家は険悪だから、もっとなごやかにしてやろうと思ってしているわけではないんです。

私は家内には、行って来ます、ただいま、とはあまり言わないんです。なぜかと言いますと、帰ってきたときに、ただいまと言っても、妻の機嫌の悪いときは、返事もしてくれません。しかし、犬にだけは、文太、今帰ったよ、と言うんです。妻に言うよりは何十倍も優しい声で言うんです。なぜかというと、文太という犬はいつ帰ってきても、全身で喜びを表現するんです。よう帰ってきてくれたなあ、ということを表現するんです。今日は機嫌が悪くて、そっぽ向いとるということは絶対にありません。女房はそういうわけにはいきません。これは私が悪いんでしょうが、何か腹の立つことがあると、ただ今と言っても返事もしません。

ただいまと帰ってきたとき、どんな返事が返ってくるか大きいものがあります。言葉一つで人間は心が穏やかになったり、暗くなったりするでしょう。言葉は大きいですね。
犬は何もおかえりとは言いませんけれども、全身で喜びを表現するんですね。するとそれだけ疲れが取れるんです。ただいまと言っても、返事が返ってこないと、疲れがどっと出てきます。私はそういうところに、犬という仏様がいるなあと思うんです。

犬はありのままを生きているでしょう。家の犬は朝から愚痴ばかり言っている、という犬はいませんね。どんな貧しい家に飼われた猫でも、金持ちの家の猫を見て、あんな家に飼われればよかったと思うでしょうか。

仏様のことを自体満足とも言います。そのままで満ち足りた、なんにもグチを言わない、不平も言わない。そういうところは人間の及ばない世界ではないでしょうか。眼を開けば、犬や猫にも頭を下げて、恥ずかしいなあと感じる世界をいただいていかなければならないのが、真宗門徒ではないかと感じます。

「たとえ肉眼を具すといえども、光照の縁にあいて信をえずば」
「光照の縁」というのは、光に照らされるということです。光が真宗で一番大切だと思います。親鸞聖人は光明や智慧ということを何度も教えて下さっています。たとえば
「阿弥陀仏は光明なり。光明は智慧のかたちなりとしるべし」
とおっしゃっています。阿弥陀仏とは光なんだ。光とは如来の智慧なんだ。

 親鸞聖人が「べし」という言葉を使われる時は大事なことをおっしゃられる時です。「べし」とは普通、命令形です。しかし、何々しなさいと、親鸞聖人は命令しているのではありません。本当に大事なことを、もう一度ご自身の上に確認される時に、「べし」を使われます。

金子大栄先生は、
「べしというのは、親鸞聖人が聞かれた如来招喚の勅命である」
と言われました。つまり、「べし」という言葉が出た時には、人に向かってこうしなさいと言っているのではなく、自分自身にもう一度如来の呼びかけを確認する時に使われたのです。だから、「光明は智慧のかたちなりとしるべし」と言われているのは、そこをどうか大事にしてほしいという願いがあるんでしょう。

また別の所には、
「光明は名づけて智慧とす」
という言葉があります。「光明は智慧なり」でよさそうなものですが、わざわざ「名づけて」と言われます。光明のはたらきに出遇ってくださいという親鸞聖人の深い願いを、私はこういう所に感じるんです。

現代という世の中で何が欠落しているか。光明を忘れているんです。光といっても、ぴかぴか光る光ではありません。光明とは如来様の徳を表すと言いましたね。はたらきです。光明は見えないものを照らし出します。名号は忘れているものを呼び覚まします。これが光明名号のはたらきです。真実の言葉、如来様の言葉はこういうはたらきをもっているんです。

このはたらきにふれて、今の自分をいただく。時をいただく。信心は、聞くということは、いつも、ただ今です。

広瀬杲先生のお言葉です。
「聞が成り立つ場所は今ということ一つ」

聞くということが成立するのは、今ということのほかにはありません。今なんです。だから、私達は教えを聞くことがない限り、今を生きていても、今をいただくことなく、人生がついえてしまうんです。

そういう人生を親鸞聖人は「空しく過ぐる」と言われます。曾野綾子さんは「生きることは生きている手ごたえの累計である」と言われます。

私はこの前ある人から手紙をいただきました。その中にある人の言葉が引用されていました。
「現代人は生きるということの根本感覚を喪失して、生きるための手段で疲労困憊している」
という言葉です。なるほど、現代人を的確に規定した言葉です。

