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観世流謡曲曲目の纏め
過去に先生について習った観世流曲目について、謡本より要点を抜粋して見ました。
No | 曲目 | 曲柄 | 季節 | 稽古順 | 所 | 作者 | 構想 | 役別 |
1 | 鶴亀 | 初番目 | 正月 | 五級 | 唐土 | 未詳 | 新春に、支那の朝廷で四季の節会の事始が催され、不老門に於いて、天子は百官卿相の拝賀を受け、万民も群集して礼拝する。拝賀が終わると嘉例によって鶴亀を舞はしめ、その後天子も舞楽を奏せしめて、自ら舞い、長生殿に還御する。 | シテ:皇帝 ツレ:鶴 ツレ:亀 ワキ:大臣 ワキツレ:從臣 |
2 | 橋弁慶 | 四番目 | 九月 | 五級 | 前:近江国比叡山西塔、 後:京都 五篠橋 |
日吉佐阿弥安清 | 武蔵坊弁慶が満参の日に、五篠天神へ丑の刻詣をしようとすると、従者が、五篠の橋に少年が現れて、不思議な早業で人を切り廻るそうだから、今夜の物詣はおやめになったらという。それを聞いて弁慶は思いとどまろうとしたが、聞き逃げは無念、寧ろその化生の者を討ち取ってやろうと決心して夜更けを待つ。 | 前シテ:武蔵棒弁慶 後シテ:前同人 小方:牛若丸 トモ:弁慶の従者 |
3 | 吉野天神 | 三番目 | 三月 | 五級 | 大和国 吉野山 |
観世小次郎信光 | 毎春各所の桜を見ることにしている都の者が、今年は吉野の桜をみん者と、仲間を伴い、吉野山の奥深く分け入ると、高貴な姿をした一人の女性が現れた。この女性が花に惹かれてきた天人で、夜になると、虚空に音楽が聞こえ、天人が現れ、花に戯れ舞を舞っていたが、再び雲に乗って消えうせる。 | 前シテ:里女 後シテ:天人 ワキ:都人 ワキツレ:同行者 |
4 | 大仏供養 | 四、五番目 | 九月 | 五級 | 前:大和国奈良若草山の辺 後:同奈良東大寺 |
不明 | 平家没落の後、悪七兵衛景清は都に上っていたが、南都で大仏供養が行われると聞き、自分も南都に住む母に対面せんものと、忍び忍びに南都へ急ぎ、母親を訪ねる。頼朝が供養の場に臨むと、景清は宮人の姿に変装して近付こうとしたが、頼朝の家来に見透かされたので、銘刀あざ丸を抜いて大勢の中に割って入り、向かう者を切り伏せたが、今はこれまでとあざ丸の霊気を利用して霧の中に身を隠して逃れさる。 | 前シテ:悪七兵衛影清 後シテ:同人 前ツレ:影清の母 後ツレ:頼朝の従者 小方:源頼朝 ワキ:頼朝の臣 |
5 | 土蜘蛛 | 五番目 | 七月 | 五級 | 前:京都 源頼光邸 後:京都北野 東南土蜘蛛塚 |
不明 | 病臥中の頼光の許に、胡蝶という女が典楽頭からの薬を持って見舞にきたが、深更に及び、今度は僧形の怪人物が枕許に現れて病状を問うので、頼光が怪しんで名を尋ねると、我が背子が云々の古歌を以って返事に代え、千筋の糸を投げかけたので、頼光が枕許にあった膝丸で切りつけるとその妖怪は消えうせる。獨武者の一行が血の後をたどって古塚を崩し、中から現れた土蜘蛛の精霊を退治する。 | 前シテ:僧 後シテ:土蜘蛛の精 ツレ:源頼光 ツレ:胡蝶 トモ:頼光の従者 前ワキ:獨武者 後ワキ:前同人 ワキツレ:従者 |
6 | 竹生島 | 初番目 | 三月 | 五級 | 近江国琵琶湖竹生島 | 金春禪竹 | 延喜の聖代に仕えているある臣下が、竹生島参詣の途中、琵琶湖の畔まで来ると、漁翁と若い女とが乗った釣船が来るのでそれに乗せて貰い、竹生島に着いてから漁翁の案内で社参をする。女人禁制であるのに女も社殿に近付くので怪しむとこの社の弁才天は女体であるから、女人とて隔てはないという。ややあって、神殿が鳴動すると弁才天が現れ夜遊の舞楽を奏する。 | 前シテ:漁翁 後シテ:龍神 前ツレ:蟹女 後ツレ:弁才天 ワキ:臣下 ワキツレ:従臣 |
7 | 経正 | 二番目 | 九月 | 五級 | 京都洛西 御室仁和寺 |
世阿弥 | 平経正の討死を憐れに思われた仁和寺の宮は、経正が生前に手馴れていた琵琶を仏前に供え、管弦講を催してその霊を弔うべき由を命じ、仰せを受けた僧都行慶は人々を集めて法事を行ったが、その夜更けに、経正の幽霊が現れて、行慶と詞をかわしたので、更に絲竹の手向けをすすめると経正も琵琶を取り、自ら弾じて楽しんでいたが、修羅闘諍の時刻が来ると、その苦慮の有様を見られたくないと灯火を吹消し闇の中に消えうせる。 | シテ:平経正 ワキ:僧都行慶 |
8 | 羽衣 | 三番目 | 三月 | 四級 | 駿河国 三保松原 |
世阿弥元清 | 春の海を控えた美保の松原のとある松に美しい衣が懸かっているので、白龍はとって帰ろうとする。そこへ天人が現れて、それは私の羽衣だから帰してくださいという。いやだと言うと、それがないと帰れないのですと嘆き、空を悲しげに見あげる。その哀れな様子に心を打たれた白龍が天人の舞楽を見せて貰うのを条件にして衣を返す。 | シテ:天人 ワキ:漁夫白龍 ワキツレ:漁夫(二人) |
9 | 小袖曾我 | 四番目 | 五月 | 五級 | 相模国 下曾我 |
宮増某(自家傳抄) | 健久四年五月、頼朝が富士の巻狩を催すので、曾我兄弟は、この機会に時致の勘当を許してもらった上、敵祐経を討とうと思い、家人の鬼王・國三郎を連れて母を訪れた。母は祐成に会ったが、時致に対しては、母の詞に従わないで勝手に箱根の寺を出たのだから、尚重ねての勘当ぞと、面会を許さないので、祐成は私の力になる弟にそういう態度をとられるのは、実はこの祐成をも思ってくださらぬからであろうと怨み、又時致の孝心の程をも述べた後、両人一緒に泣きながら出て行くと、母は耐えかねて呼びとめ時致の勘当を許した上、久しく会わなかった間の物語をさせる。舞を舞って母に別れを告げ、勇んで狩場に向かった。 | シテ:曾我十郎 祐成 ツレ:曾我五郎 時致 ツレ:曾我兄弟の 母 ツレ:國三郎 鬼王 |
10 | 猩々 | 五番目 | 九月 | 五級 | 支那江西省潯陽道九江 揚子江 |
不明 | 唐土金金山の麓揚子の里に住む高風は親孝行であったが、ある夜の霊夢に任せ、揚子の市で酒を売り、次第に富貴の身となった。所が、不思議なことには、市毎に酒を飲みに来る者があって、何程飲んでも平気なので、その名を訊ねると、海中に住む猩々だと答えて立ち去った。そこで、高風は酒を用意し、潯陽の江の邉に出て待っていると、軈猩々が現れ、酒を飲み、舞を舞い、又高風の淳な心を褒めて、永久に汲めども尽きぬ酒壷を与える。 | シテ:猩々 ワキ:高風 |
11 | 菊慈童 | 四番目 | 九月 | 五級 | 支那河南省 汝陽道内郷県?縣山 |
不明 | ?縣山の麓から薬水が流れ出るというので、その源を見てまいれと勅命を受けた魏の文帝の臣下が、軈山に着くと、庵の中から異様の童子が現れ出で、問いに答えて周の穆王に使われた慈童だという。700年も昔の者がどうして今まで生きているのかと怪しむと、二句の偈を書いた枕を示し、これは穆王から賜った御枕であるが、この偈を菊の葉に書いておくと、その葉に置く霜が滴り流れて不老不死の靈薬となるので、そのために七百歳を生きているのであると語る。軈童子は楽を奏し、菊水の流れを汲んですすめ、己も飲むうちに、ようて菊の花を枕に臥したりしが、七百歳の寿命を君にささげてから、菊を掻き分けて仙家に帰るのである。 | シテ:慈童 ワキ:勅使 ワキツレ:重臣(二人) |
12 | 田村 | 二番目 | 三月 | 五級 | 京都洛東 清水寺 |
世阿弥元清 | 東国の僧が京に上り、清水寺に参詣する。時は弥生半ば、地主の桜の花盛りであったので、それを眺めていると、箒を持った童子がきて、桜の木陰を掃き清める。そこで僧がこの童子に当寺の来歴を尋ねると、昔賢心が坂上田村麿を檀那と頼んで建立した当寺の縁起を語り、尚見渡される京の名所名所を問われるままに教えていたが、日が暮、月が出て桜の花に映ずると、名所に勝る眺めであると、僧と共に春宵一刻値千金の風情を楽しみ又清水の観音の利益を讃える。その後、僧が夜もすがら法華経を読誦していると、坂上田村麿が現れ、観音の擁護で鈴鹿山の悪魔を平らげた時の様子を語る。 | 前シテ:童子 後シテ:坂上田村麿 ワキ:旅僧 ワキツレ:従僧(二人) |
