「To Dreamers」
◆ 6 ◆
僕は、留置場でうずくまっていた。
街を歩いていて絡まれ、ケンカに巻き込まれただけなんだが、身元引受人に連絡されたくなくて、名前を言わなかったからだ。
僕は今、「梨野兼人」って名乗っている。最初、誰かがふざけて「名無しの兼人」って呼んでたんだけど、
それがそのまま定着して「梨野」になってしまった。
事情を知らない人に、僕が畏まって名前を言うと、塩沢さんが必ず、くすっと笑う。
困った人だが、僕は、あの人に迷惑は掛けたくない。
それでなくても、塩沢さんがあんまり僕を可愛がってくれるもんだから、
「隠し子じゃないか」なんて噂が立ったりした事もあるのに、あの人の態度は一向に変わらなかった。
これ以上迷惑をかけられるもんか。
僕は、どうせ明日の朝になれば帰れるさ、留置場に一泊なんて、これもいい経験さ・・・くらいに思っていたんだが、時間が経つうちに、
なんだか、だんだん怖くなってきた。
そうだ・・・・僕は以前にも、似たような場所にいれられていた事がある。
いつだ?
そう、まだずーっと小さかった。鉄格子の嵌まった部屋に、小さなベッドが並んでいて・・・
僕だけじゃない、他にも子供・・いや幼児・・・みんな本能で何かに怯えている。
いったい何に怯えているんだろう・・わからない。
なんなんだ、この記憶は・・・?
微かに、何者かの気配がしたような気がした。
「誰?」
「何か思い出したのですか。」
「ムウ・・・・」
「孔明様が、お帰り頂きたいそうですよ。兼人君。」
◇ ◇ ◇
いきなり空間に現れたであろうムウの姿に、僕は大して動じなかった。
こっちに来てから、塩沢さんの出てるアニメばかり見漁っている僕だ、
一目で「聖闘士星矢」のムウだと判ったけれども、「それがどうした」という感じだった。
いいかげん、僕の神経も図太くなったという事か。
僕に元の世界に帰れというのか。僕はここが好きだ。ここに居たい。帰りたくない。
僕はムウに帰りたくないと話した。
コー・メイ達の、いや彼は孔明に違いない。
彼らが何なのか、今の僕は知ったこっちゃない。僕は、このままでいたいんだ。
しかし、ムウは、駄目だと言う。理由は言わない。僕は絶対に帰らないと言い張った。
すると、彼は、僕がここに居続けると、塩沢氏に危害が及ぶかもしれないと言う。
そんなばかな、そんなことあるわけ・・・・。
さすがムウ、あの人が僕にとってどんなに大切な人か知っていて、そう言うんだな。
僕は、嘘だと決めつけてしまいたかったが、自分自身を騙すことは出来そうになかった。
たぶん僕は最初にムウの姿を認めた時から、逆らえないと判っていたから。
僕は、帰る事を承諾する代わりに、真相を話してくれるように頼んだ。
彼が現れた時、「何か思い出したのか」と聞いたからだ。
僕の奇妙な記憶や制服達のいっていたクローンの事について、ムウは知っている筈だ。
ムウは、「本当によいのですか。」と何度も念を押すと、20世紀末の遺伝子技術の発展から話し始めた。
とても物静かな、「塩沢兼人」の声で。