今この豊かさの中で、何がないかと言うと、生きている根本感覚をなくしています。現代の豊かさやものや金や環境の充実は、人間の欲望を限りなく満たしています。しかし、生きているという根本感覚を開いてくれない。私は生きているという根本感覚こそ信心そのものだと思うんです。生きていてよかったという実感です。そういう手ごたえを開くものは残念ながらものやお金ではないんです。といっても、ものやお金を否定するわけじゃないんです。

キリスト教の聖書の中の『マタイ伝』にある話です。キリストが四十日間、断食をします。空腹の絶頂でしょう。その時に、悪魔がやってきて、イエスの前にパンの代わりに石を置き、あなたが本当に神ならば、この石をパンに変えてみなさいという場面があります。それに対してイエスが答えた言葉は、誰でも知っている
「人はパンのみにて生きるにあらず」
という言葉です。

これは二千年前の言葉かもしれませんが、現代に提言されている言葉だと思います。パンとは直接には食べ物のことです。もっと広くいえば、人間が幸福の条件として限りなく求めてきたものや、お金で代表されるものです。そういうものをパンは象徴しています。

イエスはパンが駄目だと言っているのではありません。パンをどれだけ満たしても、パンのみでは生きているという人間の根本感覚は満たされませんよと言うんですね。神の口から出る言葉によって生きるのである。キリスト教ですから神ですが、真宗にも通じる世界だと思います。

仏様の言葉は真実の言葉です。親鸞聖人や蓮如上人の言葉を通して真の言葉に出遇います。真の言葉に出遇うというのは、何かありがたいものに出遇うということじゃないんです。その言葉に出遇った時に、忘れている、見えていない、ただ今のわが身を知らしてもらった。その時に、始めて生きるのです。一つ一つの言葉によって生きるのです。そこに生きるという手ごたえ、実感を持つ。これが人間の命の尊厳だと思うんです。
ものやお金だけでは人間の欲望を満たしても、生きるという人間の根本感覚は満たしてくれません。現代の人間はそういう生きている言葉を深く求めているのではないでしょうか。 

私はそういう生きた言葉を親鸞聖人から、もっと広く言えば、私の周囲のご門徒の、名もなきおじいちゃんおばあちゃんからいただいています。その一人に山崎ヨンというおばあちゃんがいます。生涯、荷負っていかなければならない苦しみを背負いながら、仏様の眼をいただくことによって苦しみをなくしていくんでなく、逆に苦しみを生きる力と方向としていく。仏法では転じるといいます。一人のおばあちゃんの生き様を見ても、仏法のはたらきはなんと深いものだろうと、私はうなずかせてもらいます。

 そのおばあちゃんが言った言葉です。
「自分を見る目は相手を受け入れる目や」
 自分を見る目があって、はじめて相手を受け入れることができる。そういった後で、
「自分のことは自分で見えんもんや」
と言うんですね。

自分を見る目があって、相手を受け入れる。その通りです。昔の人はこういうことを何度も言っています。真宗だけではありません。『徒然草』の兼好法師が、
「かしこげなる人も、人の上のみはかりて、おのれをば知らざるなり。われを知らずして、ほかを知るということわりあるべからず」
いかに賢そうな、ものを知っている人も、人のことばかり言っている。そして、言っている自分のことは何も知らない。私を知らしてもらう世界なくして、相手を知るという道理はあるべくもない。

仏法は道理です。昔も今も変わらない真実を道理というんです。道理に出遇ったら、頭が下がります。

「何ものかこれ正法とする。道理によらばこれ真宗なり」
と、親鸞聖人はある聖教から引文しておられます。道理こそが真宗なんです。昔も今も変わらない真実のまことです。鎌倉時代はそうだったが、今は違うというのは道理ではない。未来を一貫して変わらないまことが道理です。だから、仏教の教えは何千年たっても色あせないんです。いつまでもその時代その時代の人間の心に呼びかけてやまないんです。

山崎ヨンというおばあちゃんが、「自分を見る目は相手を受け入れる目や。自分のことは自分で見えんもんや」と言った後に続けて、
「自分を見るときゃ、如来さんのまなこいただかんと見えんもんや。このまなこいただくと、むこうさんと変わらん同じもんがここにおるだけや」