13 | 東北 | 三番目 | 正月 | 四級 | 京都東北院 | 世阿弥元清 | 京の東北院に詣でた東国の僧が、今を盛りの梅の花を眺めていると、女が来て、この梅は、和泉式部が植えて軒端の梅と名づけ、いつも眺めていた木であり、あの方丈は和泉式部の寝所をそのまま残したものであるが、花も主を慕うのか、毎年色香も弥増しに咲きにおうのである、と語ったが、実は我こそこの梅の主よと告げて、夕闇の花の陰に消えうせた。そこで僧は法華経を読誦しながら、花の陰で夜を明かしていると、和泉式部が在りしままの美しい姿で現れ、昔関白道長がこの門前を通り車の中で、今の御僧のように法華経を声高らかに誦まれたのでそれについての和歌を詠んだことがあったと語る。 | 前シテ:里女 後シテ:和泉式部 ワキ:旅僧 ワキツレ:従僧(二−三人) |
14 | 富士太鼓 | 四番目 | 九月 | 三級 | 京都 | 世阿弥 又は 禪竹 |
萩原院の御時、管弦の御会に淺間という楽人が太鼓の役に召されたが、住吉の富士という上手も薬を望んで上京した。淺間はこれを知って富士を憎み寝所に押し寄せて殺してしまった。富士の妻は不吉な夢を気にし、子供を連れて都に上ったが、かくと知って悲嘆のあまり心乱れ渡された形見の舞装束を着けて、夫が非業の最後を遂げたのも太鼓ゆえ、太鼓こそ夫の敵なれと散々に太鼓を打ったのであるが、軈気持ちが落ち着くと、舞装束を脱いで別れを告げなおも太鼓に恨みを残しながら帰る。 | シテ:富士の妻 小方:富士の娘 ワキ:臣下 |
15 | 紅葉狩 | 五番目 | 九月 | 五級 | 信濃国 上水内郡 戸隠山 |
観世小次郎信光 | ある山で、上臈らしい女が侍女たちと共に木陰に幕を打ち回して、紅葉狩の酒宴をしていると従者を連れて鹿狩にきた平維茂が通りかかり山中での上臈の紅葉狩を不審には思ったが、興を妨げまいと言う心遣いから馬を下り道を変えて静かに通り過ぎようとすると、上臈は維茂を引き止めて酒宴の仲間に誘い入れる。維茂はよい臥し、軈夢の中に神の告があり、それに驚いて目を覚ますと、今までの女たちは恐ろしい鬼の本体を現して維茂を襲ってきた。維茂は少しも騒がず八幡大菩薩を念じながら立ち向かい、ついに鬼を打ち平らげる。 | 前シテ:女 後シテ:鬼神 ツレ:侍女(2-3人) ワキ:平維茂 ワキツレ(前):従者 ワキツレ(後):勢子(数人) |
16 | 葵上 | 四番目 | 不定 | 一級 | 京都 | 世阿弥元清 | 源氏の北の方である左大臣の女葵上が物の怪に悩まされるので、物の怪の本體を知るために照日の巫女を詠んで梓の掛けさせると、破れ車に乗った六条御息所の精霊が現れ出で、源氏の愛を失った恨みを述べ、葵上に祟りをなそうとするので、巫女はその心を翻させんとする。そこで大急ぎで横川の小聖を呼び迎えて加持をさせると怨霊は鬼女の姿と変じ、猶も葵上に祟ろうとしたが遂に行者に切り伏せられ心を和らげて成仏得説の身となる。 | シテ:六条御息所の精霊 ツレ:巫女 ワキ:横川小聖 ワキツレ:臣下 |
17 | 阿漕 | 四番目 | 九月 | 一級 | 伊勢国阿濃郡津阿漕浦 | 世阿弥元清 | 日向国の男が伊勢参宮を思い立ち伊勢国阿漕が浦に来ると漁翁に逢ったので、地名の謂れを尋ねると漁翁は、この浦が大神宮御膳調進の網を引く所として禁漁の場所であるのに、阿漕という漁夫が度々密漁をして遂にとらわれこの沖に沈められたためにできた地名であることを語る。旅人はこの漁翁が阿漕の幽霊であることを知り、法華経を誦し弔っていると、阿漕の霊が現れ密漁をやったその様子や、地獄で責めに苦しむ様などを示し回向を頼んだ後再び波の底にはいる。 | 前シテ:漁翁 後シテ:阿漕 ワキ:男 |
18 | 嵐山 | 一番目 | 三月 | 四級 | 山城国葛野郡嵐山 | 金春禪凰 | 嵐山の花の頃、その様子を見に来た勅使が花を眺めていると、老人夫婦が来て花の木陰を掃き清め花に向かって拝礼するので、勅使がその訳を尋ねるとわれらはこの山の花守であるが、この山の桜は元来吉野山の桜であって、子守・勝手の二神が影向される神木であるから、礼拝するのであると答え、自分たち夫婦が実はその二神であると告げた後飛び去る。その夜、子守・勝手ノ二神が現れて神楽をそうし更に吉野山の鎮守である蔵王権現も来現して花に戯れ梢に翻って栄行く春の長閑さを見せてから帰った。 | 前シテ:尉 後シテ:蔵王権現 前ツレ:姥 後ツレ:子守明神 後ツレ:勝手明神 ワキ:勅使 ワキツレ:従者(2-3人) |
19 | 蘆刈 | 四番目 | 三月 | 三級 | 摂津国尼崎市 | 世阿弥元清 | 摂州日下の里の日下左衛門は貧困のために妻と別れたが、その妻は都のある家の乳母となって相当な生活ができるようになったので、夫に会おうと思って、同じ家に仕えている男を伴って日下の里に下ったのであるが、夫は零落して居所不明となっていたのでままならぬ身の上を嘆き悲しむ。それを知った男が慰めているところへ、蘆売りの男が来て蘆をすすめ 笠盡しの歌を謡って舞う。その後で求められた蘆を輿の側へもって行くとその中に別れた妻がいたので驚き恥じてかくれると、妻はその側に行き和歌を詠んで変わらぬ気持ちを示す。夫は喜びこれも和歌の徳であると歌物語をしたがめでたくたって舞った後、夫婦打ち連れて都に帰る。 | シテ:日下左衛門 ツレ:左衛門の妻 ワキ:妻の従者 ワキツレ :供人(2−3人) |
20 | 敦盛 | 二番目 | 八月 | 四級 | 摂津国神戸市須磨一ノ谷 | 世阿弥元清 | 平敦盛を討って無常を感じて出家して蓮生となった熊谷直実が一の谷に下って昔を追懐していると笛の音が聞こえ軈、草刈たちが近づいてきたので先刻の笛はあなた方が吹いたのかと尋ねると、その中の一人がそうだと答えたのでその男と笛の話をしていると他の者は帰ってしまいその男だけが残った。その男はそれとなく敦盛の幽霊であることをほのめかして 消えうせた。蓮生が夜もすがら回向をしていると敦盛の幽霊が現れ自分の最後の有様などを語り、今は敵にあらざる蓮生の回向を喜んで消えうせる。 | 前シテ:草刈男 後シテ:平敦盛 ツレ:草刈男(2-3人) ワキ:蓮生法師 |
21 | 安達原 | 五番目 | 八月 | 三級 | 岩城国安達郡大平村黒塚 | 金春禪竹? | 回国の旅に出た紀伊国那智の東光坊祐慶等の一行が陸奥の安達原に来た時に行き暮れてある一軒家に泊めて貰うとその家には老境に近づいた女が一人いて所望に応じ糸を操って見せたが軈、夜寒を凌ぐ焚き火の薪を山へとりに行こうとして留守の間に閨の内を見たりなさるなといい置いてから出かけた。閨の内を見ると人間の死骸が累々として積まれているので、鬼の住処であったかと 驚いて逃げ出すが、それを感づいた女は鬼の正体を表して追いかけとって食おうとしたが、祐慶等の懸命な祈りに負けてついに姿を隠す。 | 前シテ:里女 後シテ:鬼女 ワキ:山伏祐慶 ワキツレ:供山伏 |
22 | 海士 | 五番目 | 二月 | 三級 | 讃岐国大川郡志度浦 | 世阿弥元清 | 藤原房前が自分の母は讃州志度の浦で死んだ蜑女であると聞き、その追善のために志度の浦に下るとそこへ一人の蜑女が来て、唐の高宗の妃になった淡海公の妹が氏寺の興福寺に三種の宝を送ったところが、その中の明珠をこの沖の竜宮の者に取られたので、淡海公は身を扮してこの浦に下り蜑少女と契って一人の子を儲けたが、かの珠を取り返す事ができたらこの子を世継にしてもらうという約束で女は命をかけて海底に入り遂に明珠を奪い返したという話を物語ったが実は私があなたの母である蜑女であると告げて回向を乞うて海中に消える。そこで房前が追善供養をしていると母の蜑女は龍女となって姿を現し法華経の功力で成仏のできたことを喜ぶ。 | 前シテ:海人 後シテ:龍女 小方:房前大臣 ワキ:従者 ワキツレ:従者(2-3人) |
23 | 井筒 | 三番目 鬘物 |
九月 | 二級 | 大和国山邊郡丹波市町石上在原寺 | 世阿弥元清 | 回国の僧が南都から初瀬に赴く途中、石上の在原寺に立ち寄ると、一人の女が来て庭井の水を汲みそこにある塚に手向けるので不審に思い声をかけると、これは業平の塚ですから弔うのですと答え更に問われるままに、昔このところで紀有常の女と契った業平が河内国高安の女の許にも通った時、「風吹けば」の歌を詠んで有常の女が真心を示したことや井筒の傍らで一緒に遊んだ子供の時のことを読みかわして夫婦になったことなどを語り実は私が井筒の女とも呼ばれたその有常の女ですと言って井筒の陰に隠れた。その夜僧の夢に有常の女が現れ業平の形見の直衣を着て舞を舞う。 | 前シテ:里女 後シテ:有常の女 ワキ:旅僧 |
24 | 雨月 | 四番目 略初能 |
八月 | 一級 | 摂津国大阪市住吉 | 金春禪竹 | 西行法師が住吉に参詣して釣殿のあたりの庵に一夜の宿を求めるとそこには老人夫婦がいて、姥の方は月を見るために軒を葺くまいといい、翁の方は村雨や落ち葉の音を聞くために葺こうといいそれを争って図らずも「賤が軒端を葺きぞわずらう」と言う下の句を得たから、これの上の句を継がれたらお宿をしましょうと言う。そこで西行が「月は漏れ雨はたまれととにかくに」と詠むと夫婦は喜んで招じ入れ話をしていたが、軈、西行をそこに残し寝間へ立ち去った。その夜の西行の夢に住吉明神が宮人に憑り移って現れ給い西行が歌道に執心なのをほめ舞を舞われる。 | 前シテ:尉 後シテ:宮人 ツレ:姥 ワキ:西行法師 |
