善か悪か



ここでは
2008年1月11日からブログ「ぶどう日記2」に記した
『善か悪かシリーズ1〜4』をアップしました


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先日、一日40鉢のバラ鉢植え替え作業に没頭している最中
学校帰りの小学生の女の子が話しかけてきた
ここは毎日たくさんの子どもたちが行き交う通学路なので
こうして庭にいる時に話しかけられることは結構あるのだ

「こんにちは」
その口調が何だか妙に礼儀正しい
「何をしてるんですか」
「植え替え」
「・・・?(意味がわかっていない様子)」
「根っこがこんなに伸びているから切ってもう一度埋めるの」
「どうして?」
もう少し丁寧に説明してみるもののどうもぴんと来ないようだ
最初はこの作業の根拠について説明を求めているのかと思ったのだが
論点がちょっと違うらしく、話は平行線のままだった

これはちょっとやっかいだな・・・
わたしは時計とにらめっこしながら作業している
こういう時は職人モードだ
実際のところ話しかけられることすらわずらわしい
でも、怖いおばさんになるわけにもいかないだろう
何しろここは教会だし・・・と
気を取り直して相手をする

伸びすぎた枝を整理していると
「何で切るんですか」
「切っておくと春になったらまた新しい枝が伸びるからね」
どうやらこの子はわたしが鉢をひっくり返したり
根っこや枝をバサバサ切るのが野蛮に見えているようだ
お花がかわいそうとでも言いたいのだろう

次に古い葉っぱをむしり始めると
「何でむしっちゃうんですか」
「古い葉っぱは冬の間に取っても春に新しい葉っぱが生えてくるから大丈夫」
しかし、明らかに納得がいかない様子で
今度はとがめるような口調で言った
「全部むしらない方がいいと思うんですけど」

その時わたしの中でスイッチが切り替わった
それ以降は無言でわき目もふらず作業を進める
子ども相手にムキになる必要もない
言ってわからない相手とは距離を置く、それがわたしの鉄則だ
そのうちこの子の姿は消えていた
やれやれ、大人でも子どもでも正義感の塊みたいな存在は疲れる

鉢植えのバラは、というか植物全般に言えることだが
通常冬の休眠期にこうして植え替え作業を行う
活動期に伸びた根っこが鉢全体にまわったままで放置すると
そのうち根は行き場を失って根詰まりという現象を起こす
これはバラにとって死活問題だ
また、古い枝を整理することで新しい枝に養分が集中して送られるようになり
古い葉っぱをむしりとる事で、葉っぱについた病原菌や虫の卵を除去することができる
つまりこれらはすべてバラを“生かすため”の作業なのだ
だが、意味を知らなければそれは単に野蛮行為にしか見えないのだろう

翌朝、まだ残っていた5鉢を植え替えながら
あと2ヶ月もすればバラも活動を開始し
同時に病原菌や虫の活動も始まるなあと考えていた
そのための対策は特に秘策も何もないが
相変わらず農薬の定期散布を行う予定もない
例年通り、虫を見つければ手で捕殺し
病気が出れば病原菌に対抗すべく
EM菌や乳酸菌や納豆菌などの微生物資材を使って対抗する
バラの病虫害をこれら人為的なことで完全に抑えこむのは不可能だとわかっているので
あとは自然のなりゆきにまかせることにする
やっていることが正しいのかそうでないのか
すべては自然が答えを出すだろう

そして、同時にバラ自身が強くなる方向での試行錯誤も続く
人間が鍛えられて強くなるように
バラも過保護にしないで強く育てたい
しかし、その加減もまた自然が答えを出す
それをわたしはずっと待ち続けている状態だ

化学農薬の使用については、はじめのうちは効果があるが
そのうち菌や虫に耐性がついてきて
もっと強い薬剤でなくては効果がなくなってしまうというのが困りモノ
こういうのは
どんどん強力な科学兵器開発を続けても
いつまでも戦争は果てないことに似ている
戦争とは
お互いが自分の守りたいものを守るために起こすものだ
どちらが正義で、どちらが悪なのかは
お互いの主観によって真っ向から対立し、相容れるものがない
バラを守りたいわたしにとって、バラを食害する虫や病原菌は悪だが
生きるために必死な彼らからすればわたしの方が悪だ
だが、バラを生かすためにわたしは潔く悪になる

事の善悪を云々言い始めたら
人間ほどたちの悪いものはない
地球環境がどんどん悪くなっているのはすべて人間によるものであり
今の便利な生活を捨てない限り改善の見通しは真っ暗だ
そして、その便利な生活の恩恵を受けているわたしたちはみな
自分を正義だとは到底言い切れない

あの少女が不信感をあらわにした植え替えられた鉢バラは
春になれば新しい新葉を展開し、5月には美しい花が咲くだろう
それがわたしの行為の結果であり、自然の出す答えだ
事の善悪の如何を決めるのは人ではなく神の領域
そこには人の善悪の感情を越えた広く長く深い世界がある



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