方言語彙に関すること
語彙って何?
語彙とは何でしょうか? 例えば、「語彙が貧弱だ」と言ったり、「その語彙の使い方は間違っている」と言ったり。
まずは「語」と「語彙」の違いから考えてみましょう。
「語彙」の「彙」という文字を漢和辞典で調べてみると、この文字には「集まり」という意味があることがわかります。
ということは、「語」は単語のことで、「語彙」は語の集まりだと考えられます。
そこで、「語彙」は語の集まりであると定義できそうです。
ただ、語の集まり、ということであれば、何の基準もなく集まった「家」「TREE」「カメラ」「やうやう」の4語も、「語彙」であるということになります。 いろいろな言語、いろいろなジャンル、時代...
やはり何かの統一基準がないと、「まとまり」としては物足りない感じがします。やはり、時代やジャンルなどをある程度限定した上で集めた「語」のまとまりを「語彙」と呼ぶべきでしょう。
そこで、もう一度はじめに戻りますと、ある単語の使い方の間違いをさして「その語彙の使い方はおかしい」というのは、まさに「おかしい」わけですね。
「語彙体系」とは?
体系、ということばを使いました。
語はたった一つだけでそこに存在しているのではありません。「語彙」という考え方がある以上、そこには何らかの関係に基づいた関係があるはずなのです。
例えば「さくら」「ひまわり」は植物というまとまりで、一方で「ねこ」「きりん」は動物というまとまりで、動物と植物は考え方によっては対立する、と見てよいでしょう。一方で、「コンクリート」という語と対応させたときは、植物も動物も「生物」というまとまりにまとめられます。
今度は逆に植物の中身を見ていくと「さくら」は木ですが、「バラ」は木ではありません。このように、さらに小さいグループができあがります。
そして究極的にはそれぞれの語は一つ一つが独立しながらも,上位の何らかのグループに所属するという樹形図のようなものができあがります。 こうやってできたものが「体系図」であると考えられます。 もっとも、この体系図は、樹形図でなくてもいろいろな表現方法があるものです。
方言の語彙体系からわかること
日本列島は南北に長く、気象条件も違えば生活の姿もかなり違うものです。 生活の違いは、当然言葉の世界にも違いをもたらします。
それが最も目立つ形で出てくるのが方言の語彙の世界。これまで述べてきたような「語彙」「体系」の2つの考え方を利用していくつかご紹介しましょう。
雪の語彙
方言によって違いがあるものの有名な例に、雪の語彙があります。
雪が降ることはまずないと思われる沖縄県などでは「雪」の1語であるのに対して、島根県赤来町では「ヤオユキ」(柔らかい雪)「ベタレユキ」(空気をふくんだ大きい雪)「ベタレ」(水気を多くふくんだ雪)「アワアユキ」(降りたての雪)「コザサラ」(小さくてよくつもる雪)などのように細かく分けているのです。
そして、「シトル」のように雪がとけかけて水になるという語まであるのです。雪がよく降るという気象条件に関係しているものと思われます。
風の語彙
今度は、職業によって違う語彙体系を見てみましょう。 例として、瀬戸内海大崎下島の漁師の風の言葉を取り上げてみます。1993年に岩城が調査した結果です。
北:キタ アキギタ
北東:キタゴチ
東:コチ オーゴチ アメコチ ミタライゴチ ニガツノヘバリゴチ ドヨーゴチ クダリ
南東:ヤマジゴチ タカゴチ
南:ヤマジ オーヤマジ
南南西:ヤマジマジ
南西:マジ ハルマジ サクラマジ ヨマジ オーマジ タカマジ
西南西:マジニシ
西:ニシ マニシ オーニシ フユニシ ノボリカゼ
西北西:ニシアナジ
北西:アナジ
北北西:キタアナジ
単に「東の風」とだけ呼ばないのは、さらにこれらの内部が、雨を伴うかどうか(アメゴチ),いつ頃吹くか(ドヨーゴチ,フユニシなど)などで呼び分けられているからです。
なぜそんなに呼び分けるのかと言えば、生活に必要だったから、ということでしょう。
詳しく聞いてみると、例えば「サクラマジ」は桜が咲く頃の南西風ですが、それだけではなく、この風が吹き始めると春の魚がとれはじめるといった意味も持っています。
このように語彙を調べることによって、その人々の暮らしの姿を描き出すことも可能になるのです。方言語彙は、その土地の人々の暮らしを反映する、と言えるのでしょう。 また、職業語彙は,職業の特色を反映します。
ちなみに、同じ漁業といっても,大型船で瀬戸内海よりも大規模な漁を行う山陰地方の漁師の風の言葉と、ここに示した瀬戸内海の漁師の風の語彙とは全く違います。
例えば五島列島福江、最近の調査では愛媛県の瀬戸内海に面した地域の漁師に「ノース」「ウエス」といった英語名の風位語彙もあるようです。同じ職業でも、そのありさまの違いによって語彙体系も変わるのです。