25 | 梅枝 | 四番目 | 九月 | 二級 | 摂津国大阪市住吉 | 世阿弥元清 | 回国中の身延山の僧が津ノ国住吉で村雨に遇いとある庵に泊めて貰うと、庵主は中年の女で庵の中に太鼓と舞の衣装とが飾ってあるので不審に思い尋ねると、昔この国の天王寺にいた淺間と言う伶人と住吉の富士と言う伶人とが内裏に於ける管弦の役を争い富士は淺間に討たれてしまったので、富士の妻は形見の太鼓を打っては夫への恋慕の情を紛わせていたがこの女も頓て死んでしまった。と言う哀れな話をした後で回向を乞うて消えうせる。そこで僧が法華経を読誦して回向をしていると富士の妻の亡霊が夫の舞の衣装を着て現れ懺悔のためにと言って、昔のことを語ったり舞を舞って見せたりしたが、頓に明け方に姿を消す。 | 前シテ:里女 後シテ:楽人富士の妻 ワキ:旅僧 ワキツレ:従僧 |
26 | 善知鳥 | 四番目 | 四月 | 三級 | 前:越中国中新川立山 後:陸奥国外ケ濱 |
世阿弥元清 | 越中立山で禅定をした旅僧が山を下りて来ると、一人の老人が現れて陸奥へ下ら れるのであったら、去年の秋に死んだ外の濱の漁師の家を訪れて蓑笠を手向けるように伝えてくださいと頼み証拠のためにと来ていた麻衣の袖をといて渡したので僧はそれを引き受けて別れた。そこで旅僧は漁師の遺族を訪ねて妻子に亡者の伝言を語り、蓑笠を手向けて回向をしていると漁師の亡霊が現れ娑婆で漁師を渡世とし、善知鳥を殺した報いで今は却って化鳥になった善知鳥に苦しめられている地獄の様子を示し僧の助けを求めて消えうせた。 | 前シテ:尉 後シテ:猟師 ツレ:猟師の妻 小方:千代童 沸き:旅僧 |
27 | 歌占 | 四・五番目 | 四月 | 一級 | 加賀国石川郡白山麓 | 世阿弥・十郎元雅 | 加賀国白山麓の里人が近頃ここに来た男神子の歌占がよくあたると言うことを聞いて、父に生別した子供を連れて占ってもらいに行き、白髪の神子に会って先ず里人が歌占を引き親の病気について判じてもらう。次に子供が父の行方を知ろうとして歌占を引くとそれを判じた神子は、その父にはすでに会っているはずであるがと不審に思い、子供の素性を尋ねると自分がその父であった。里人はこの親子の再会を祝ってから地獄の有様を曲舞にして謡われるそうだがそれを聞かして下さいと頼むとこれを謡うと神気が憑いて狂乱するのであるが、帰国の名残に謡いましょうと言ってその一曲を奏すると果たして狂乱の体になったが軈醒めてから親子は打ち連れて帰国した。 | シテ:渡會何某 ツレ:男 小方:幸菊丸 |
28 | 鵜飼 | 五番目 | 五月 | 四級 | 甲斐国東八代郡石和 | 榎並左衛門五郎作 を 世阿弥元清が改作 |
安房国清澄の僧が甲州行脚に出かけ石和川の畔の堂に泊っていると鵜使いの老人が鵜を休めるためにそこに立ち寄ったので、この老人を見た従僧が二三年前に私を接待してくれた鵜使いに似ているがと言うと、老人はその鵜使いは禁漁を犯したために殺されたと語って自分がその亡者である由を告げ罪障懺悔のために鵜を使って見せた後消えうせる。そこで僧が法華経の文句を一石に一字づつ書付それを川に投げ入れ回向をすると閻魔王が現れかの鵜使いはおびただしい罪業のために地獄に落ちるはずであったが、僧接待の功徳により極楽に送られることになったと告、法華経の徳を讃える。 | 前シテ:尉 後シテ:閻魔大王 ワキ:旅僧 ワキツレ:従僧 |
29 | 雲林院 | 四番目 | 二月 | 一級 | 京都洛北 紫野雲林院 |
世阿弥元清 | 少年の頃から伊勢物語を愛読していた攝津国芦屋の公光がある夜の夢に刺激されて京都紫野の雲林院に来ると丁度花の盛りであったのでその一枝を折ると一人の老僧が現れてそれをとがめ又花折の是非につき古歌を引いて風雅問答をする。その後で公光が伊勢物語の草子を手にした在原の業平が二條の后と共にこの雲林院の花の陰に佇んでいる夢を見たためにここに来たのであるというとそれは伊勢物語の秘事を授けられるのであろうから今夜はここで奇特をお待ちなさいと言って、老翁は夕霞の中に消えうせる。軈夜になり業平の霊が現れて伊勢物語のことを語ったり、昔を追憶して夜遊の舞楽を奏したりしていたが、明け方に公光の夢は醒めるのである。 | 前シテ:尉 後シテ:在原業平 ワキ:芦屋公光 ワキツレ:従者(2−3人) |
30 | 江口 | 三番目 | 九月 | 一級 | 大阪市東淀川区江口町 | 観阿弥又は 禪竹又は 世阿弥 |
回国の僧が都から摂津天王寺への途中、江口の里で遊女江口の君の舊蹟を弔い昔西行法師がここで宿を断られ、世の中を厭うまでこそ難からめ狩の宿りを惜しむ君かな、と詠んだ歌を吟じると一人の女が現れてそれは宿を惜しんだのではなく世捨て人を女の家に泊めまいとしたのですと言って、なお弁解していたが黄昏頃に実はその江口の君の幽霊であると言って消えうせた。旅僧は奇特の想いをなしその後を弔っていると月澄み渡る水上に江口の君は他の遊女たちと共に船に乗って現れ昔の川逍遥の様子を見せたり遊女の境涯を述べた歌を謡い舞を舞って見せたりしたが軈その姿は普賢菩薩と変じ船は白象となり白雲に乗って西の空に去った。 | 前シテ:里女 後シテ:江口の君 ツレ:遊女(二人) ワキ:旅僧 ワキツレ:旅僧(2−3人) |
31 | 小原御幸 | 三番目 髷物 |
四月 | 九番習 | 山城国愛宕郡大原村寂光院 | 世阿弥元清 | 長門国早鞆の沖で平家1門没落の際、建禮門院も入水されたが源氏の兵にすくわれ今は山城国大原の寂光院で遁世の生活を送っていられるのを後白河法皇がお訪ねになるとのことで役人がその準備を申し付ける。又、御庵室では女院が大納言局を伴われて櫁を取りに山へ行かれる。その御留守の間に法王が御到着になったので、あたりの様子をお眺めになりながら留守居の阿波内侍と御物語ある内に女院は帰られて御幸を拝謝され法王のお尋ねに答えて、西海に流離されて目前に六道の苦患を経験されたことや、安徳天皇後最後の御ことなどを御物語あって共にお涙に沈ませられたが、時移って還幸ともなれば女院はしばらくお見送りになって軈、御庵室に入られた。 | 前シテ:女院 後シテ:前同人 ツレ:大納言局 ツレ:阿波ノ内侍 ツレ(後):法王 ワキ(後):萬里小路中納言 ワキツレ(前):大臣 ワキツレ:輿舁(二人) |
32 | 女郎花 | 四番目 | 八月 | 三級 | 山城国綴喜郡八幡 | 世阿弥 | 九州松浦潟の僧が上洛の途中岩清水八幡に詣ろうとして男山の麓に来ると、秋のこととて女郎花が美しく咲き乱れているのでその一本を手折ろうとすると一人の老翁が現れてそれをとめる。それから二人は祈ることの可否について互いに古歌を引いて論じ合ったが、その後で老翁は社殿に案内し、更にふもとの男塚・女塚にも連れて行って、これは小野頼風夫婦の墓であると教え、実は私が頼風であると言って消えうせる。その後で僧が回向をしていると、頼風夫婦の亡霊が現れ夫の心を疑って死んだ妻の魂魄が女郎花となり頼風も妻の後を追ったので男塚・女塚と築きこめられるようになった次第を語り、僧の回向を乞う。 | 前シテ:尉 後シテ:小野頼風 ツレ:頼風の妻 ワキ:旅僧 |
33 | 影清 | 四番目 | 不定 | 九番習 | 日向国宮崎市下北方 | 世阿弥元清 | 平家没落の後、日向国宮崎に流されている悪七兵衛影清を慕ってその娘人丸は従者を連れて鎌倉から宮崎に下る。宮崎に着いてある藁屋にいる盲目の乞食に影清のことを訊ねると、知らぬと答える。そこで今度は里人に訊ねると先の乞食が父だと言うことがわかった。里人は父に会いたがっている人丸を哀れに思い、連れて着て影清に対面させると、影清も今は?むに由無く子のためを思って隠そうとした心中を語り又乞われるままに、屋島の戦で武勇を現した思い出を語ったりした後、我がなき後の回向を頼み、且つ、故郷へ娘を帰らせた。 | シテ:悪七兵衛影清 ツレ:人丸(影清娘) トモ:人丸の従者 ワキ:里人 |
34 | 通小町 | 四番目 | 九月 | 二級 | 前:山城国愛宕郡八瀬 後:山城国愛宕郡市原野 |
観阿弥清次 世阿弥元清 |
