クリスマスを前に


今度の日曜日は
教会のクリスマス礼拝の日となっている
毎年クリスマス礼拝は
25日以前の日曜日と決めているので
毎年日にちがずれていく
世間では通常クリスマスといえば24日の夜と思われているので
うちへも24日の夜はしばしば突然の来訪者がある
ご期待に添えなくて申し訳ないと思いつつ
日本にもこの日だけはしっかり定着したなあと感心する

さて
クリスマス礼拝といっても
ただ純粋に礼拝があるだけで
特別にパーティーなどをするわけでもないが
普段と変わったところといえば
ちょっとしたプレゼントを配ることだろうか

ここ数年は
子ども用のプレゼント(お菓子の詰め合わせ)は
うちの子どもたちが選んで袋詰作業をしている



神学校時代にはこういう作業が色々あったが
入れ方については常に厳しいチェックがあり
いいかげんな事をしていると叱られたものだ
その頃は「どうせ中味は同じなのに」と思っていたが
どうも今やその習慣がしみついてしまって
袋の角や折り目の幅まできちんとそろっていなくては
なんだか気持ち悪い気がする

子どもたちは
わたしがこの辺のところにうるさいのをよく知っているので
最近は何も言わなくてもポイントをおさえている
迅速で、正確に、美しく、そして心をこめて
これはすべての仕事の基本だ

今はこうしたクリスマスの形に落ち着いているが
わたしの知らないずっと昔には
(40年くらい前)
礼拝後にみんなで手作りの巻寿司を食べたり
ある人は『荒城の月』を歌い
またある人は『どじょうすくい』を踊ったりしたという
夫はその頃の光景を思い出しながら
「今考えると実に奇妙なクリスマスだけど
あれはあれで良い時代だったと思うよ」と言う
何しろここは田舎町だし
キリスト教といってもみんなピンとこなかった時代
なんでもありだが
同時に心もあった

みんなで持ち寄った
お菓子等を新聞紙でくるんだプレゼントは
賛美歌を歌いながらみんなの手を次々に渡り
歌い終わったところで手に残ったものがその人のものになる
歌の途中で手にした大きな包みが欲しくて
思わず後ろへ隠してしまった幼い女の子も
今は立派なおかあさんになっている
その時夫の手元に残った包みの中味は「卵きり」
あのゆで卵を同じ幅でカットする
当時としては画期的な器械だ
早速ゆで卵を作ってはカットして楽しんだらしいが
クリスマスのイメージからはおよそかけ離れている

今ちまたでは昭和30〜40年代がブームなのだという
TVで当時の生活やおもちゃなどが紹介されると
昭和36年生まれの私は懐かしいと思う反面
何でこんな当たり前のことが今更ブームなの?
と不思議に思うが
この物質的には豊かでも人の心が殺伐とした時代には
あの素朴でおおよそシャレていない暮らしが
心の癒しになるらしい

夫は先日突如庭のツリーの電飾を
それまでのカラー電球から
すべて無色(?)の電球に変えてしまった
まだお庭をリニューアルする前には
今のドイツトーヒの場所には大きなヒマラヤシーダの樹があって
いつも無色の電飾で飾られてきた
その長年の光景がどうしても脳裏にあるので
どんなに華やかな色の電球をもってきても
どうもしっくりこないのだ

懐古趣味なんてまるで年寄りみたいだが
時々原点に戻ってみたいと思うことがある
楽譜の読めない人たちが
楽器の伴奏もないまま
耳で覚えた讃美歌を自己流に歌っていた時代・・・

今は2つの教会を持っているので
クリスマスでもゆっくり時間が取れないのだが
いつか昔のように
合同でクリスマス礼拝を行い
何らかの交流ができたらいいなあと思う

さあ明日は
クリスマス用に活けるお花を買いに行こう
アカペラコーラスもまだまだ不安が残るので
もうちょっと練習しておかないと・・・
とりあえず今は今年のクリスマスのことを考えていなくてはね
夢はこの先またゆっくりと。。。





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