優越感と劣等感


娘が最近ずいぶん容姿を気にしている
スカートがはきたいが
足の太さが気になるらしい
父親に似ればもっとスマートだったろうに
わたしに似たのが運のつき、、

「○○ちゃんは目がパッチリしてて可愛いよ・・」
目の大きな人がうらやましいらしい
わたしも子供のころは一重まぶたで
”目がパッチリ”からは程遠かった
それが年をとるにつれてあちこちやせてきて
結婚当時の指輪のサイズは13だったのが
今は10にサイズダウンしてもゆるい
目は一方が二重になり
時折もう一方もそうなる

数年前に学生時代の友人と話したとき
「目が最近になって二重になってね〜」
と言っていた
「あら、わたしもよ〜♪」というと
「遅すぎるよねぇ
もっと早く二重になってたら人生変わったかもよ(笑)」と彼女
「変わらん変わらんっ」
と大笑いになったが
もちろん彼女は本気でそんなことにこだわってはいない

ところが
こういった過去のコンプレックスにこだわっている人は
結構多いのではないかと最近感じている

教会にいると実に様々な人と会い
またいろいろな人の話を聞く機会がある
その中にその人の持つコンプレックスが見え隠れする
それは容姿であったり
あるいは学歴、家柄、社会的地位、などなど

人は自分で生まれる家を選べるわけでもないし
その姿も性格も能力も選択の余地がない
そしてたいていの人は”ないものねだり”をするので
自分の状態に満足している人は少ない

ましてやそのコンプレックスのために嫌な思いをしたことがあれば
なおさら過去への恨みはつのる
そして考える
「いつか見返してやる」

ここから”特定の相手のいない”過去への復讐は始まる
一生懸命勉強し、あるいは働き
社会的に認められるべく努力する
その過程で道が分かれてくる
ある人はその努力が自分を磨くことになり
自分の気付かなかった長所を発見して
また自分の弱さを知って
やがて過去へのこだわりをやめる

しかし
そうならない人はだんだん深みにはまる
必死で努力しているだけ認められるのが当然だ
そう思ってみるものの
望むような結果はなかなか現れない
一生懸命がんばるほど
自分が間違っているかもしれないとはまったく考えない
いや、考えようとしない

人には「ちょうどいいくらいの幸せ」がある
でもこういう人にはそんなものでは満足がない
なにしろ見返さなくてはならないのだから
人よりも常に優れた立場にいなければ意味がないのだ

『優越感を求める人の裏には
強い劣等感がある』

むかし義父がそう言っていた
優越感と劣等感は表裏一体らしい

目立つ場面での活躍をのぞみ
人からほめられることを喜びとし
良い人としてふるまいながらも
自分の努力が評価されなければ
たちまち豹変してその場を混ぜ返す
こういう人がどこにでも一人くらいはいるようで
周りはその人を
「うるさい人」と呼ぶ
とにかくちやほやしておけば問題が起こらないからと
適当におだてておく
すると「うるさい人」は
自分は人から頼りにされていると勘違いする
それほど「できる人」なのだと勝手に思う

こうなるには
過去に何か事情があるのだろう
面倒な人ではあるが
悪く思ってはいけない
何しろ本人は一生懸命なのだから
ただ
その考え方を変えないかぎり
いくら努力しても人は認めてはくれない
なんとなく孤立し
本人はいつも満たされない

劣等感は誰にでもあるが
その感じ方は
個々が置かれた境遇と必ずしも比例しない
要するに
なんでその程度のことをいつまでもこだわるの?
と思うケースは多い
思いが募って被害妄想になっていることもある

一方
実に気の毒な境遇にありながらも
決して卑屈にならず
自分を見失わない人もある
過去にこだわらないあっさりした性格は
人にも好感を与える
ちょっとした違いで人生は分かれる

この差はいったいどこにあるのか?

わたしはずっとこれを考えてきたが
どうもよくわからないので
夫に聞いてみた

するとその答えは
「その人の育ちだ」
と言う

”育ち”???
では親の責任なのだろうか、、、と思ったが
ちょっと意味が違うようだ

夫は両親が盲人で
「めくらの子」と呼ばれた
今のように学校でもどこでも
配慮が行き届いた時代ではなかったから
嫌な思いをすることは多かったし
ずいぶんと苦労をしている

それでも
目の見えない親を恥ずかしいと思ったことは一度もないと言う
それは
親自身が卑屈になっていなかったこともあるし
自分でも環境をそのまま受け入れていて
高望みをすることがなかったからだろう
どんな時も「こんなものだろう」と考え
「こんなのじゃあいけない」とは考えなかったらしい

要するに「育ち」とは
自分自身が
境遇(あるいは過去)と折り合いをつけながら
どのように生きてきたのか
ということを言うのだろうか

すべてのことは「運命」として受け入れ
ジタバタしないのだという

家庭環境が悪いから
子どもがグレてもしょうがないと考えるのは間違っている
自分の人生は自分の責任で生きるべきで
そのツケは全部自分に返ってくる

娘には変なダイエットをしないようにと言い聞かせている
人と比べていたら
つまらないことに熱心になる
”いかに個性を光らせるか”
が、我が家のモットーだから
今から自分を磨くべし




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