ある僧が八瀬の山里で夏籠をしていると、木の実や薪を毎日もって来る女があるので、ある日もって来た木の実の数々を訊ねた後名を問うと、おのが名を小野とはいはじ薄生いたる市原野邊に住む姥ぞと答へ回向を乞うて消えうせた。そこでこの女を小町の幽霊と察した僧は市原野に行って回向をしていると、女が再び現れて授戒を乞うと更に一人の男が現れてそれを止め、私を唯一人残すのかと言って女を引き止める。僧は両人が小町と少将との亡霊であることを知って、懺悔のために百夜通いの有様を示されよと言い、その勧めに応じて少将の亡霊はそのときのことを物語ったが、小町が諭した飲酒戒を守ったのが一念発起の基となって両人共に成仏する。 | シテ:深草少将の怨霊 ツレ:里女 ワキ:僧 |
35 | 杜若 | 三番目 髷物 |
四月 | 一級 | 三河国碧海郡八橋 | 世阿弥元清 | 回国の僧が三河国で沢辺に美しく咲いている杜若を眺めていると、一人の女が来て言葉をかけたので、僧が所の名を訊ねるとここは杜若で有名な八橋ですと答え、伊勢物語にある在原業平の杜若の歌に就いて語った後、僧を自分の庵に連れ帰る。そして美しい冠と等衣とを着けこれを見てくださいというので、僧がその訳を訊ねるとこれが業平の歌にある唐衣であり、かって業平が召された物ですと答えたので、怪しんでこの女の素性を訊ねると、実は杜若の精ですが、業平は歌舞の菩薩の化現でありますからその詠歌のお陰で非情の杜若も成仏できたのですと言いなお伊勢物語に就いて語り舞を奏した後消えうせる。 | シテ:杜若の精 ワキ:旅僧 |
36 | 咸陽宮 | 四・五番目 | 十月 | 一級 | 支那陝西省関中道咸陽 | 不明 世阿弥作の説もあり |
秦の宮殿咸陽宮は地よりも三里高く周囲に40里四方の鐵築地を廻らし、宮殿の数三十六、皆荘厳美麗然も近付きがたい要害であった。そこで秦の始皇帝を狙っている燕の志士荊軻・秦舞陽の二人は始皇が燕国の地図と樊於期の首とを天下に求めているのに乗じて、地図の箱に匕首を隠して参内した。軈、始皇は二人を引見し箱を開かせると底に匕首が見えたので驚いて逃れようとすると荊軻はその袖を捉えて刺そうとする。時に始皇は一策を案じ花陽婦人の琴を聞く間だけ待ってくれと言い、二人はそれを承諾したので夫人は秘曲を尽くしその妙音に刺客がうっとりしている隙に乗じて始皇は身をもって逃れ帰って刺客のほうが殺される。 | シテ:秦始皇帝 ツレ:花陽夫人 ツレ:侍女(2−3人) ワキ:荊軻 ワキツレ:秦舞陽 ワキツレ:大臣 ワキツレ:侍臣(二人) |
37 | 賀茂 | 初能 一番目 神?物 |
六月 | 四級 | 山城国京都市賀茂神社 | 金春禪竹 | 播州室の明神に仕える神職が室の明神と御一体の賀茂神社の社に参詣すると、川辺に新しい壇を築きそれに白羽の矢が立ててあるので折から水汲みに来た女にその謂れを訊ねると、昔秦の氏女と言う者がいて朝夕この川で水を汲んでいたがあるとき川上から白羽の矢が流れてきたので取って帰り庵軒にさしておいたところ思わず懐胎して男子を生んだが、その子がすなわち別雷の神であって、その母や矢と共に賀茂三所として祀られるようになったのであると語る。そうして女は水を汲んでいたが、軈自分がその神であることを告げて消失せる。ややあって、女体の御祖の神が現れて舞を舞っていられると更に別雷の神も出現し五穀成就国土守護の誓いを示した後立ち去られる。 | 前シテ:里女 後シテ:別雷神 前ツレ:里女 後ツレ:天女 ワキ:室明神の神職 ワィツレ:従者(2−3人) |
38 | 邯鄲 | 四番目 (略初能) |
不定 | 二級 | 支那河北省大名道邯鄲の里 | 世阿弥作 又は 不明 |
蜀の国の盧生と言う者が楚国羊飛山の聖僧から吾道の教えを受けようと思って旅立ち途中邯鄲の里で泊り聞き及んだ邯鄲の枕を借りて一睡した。すると楚王の勅使が迎えに着て宮殿へ伴われ王位を譲られて栄華の内に五十年を過ごし、臣下が千年の齢を保つ仙薬の盃を捧げたので酒宴を催し自分も興じて楽を奏していたが、宿の主に起こされてその夢は忽ち消えうせ覚めて見るとそれはわずかに粟飯を炊く間の夢にすぎなかった。かくして盧生は何事も夢の浮世と悟ることができたのでこの枕こそ善知識であったと喜んで帰る。 | シテ:盧生 小方:舞童 ワキ:勅使 ワキツレ:大臣(3人) ワキツレ:輿舁(二人) |
39 | 清経 | 二番目 修羅物 |
九月 | 三級 | 京都 | 世阿弥元清 | 平清経家臣淡津三郎は清経が平家の前途に失望して豊前国柳ヶ浦の沖で入水したので形見の鬢髪を持って都に帰り、清経の妻にそれを渡すと妻は夫が入水したことを聞き自殺した夫の心を怨み、悲嘆の種となる形見の黒髪を手向け返して涙ながらにまどろんでいると枕許に清姫の亡霊が現れて、形見を返したことを咎める。妻のほうでも夫が自ら命を捨てたことを怨み互いに不幸せな身の上を嘆いたが、やがて清経は滅亡の運命をたどって行った平家一門の運命と自分が入水して死んだときのこととを物語った後、死後に堕ちて行った修羅道の有様を見せたが、真は入水の際に最後の十念を唱えた功力で仏果を得たのであると語って消えうせるのである。 | シテ:平清経 ツレ:清経ノ妻 ワキ:淡津三郎 |
40 | 鞍馬天狗 | 五番目 切能 |
三月 | 三級 | 山城国愛宕郡鞍馬山 | 宮増某 又は 世阿弥 |
鞍馬山東谷の僧が西谷からの招待を受け大勢の稚児を連れて西谷の花見に行くと、その席に一人の見知らぬ山伏が割り込んできたので僧は児子たちを連れて帰ってしまう。所が児子たちの中の沙那王だけが居残り山伏に同情して好意を示すので、山伏のほうでもそれが沙那王であることを知ってその日陰者の境遇を憐れみ一緒に方々の桜を見せて回り再び鞍馬山に戻ってきてから実は自分はこの山に住む大天狗であるが、あなたに兵法の大事を授けて平家を打たせましょうから待た明日ここにおいでなさいと言って飛び去る。底で翌日沙那王が約束の場所で待っていると、大天狗が各地の天狗共を連れて現れ、沙那王に兵法の奥義を伝えなお将来おも守護することを約束して飛び去る。 | 前シテ:山伏 後シテ:天狗 前小方:牛若丸と他の稚児 後小方:牛若丸 ワキ(前):僧 ワキツレ(前):従僧(二−三人) |
41 | 源氏供養 | 三番目 髷物 |
三月 | 一級 | 近江国石山寺 | 世阿弥元清 | 安居院法院が石山参詣に出かけその近くまで来ると、一人の女が現れ呼び止め昔石山寺に籠もって源氏物語を書いたが源氏の供養をしなかったために成仏ができずにいるからどうか源氏の供養をして我が跡を弔ってくださいと頼むので、あなたは紫式部ですかと訊ねるとそれとなく肯いて消えうせる。そこで法院が石山寺で供養をすると、紫式部の姿が現れ報謝のためにとて、紫の薄衣を翻して舞を舞い、その中で人の世の無情を説くので、法師はさてこそ紫式部は石山観世音の化現であり、又源氏物語を書いたのは夢のこの夜を知らせる方便であったかと悟る。 | 前シテ:里女 後シテ:紫式部 ワキ:安居院法院 ワキツレ:従僧(2-3人) |
42 | 玄象 | 五番目 略初能 |
八月 | 準九番習 | 摂津国神戸市須磨浦 | 金剛 又は 河上神主 |
琵琶の名手藤原師長が研究のための徒唐を思い立って、途中須磨浦に立ち寄り老人夫婦の藁屋に泊って、所望のままに琵琶を弾いていると村雨が板疵を打って妨げる。すると夫婦は苫で板屋を葺き、これで同じ調子になりましたといったので、師長はこの夫婦が音楽を心得ていることを悟り一曲を所望する。そこで夫婦は琵琶と琴とを合奏したが、その神技に驚いた師長が、渡唐を思いたった自惚れを恥じながら出て行こうとするのを引き止め、実はわれらは渡唐を止めさせようと思って現れた村上天皇と梨壷女御であるといって消えうせる。軈村上天皇の霊が現れ下界の竜神を召して獅子丸の琵琶を取り寄せられ、師長に授けて秘曲を伝え飛行の車に乗って立ち去る。 | 前シテ:尉 後シテ:村上天皇 前ツレ:姥 後ツレ:龍神 ツレ:師長 ワキ:従者 ワキツレ:従者(2-3人) |
43 | 高野物狂 | 四番目 略二番目 |
不定 | 一級 | 前:常陸国 後:紀伊国伊都郡高野山 |
世阿弥・元雅 | 常陸国平松家の家来高師四郎は去年父に死別した幼主春満を傅育てていたが故主の忌日に寺詣でをした留守に、春満が父の菩提を弔うために遁世をする由の書置きをして家出をしたので、悲嘆にくれた四郎はその行方を尋ねて旅に出る。紀州高野山の僧が出家の望みで頼ってきた春満を三鈷の松に連れてきて慰めていると、狂人になった四郎が幼主の遺書を持って行方を探しながら、この山に登ってきたので僧が異形の者の山入を咎めると出家を望む者だから構わないと答え、この山が霊地であることや、三鈷の松の由来など語ったが次に舞を舞ううちうっかり狂態を演じそれを僧に謝る時に先刻から気づいていた春満が名乗ったので、四郎は喜んで帰国を勧め相携えて下山する。 | 前シテ:高師四郎 後シテ:前同人 子方:平松春満 ワキ:高野山の僧 ワキツレ:従僧(二人) |
