真宗大谷派 円光寺 本文へジャンプ

  戦犯裁判
 
林博史『BC級戦犯裁判』 岩波新書

岩川隆『孤島の土となるとも』 講談社

加藤哲太郎『私は貝になりたい』 春秋社

2006年に書いたものです


 私は、BC級戦犯裁判は戦犯にとって厳しい裁判であり、ひどく不公平で、冤罪も多い、戦犯はかわいそうだ、と思っていました。岩川隆『孤島の土となるとも』を読みますと、ひとつひとつの裁判がいかにいい加減なものだったか、裁判長の考えだけで死刑にされた人がいかに多いか、そして看守による戦犯への虐待や拷問が日常的になされ、死亡する人もいた、ということがわかります。
 そして、「私は貝になりたい」というテレビ、映画を見てよけいにそう感じました。「私は貝になりたい」の主人公は二等兵です。米軍捕虜を上官の命令に従って処刑することになりますが、臆病だったので銃剣で突き刺すことができませんでした。そもそも、捕虜はその前に息絶えていたのです。それなのに主人公は死刑に処せられてしまいます。

 ところが、テレビの「私は貝になりたい」は事実をねじ曲げているそうです。そもそも「私は貝になりたい」の原作は、加藤哲太郎という人が創作した「狂える戦犯死刑囚」にある曹長の遺書で、実話ではありません。おまけに、林博史『BC級戦犯裁判』によると、「
二等兵の場合、死刑判決が下されたケースはあるが、すべて後に減刑されており死刑が執行された者はいない」そうです。

 加藤哲太郎は『私は貝になりたい』の中で、テレビドラマの「私は貝になりたい」を批判しています。なぜなら、
私はあのテレビ・ドラマ(「私は貝になりたい」のこと)が、私の原作「狂える戦犯死刑囚」を歪めていること、思想的追究が不徹底であることに強い憤りの念を覚えていました」
と書いています。すなわち、テレビや映画の「私は貝になりたい」では「日本の戦争がアジアへの侵略戦争であったこと、戦争への加担を自省し、戦争責任を考え続ける」ということがなされておらず、戦争への反省が薄められ、戦犯が被害者になっているからです。

 林博史『BC級戦犯裁判』でも、BC級戦犯裁判の持つ数多くの問題点を指摘しています。その上で、
「日本での議論は、感情的に戦犯裁判を非難するものが多く、残念ながら、冷静な議論ができていない。(略)そしてしばしば戦犯裁判を否定することによって、日本がおこなった侵略戦争とそのなかでの残虐行為の事実すらも否定し、日本(と自己)を正当化しようとする政治的弁論に利用される傾向がある」
と言ってます。
 さらに林博史は、戦犯裁判がもし行われなかったら、日本人に対する「
大規模な報復が起きていたとしても不思議ではない」と言います。それだけひどいことを日本軍はしてきたわけです。

 たとえば、シンガポール華僑粛清事件です。シンガポールを占領した日本軍は抗日分子を一掃するため、華僑の男子を一斉に処刑しました。日本軍が認めた人数でも約五千人が虐殺されています。この事件では少将と中佐の二名が絞首刑となっているだけです。ここでもあの辻政信が処刑の企画立案をし、虐殺を指導していますが、うまく逃げています。結局は要領の悪い者が割を食う結果となっているのです。この他にも、マレー半島やフィリピンなどでは、百人単位の住民虐殺があちこちで行われています。
 父島では捕虜の人肉を食べたという事件があります。トラック島では海軍による捕虜の生体実験が行われています。
 この裁判では、参謀長は事件に関わっていながら、検察に協力し、自分は生き延びています。このように、検察(連合国)の証人になって情報を提供することで逃げ延びた人が多いのもBC級裁判の特徴のひとつです。
 日本軍の捕虜になった者のうち28.5%が死亡しています。しかし、捕虜を殺したことで死刑になった日本軍兵士はいません。
 インドネシアでは、抑留所に収容されていたオランダ人女性ら約35人が強制的に慰安婦にされています。現地の女性を慰安婦にした例は数多くありますが、ほとんど問題にされていません。強制的に慰安婦にしたというのは嘘だと主張する人たちがいますが、少なくともインドネシアには無理矢理慰安婦にされた人がちゃんといるわけです。

 林博史は、
「戦犯裁判に問題があったことはその通りであるが、それを批判するときに、日本軍の残虐行為の犠牲になった人々、そのために生活やその後の人生を徹底して破壊されてしまった人々の悲しみや怒りを真摯に受け止めなければならないだろう。そうでない裁判批判は、アジアの被害者にとっては加害者の責任逃れとしか受け止められない。」
と言っています。まさにその通りです。被害者の痛みを自らの痛みとして想像できるなら、戦争なんだから、あるいは上官に命令されたんだから仕方なかったなどとは言えないはずです。

 戦犯裁判を批判しながらも、加害者であることを忘れないということが、林博史の立場だと言えるでしょう。東京裁判は勝者が敗者を裁いているからおかしいと、東京裁判批判をする人が多くいます。たしかに批判すべき点は多々あります。しかし、裁判という形で侵略の罪を認めることが、日本にとって大切だったのではないでしょうか。

 東京裁判で被告人全員の無罪を主張しているパール判事を、早とちりな人は大東亜戦争肯定論者なのかと思うようで、靖国神社にはパール判事の顕彰碑まであるそうです。しかしながら、パール判事はいかなる戦争をも認める人物ではありません。
 中島岳志という人がパール判事について、次のようなことを毎日新聞に書いています。
 パール判事は東京裁判を批判し、アメリカによる原爆投下に対しても痛烈な批判をする一方、南京虐殺を事実と認定し、フィリピンでの虐殺を「鬼畜のような性格」をもった行為だとして非難している。パール判事は非暴力主義の信奉者であり、世界連邦実現を推進する立場だった。日本に招かれて各地で講演をした時には、「平和憲法の死守」と「再軍備への反対」を強く訴えている。
「保守派の論客たちは、パール判事の都合のいい部分だけを利用するのではなく、彼の渾身のメッセージと真摯に向き合ってほしい」
と中島岳志はまとめています。

 『BC級戦犯裁判』には、戦犯裁判を考える中で、イラクやアフガニスタンなどで行われていることも新たに見えてくる、そういう視点があります。過去を美化するのではなく、きちんと見つめる中で、今の問題が見えてくるのではないでしょうか。