なんでもない言葉ですが、皆さん大きいじゃないですか。如来様の眼をいただくと、何かありがたい世界がわかるんじゃないということです。向こう様と変わらない同じ者がここにおるだけや。それが「も」という世界です。
「この眼いただくことが一番大事なことなんやけれども、人間はその一番大事なことを忘れて生きておるのやね」
と、おばあちゃんは言うのです。

平凡なおばあちゃんの言葉ですが、苦しみのどん底の中で如来様の言葉をいただいた言葉の確かさです。頭で言っているわけではない。解釈で言っていないんです。苦しみ悲しみのどん底の中で、身体で聞いてきた仏法です。そこから言葉が生まれるんです。如来回向です。真実というものは回向してくるんです。私が真実をつかむんじゃないんです。真実が私のはからいに関わりなく、向こうから来て下さるんです。そのはたらきが光明名号です。そのはたらきを通して、今を忘れて生きている我々に、今という時を与えて下さる。

曽我先生はおっしゃいました。
「南無阿弥陀仏という言葉を現代の言葉に直せば、なるほどそうかという世界だ。なるほどそうかといううなずきを知っている人は、広い道を悠々と歩いていくことができる。なるほどそうかといううなずきを知らない人は、狭い道を肩をいからして歩いていかなければならない」

こういうわかりやすい言葉で念仏を教えて下さっています。私達は如来様の言葉に出遇ってただ今のこの身を知らされて、なるほどそうかという世界を気づかされる。
 そうでないと、私たちは人間の言葉ばかり聞いています。如来様の教えを聞くという世界が人生に開かれてこないと、人間はどんな一生で終わるのでしょうか。

ある先生がおっしゃいました。
「もし如来様に出遇って、我が身を知らされる今という時をいただくことがなければ、人間の人生は、たとえどれだけ外側を立派に飾って人間の欲望を満たしたとしても、一生涯何を言って終わるかというと、そんでも、そやけど、あいつが、こいつが。結局こんなことだけを毎日言っている」

当たらずといえども遠からずじゃありませんか。人間はいろんな言葉を言っているようですが、ほとんどここを出ることがないんです。

この中には何がないんですか。自分がいないわけです。そんでも、そやけどは、自己弁護でしょう。自己弁護が我々は好きですね。自分の非を認めたくない。

「肉眼は他の非が見える。仏眼は自分の非に目覚める」

肉眼は他人の過ちや悪いところばっかりよく見える。私たちは如来の眼に照らされることがなければ、自分の過ちは見えませんね。
先ほどのせりふの中に何がないかと言えば、そうやったなあ、という世界がない。

念仏はなんか難しい理屈じゃないと思います。如来様の言葉を聞く内に、そんなことばかり言っている人生の中で、そうやったなあと、今の自分に帰る時をいただく。時のある人生を歩むか、全く時のない人生を歩むか。これが人間の一大事じゃありませんか。

皆さん、人と道で出遇ったら挨拶をしますね。どんな挨拶をしますか。もちろんその人によって、その時によって、挨拶は様々です。今、日本でどんな挨拶が一番多いか知っていますか。
「なんか儲かるうまい話はないか」
人間の内面を象徴していますね。こういうことばっかりに一生がかかっているんです。だからこそ、蓮如上人は後生の一大事を心にかけよとおっしゃっている。それはなぜかというと、人間の生きざまというものをよく見通されていたんでしょう。

今生にかかりはてている時は、命が見えてきません。今を生きている時の重さが感じられません。人間だけの世界からは今生が一大事です。 

後生とは死んだ後の世界ではありません。今という時に目覚めた時に見えてくる世界が後生なんです。今という時を離れて、ここと隔絶した世界が後生じゃないんです。何度も蓮如上人は「後生の一大事にこころをかけて」とおっしゃる。これは人間の生きざまが今生、娑婆の世界のことばかりに一大事になっている。「なんか儲かるうまい話はないか」といったことばかりにかかりはてているんです。そのように人生を生きていると、今という命の出遇いが全然ないんです。

こんな質問をされた人はどう答えるかというと、
「儲かるうまい話があるよ」
と答える人は一人もいませんね。みんなどう答えるか。
「なんもろくなことはないわいね」

皆さん、たかが挨拶一つですが、人間の内面的な貧しさを表しています。そんなものしか心にないんです。そのことしか一大事がかかっていないんです。

北陸では面白い挨拶があります。どんな挨拶かというと、
「後生の一大事に夜明かししたかや」
今でもこんな言葉が残っています。人と人が出遇う時、生きざまを確認しあったんです。