44 | 實盛 | 二番目 修羅物 |
十一月 | 準九番習 | 加賀国江沼郡篠原村笹原新 | 世阿弥元清 | 遊行上人が加賀国の篠原で説法していると毎日聴聞に来る老翁があるので、ある日上人がその名を訊ねるとつまらない鄙人であると言って名乗らなかったが、懺悔の為であるからと促され、では名乗りましょうと余人を遠ざけてもらってから、実は斉藤實盛の幽霊であると打明け、今までに二百余年を経ているが執心がこの地に残って成仏できずにいるのであると語り、どうか實盛の名を漏らしてくださるなと頼んだ後、傍らの池の畔に行くと見えて消えうせた。そこで上人が夜もすがら回向をしていると甲冑姿の實盛が現れ、念仏往生の教えを受けた琴を喜び、懺悔の物語をしましょうと昔篠原の合戦で手塚光盛に打たれた時のことを詳しく物語る。 | 前シテ:尉 後シテ:斉藤別当實盛 ワキ:遊行上人 ワキツレ:従僧(2-3人) |
45 | 西行桜 | 四遍目 略三番目 |
三月 | 準九番習 | 京都市右京区松尾町上山田西行庵 | 世阿弥元清 | 各所の花見に歩きまわっている京都下京辺りの人たちがある日西山の西行庵室の花見に来ると、庵室の前にある老木の桜を愛して一人静かに眺め暮らそうと思っていた西行は、この花見の人たちを断ることもできず柴垣の戸を開いて内に入れ、その心境を「花見んと群れつつ人の来るのみぞあたら桜の咎にはありける」と詠じたが結局その夜は都の人たちと一緒に花の下臥をした。すると深更に及んで白髪の老人が現れ花見の人々が訪ねて来るのを桜の科と仰せられたが非情の桜に浮世の科はない筈ですと弁解した。そこで西行が御身は花の精かと訊ねると実は老木の桜の精であると答え、花の名所を語って打ち興じ舞を舞って春の夜を楽しんでいたが夜明けが近づくと西行の夢は覚め翁の姿は跡形もなくなる。 | シテ:老桜の精 ワキ:西行上人 ワキツレ:花見人 ワキツレ:同行者(数人) |
46 | 桜川 | 四番目 (略三番目) 狂女物 |
三月 | 三級 | 前:日向国皃湯郡妻町 後:常陸国真壁郡東那珂村磯部桜川 |
世阿弥元清 | 東国の人商人が日向国で少年を買い取りその少年の手紙と身代金とを母に届ける。母は驚き悲しみこの行方を尋ねようと泣かなく故郷を迷い出る。常陸国磯部寺の僧が弟子にした少年を連れて桜川へ花身に行くと流れる花を網で掬って狂う女が、今日も桜川へ来たので、その訳を尋ねると我がこの名を桜子と言いこの川の名も桜川と言うので散る花を徒にせまじと思って掬うのであると答え、里人が俄に山嵐がして花が散るよと言うと今まで正気であった女が、次第に狂乱して川の中で花を掬う。その狂乱の鎮まった後で少年が桜子であることを告げると母は夢かと喜んで一緒に故郷に帰って行く。 | 前シテ:母 後シテ:狂女(前同人) 子方:桜子 ワキ:磯部寺住僧 ワキツレ:従僧(2-3人) ワキツレ:里人 ワキツレ:人商人 |
47 | 俊寛 | 四番目(略二番目) | 九月 | 九番習 | 大隈国大島郡十島村硫黄島 | 世阿弥元清 | 中宮の御安産祈祷のために非情の大赦が行われ、鬼界が島の流人のうち成経と康頼とに赦免の使いが向かうことになった、島では今日も成経と康頼とが例のごとく熊野詣をすると、もう一人の流人である俊寛は水桶を携えて途中までその帰りを迎え、水桶の水を酒に代えて飲み交わし落魄の今の境涯を語り合って嘆く。そこへ都から赦免の使いが到着したので、俊寛が康頼に赦免状を読ませると自分の名がない。驚いて自分も繰り返し繰り返し読んで見たがやはり我が名は泣く使いも俊寛は許されないのだという。俊寛は諦め切れずに嘆願したが、その効なく軈、使いが二人を船に乗せて去ろうとするので、俊寛は船に取り付いて嘆願する。しかし、結局俊寛一人が島に残され船は次第に遠ざかって行くのである。 | シテ:俊寛 ツレ:平判官入道康頼 ツレ:丹波少将成経 ワキ:赦免使 |
48 | 七騎落 | 四・五番目 (略二番目) |
八月 | 一級 | 前:相模国足柄郡真鶴崎 後:相模海上 |
作者不明 世阿弥作? |
石橋山の合戦に敗れた源頼朝が船で房総の方に落ちようとした時に、主従八騎の同勢であったので、八騎というのは昔から源氏にとって不吉であるから一人だけ下船させようと土肥実平に命ずる。實平はその一人を選びだすのに困り、結局父子二人であったために我が子遠平を下船させねばならぬことになる。かくして船は出たが、多数の敵が汀の方に寄せてくるのが見えたので、実平はなぎさに残した遠平を気遣いながら別れた。暫くたってから、これまで敵方であった和田義盛が頼朝の後を慕ってきて頼朝に対面の後船底から遠平を出し危なかった遠平を助けた次第を語ったので一同は喜びの酒宴を開き、実平は勧められて舞を舞うのである。 | シテ:土肥実平 ツレ:源頼朝 ツレ:新開次郎 土屋三郎 田代信綱 ツレ:土佐坊 ツレ:岡崎義実 子方:土肥遠平 ワキ:和田義盛 |
49 | 隅田川 | 四番目 (略三番目) |
三月 | 九番習 | 東京市向島区隅田町 | 観世十郎元雅 | 武蔵国隅田川の川岸で大念仏が行われるので渡守が人を待っていると、一人の狂女が来て乗船を頼むので、狂って見せたら乗せてやろうというと狂女は伊勢物語の文句を引いて渡守をたしなめたが終に発作的に狂ったので渡守も憐れを催して乗せてやり、対岸へと漕ぎ出す。その途中、今日の大念仏の仔細を物語ると回向を受けるその子供が我が愛児であると知った狂女は船中に泣き伏してしまう。そこで渡守は船を着けてからこの母を墓所に伴って回向を勧める。母も気を取り直して大念仏を唱えていると、その子梅若丸の亡霊が幻のように現れたが、夜が明け行くとともに消えうせるのである。 | シテ:狂女 子方:梅若丸 ワキ:渡守 ワキツレ:旅人 |
50 | 蝉丸 | 四番目 (略三番目) |
八月 | 二級 | 近江・山城国境逢坂山 | 世阿弥元清? | 弟宮蝉丸は盲目となって逢坂山に捨てられ、そこへ逆髪で発作的に狂乱する姉宮が訊ねて行き互いに宿命を嘆いてわかれる。 盲目なる蝉丸を逢坂山に捨てよという勅命を受けて清貴は蝉丸を伴って登場し、しきりに悲しむけれども蝉丸は叡慮を推し量って少しも嘆かずひたすら後世を助からんとの決意を述べる。しかし蓑笠や杖を渡され藁屋に一人残されるとさすがに寂しさに絶えず琵琶を抱いて泣き沈む。そこへ博雅の三位が登場して蝉丸を様ざまに労わる。 |
シテ:逆髪 ツレ:蝉丸 ワキ:清貫 ワキツレ(二人):輿舁 |
51 | 千手 | 三番目 髷物 |
三月 | 二級 | 相模国鎌倉郡鎌倉 | 世阿弥作 禪竹改作? |
一の谷の合戦で生きどられた平重衡は鎌倉に送られ狩野介宗茂の預かりとなっていたが、源頼朝は重衡に同情して手越の長の女千手を遣わしてこれを慰めた。ある雨の日に宗茂が酒を勧めようと思っているところへ千手が琵琶と琴とを携えて訊ねてくる。重衡は千手の取次ぎで頼朝に願い出た出家の望みが許されなかったことを聞きこれも父の命令で仏像を焼き人命をたった報いであろうと嘆く。千手は重を慰めて酒を勧め謡ったり舞ったりすると重衡もいつしか興に乗って琵琶を弾こうとするので千手も又それに琴を合わせたりする。そのうちに夜が明け始め重衡は酒宴んを止めたが軈勅命によって都に送られることになったので千手は泣きながらこれを見送る。 | シテ:千手前 ツレ:平重衡 ワキ:狩野介宗茂 |
52 | 摂待 | 四番目(略三番目) | 三月 | 準九番習 | 岩代国信夫郡平野村佐場野 | 作者不明 宮増作? |
義経主従十二人は作り山伏となって奥州へ落ちたが、佐藤館の山伏接待をしりさあらぬ態で立ち寄った。継信の遺子鶴若と繼信忠信の母である老尼とはそれを義経主従と覚って歓迎し老尼は二人の子を失った嘆きをもらし、せめて我が君を教えて私を喜ばせてくださいと頼み鶴若と二人で義経その他の人々の名をさしあてたので終に隠しきれなくなって実を告げ、弁慶が屋島の戦における繼信忠死の様子や弟忠信が兄の敵を討ったことなどを語って聞かせると、老尼は嘆きのなかにも喜んで酒を勧め、鶴若もかいがいしく酌をしたが程なく夜が明け義経主従が出かけようとすると鶴若は供をさせてくれとせがむ。それを押し沈め涙ながらに分かれて行くのを老尼は鶴若を抱いて見送るのである。 | シテ:老尼 ツレ:源義経 ツレ:義経の郎等(十人) 子方:鶴若 ワキ:武蔵坊弁慶 |
53 | 草子洗小町 | 三番目 | 四月 | 三級 | 前:京都小野小町邸 後:京都内裏 |
