目標があれば


この春
念願の携帯電話を入手した息子は
ケイタイというものを理解するにつれて
新しい機種に目が向くようになっていた
初めはとにかく安く!というわけで
本当は色々ほしい機種もあったにもかかわらず
「タダのでよろしいっ」との母の一言で却下されてしまい
機械モノは好きでこだわりもあるだけに
中途半端に不満が残ってしまったのだった

何とかならないものかと思案しながらも
機種変更は高すぎて論外だし
他社に乗り換えて新規契約にしようにも
切り替え時期でなければ契約解除料を取られる
そして
新規といえどもやはり新しい機種はかなり値段が高い
いったいどこからそんなお金が捻出できるだろう
色々調べてはため息をつく日々・・・

そんな彼に
先月、意外な朗報メールが舞い込んだ
それは電話会社の都合により
7月中なら解除料なしで解約ができるというものだった
息子が喜び勇んでそれを知らせてきたのは言うまでもない

だが問題はまだまだ続く
他社に変更するにはまた登録料が必要になるし
新しい電話機だって買わなくてはならないのだ
でもこのチャンスを逃したら・・・
さあどうする?!!

この日から息子は親を納得させるための材料を探すため
一生懸命あれこれ調べはじめ
ついに
電話料金が今よりももっと安くなる料金設定を見つけ出す
そして
まるで電話会社のセールスマンのように
他社に乗り換える事でどのようなメリットがあるのかを
わたしの前で演説するのだった

今の契約をする時にもよく調べたつもりではいたが
更によくよく研究すると
見落としていた事や勘違いしていた事にも気がついた
ほぉ・・、それなら乗り換えてもいいかもしれない、、、
ちょっとその気になってきたわたしの様子を見て喜ぶ息子

しかしこれは決して安くない買い物だ
とりあえず親が立て替えて購入したとして
月々のおこづかいから返済額を天引きしながらやっていけるのだろうか
それでなくても
「夏は飲食の誘惑が多くてキライだ」とぼやいているのに
更に不自由な思いをしてでも欲しい物なのだろうか?

「それでも欲しい」
息子は譲らなかった

こうなると話は前向きに進めて行かざるを得ない
まず条件@として
新規登録料を確保しておく事を提示する
要するに7月分のおこづかいはほとんど手をつけられないということ
そして条件Aは
期末試験結果のボーダーライン提示
これは子どもにとっては最も悩ましい難問だ
一方、親にとっては正直言って最大の関心事
”何が何でも”と思うなら
ここで一生懸命さを表現するしかない

さて
@はとりあえず我慢すればいいだけのことだが
Aは努力しても必ず結果がついてくるとは限らない
だが
こうして念願達成への道筋ができただけで息子は俄然元気になり
「目標があれば頑張れる」と早々に試験勉強をはじめた
期末試験まではまだ一ヶ月以上もある
「今からやれば間に合うから」
初めのうちは余裕で頑張っていたが
そのうち「もしラインに到達しなかったら・・・」との不安が出てきたのか
万一の時に備えて
普段のお手伝いも熱心にやっている
これで情状酌量を、、、、
その思いがミエミエなだけになんとも可笑しい

梅雨のある日には
野菜栽培に使う川砂を一緒に近所の川まで採りに行ったが
雨続きのためいつもなら乾いている河原にも水があり
ずっしりと重くなった砂を掘っては土嚢袋につめて運んだ
しんどくても文句は言わない(いや、言えない)

「目標があれば頑張れる」
目標があると人は生き生きしている

勉強も労働も
自分なりに努力してついに迎えた期末試験
2日目までは笑顔で帰ってきた息子だったが
3日目には
「核爆弾が落ちたぁ〜〜〜〜」
と、ひどく落胆した様子
どうやら
”試験問題はこのプリントから出る”
といわれていたプリントを必死に覚えていったにもかかわらず
実際にはそこからは全くでないというフェイント攻撃にあってしまったらしい
目標ボーダーラインを大きく割り込む結果は
更にもうひとつ出てしまった
これは万事休すか?!

いや、まだもう一日ある
まあ他にも色々頑張ってきた事だし
ここは温情判決もありかと。。
それに望みを置いていた息子は
気を取り直して最終日にのぞんだ

親というのは面白いもので
なんのかんの言いながらも
子どもの願いは聞き入れてやりたいと思っている
ただ如何せん金銭的な問題は出費可能な範囲が限られており
何でもいいよいいよというわけにはとてもいかないのだ
それを子どももよく知っているだけに
無理はいえないと思いつつ
それでも自分のできる範囲でなにかやれないものかと
いつもあれこれ頭を悩ませている

また一方ではもちろん教育上の問題も大きい
金銭的な余裕がある家庭では
どの辺でラインをひくのか判断も迷うところだろう
昔から『金持ち貧乏に育てなさい』といわれるが
これは実際にはかなり難しいのではないだろうか
買えないから買わないのだと納得させるのはある程度容易いが
買えるのに買わないのを納得させるのは難しいと思う
そういう意味で
お金持ちの家庭ほど苦悩の度合いは大きいかも知れない

結果的に
条件@は何とかなったが
Aは怪しいながら情状酌量の余地ありということで
辛くもクリアー
こうして一ヶ月あまりにおよぶ息子の戦いは終了した
ただし今後
「何しろケイタイを買ったからねえ〜」と
何かにつけて恩を着せられるであろう予感を残しながら(笑)

そして
念願の新しいケイタイ入手の日がやってきた
どの機種にするのかはすでに色んなお店を回り
念入りに下調べをしているらしい
その日は学校が休みだというのに
いつものように朝5時から起きていた
何だかまるで遠足を心待ちにしている小学生みたいだ(笑)

さて
実際に購入する段になったとき
意外なことが起きた
ほんの数日前に学校帰りに立ち寄った時確認した値段よりも
その日はかなり値段が下がっていたのだ
日進月歩のケイタイとPCの世界は
どんどん値段が下がるのは知っていたが
これは息子にとって嬉しい誤算
これなら早めに返済もできそうだ

帰りの車の中で
息子は「眠たくなったよ」と、ほっとした様子だった
「これももう必要なくなったし」
と言いながら出したのは
何度も何度もめくってボロボロになったカタログ
わたしはそれを見て思わず
「このくらい単語帳がボロボロになる程勉強すればいいよねえ〜」
と笑った

このたびの息子の様子を見ながら
何でもいいから目標があるというのは良いことだなあと
しみじみ思う
わたしの方はというと
最近はどうもやることに思うような結果がついてこないので
「結局何をやっても上手くいかないんじゃないか、、」と
ちょっと気分が後ろ向きになっている

どうせダメだから・・・
まあ何でもそう決めたもんでもないよねと
息子の意気込みに触発されて
この重い腰をそろそろあげようかと思うのだった




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