お前、限りある人生の中で、娑婆だけに振り回されて生きているんでないか。今を忘れているんでないか。一番大事なことを忘れているんでないか。お前は何を一大事にして生きているのか。

人と出遇った時に、何か大事なものを忘れてはいないかと、お互いに確認しあうんです。こういう言葉が残っていることはありがたいなと思うんです。 

どうでもいい今生のことばかりに心がふりまわされているのではないか。そういうふりまわされている人生だと、幻のような人生で終わってしまうよ。そういうことを言っているんではないでしょうか。

「時のない話は人間の話、時のある話は如来さんの話」という言葉に関連するかのように、曽我量深先生の、
「現在のある人は心に満足がある。不平不満の人は現在を知らぬ人である」
という言葉に出遇ったんです。

ものやお金がある人が、心に満足しているとは限りません。欲望の満たされた人が、心も満たされているわけではないですね。我々はあれも欲しい、これも欲しい、こうなったら、ああなったら、と生きています。しかし、人間の一番深い心の中の願いは、あれも欲しい、これも欲しいということではないと思うんです。 

私は人間の一番深いところで何が欲しいかというと、これでよかった、このままでよかった、と言える命に出遇いたいのだと思えて仕方ありません。

 八木重吉という私の好きな、親鸞聖人に遇わせてもらう御縁になったキリスト教の詩人がいます。この詩人にこういう詩があります。
「窓を開けて雨を見ていると
 なんにもいらないから
 こうして穏やかな気持ちでいたいと思う」

私はときどきしんどくなると、この詩を思い出すんです。窓を開けて雨を見るのは、いつでもある光景ですね。その中に八木重吉は大事なものを感じとったんです。 

あれも欲しい、これも欲しいというのが人間の欲望でしょう。しかし、人間のもっと深い命の中では、これでよかった、なんにもいらない、そういう命の出遇いを求めているんだと思うんです。

この頃は豊かで便利な時代になりました。スーパーに行ってお金を出せば、欲しい物はどんな物でも買えます。しかし、人間の根源的に大事なものは、お金を出して買えるでしょうか。心の中を豊かにするものを売って下さい。心を満たすものを売って下さい。心に暖かい体温を感じるものを売って下さい。 
人間の一番大切なものは、お金をどれだけ積んでも買えないんじゃないですか。私はそこに仏法の大事があると思います。

命が真実の言葉に触れた時が、念仏申さんと思いたつ心のおこる時です。曽我先生のお言葉によれば、
「ああ、そうであったな」
これが転換なんですよ。

そんでも、そやけど、あいつが、こいつが。こういうことばかりしていた世界が、真実の言葉に触れると、なるほどそうやったなあ、という世界に転換するんです。足元に連れ戻すんです。我が身というふるさとに帰るんです。ふるさとへ帰らずして、心が安んずることはありませんね。ふるさとへ帰れよと言っているんです。

「念仏申さんとおもいたつ心のおこる時、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり」

摂取不捨の利益が人間の求めている一番深い利益だと、私は思うんです。誰でもがいただける利益だけれども、みんなが忘れている利益です。
「摂取の光明見ざれども」
と、ありますが、如来様の智慧の光に出遇って、ただ今のこの我が身が照らし出されると、直ちにこれでよかったという世界が誕生するんです。

これでよかったという自信ほど、深い自信はないですね。その他にこれでよかったと言えるものが、この世の中にあるでしょうか。信の一念をいただくんです。私たちが聴聞する時、聴聞の御縁を通して、一念、ああ、という世界です。こんな短い世界ですけれども、聞くというのは一念です。

田舎のおばあちゃんはこうおっしゃいます。
「一念とゆうたら、今のひとおもい。ありゃあといただく世界や」

これは田舎のおばあちゃんが身を通して如来様と出遇うた世界の表現です。今ここを知らされた時に、ありゃあという言葉を命が発するんです。さっきも言いましたね。
「不平不満の人は現在を知らぬ人だ」
ものがないから不平不満じゃないんです。ものがどれだけあっても、如来様の言葉に出遇い、よき人の仰せに出遇い、今を生きている今のひとおもいにうなずく人生が見つからなかったら、不平不満しかないんじゃないでしょうか。
 