世阿弥元清 | 内裏のお歌合せで小野小町の相手と決まった大伴黒主は到底勝てないと思って、その前日小野の家に忍び入り小野の詠歌を聞きえたので万葉集に入れ筆しその歌を古歌と偽って勝とうと企てる。さて翌日の御会の席で貫之が小町の歌を読みあげると、黒主がそれは万葉の古歌だと言うので、驚いた小町が証拠を求めると万葉の草子を出して示す。しかし小町はそれを入れ筆と見破り、勅許を得てこの草子を洗うとその歌の文字が消えうせたので面目を失した黒主が自害をしようとする時、小町はそれを支え歌道に熱心なあまりの間違いだからといって慰め、舞を舞って御代の長久を祝い和歌の徳を讃えるのである。 | 前シテ:小野小町 後シテ:前同人 ツレ(後):紀貫之 ツレ(後):壬生忠岑 河内躬恒 ツレ(後):官女 子方(後):王 前ワキ:大伴黒主 後ワキ:前同人 |
54 | 高砂 | 眞初能 一番目 神?物 |
二月 | 一級 | 前:播磨国加古郡高砂 後:摂津国大阪市住吉 |
世阿弥元清 | 時は春の始め所は播州高砂の蒲。その裏にある高砂の松の木陰を共に白髪の老人夫婦が来て掃き清める。都に上る途中この浦に立ち寄った肥後国阿蘇の宮の神主友成はこの夫婦を見て、高砂の松と言うのはどの木かと尋ね更に国を隔てた高砂の松と住吉の松を相生の松というわけや、高砂の松のめでたい謂れなどについて尋ねると、夫婦は古事などを引いて詳しく答えた後、実は私共がその相生の松の精であると打明け住吉でお待ちしましょうと言って、夕波の寄する渚にあった小船に打ち乗って沖のほうに消えうせた。そこで友成も舟で住吉に行くと、月下に住吉明神が影向されて神舞を舞い、御代萬歳・国土安穏を祝われる。 | 前シテ:尉 後シテ:住吉明神 ツレ(前):姥 ワキ:阿蘇宮神主友成 ワキツレ:従者(2-3人) |
55 | 忠度 | 二番目 修羅物 |
三月 | 三級 | 摂津国神戸市須磨浦 | 世阿弥元清 | 藤原俊成の家人が出家して西国行脚を志し、須磨浦まで来ると薪に花を折り添えて負うた老人が来て桜の木陰の古墳にその花を手向けたので、この老人に一夜の宿を乞うと花の陰に勝る宿はないでしょうといい、これは平忠度の古墳ですからよく弔ってくださいと頼む。そこで懇ろに回向をすると老人は喜んで実は御僧に弔われようと思ってきたのです。尚、夢の告をもお待ちなさいと言って消えうせた。その夜僧が花の陰に寝ていると夢に忠度が現れて「行き暮れて」の歌を読み人知らずとされたのは妄執の第一ですから、定家君に話して作者の名をつけてくださいと頼み更に、都落ちしたときの事から最後の様子などを語った。 | 前シテ:尉 後シテ:薩摩守忠度 ワキ:旅僧 ワキツレ:従僧(2-3人) |
56 | 当麻 | 四番目(又は五番目) (略初能) |
二月 | 九番習 | 大和国北葛城郡当麻寺 | 世阿弥元清 | 念仏の行者が大和の当麻寺に参ると、気高い老尼が若い女と共に出てきて行者に付近の名所を教え又当麻寺の縁起をも語り、今宵は二月十五日、然も時正の時節なので法事のために来たといい、最後に実は古の化尼と化女である事を明かし紫雲に乗って昇天した。その後で中将姫の精魂が現れ法徳を讃えて舞を舞い、後夜の勧行をなすとみて僧の夢は覚めた。 | 前シテ:化尼 後シテ:中将姫 ツレ(前):化女 ワキ:旅僧 ワキツレ:従僧(2-3人) |
57 | 定家 | 三番目 髷物 |
十一月 | 九番習 | 京都上京区今出川千本東入般舟院前町 | 世阿弥元清 | 都に上った東国の僧が、千本のあたりで時雨に会ったので傍らの亭に雨をよけていると、一人の女が来てこの亭の由緒を知って立ち寄られたのかと言葉をかけ、問われるままにそれが藤原定家卿の時雨の亭であって、卿が時雨の歌を読まれたところであると教えた後で、僧を式子内親王のお墓に連れて行き、定家と深い契りを結んでいられた内親王がなくなられてから、定家の執心が葛となって内親王の御墓に這い纏ったと言う話をして僧の回向を乞うたが実は自分んがその内親王であると行って消えうせた。 その夜僧が法華経の薬草喩品を誦誦していると内親王の霊が現れ妙典の功力で成仏のできたことを喜び報恩のためにと舞を舞われたが、再び定家葛の這い纏うたお墓にうずもれてしまわれるのである。 |
マエシテ:里女 後シテ:式子内親王 ワキ:旅僧 ワキツレ:旅僧(2人) |
58 | 天鼓 | 四番目 | 七月 | 三級 | 唐土 | 世阿弥元清 | 支那御漢の世に天から降り下った鼓を持つ天鼓と言う者がいた処、帝がその鼓を召されたのに惜しんで山中に隠れたが、終に探し出されて呂水に沈められた。その後、内裏で天鼓の鼓を打たせられるが少しもならないので不思議に思召され勅使をやって天鼓の父王伯を召され鼓を打てと命じられる。そこで王伯が我が子を追慕しつつ鼓を打つと妙音を発したので帝も憐れと思召され、王伯には数多の宝を与えて帰らせ、天鼓に対しては管弦講をもって弔わせられることになった。 軈、呂水の堤に行幸されて天鼓の跡を弔わせられると天鼓の亡霊が現れてそれを喜び鼓を打って楽を奏した後再び消え失せるのである。 |
前シテ:王伯 後シテ:天鼓 ワキ:勅使 |
59 | 朝長 | 二番目 修羅物 |
一月 | 一級 | 美濃国不破郡青墓村 | 世阿弥元清 | 嘗て、源頼朝の傳であった嵯峨清涼時の僧が平治の乱に敗れ美濃の青墓で自害した朝長を弔おうと思い、青墓の宿に下ってその墓所に参るとこの宿の長者も参りに来たので互いに名乗り合う。長者は自分の家で朝長が自害したときの有様を物語った後僧を我が家に連れてつき、懇ろにもてなす。その夜、僧が観音懴法を行って弔うと朝長の亡霊が現れてきて、平治の乱後に或いは殺され或いは生け捕られた父や兄たちのことを語り野間の長田は主君である我が父義朝を闇討ちにしたのに、この宿の長は女ながらもかいかいしく我が死後までの世話をしてくれるのは嬉しいことだと喜び、深手を負ってから自害するに至るまでの有様を語り回向をこいて消え失せるのである。 | 前シテ:青墓の長者 後シテ:太夫之進朝長 ツレ(前):侍女 トモ(前):従者(太刀持) ワキ:旅僧 ワキツレ:従僧(2-3人) |
60 | 融 | 五番目 | 八月 | 三級 | 京都市下京区六條河原院 | 世阿弥元清 | 東国の僧が都に上って六條河原院で休んでいると、田子を背負った老人が来たので、この辺りの人かと尋ねると、この所の汐汲みですと答えたので、こんな所に汐汲が居る筈がないと怪しむと、融の大臣が陸奥の千賀の塩釜の景色を写したところですから、汐汲が居てもよいでしょうといい、月下の景色を賞したり、融のことを語ったり付近の名所を教えたりしていたが、軈、渚に立ち寄って汐を汲むよと見る間に忽ちその姿は消え失せた。 僧はなおも奇特を期待してそこに旅寝をしていると融の大臣が現れ昔を偲んで月下に様々の遊舞を奏していたが明け方になって月の光と共に消え失せるのである。 |
前シテ:尉 後シテ:融大臣 ワキ:旅僧 |
61 | 野宮 | 三番目 髷物 |
九月 | 一級 | 山城国京都市嵯峨野野宮 | 世阿弥元清 | 上洛中の回国の僧が秋の末に野宮を訪れると、美しい女が現れ、九月七日の今日は私がここで密かに神事を行う日に当っているから早くお帰りなさいと言うので、僧がその神事の謂れを尋ねると女はそれに答えた後昔ここに居られた六條後息所のことを語り、終いに自分がその後息所であることをも告げて姿を消した。 その夜僧が跡を弔っていると、物見車に乗った後息所の霊が現れ賀茂の祭りの日に葵上と車争いをして辱められたことを語り、その妄執を晴らしてくださいと頼み辺りの風物を懐かしがって舞を舞っていられたが軈再び車に乗って立ち去られるのである。 |
前シテ:里女 後シテ:六條御息所 ワキ:旅僧 |
62 | 花筐 | 四番目(略三番目) 狂女物 |
九月 | 準九番習 | 前:越前国今立郡味真野 後:大和国磯城郡阿倍村池内邊 |
世阿弥元清 | 越前国味真野にいらせられた男大迹皇子は、皇位を継がせられることになったので、お側近く召し使っていた照日の前にお使いを遣わされて御文と御花筐とを賜り照る日の前はそれを抱いて故郷に帰った。 その後皇子は継體天皇にならせられ、大和の玉穂の都に御宮造りあって、ある日紅葉の行幸を遊ばされた。照日の前は宮をお慕いした余りに心乱れ侍女と共に御文と御花筐とを持って都へ向かったが、その途中で行幸に行き会いその前に進むと供奉の官人が無礼を咎めて花筐を打ち落とす。照日の前はそれが君の花筐である事を告げ、又反魂香の故事を語って恋慕の情を述べる。帝は花筐によって女が照日の前であることを知り給い伴って還幸遊ばされるのである。 |
前シテ:照日ノ前 後シテ:前同人(狂女) ツレ(後):侍女 子方:王 ワキ(後):官人 ワキツレ(前):使者 ワキツレ(後):輿舁(二人) |
