あの頃の自分


一昨日、わたしが留守をしている間に
幼なじみの友人が訪ねてきてくれていた
知らせを聞いて
その夜さっそく電話をしたが
近況報告や昔話で
つい長話となった

彼女のところは長女が今高校2年生
もうすでに大学受験の心配もはじまっていて
来年の今ごろはうちでもこうなんだなと
ついこの前終ったはずの受験がまたすぐにやってくると思うと
夏バテ気味の頭が思わずくらくらする

彼女とは保育園から高校までずっと一緒で
お互いの家もよく行き来した周知の仲
そんな彼女が今回しきりに
「ねえ、高校2年の頃ってわたし何してた?」と尋ねる
あの頃なにをしていたかと聞かれても
まずわたし自身がどうだったかと思い出すのは
「とにかくいつも遊んでたよね」
ということ

特に何かに打ち込んでいたというわけでもなく
部活もほとんど遊び半分の演劇部に所属して
適当に楽しくやっていた
地学の先生が
「僕の授業では私語さえなければ
寝ていても遊んでいてもかまいませんのでご自由に」
と太っ腹な宣言をしたのをいいことに
地学の時間はいつも読書タイム
その時最も熱心に読んだのが
『指輪物語〜ロード・オブ・ザ・リング』だった

そんなわけで
勉強への熱意などほとんどなく
かといって
「このままじゃあマズイよね・・・」との後ろめたさもあって
夏休みには友人達と一緒に予備校の夏期講習に通うことにした
しかし
この予備校は繁華街の近くにあったため何かと誘惑も多く
夏期講習の目的はほとんど果たされる事なしに
当時2万円もした講習代はまったくドブに捨てる結果となった
あれはさすがに申し訳ないと思ったので
その後は予備校には頼らず自分で受験勉強しようという気になっていった

当時わたしの周りでは
結構みんな自分の”身の振り方”についてそれなりに悩みつつ
何となくずるずると時を過ごしていたように思う
「このままじゃあマズイよね・・・」
近い将来のことを考えると
多かれ少なかれ誰もが不安を抱いていた

先日、息子の机に
『青春漂流/立花 隆著』が置いてあるのを見つけた
この本はちょうど息子が生まれた1988年に書かれたものだが
挫折から一念発起して方向転換した11人の若者達が
様々な分野で活躍するようになる過程に面白さがある
あれから16年
その登場人物たちは今も同じ職業で第一人者として活躍してるようだ
彼らにとっての漂流時代は過ぎ去り
同時に青春も幕を閉じたということだろうか

「いつからいつまでが青春期などと
青春を時間的に定義できるものではない
自分の生き方を模索している間が青春なのである」(本文より抜粋)

昔、わたしのイメージの中で
青春とは高校時代をさしていた
当時、『セブンティーン』という雑誌もあって
17歳は青春真っ盛りの一番輝く時と思い
その年齢になるのはちょっとした憧れだったように記憶している
しかし、現実には
「ねえ、高校2年の頃ってわたし何してた?」
と尋ねられても
友人の事はおろか自分の事さえも鮮明に思い出せない
ただ
すでに父親が他界していたので
この先いつまでも親に頼る生活ではなく
自分で何とかしないとなあ・・・と
漠然とそれがいつも頭にあった

そういう意味であの頃は
”自分の生き方を模索している”青春時代だったといえる

先日ふと思い立って
倉庫を探りながら出してきた紙の束を
子ども達の前に広げて見せた
それは以前から「今度見せてあげるよ」と約束していた
わたしの小学校〜高校までの成績通知表だ
自分と同じ高校1年の時の通知表を見た息子は
「こっちよりかなりひどいじゃん〜〜」と大喜び(苦笑)
そう、確かにひどいが
その頃とにかく”何とかしないとなあ”と気にはなっていたのだ
ただ、なかなか腰が上がらなくて
頭の中で考えるレベルに留まっていただけ、、、

いつも思う事だが
あの頃もし父親が生きていたら
わたしはあのまま腰があがらないままだったかもしれない
親が何とかしてくれるという甘えは
子どもの自立を阻害する
”何とかしないとなあ”と考えなくても生きていければ
とりあえずそれが楽に決まっている

何となくずるずると過ぎつつあった高校2年も終わりに近づくと
あちこちでみんなぼつぼつ立ち上がり始めていた
こういう時に友人がいるのはいいもので
重い腰も人につられてあがるようになる
やがて3年になる頃には
迷いから吹っ切れたように自分で歩き始めていた

「ねえ、高校2年の頃ってわたし何してた?」
この友人の問に
今度会ったら
「わたしはろくに勉強しないでとにかく”考えてた”ね」
とでも答えようか
それと
「わたしたち一緒にエレキギター弾いてたじゃない?!」とも(笑)
(あの白いストラトキャスターを彼女はどうしたのかなあ・・・?)

親になったわたしは
時々色んな事を心配して子どもたちに先回りした発言をするが
最近では息子がよく
「ちゃんと自分で考えてるから」と言う
特に何かしている具体的なそぶりがないと
そう言いつつ何も考えていないのではないかと思ってしまうのだが
この先いつまでも親があてになるわけでもなし
色々考えざるをないところも多々あるだろう
できればあの頃のわたしのように
”勉強しないで考える”のではなく
”勉強しながら考えて”いただきたいものだが(笑)

この前、彼女とは別の友人と会う機会があり、その時
「わたしは40歳になる前頃
もっと何かやれるはずなのにと思って焦っていらいらしていた」
という話を聞いて共感するところがあった
わたしの場合はもっと早くて30代前半頃だっただろうか
青春というには少々ずうずうしい年齢ながら
気持ち的にはまだ自分の生き方を模索していたと言える

それでも今はもうこの生活でいいと思っている
それは決してあきらめではなくて
もうあれこれ迷わなくなったということだ
この時点でお互いにやっと青春は終ったらしい

今も同じ仕事を続けている11人の登場人物は
その後仕事をやめたいと思った事はないのだろうか
”もっと自分には他に何か・・・”とは考えなかったのだろうか
世の中には”もっと他に何か・・・”と追い続けて
そのまま一生漂流し続ける人もいる
生涯青春といえばかっこいいが
要はいつまでも迷い続けているということだから
これってあまり幸せとは思えない

子ども達がみんな
小さい頃からなりたいと夢見た職業に自由につけるような土壌が
今の日本にはない
好きな仕事なら誰でも寝る暇を惜しんで働くだろうが
残念ながら好きな仕事につける人は一部で
大半はまあこれでいいかというところで妥協している
それでも
中にはだんだんその仕事が好きになる人もいる
それはとても幸せなことだし
そうなるように自分なりに努力する事も必要なのだろう

人それぞれの青春があり
みんな戸惑いながら生きている
学生時代にはそのみんなの様子が間近に見えたから
自分も何とかしようといつも前だけは向いていた
わたしが子ども達に伝えられるのはこのことくらいで
他には見本になるようなものは何もないが
青春真っ只中の彼らに
親としてというより人生の先輩として
エールを送りたいと思う





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