しかし、現在という今を知らして下さるのは、如来様のほかにはないと、私は思うんです。

蓮如上人がこういうことをおっしゃっています。
「堺の日向屋は、三十万貫持ちたれども、死にたるが仏にはなり候まじ。大和の了妙は帷一つをも着かね候えども、此の度び、仏になるべきよ」

蓮如上人が生きられた室町時代は、応仁の乱を頂点とした戦争に明け暮れた時代です。同時に、飢饉や天災や疫病など相次いで、たくさんの人が亡くなります。本当に人の命のはかなさ、もろさを知らされた時代なんです。そういう中で、蓮如上人は人間というものを見ておられたんでしょう。

同時に、ものすごい金持ちもたくさん生まれた時代です。お金に対して執着のある時代でもあったわけです。現代ととてもよく似ているんですね。時代そのものは不安定で不気味な、そして同時にある意味で豊かな時代でもあったわけです。そういう時代の中を生きられた蓮如上人はこういうことをおっしゃっておられます。

死んでから仏にならなかったというのではなく、人間に生まれながら、一度も生まれた喜びや、感動や、おかげさまという世界や、本当の出遇いや、そういうことをなんにも知らないまま、ただお金に使われて、人生が終わってしまった、と言っているんですね。

それに対比しているのが、大和の了妙という在家のおばあちゃんです。
大和の了妙は若いときに大きな造り酒屋に嫁いで、幸せだった一時期もあるんです。ところが家が没落し、夫や子供に死に別れ、二つになる孫と二人で残され、貧乏のどん底に突き落とされた人なんです。それから七十何歳まで生きたんです。帷子とは一重の着物です。それがたった一枚もなかった。それほど貧乏だった。

了妙は一生涯糸車を回して細々と命をつないだだけで一生が終わった。貧乏のどん底で帷子一つ着ることもなかった。そういう中で命が終わったんですけれども、蓮如上人がおっしゃるには、「このたびは仏になりそうろう」

そういうことが原因となって、了妙が仏法を聞く縁が若い時から生まれたんですね。ということは、そういう貧乏をしながらも、そこにかけがえのない人間に生まれたという今を知らされて、今という時をいただいて生きていけたから、その人生を全うした。お金やものに心が使われていない、しみじみと生きている命を味わうことができるような人生を全うした。

ここには人間に生まれた幸せとは、世間的な幸福が人間を幸せにする条件では全くないことが知らされます。それならば、幸せになる人も幸せにならん人もいるでしょうし、得た幸福もたちまち崩れていく幸福なわけでしょう。

しかし、どんな人間でも人間なら誰にでもいただける幸福があります。如来様に出遇って、仏様の言葉に出遇って、ああなるほど、ほかの人のことではなかったなあ、自分のことだったなあ。今まで隣のおばあちゃんのことやと思っていたけど、おばあちゃんのことじゃなかったなあと、ただ今の我が身に帰らしていただく時をいただいていく人生とでは、大きな違いが出てくることを、大和の了妙と堺の日向屋とを対応して教えて下さっているのではないかと思います。

如来様は光明名号というはたらきとなって、私の上に呼びかけてくれているわけです。蓮如上人は五百年、親鸞聖人は七百何十年も前の人です。そんな大昔の人なんです。しかし、真宗門徒にとっては大昔の人とは感じません。なぜかといえば、ここに生きておられる親鸞聖人蓮如上人に出遇うているからです。どこに親鸞聖人は生きておられるか。言葉よりほかにはありません。

曽我先生の言葉に、
「如来言葉となって、我を照らしたもう」
とおっしゃっています。真実が言葉にまでなった時に、始めてその言葉は光明名号、見えないものを照らし忘れていたものを呼び覚まして下さる。そういうはたらきに出遇った時に、始めて今という自分に足がつくんです。今をいただくんです。

信の一念というでしょう。
「一念とゆうたら今のひとおもい、ありゃあといただく時や。いつもただ今やねえ。ここで聞いて、明日喜ぶでないのや。聞こえたいっぱいの喜びは、今ここで聞いて、ああ、間違いなくそうやったなあ、と頭が下がったのが一念や」
 このようにおばあちゃんは言います。頭を下げるのではないんです。頭が下がるんです。

(この後もうしばらく話されましたが、ここまでしか録音していませんので、これで終わります)