63 | 班女 | 四番目(略三番目) 狂女物 |
七月 | 二級 | 前:美濃国不破郡野上宿 後:京都洛北下鴨 |
世阿弥元清 | 美濃国野上の宿の遊女花子は東国に下る途中立ち寄った吉田少将と契ってから、形見に取り交わした扇に眺めいって引き篭もり外の客に会おうとしなかったので、終いに宿の長に追い出されてしまう。 その秋東国から戻り道の吉田少将は野上で花子を尋ねたが、いなかったのでそのまま都に帰り、糺の賀茂の社に参詣すると、狂女になった花子が来て、神に祈願を捧げる。それを見た少将の供人が狂って見せよというと無情なことを仰るなと言って思慕の情の切なさを述べるが、次第に心が乱れて終に形見の扇をとって狂おしく舞う。しかしその扇のために花子であることがわかり、少将は花子と夫婦の契りを結ぶことになる。 |
前シテ:花子 後シテ:前同人 ワキ:吉田少将 ワキツレ:従者(2-3人) |
64 | 半蔀 | 三番目 髷物 |
九月 | 三級 | 京都洛北紫野雲林院 | 内藤河内守 | 紫野雲林院の僧が一夏の間立夏供養をしているとその安居も終わりに近付いたある日一人の女が来て白い花を供えたので、花の名を訊ねると夕顔の花と答え女の素性を訊ねると五篠邊の者と答えただけで花の陰に消え失せた。 不思議に思った僧が五篠に来て見ると荒れ果てた一軒の家に夕顔の花が咲いているので、源氏物語の昔を偲んでいると、半蔀を押し上げて一人の女が現れ、源氏の君がこの家で夕顔上と契りを結んだときの事や、咲いていた夕顔の花がその媒となったことなど語り舞を舞っていたが、夜の明け方に再び半蔀の内にはいるとみて僧の夢は覚めるのである。 |
前シテ:里女 後シテ:夕顔女 ワキ:僧 |
65 | 芭蕉 | 三番目 | 八月 | 一級 | 支那湖西省湘水附近 | 金春禪竹 | 唐土楚国の湖水と言うところに山居の僧が毎夜読経をしていると、一人の女がそっと聞きに来る様子なので、ある夜その素性を訊ねると私はこの辺りの者で、仏縁を結びたいと思ってくるのですからどうか内へ入れて御法を聴聞させて下さいという。その志に感じて庵の内へ入れてやり、薬草兪品を読んで聞かせると女は草木さえ成仏できる法華経の功力を讃えた後、自分が芭蕉の精であることを仄かして消え失せた。 その後で僧が夜もすがら読経をしていると、芭蕉の精が再び女の姿で現れ非情の草木も無相真如の體である事や、芭蕉葉が人生の儚さを示していることなどを語った後、舞を舞ったが秋風が吹きすさむとその姿は消えて庭の芭蕉葉だけが破れて残っていた。 |
前シテ:里女 後シテ:芭蕉ノ精 ワキ:山居ノ僧 |
66 | 鉢木 | 四番目(略二番目) |
十二月 | 九番習 | 前:上野国群馬郡佐野村 後:相模国鎌倉 |
世阿弥 又は 観阿弥 |
ある旅僧が信濃国から鎌倉に上る途中上野国佐野で大雪に会い、ある家に宿を乞うた。貧しい暮らしのこの家の夫婦は栗飯を出してもてなし、又秘蔵の鉢の木をも焚いて暖を取らせた。僧は主人を由ある人と察してしいてその素性を訊ねる。裹みかねて佐野源左衛門尉常世がなれの果てとなのり、一族の者に横領されて零落したがもし鎌倉に大事が起こったら、一番にはせ参じて奉公する覚悟だと語る。軈、引き止める夫婦に名残を惜しみながら僧は立ち去る。 かくて旅僧(最明寺時頼)は鎌倉に帰ると常世の言葉の眞偽を試そうとして諸国の軍勢を招集する。果たして常世は痩せ馬に鞭打ってはせ参じた。そこで時頼は常世の忠節をほめて本領を安堵せしめ、更に鉢の木のもてなしに対して三箇の庄を与え常世は面目を施して帰るのである。 |
前シテ:佐野源左衛門常世 後シテ:前同人 ツレ(前):常世ノ妻 前ワキ:旅僧 後ワキ:最明寺時頼 ワキツレ:二階堂某 |
67 | 百萬 | 四番目(略三番目) 狂女物 |
三月 | 三級 | 京都嵯峨清涼寺釋迦堂 | 世阿弥元清 | 大和国吉野の男が南都西大寺の邊で拾った少年を連れて山城の嵯峨の大念仏に参ると、一人の狂女が来て念仏の音頭を取り狂った後、仏前に参り我が子に会わせ狂気を止め給えと祈る。それを見た少年が我が母であることを連れの男に告げたので、狂女に生国や狂乱の理由を訊ねると奈良の都の百萬と言う者で唯一人の子に生き別れ狂乱となったのだと答える。男はそれを憐れに思い信心に私がなかったら逢えまいものでもないと言うと、では法楽の舞を舞おうと言って舞ううちにも、子供を訪ねて迷い歩いた様子を見せ狂いなどしたのであるが、その舞の後で少年に合わせてやると夢かと驚きこれも法の力であると喜んで共に故郷に帰った。 | シテ:狂女百萬 子方:百萬ノ子 ワキ:里人 |
68 | 二人静 | 三番目 髷物 |
一月 | 一級 | 前:大和国吉野郡菜摘川 後:同吉野山勝手神社 |
世阿弥元清 | 三吉野勝手明神の神職が正月七日の御神事に供える若菜を摘みに女を菜摘川に遣ると一人の女が来て社家その他の人々に一日経を書き我があとを弔ってくださるようにと言伝を頼み、その時にもし疑う人があった際には私があなたに憑いて名を明かしましょうと言って消え失せた。 驚いた菜摘女が帰ってこの由を告げ、なんだか嘘のような話ですがと言うや否や忽ちもの狂おしい様子となり私はこの山まで判官殿のお供をした静ですと言う。そうして明神の宝蔵にある昔の舞装束を取り出させ、それを着て舞おうとする時に静の霊も現れ出で義経吉野落ちの辛苦や、頼朝に召されて舞を所望されたときのことなどを物語りながら、二人で舞いその後で回向を乞うのである。 |
前シテ:里女 後シテ:静御前 ツレ:茶摘女 ワキ:勝手宮神主 |
69 | 船弁慶 | 五番目 | 十一月 | 四級 | 前:摂津国尼崎市大物浦 後:摂津国茅渟海上 |
観世小次郎信光 | 源義経が兄頼朝の疑いを解かんがために弁慶その他の家来を従え都から摂津尼崎の大物蒲まで落ちてきた時に、弁慶は静御前がついて来たのを知って、今のような場合に静を同道されるのは似合わしくないと諌め義経も同意したので静の宿を訪ねてこのことを言うと静は弁慶の一存から出たものと誤解し義経の所に行くと義経からも都に帰る事を勧められる。止む無く別離の酒宴で別れを惜しみながら舞を舞ったが終に思い切って分かれて往く。 その後で義経は船出を延期しようとしたが、弁慶は押し切って出船させ暫くは無事であったが、俄に風向きが変わり船が荒波に揉まれると不思議や海上に西国で亡びた平家一門の怨霊が現れ中にも知盛の幽霊が義経を海に沈めようと切ってかかるのを、弁慶は数珠を押し揉んで祈り退けんとし、終に怨霊のほうが負けて引く汐と共に跡知れず消え失せた。 |
前シテ:静 後シテ:知盛ノ怨霊 子方:判官源義経 ワキ:武蔵坊弁慶 ワキツレ:判官ノ従者(三人) |
70 | 藤戸 | 四番目 | 三月 | 九番習 | 備前国児島郡藤戸町 | 世阿弥元清 | 藤戸先陣の功で備前の児島を賜った佐々木盛綱が吉日を選んで入部し、訴訟のある者は申し出でよと触れさせると、卑しい身なりの老女が来て罪無き子を盛綱に殺された恨みを泣きながら訴えた。さてはそうかと思いあたった盛綱は、先陣の功を焦ったため浅瀬を教えてくれた漁夫を心ならずも殺した始終を物語り、その話を聞いた老女が益々悲しみ嘆くのを色々慰めて帰らせた。 その後で殺された男の追善供養をしていると、その漁夫の亡霊が現れ殺された時の事を語ってこの恨みを晴らすために悪龍となって祟りをするつもりであったが、回向を受けて成仏徳脱の身となることが出来たと言って消え失せるのである。 |
前シテ:漁師の母 後シテ:漁師 ワキ:佐々木盛綱 ワキツレ:従者(2-3人) |
71 | 松風 | 三番目 髷物 |
九月 | 準九番習 | 摂津国神戸市須磨浦 | 世阿弥元清 | 諸国一見の僧が須磨の蒲で由ありげな松を見、それが松風村雨の旧跡だと聞いて、弔ううちに秋の日も軈暮れた。折から二人の蛋少女が月に照らされながら汐汲み車を引いて帰ってきたので、僧は一宿を乞い、先程松風村雨の旧跡を弔ったことを話すと、女たちは涙ぐんで、実はその松風村雨の幽霊であると打明け、中納言行平の寵を受けた昔を物語るうちに、松風は恋慕の余りに心乱れ形見の烏帽子狩衣を来て舞を舞った後、僧の回向を乞うて別れを告げたかと思うと、僧の夢は覚めて残るのは唯松風ばかりであった。 | シテ:松風 ツレ:村雨 ワキ:旅僧 |
72 | 巻絹 | 四番目 (略三番目) (略初能) |
十二月 | 三級 | 紀伊国東牟婁郡熊野本宮 | 作者不明 観阿弥の説もあり |
千匹の巻絹を三熊野に納めよとの宣旨を蒙った臣下が、熊野に詣でて諸国の絹を集めると、都からの巻絹をもって来た男は途中音無の天神に詣り冬梅の咲いているのを見て手向けの和歌を詠んだりしていたので日限に遅れて到着した。そこで勅使はその科を責めて縛める。すると音無の天神が神子に憑り移って現れ、この男は歌を詠んで私に手向けた者であるから、縄を解いてやってくださいと頼み、歌の上句を男に言わせ、自分はその下句を継いで証拠を示してから、自分で縄を解いてやり尚、歌の徳について語ったが、勅使の求めに応じて祝詞をあげ又神楽を舞っている間に狂態を示し物狂おしく舞いながら、熊野権現の事を神語りしていたが、軈、神霊は離れ神子は本性に帰るのである。 | シテ:巫女 ツレ:都ノ男 ワキ:臣下 |
73 | 三井寺 | 四番目 狂女物 |
八月 | 二級 | 前:京都東山清水寺 後:近江国大津市三井寺 |
世阿弥元清 | 行方不明になった我が子を尋ねて、駿河国から遥々都に上り、清水寺に参籠して親子の再会を祈っている女性が、ある夜、我が子に会おうと思うなら三井寺に行けと言う霊夢を蒙り、喜んで出かける。 三井寺の住僧は、講堂の庭で八月十五夜の月見をしたが、その一座の中には、頼まれて子弟の契約をした一人の少年も交わっていた。そこへこの少年の母が狂いながら来て明日の夜の鐘の音に心を引かれ自分も鐘楼に上がって鐘を撞く。僧がそれを咎めると色々と鐘の故事を語って弁解し更に鐘つくしの文句を謡いながら舞う。そのうちに少年のほうでそれが自分の母ではないかと思い、その国里を尋ねたので、終に我がこの千満と判り母は喜んで親子一緒に故郷に帰るのである。 |
前シテ:千満ノ母 後シテ:前同人(狂女) 子方:千満丸 ワキ(後):円城寺の住僧 ワキツレ(後):従僧(3人) |
74 | 三輪 | 四番目 (略初能) (略三番目) |
九月 | 三級 | 大和国磯城郡三輪 | 世阿弥元清 | 大和の三輪に山居している玄賓僧都の妻に、毎日樒閼伽の水を運んでくる女があったが、ある日この女が、秋も夜寒になったので御衣を一重頂けませぬかと言うので、僧都が衣を与えてから女の住家を訊ねると「わが庵は三輪の山もと恋しくは訪い来ませ杉立てる門」と詠まれた杉立てる門をしるしに訊ねてください、と言って消え失せた。 そこで僧都が三輪の神垣の内にある二本の杉に行ってみると、その枝に先刻の衣が懸かっていて、その褄には和歌が記されているので、不審に思ってその歌を詠んでいると、そこへ三輪の女神が現れて、三輪の神話を語ったり、神楽を奏して、天の岩戸の神遊の様を示したりしていたが、夜の明け方になって、神姿は玄賓の夢のうちから消え去るのである。 |
前シテ:里女 後シテ:三輪明神 ワキ:玄賓僧都 |
75 | 盛久 | 四・五番目 (略二番目) |
三月 | 準九番習 | 前:京都 後:相模国鎌倉 |
観世十郎元雅 | 平盛久は捕われて鎌倉に送られることになったが、都を出るとき、護送役の土屋三郎に乞うて日頃信仰する清水観音へ輿を立てさせ、最後の祈願をしてから鎌倉へ下った。処刑の時が近付きそれを土屋が知らせた時にも、又静かに観音経を読経しその後で一眠りしていると、夢中に観音のお告げがあった。翌暁、由比ケ濱で切られようとする時、太刀持は盛久が手にした経巻から発する光で目が眩み、取り落とした太刀は二つに折れてしまった。これを聞いた頼朝は盛久を連れてこさせ、盛久から清水観音の霊夢の次第を聞くと、自分も同じ夢を見ていたので、奇特に思い命を助けた上、盃を与えて舞を所望し、盛久は立って舞い軈、退出するのである。 | シテ:盛久 ワキ:土屋三郎 ワキツレ:従者(太刀取) ワキツレ:輿舁(二人) |
76 | 屋島 | 二番目 修羅物 |
三月 | 三級 | 讃岐国木田郡屋島壇ノ浦 | 世阿弥元清 | 西国行脚中の都の僧が、讃岐国屋島の蒲で、ある鹽屋に一夜の宿を求めると、若い男と一緒に釣から戻ってきた主の漁翁は、僧を都の人と聞いて懐かしがり、請じ入れた後その所望に応じて、ここで源平が戦った昔の事を、義経の大将振り、悪七兵衛景清と三保谷四郎との錣引、佐藤継信の最期などについて語ったが、余りに悉しい物語に僧が不審をなして、漁王の名を尋ねると、義経の霊であることを仄めかして消え失せた。 軈、僧の夢の中に甲冑姿の義経が現れ、屋島合戦の際、波に流された我が弓を敵に取られまじと、身を捨てて拾い取った次第を物語った後、修羅道に堕ちた為に、今もやはり戦わねばならぬのであると、その戦いの様子を示していたが、夜の明け行くと共に消え失せた。 |
前シテ:漁翁 後シテ:源義経 ツレ(前):漁夫 ワキ:旅僧 ワキツレ:従僧(2-3人) |
77 | 山姥 | 五番目 | 不定 | 準九番習 | 越後国西頸城郡上路山 | 世阿弥元清 | 山姥山廻りの曲舞を得意とする所から、百萬山姥と呼ばれている遊女が、供の者を連れて、善光寺詣を思い立ち越後越中の境川に着き、それから徒歩で上路の山にさしかかり、俄に日が暮れて困っていると、中年の女が現れて、自分の庵に連れて行き、山姥の曲舞を所望して、実は自分が眞の山姥であるという。驚き恐れてすぐにでも謡おうとすると、それを止め夕月の頃謡われるならば、私も眞の姿を現して移り舞を舞いましょうと言い捨てて消え失せる。 軈約束の時刻に遊女が謡い始めると、果たして恐ろしい姿をした山姥が現れ、山姥の曲舞を舞い、又、山廻りの様を示し、終いに舞いながら何処ともなくその姿を隠すのである。 |
前シテ:女 後シテ:山姥 ツレ:百萬山姥 ワキ:従者 ワキツレ:供人 |
78 | 遊行柳 | 三番目 | 九月 | 九番習 | 下野国那須郡蘆野町 | 観世小次郎信光 | 遊行上人が上総国から陸奥へ向かい、白河の関を越えて、新道を行こうとすると、一人の老翁が現れて、先代の遊行上人が通った古道へと誘い、路傍の柳を、あれが朽木の柳と言う銘木だと教える。そこで上人がその由来を訊ねると、昔西行法師がここで、道のべに清水流るる云々の歌を詠んだ木であると語り、その後で上人から十念を授かったが、軈朽木の辺りに消え失せた。 その夜上人が念仏を唱えてから仮寝をしていると、朽木の柳の精が白髪の老人姿で現れ、十念を授かったために、草木ながら成仏が出来ると喜び、柳に因む和漢の故事を語り、又報謝の舞を舞ったりしたが、軈、その姿を消すのである。 |
前シテ:尉 後シテ:老柳ノ精 ワキ:遊行上人 ワキツレ:従僧(2-3人) |
79 | 熊野 | 三番目 | 三月 | 一級 | 前:京都平宗盛邸 後:同 絡東清水寺 |
世阿弥元清 | 平宗盛の寵妾熊野は、故郷遠江から朝顔が持参した病母の手紙を宗盛に見せて、暇を乞うたが、却って花見の供を強いられ、やむなく同車して清水に往き、花の下の酒宴の席で、宗盛に所望され心ならずも舞を舞ったが、舞い半ばで俄に村雨が降り出し、花を散らすのを見て、いかにせん都の春も惜しけれど馴れし東の花や散るらん、と歌を詠んで短冊にしたため、宗盛の前に差し出すと、さすがの宗盛も哀れに思って暇を与え、熊野は、これも清水観音のご利益であると、喜び勇んでそのまま東をさして帰った。 | シテ:熊野 ツレ:朝顔(侍女) ワキ:平宗盛 ワキツレ:従者(太刀持) |
80 | 弱法師 | 四番目 (略二・三番目) |
二月 | 準九番習 | 大阪天王寺 | 観世十郎元雅 | 河内国高安の里の左衛門尉通俊は、ある人の讒言を信じ、一子俊徳丸を追い出したが、後にその冤抂を知って不憫に思い、俊徳丸の二世安楽のため、天王寺で十七日の施行をすることになった。俊足丸は又悲嘆の余り盲目となって乞食の群れに投じ、弱法師と呼ばれていたが、杖を力に天王寺に来て施行を受ける。通俊はまもなく我が子と気づいたが、人目を憚り夜に入るのを待とうと、先ず何気なく日想感を勧めると、なるほど今はその時節であろうと日想感をなし、又見えぬ目で四辺の風光を賞しながら躓き歩くのを、さてこそ眞の弱法師よと、人々は笑う。軈、夜も更けたので、親子は名乗りあい連れたって帰って行く。 | シテ:俊徳丸 ワキ:高安通俊 |
81 | 頼政 | 二番目 修羅物 |
五月 | 二級 | 山城国久世郡宇治町平等院 | 世阿弥元清 | 諸国遊歴の僧が京都から奈良へ赴く途中宇治の里に立ち寄り、辺りの景色を眺めていると、一人の老人が来たので、付近の名所旧跡を尋ねると、老人は宇治山その他の名所旧跡を教えた後、僧を平等院に連れて往き、源頼政自害の跡である扇の芝に就いて語ってから、今日がその命日であり、自分が頼政の幽霊であることを告げて消え失せる。 旅僧は奇特に思い読経をして弔い、尚そこで仮寝をしていると、軈、甲冑姿の頼政が現れ、治承の夏、高倉宮にお勤めして平家の討伐を謀ったが、この宇治川の要害を破られて如何ともし難く、一首の辞世を残して自害したその当時のことを物語り、回向を乞うて、扇の芝の草陰に消え失せるのである。 |
前シテ:尉 後シテ:源三位頼政 |